世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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この船はいいものだ

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洞窟を脱出することに成功し、体を休めてからいざ街へという段になったのだが、ここでトラブルが発生した。
なんと、飛空艇が突然動かせなくなってしまったのだ。

と言っても完全に機能を喪失したわけではなく、船内の環境を整える空調や気密周りなどはちゃんと稼働しており、飛行に関する機能だけに問題が発生していた。
そのため、今この船はこの場から動くことのできない、ただのデカい家として存在している。
まぁ家として見ても、この船は内部の気温や湿度を適度に保ってくれるので、とてつもなく快適に過ごせる最高の家だと言えるが。

飛行不能の原因だが、実はとっくにわかってはいる。
現在、この船は現在地を取得するためのデータを受信中らしく、それが済むまではここから動かさないようになっているらしい。
操縦席のディスプレイには先ほどから情報受信中の文字が表示されたまま、一向にそこから画面が切り替わる様子がない。

これは恐らく人工衛星的なものから情報を得ようとしているのではと予想するが、この船が通信できる人工衛星を打ち上げたであろう文明が存在したのは大昔のことで、今現在も問題なく稼働しているというのは正直期待できないだろう。
今行っている作業にこちらから割り込みをかけて強制的に飛行能力を復活させることは出来るらしいのだが、この手の乗り物がこういった情報を得ようと動いているのは偏に安全のためなので、なるべくならこのまま最後まで進めたい。
まぁこうして見る限りではどうも情報は取得できそうにはないようだが。

ただ待つだけというのも暇なので、この間に船の他のヵ所で不具合などがないか見て回る。
分かりやすいものや深刻な不具合であればディスプレイに表示されるのだが、この船は長いこと放置されていたのでもしかしたらということも考えて直接調べることにした。

この船は俺が知るものよりも大分進んだ技術で作られているため、機械系統にはあまり手は出せないが、簡単な掃除と外装の補修ぐらいは出来る。
船の後部には大型の貨物スペースがあり、そこを調べた時に見つけた補修キットを使って、脱出の際に着いた船の外装の傷を塞いでいく。

補修とは言っても装甲に関しては相当頑丈なようで、多少の擦り傷はあるが凹みすらないため、さほど手間にはならなかった。
精々傷の上にジェル状の補修材を塗るだけで事は足りる。
この補修用のジェルが面白いもので、塗った先から傷に沁み込むようにして入り込み、すぐに乾燥したジェルは少し擦るだけで元の部分と一体化してしまった。

一体どういう原理でこんな便利な修復が成されているのか気になるが、これも古代の技術として俺の理解が及ぶものではないのだろう。
驚くべきはこの補修キットが長い年月が経っていても使えたことだ。
大抵の物は一年も経てば劣化は大分進んでいるはずだが、これに関しては問題なく使えたことから、劣化が少ない原材料が使われているか、あるいはこの補修キットが納められていた場所の保存性を高める装置による賜物なのかもしれない。

外側の補修を終えたら今度は中を見てみるが、内部はずっと密閉されていたため、特に問題はない。
せいぜい空調用のダクトを軽く掃除するぐらいだが、それも元々大した汚れが無いのですぐに終わった。

この船には調理用の設備も備えられており、IH調理機のような熱調理器もある。
水道も備え付けられてはいるが、タンクに水がないようで、蛇口からどうやっても水は出てこない。
給水タンクの場所はすぐに分かったものの、砂漠のど真ん中で大量の水を手に入れるのは難しく、仕方ないので後回しにする。

所々俺が知る技術との共通点を見つけながらの点検は中々面白いのだが、その中でも俺が度肝を抜かれたのはトイレだ。
やはり長い時間飛行するにはトイレは欠かせないもので、当然この船にも存在する。
世界が異なるので流石に便器の形状などは変われど、基本的な使い方は同じでよさそうだ。
しかしこのトイレの凄い所は排泄物の処理が完全にこの便器内で行われていることだ。

先程使ってみたところ、便器内に入った排泄物は一気に水分が失われ、大きい方はあっと言う間にボロボロの砂状になってしまい、それがどこかへと吸い出されて行ってしまった。
マニュアルによると排泄物の最終保管は船の最下部で行われており、廃棄する際にはそのまま保管場所のハッチが開いて捨てられるそうだ。
排泄物をばらまくということに一瞬抵抗を覚えたが、便器内で水分を抜かれる際に消臭と滅菌も行われるため、捨てるときにはただの土と変わらない位になっているらしい。

