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第3回 九紋龍、ふるさとを失うこと
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闇夜をついて逃げ出した王進、西へ西へと歩きます。
「息子や、落ち着くあてはあるのかえ?」母者びとの心配はごもっとも。
「高俅が見逃してくれるはずもなし、いまごろわれらはおたずね者になっておりましょう。できるだけ都から離れなくてはなりません」
「国ざかいの延安府はどうかね。お父うえのご友人もおいでだよ」
「おお、それはよいご思案。あすこは宋国の西北の守りゆえ、軍人ならば大歓迎だとか。きっと仕官の口もございます」
こうして親子ふたり延安のまち目指し、老いぼれロバを励ましながら流れ流れてゆきました。
何日歩いたでしょうか。旅の疲れもたまったころ、六十すぎた王進の母者は、急なさしこみで動けなくなってしまいました。
ここで良くなるのを待っても、日暮れまでに宿場町へたどり着けるかどうか。いっそ近くの民家に泊まったほうが安全です。街道ぞいの小さな村で受け入れてもらえそうな屋敷をさがしていると、柳木立の向こうから「とうッ!やぁーッ!」威勢のいいかけ声が響いてきます。
みれば立派な体躯の若者が、もろはだ脱ぎになって棒術の練習にはげんでおる様子。
王進、ついつい身に染みついた教員気質が出てしまい「おお、なかなか筋はよいが、独学修行が悪さをしているなあ」と感想をぽつり。
かなたの若者、これを聞きつけ烈火のごとく怒って走ってきます。
「なんだおっさん、いい加減なことを!俺はいままで幾人ものえらい先生に教わったんだぞ」
「そりゃあ先生がわるい。基本のキの字がなっとらん内に小手先だけ学んだんだな。残念なことよ」
「うぬ!言わせとけば無礼なことばかり、そんならどっちが正しいか俺と勝負しろ!」
そばに詰めよってきた青年の肌いちめんには、それは見事な龍の彫り物が。今夜の宿は気がかりですが、このようやく少年を脱したばかりの若者の闇雲なエネルギーにも、棒術師範として興味がないではありません。
王進は天秤ざおを得物がわりに彼と手合わせすることにいたしましたが、まあ、結果はわざわざ書くこともないでしょう。
天と地ほどな力量の差を知った若者、さっきまで持っていた棒を打ち捨て、がばと平伏いたします。
「まいりました!私の目はただあるばかりで泰山を見ず、こんな豪傑に喧嘩を売るとはとんだ未熟者でした。ところで先生はただの旅の方とは思えません。私の名は史進、この村の庄屋のむすこです。何か事情がおありならおっしゃってください、親父ともどもお力になります」
王進、みずからの身の上を明かしますと史進も大いに納得。そこで母者の具合が良くなるまでしばらく、史家の屋敷に逗留させてもらえることになりました。
王進は宿賃がわりに史進にいちから稽古をつけてあげることにいたします。棒術、槍術はもとより剣、さすまた、弓に戟、さらには拳法や身体の使い方まで、いわゆる“武芸十八般”をみっちり叩きこまれました。史進、もとが恵まれた資質の持ち主ですから飲み込みはやく、あっという間にものになり数ヶ月でもう教えることがなくなりました。
「いつまでも厄介になっているのは心苦しい。母も元気になったことだし、そろそろお暇させてもらうよ」
史進親子は「いつまでもおってくださればよいものを」と引き留めますが、王師範の決意はかたく、母御をつれ延安府をさして出立いたしました。
それから一年あまり。もともと老齢だった親父さまが亡くなって家をついだ史進、しかし毎日がどうも面白くありません。だいたい根が道楽に出来ているものですから、勉学や百姓仕事にはとんと興味が湧かないところに、村をまとめる庄屋の責任がのしかかります。王師匠から教わった都の賑わいや天下の豪傑の話しをまぶたの裏に思い浮かべれば、こんなところでグズグズしている自分がひどく虚しく思えてきました。
「若旦那!たいへんだわさ!」
変わり映えせぬ日常が破れてくれたのは、ちょうどそんな折りです。
「お山の方から、山賊どもが攻めてくるよ!」
作男たちが慌てふためくのも無理はありません。さいきん近くの少華山に盗賊が棲みつき、五、六百の手下をかかえてふもとを荒らし回っていたのです。
「きたきた!きやがった!」
史進、いよいよ自分の村が襲われる番だというのに欣喜雀躍、じつに嬉しそうです。さっそくよろい兜に身を固め、三尖刀を片手に馬に飛び乗って颯爽と村の入り口に駆け出しました。
かなたから土煙あげてやって来たのは山賊二百名ばかり。先頭に立つ頭目風の男は、意外にも礼儀正しく挨拶いたします。
「お初にお目もじいたしやす。手前、少華山が三頭領のひとり、“跳澗虎(かっとびトラ)”の陳達と申しやす。このたびお騒がせしますのは、何もお宅さんの村を荒らそうってわけじゃござんせん。この先の華陰県の県城にちょいと兵糧を拝借しに行く近道ですんで、村ンなかを通らしていただきてえんで」
史進「そりゃ出来ない相談だな。そっちに用がなくともこっちにはある。県はお前さんがた頭目の首に懸賞金をかけてるのさ。ここであったが百年め、おとなしくお縄を頂戴してもらおうか」
「“四海のうち、みな兄弟”といいやす。どうかご勘弁を」
「おれは許してもいいんだが、おれの刀は嫌だとさ」
陳達さっと気色をかえて「てめえ、調子に乗りやがって!『九紋龍は避けてとおれ』と仲間の頭領が言うもんだからわざわざ下手に出てやったものを、手向かいするなら容赦はねえぞ!」
そう、いつしか史進の卓越した武芸は近隣にきこえ、その入れ墨からあだ名をとって“九紋龍の史進”と呼ばれていたのです。
一騎がけにどっと攻め寄せる陳達。ところが史進の敵ではありません。わざと隙を作って槍で突いてきたところを鮮やかにかわし、猿臂を伸ばしてひょいと相手の腰をつかむと馬から放り投げてしまいました。たまらず尻もちついた陳達を、熊手やすき鍬もった作男たちがよってたかって殴る、蹴る、縛る。
大将があっという間に捕まったのを見て、子分どもはクモの子散らすように山のほうへ逃げてゆきました。
さて史進、ぐるぐる巻きにした陳達を明日にも県城に届けてやろうと休んでおりますと、「わあ、また来やがった!」と外で作男の叫び声が。
「さては陳達を取り返そうと夜討ちをかけて来たな」と表へ飛び出すと、なんと山賊はたったのふたり。いきなり門前で平伏すると、神妙な面持ちで申します。
「あっしは少華山の一番頭領、朱武というもの。人さまよりは小知恵が回ることから“神機軍師”などと呼ばれております。このたびは弟ぶんがえらいご迷惑をおかけしたようで。『史家の若旦那には手を出すな』と口が酸っぱくなるまで言っておいたのを、龍の住処につっかかるとは馬鹿な野郎であいすみません。それでもあっしら三人は義兄弟、三国志の劉・関・張じゃござんせんが、同じところで死ぬと決めてあります。お手数ですが陳達と一緒にあっしらも縛って、お上に届けてもらいてえんで。旦那ほどの豪傑に捕まるなら恥じゃねえ、化けて出るつもりもありません」
これを聞かされた史進、もともと仁侠心のある男ですから、
「ううむ、こいつらただの野盗だと思っていたら、存外義理がたいんだな。そもそも匪賊が横行するのは政治が自堕落なせいで、こいつらが何から何までわるいわけじゃない。ここまで見上げたやつを役所に突き出したと知れたら、かえって俺の名がすたるんじゃないか。昔ッから“虎は生きたエサしか食わぬ”という。俺は英雄になりたいんであって、賞金稼ぎをやりたいんじゃない」