冒険者というのは一々用を足すのにも苦労する。
周囲を警戒しながら用を足し、さらには臭いの処理もしなくてはならない
魔物や動物には人の排泄物に敏感に反応する嗅覚を持つ者も少なくないため、外で用を足すというのは非常に面倒なのだ。

俺は土魔術が使えたので、自前でトイレを作って排泄物も深く埋めたりしてそういった危険とはほとんど無縁だったが、それでも面倒だと感じることは多かった。
それをこの船は見事に解決してくれるのだ。
正直、この船一つあれば俺は不便なこの世界でも心安らかに生きていける。

慣れ親しんだ世界から引き離され、こんな危険だらけの世界に俺を転生させた神に恨みを抱いたこともあるが、今はこの船と出会わせてくれた幸運にに感謝の祈りを捧げたい気分だ。

限りなく現代日本に近い生活を送れるだけの設備が整ったこの船は、俺にとって何よりの宝だ。
しかしそれだけに、この飛空艇という乗り物の存在を国に知られた時のことが気になる。
明らかにオーバーテクノロジーの塊であるこの船は、この世界でも数少ない飛行手段としては破格の存在だ。
大量の荷物と共に多くの人間を乗せて高速で飛行できる性能を持つ乗り物は、今のところこの船だけだろう。

軍事的にも政治的にも利用価値が見いだせるため、必ず国はこれを手に入れようと動き出すはず。
そもそもこの国の法律では、発掘された遺物の所有権は発掘主にあるとされるが、遺物の危険性によっては国が管理を代行することもあると法律に記されている。
その辺りを付いて飛空艇の所有権を国に移そうとする動きも考えられる。

特にバカな貴族などは力づくでも船を手に入れようとしてくるに違いない。
下手をすれば船を手に入れるために俺個人の抹殺すら選択肢に上ることもあり得る。
快適な生活のためならこの船を巡って一国を敵に回すことも厭わないが、穏便に事が済むのに越したことはない。

そのためにまずはソーマルガという国の上層部に、この船を俺が持つことを認めさせるのが手っ取り早い。
国王と宰相とそこそこのコネがある俺なら、向こうにそれなりの利益を提示できれば、交渉次第でなんとか出来る気もしないでもない。

遺跡で見つかった飛空艇をグバトリア3世が特別に俺へ下賜したというストーリーをでっち上げるのが理想的だが、それには飛空艇を上回る利益をソーマルガに齎す必要がある。
この船を渡すのは惜しいが、これに釣り合うだけの何かを差し出せるかと言われると難しい。

そこでふと思いだしたのは、この船のデータベースにあった、博物館というキーワードだった。
元々このオハンリーは博物館に展示されるために移送中だったわけだが、それなら目的地である博物館の場所もわかるのではないだろうか。

古代文明の遺跡から見つかる遺物は往々にして経年劣化が激しいか使い道がよくわからないものが多い。
だが古代の博物館であれば、そこに展示されているものに関する情報も一緒にあるし、保管にも気を遣っているはずなので運が良ければ状態のいい古代の遺物が手に入るかもしれない。

遺跡発掘に力を入れているソーマルガにとって、この情報は正に値千金に違いない。
それこそ俺が飛空艇を所有することが霞んでしまうぐらいの衝撃になるはずだ。

早速データベースにアクセスしてみると、どうやら万が一にもこの船が何かのトラブルで単独飛行で目的地に向かう可能性も考慮して、博物館のある場所までのルートもしっかりと入力されていた。
ただ問題は今ディスプレイに表示されている地図が、俺の知るソーマルガの地図と大分違っている点だ。

地図データ自体が大昔のままなら、長い年月で色々と変わった地形が反映されていないのも納得できるが、ともかくこれでは使い物にならない。
もしかしたら、今システムが受信を試みているデータの中に地図情報の更新データがあるかもしれないが、未だディスプレイの隅にある通信中の文字に変化のない状態ではそれも期待しない方がいい。

一応解決策もないこともない。
以前タブレットを弄っていた時、カメラ機能でソーマルガの地図を取り込んだことがあった。
あの時は特に何の気なしにしたことだったが、そのあとタブレットには地図データが更新された形跡があった為、もしかしたらタブレットを間にかませることで船の地図データに更新情報を書き込めるかもしれない。

今は生憎手元にタブレットはないが、皇都に行けば借りることが出来る。
タブレットに現在の地図データを取り込み、それを船へと送れば、船側の地図データも更新されるので、そうなれば古代文明の地図との照合も出来るようになるはずだ。
そうなれば古代の都市などの場所もわかるようになるので、発掘場所の選定も捗ることだろう。