そう考えると、「やめた!やめた!」と言うなり陳達の縄目をほどいて、山に帰してやりました。朱武たちの喜びようといったらありません。
これいらい史進と少華山とのあいだには交流がうまれ、季節ごとに贈り物を送りあうようになりました。
そうして半年も過ぎたころ、名月を楽しみながら花見でもしたくなった史進、さっそくお山の朱武親分にお誘いの手紙を書き、手代に持っていかせました。
三人仲良く史進の家にやって来た頭領たちと宴を楽しんでいたところ、屋敷の外がパッと明るくなり、馬のいななきが聞こえました。こんどはほんとに夜討ちです。
「なんだなんだ?どうしてここにいるとバレたんだ?」わけが分からぬうちに、松明かかえた県の兵隊たちにぐるりを取り囲まれてしまいました。
「やられた!密告にちがいない」史進が手代にただしたところ、朱武からもらった返事の手紙を帰り道で泥酔してなくしてしまったとのこと。木に登ってまわりを見回すと、警察長のそばでウサギ獲りの李吉という村人がニヤニヤしています。「あいつが手紙を盗んだんだな!」
朱武、「かくなるうえは仕方がない。堅気の史進旦那に迷惑はかけられねえ、いまからでもあっし達をふんじばっておくんなさい」
「いや俺は覚悟をさだめたよ、包囲を蹴やぶって逃げ出そう。兵隊といっても寄せ集めだ、何とかなる」
そうと決めたら四人の英傑、屋敷に火をつけ退路をたって、表の門をあけ放ち、大八車を押し出して雑兵どもに突っ込むと、四角八方に斬って回ります。反撃してくるとは思いもよらぬ警察長、あわを食って逃げ出すところを陳達が槍でひと突き。密告人の李吉はといえば史進とはちあわせ、「ぎゃっ」ときびすを返す背中をばっさり斬られて絶命します。あとはもう木っ端しか残っていませんから、槍を振り振り大声で追い回せば、みなもと来た道を逃げてゆきます。
「やった!助かったぞ」史進と三人の頭領は、意気揚々と少華山に引き上げていきました。
思わぬ災難にあった史進、山賊の根城に匿われてはみたもんの、大庄屋の地位も家作も何もかも失ってしまいました。しかし彼は楽天家です。
「まあいいさ!だいたい俺は頭の上の蝿も逐えぬような男、屋敷や田畑の管理もしょうじき面倒だったんだ。いっそせいせいしたよ」
朱武も相づちうって「そうとも若旦那、ここに居りゃ官憲だっておいそれとは攻めてこない。あんたさえ良けりゃ一番頭領もお譲りしますぜ」
「いや、いや」史進はかぶりを振って「じつはひとつ伝手があるんだ。延安府に王進先生を訪ねて行こうと思う。軍に仕官すりゃ組頭くらいには使ってもらえるだろうし、外の広い世界も見分してみたいのさ」
かくして故郷華陰県を捨て、九紋龍史進の冒険がはじまったのです。
「息子や、落ち着くあてはあるのかえ?」母者びとの心配はごもっとも。
「高俅が見逃してくれるはずもなし、いまごろわれらはおたずね者になっておりましょう。できるだけ都から離れなくてはなりません」
「国ざかいの延安府はどうかね。お父うえのご友人もおいでだよ」
「おお、それはよいご思案。あすこは宋国の西北の守りゆえ、軍人ならば大歓迎だとか。きっと仕官の口もございます」
こうして親子ふたり延安のまち目指し、老いぼれロバを励ましながら流れ流れてゆきました。
何日歩いたでしょうか。旅の疲れもたまったころ、六十すぎた王進の母者は、急なさしこみで動けなくなってしまいました。
ここで良くなるのを待っても、日暮れまでに宿場町へたどり着けるかどうか。いっそ近くの民家に泊まったほうが安全です。街道ぞいの小さな村で受け入れてもらえそうな屋敷をさがしていると、柳木立の向こうから「とうッ!やぁーッ!」威勢のいいかけ声が響いてきます。