国王に古代文明の地図データと現在の地図を重ね合わせたデータを献上すれば、俺が飛空艇を所有することを許してもらえる。
そうとなったら、早速皇都へと向かおう。
本心ではパーラに会って無事を知らせたいところだが、まずは何よりも飛空艇の問題を解決してからだ。

未だデータを受信中のシステムに強制的に割り込み、操縦の優先度を引き上げると、船は再び飛行への準備を始めた。
一度唸るような音が響くと、すぐに船は空へとその巨体を舞い上げて行く。
俺が今いる場所がどこか分からないという問題はあるが、太陽の位置と高高度から見えた山影から推測して、皇都のある大凡の方角を割り出す。

例え向かう先を間違っていたとしても、ソーマルガは砂漠の外縁に街がある国だ。
砂漠との境にある大きい街から伸びる街道が皇都への方角を教えてくれる。
幸いこの船は飛行にかかる燃料なんかは気にする必要がないので、少々の距離的ロスは気にならない。

問題は水だが、途中で人のいないオアシスが見つかればそこで補給するし、街か村の近くに船を隠して水を調達するというのも考えている。
最終手段として、魔力から水を生み出すというのもあるが、これは魔力効率が悪いので大量に用意できない上に、味が最悪ということもあって本当の最後の手段だ。

飛行しながら地上にも目を配り、水場を探しながら移動する。
その目的もあって速度はそれほど上げられないが、それでも風紋船などとは比べ物にならない速さで流れていく景色を見るとこれまでにない爽快感を覚える。
惜しむらくはこの速さを感じられるのが視覚だけで、吹き付ける風を肌で感じられないことぐらいか。

空を行くということは地形の影響を受けないので、風紋船やバイクなどとは移動速度が比べ物にならない。
通常よりも圧倒的に短い時間で皇都の上空に到着した。
現在は既に日は沈み切っており、今からソーマルガの門に向かったとしても朝まで開門はされないので外で待つことになる。

一応夜に到着した商人などのために簡易の宿泊施設は外壁近くにあるのだが、まさかそこに飛空艇で乗り付けるわけにはいかず、かといって近辺に船を隠したとしても、皇都ともなれば周辺警戒で動き回っている兵士も多いので、見つけられて騒ぎになる可能性が高い。
ここは船を停めても人の迷惑にならず、かつ簡単に人が近付けない場所としてすぐ傍にある湖に飛空艇を着水させよう。

丁度湖の真ん中辺りに船を移動させ、ゆっくりと湖面に向けて船体を降ろしていく。
大波を立てないように静かに湖面へと船底を触れさせ、ほぼ無音で着水させることに成功した。
念の為に騒ぎになっていないかを確認するため、湖岸に聳える城へと目を向けてみるが、特に篝火が大きく動いたりした様子はない為、騒ぎにはなっていないようだ。

ついでに今いる湖から水を補給させてもらおう。
船底が水に浸かっている状態からタンクを開けば一気に給水される仕組みとなっており、ボタン一つでこれらが自動で行われるのは楽でいい。
一分もせずにタンクは満杯になり、これで飲み水に困ることは無くなった。

とりあえず今日はここで一泊し、明日の朝に城に出向いて宰相か国王に面会の申請を出しておこう。
ダンガ勲章があるおかげでその手の申請はある程度優先的に処理されるはずなので、早ければその日のうちに、遅くとも3日以内には何らかの答えは返ってくるはずだ。

あぁ、そうだ、その前にギルドで俺の生存報告を済ませなくてはならない。
門を通る時に本人確認程度はされるが、ギルドに本人が直接赴かなくては死亡判定は取り消されないはずなので、城に向かう前にまずはギルドに足を運ぶ。

やるべきことが色々と詰まって来た頭を軽く振り、明日から忙しくなりそうな予感を感じながら、船内の俺専用の寝室となった部屋で静かに眠りについた。








完璧な空調と安全な寝床を手に入れた俺の目覚めは爽やかの極みだ。
ベッドから身を起こしてすぐに、顔を洗うために船の水回り設備がある一角へと足を運ぶ。
昨日水を補給できたので、今日からは顔を洗うのも体を洗うのも我慢することは無い。
この船にはシャワールームが備え付けられており、ちゃんと温水も使えることからますます持ってこの船を手放す気が失せるというものだ。

軽く汗を流す程度にシャワーを浴び、身支度を整えて早速城へと向かおうと操縦席に着くと、モニターが表示されて最初に目に飛び込んできたのは、湖面に何艘もの小舟が浮かび、この船を包囲している光景だった。