みれば立派な体躯の若者が、もろはだ脱ぎになって棒術の練習にはげんでおる様子。
王進、ついつい身に染みついた教員気質が出てしまい「おお、なかなか筋はよいが、独学修行が悪さをしているなあ」と感想をぽつり。
かなたの若者、これを聞きつけ烈火のごとく怒って走ってきます。
「なんだおっさん、いい加減なことを!俺はいままで幾人ものえらい先生に教わったんだぞ」
「そりゃあ先生がわるい。基本のキの字がなっとらん内に小手先だけ学んだんだな。残念なことよ」
「うぬ!言わせとけば無礼なことばかり、そんならどっちが正しいか俺と勝負しろ!」
そばに詰めよってきた青年の肌いちめんには、それは見事な龍の彫り物が。今夜の宿は気がかりですが、このようやく少年を脱したばかりの若者の闇雲なエネルギーにも、棒術師範として興味がないではありません。
王進は天秤ざおを得物がわりに彼と手合わせすることにいたしましたが、まあ、結果はわざわざ書くこともないでしょう。
天と地ほどな力量の差を知った若者、さっきまで持っていた棒を打ち捨て、がばと平伏いたします。
「まいりました!私の目はただあるばかりで泰山を見ず、こんな豪傑に喧嘩を売るとはとんだ未熟者でした。ところで先生はただの旅の方とは思えません。私の名は史進、この村の庄屋のむすこです。何か事情がおありならおっしゃってください、親父ともどもお力になります」
王進、みずからの身の上を明かしますと史進も大いに納得。そこで母者の具合が良くなるまでしばらく、史家の屋敷に逗留させてもらえることになりました。
王進は宿賃がわりに史進にいちから稽古をつけてあげることにいたします。棒術、槍術はもとより剣、さすまた、弓に戟、さらには拳法や身体の使い方まで、いわゆる“武芸十八般”をみっちり叩きこまれました。史進、もとが恵まれた資質の持ち主ですから飲み込みはやく、あっという間にものになり数ヶ月でもう教えることがなくなりました。
「いつまでも厄介になっているのは心苦しい。母も元気になったことだし、そろそろお暇させてもらうよ」
史進親子は「いつまでもおってくださればよいものを」と引き留めますが、王師範の決意はかたく、母御をつれ延安府をさして出立いたしました。
それから一年あまり。もともと老齢だった親父さまが亡くなって家をついだ史進、しかし毎日がどうも面白くありません。だいたい根が道楽に出来ているものですから、勉学や百姓仕事にはとんと興味が湧かないところに、村をまとめる庄屋の責任がのしかかります。王師匠から教わった都の賑わいや天下の豪傑の話しをまぶたの裏に思い浮かべれば、こんなところでグズグズしている自分がひどく虚しく思えてきました。
「若旦那!たいへんだわさ!」
変わり映えせぬ日常が破れてくれたのは、ちょうどそんな折りです。
「お山の方から、山賊どもが攻めてくるよ!」
作男たちが慌てふためくのも無理はありません。さいきん近くの少華山に盗賊が棲みつき、五、六百の手下をかかえてふもとを荒らし回っていたのです。
「きたきた!きやがった!」
史進、いよいよ自分の村が襲われる番だというのに欣喜雀躍、じつに嬉しそうです。さっそくよろい兜に身を固め、三尖刀を片手に馬に飛び乗って颯爽と村の入り口に駆け出しました。
かなたから土煙あげてやって来たのは山賊二百名ばかり。先頭に立つ頭目風の男は、意外にも礼儀正しく挨拶いたします。
「お初にお目もじいたしやす。手前、少華山が三頭領のひとり、“跳澗虎(かっとびトラ)”の陳達と申しやす。このたびお騒がせしますのは、何もお宅さんの村を荒らそうってわけじゃござんせん。この先の華陰県の県城にちょいと兵糧を拝借しに行く近道ですんで、村ンなかを通らしていただきてえんで」