小舟にはそれぞれソーマルガ皇国の兵士達が乗り込んでこちらを監視しており、モニター越しに見える彼らの目は不審物を見る目と不気味な物を見る目が同居した、何とも言い難い複雑そうなものだった。

恐らく一夜のうちに湖に出現した物体に対する監視行動なのだろうが、この船は外見が完全に未知の物体そのものなので、下手に刺激しないように距離を取っての監視に留めているあたり、流石遺跡発掘が盛んな国の兵士達だ。
未知の物体に対する危険性を軽視しない姿勢は感心を覚える。

すっかり失念していたが、よくよく考えれば昨夜の俺の行動は軽率以外のなにものでもない。
夜の内は確かに姿を見られることは無いが、朝になると当然ながら湖の異変に気が付く者も出てくるため、今の状況は当然の結果だと言える。

疲れていたというのも言い訳に過ぎないが、目立たないようにせめて船を水中に沈めるか、水を補給したらすぐに飛び立って別の場所に隠れるのが正解だった。

国の兵士たちに囲まれている今の状況は流石に俺もまずいとわかる。
すぐに船から出て事情を説明せねば。

現在、この船の通常の出入り口である船体側面にあるハッチは水面よりやや下に位置しているので、船の上方にある出入り口を使う。
ちょっとした混乱を起こしているという自覚はあるので、なるべく急いで外にいる人達に事情を説明したい。

サクサクと上方ハッチ開放の手順を進め、すぐにハッチを開けて船の上へ出てみると、兵士達が構える弓が一斉に俺へと狙いが集まったのが分かった。
とりあえずいきなり攻撃されないように両手を頭の横に持ち上げて降参のポーズを取り、兵士達を指揮しているであろう一番偉そうな人に話しかける。

「撃たないで!俺はアンディ、冒険者です!足元のこれは危険なものではありません!」
大声を張り上げてまずは簡潔に向こうが気にしているであろうこの船の危険性を和らげるところから始める。
俺の言葉は一応向こうに通じたようで、こちらを狙っていた弓の幾つかは降ろされたが、それでもまだ幾つか弓が照準を残していることから、完全には信用されていないらしい。

「私は皇都守備隊の指揮を執るグラーフ・レジエ・モルダルである!現在、この湖に浮かぶその物体の監視を任されている!失礼を承知でお尋ねいたす!貴公はダンガ勲章を授与されたアンディ殿で相違ないか!」
「そうです!これを!」
グラーフと名乗った指揮官に見えるように、船の縁ギリギリに立ち、下へ向けてダンガ勲章を掲げる。

貴重品であるこのダンガ勲章だけは、無くさないようにとしっかり持っていたのだ。
それが今こうして俺の身分を保証してくれる。
ありがたいことだ。

勲章をよく見ようと小舟が近付いて来て、手を伸ばせば勲章に手が届く距離になると、勲章の確認が出来たグラーフが大きく頷き、再び口を開く。
今度は大分近付いているので、先ほどのように大声でのやり取りではないのが喉に優しくて嬉しい。

「確かにダンガ勲章だ。アンディ殿、この船らしきものを含めて事情をお聞かせ願いたい。ついては我々と同行してもらえるだろうか?」
「わかりました」
小舟に乗る兵士たちの手を借りてそちらへと乗り移り、俺は彼らと一緒に湖を渡って陸へと上がる。

兵士の他にも湖岸には大勢の一般人が見学に立っており、そこへ兵士達に連れられる形で船から降りた俺を見て、どよめきが広まる中を突っ切り、皇都へと続く門を潜っていく。
少々手順は狂ったが、一番の目的である宰相との面会はこのまま城へ向かう道すがら、目の前を歩くグラーフに頼むのが手っ取り早そうだ。

恐らく俺が不可思議な物体に乗っていたことを宰相辺りにでも連絡するだろうから、うまくいけば面会まではそれほど遠くないだろう。
当初は白に宰相辺りとの面会の約束を取り付けることから始めるつもりだったが、皇都の守備隊が出張るほどの騒ぎを起こした以上、事情を聞こうとハリム自ら乗り出してくるに違いない。

俺という人間が持ち込んだ飛空艇を詳しく知ろうとするのも宰相という職業柄大事なことだ。
当初考えていた段取りよりは圧倒的に早く話が出来そうなのは有難い。
少し待つことになるだろうが、その間にハリムに話すことを整理しておこう。







「この…大馬鹿者っ!」
城に入った途端、グラーフから宰相の使いに案内が引き継がれ、ハリムの執務室へと通された俺に浴びせかけられたのはハリムからの叱責だった。
「突然湖に現れた奇妙な物体に関する問い合わせが城に殺到して大忙しだったのに、よりによってあれを持ち込んだのがお前だったとは…。よくもまあ貴族連中に説明するのが面倒な案件を持ち込んでくれたものだな」

ハリムの怒りようももっともだ。
俺は軽い気持ちで湖に船を浮かべてしまったが、城から丸見えの湖上には当然ながら貴族の目も集まりやすく、一夜にして現れた飛空艇の存在に、貴族達は警戒心と共に興味も抱いていた。

そして飛空艇を包囲していたのが皇都守備隊だとわかると、詳しい情報を得ようとハリムの下へとひっきりなしに人が訪れるようになったのが今朝方のことだった。
皇都守備隊を統括しているのは軍ではなく、宰相をトップにした内務方が指揮権を持つため、問い合わせ先が宰相になるのもそのせいだ。

「その件につきましては、大変ご迷惑をおかけしました。ですが俺もあれで街中に降りるわけにはいかず、門が開く朝までああして湖の上で浮かべて待とうと思った次第でして」
「ハァー…ダンガ勲章を門番に見せれば、閉門後であろうと通行できる権限がお前にはあるのだ。それで私に直接会いに来て事情を明かしてくれていればこれほどの大事にはならなかった」
「返す言葉もありません」

どうも俺はダンガ勲章の効力をまだ過小評価していたようで、ソーマルガ国内という限定的ではあるが貴族とほぼ同等の権限を持つこの勲章は、皇都であろうと閉門された後であろうと通過できたそうだ。
それが分かっていればわざわざ湖上で朝を待つことをせず、見つかることを気にせず飛空艇をそこらに置いて城へと向かっていたというのに。

精神年齢的にいい歳して叱られると切なさを覚えるが、今回の騒動は完全に俺がやらかしたことなので説教も甘んじて受け入れよう。
「―大体お前は自分がしでかした事の重大さを理解していない。あれがお前の持ち物だと知れ渡ったらまた貴族連中が騒ぎだして「失礼します」―なんだ」
ハリムの説教に愚痴が混じり始めた頃、一人の近衛兵が執務室を訪ねてきた。

「陛下から宰相閣下とアンディ殿をお連れするようにと命を受けて参りました」
「私だけでなくアンディもか?」
「はっ。そう申しつけられております」
グバトリアが俺を呼ぶということは、あの飛空艇に関することだろう。
俺がここにいることは多分皇都警備隊経由で話が城中に回っているとかか。

「陛下がお呼びとなると、湖の上のアレのことですかね?」
「そうだろうな。お前にはまだ言いたいことが山ほどあるが、陛下がお呼びとなれば仕方ない。すぐに行くぞ。陛下はどちらに?」
「執務室におられます」
「わかった。案内はいい。私達で行く」
「はっ」

ハリムに先導され、初めて踏み入れるエリアを進むと、一際豪華な扉の前にたどり着く。
扉に向かってハリムが名乗りを上げると、中から現れたメイドがハリムの姿を確認し、次に俺に目を留めてから中へと招き入れた。
扉を潜るとさらにもう一つ扉があり、その向こうがグバトリアのいる執務室となっていた。

中ではグバトリアが執務机の向こうにある窓の傍に立ち、外へと顔を向けているが、どうも落ち着かない様子で体が揺れている。
「陛下、ハリム様とアンディ様がいらっしゃいました」
「…そうか。下がってくれ。3人だけで話したい」
一礼をして下がっていくメイドを見送り、室内には俺とグバトリアとハリムの三人だけとなった途端、グバトリアが険しい顔で俺を見つめ、足音も荒く近づいて来た。

これは叱られるという雰囲気を感じ取り、やられるならこちらから仕掛けてやろうと、土下座の体勢へと移ろうとした瞬間、グバトリアがスライディング気味に俺の目で土下座をしてきた。
「頼むアンディ!あの湖の上の船、俺に譲ってくれ!」

それは実に綺麗な土下座だった。
一国の王が一平民に頭を下げる、しかも土下座をするという光景に、この世界にも土下座という文化が存在していたのかと、少しばかり見当違いな関心を覚える。
ハリムもグバトリアの突然の行動に言葉が出ないようで、呆気にとられて土下座する国王に目を丸くしている。

今この光景を別の人間に見られたら俺はただでは済まないかもしれない。
とりえずグバトリアがこんな行動に出た理由を含めて、話を聞いてみよう。
まぁ先程いったセリフでグバトリアの目的は分かっているが、より詳しいことはハリムを交えて話していこう。
差し当たってまずは、目の前の国王の土下座を止めさせることから始めようか。
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