史進「そりゃ出来ない相談だな。そっちに用がなくともこっちにはある。県はお前さんがた頭目の首に懸賞金をかけてるのさ。ここであったが百年め、おとなしくお縄を頂戴してもらおうか」
「“四海のうち、みな兄弟”といいやす。どうかご勘弁を」
「おれは許してもいいんだが、おれの刀は嫌だとさ」
陳達さっと気色をかえて「てめえ、調子に乗りやがって!『九紋龍は避けてとおれ』と仲間の頭領が言うもんだからわざわざ下手に出てやったものを、手向かいするなら容赦はねえぞ!」
そう、いつしか史進の卓越した武芸は近隣にきこえ、その入れ墨からあだ名をとって“九紋龍の史進”と呼ばれていたのです。
一騎がけにどっと攻め寄せる陳達。ところが史進の敵ではありません。わざと隙を作って槍で突いてきたところを鮮やかにかわし、猿臂を伸ばしてひょいと相手の腰をつかむと馬から放り投げてしまいました。たまらず尻もちついた陳達を、熊手やすき鍬もった作男たちがよってたかって殴る、蹴る、縛る。
大将があっという間に捕まったのを見て、子分どもはクモの子散らすように山のほうへ逃げてゆきました。
さて史進、ぐるぐる巻きにした陳達を明日にも県城に届けてやろうと休んでおりますと、「わあ、また来やがった!」と外で作男の叫び声が。
「さては陳達を取り返そうと夜討ちをかけて来たな」と表へ飛び出すと、なんと山賊はたったのふたり。いきなり門前で平伏すると、神妙な面持ちで申します。
「あっしは少華山の一番頭領、朱武というもの。人さまよりは小知恵が回ることから“神機軍師”などと呼ばれております。このたびは弟ぶんがえらいご迷惑をおかけしたようで。『史家の若旦那には手を出すな』と口が酸っぱくなるまで言っておいたのを、龍の住処につっかかるとは馬鹿な野郎であいすみません。それでもあっしら三人は義兄弟、三国志の劉・関・張じゃござんせんが、同じところで死ぬと決めてあります。お手数ですが陳達と一緒にあっしらも縛って、お上に届けてもらいてえんで。旦那ほどの豪傑に捕まるなら恥じゃねえ、化けて出るつもりもありません」
これを聞かされた史進、もともと仁侠心のある男ですから、
「ううむ、こいつらただの野盗だと思っていたら、存外義理がたいんだな。そもそも匪賊が横行するのは政治が自堕落なせいで、こいつらが何から何までわるいわけじゃない。ここまで見上げたやつを役所に突き出したと知れたら、かえって俺の名がすたるんじゃないか。昔ッから“虎は生きたエサしか食わぬ”という。俺は英雄になりたいんであって、賞金稼ぎをやりたいんじゃない」
そう考えると、「やめた!やめた!」と言うなり陳達の縄目をほどいて、山に帰してやりました。朱武たちの喜びようといったらありません。
これいらい史進と少華山とのあいだには交流がうまれ、季節ごとに贈り物を送りあうようになりました。
そうして半年も過ぎたころ、名月を楽しみながら花見でもしたくなった史進、さっそくお山の朱武親分にお誘いの手紙を書き、手代に持っていかせました。
三人仲良く史進の家にやって来た頭領たちと宴を楽しんでいたところ、屋敷の外がパッと明るくなり、馬のいななきが聞こえました。こんどはほんとに夜討ちです。
「なんだなんだ?どうしてここにいるとバレたんだ?」わけが分からぬうちに、松明かかえた県の兵隊たちにぐるりを取り囲まれてしまいました。
「やられた!密告にちがいない」史進が手代にただしたところ、朱武からもらった返事の手紙を帰り道で泥酔してなくしてしまったとのこと。木に登ってまわりを見回すと、警察長のそばでウサギ獲りの李吉という村人がニヤニヤしています。「あいつが手紙を盗んだんだな!」
朱武、「かくなるうえは仕方がない。堅気の史進旦那に迷惑はかけられねえ、いまからでもあっし達をふんじばっておくんなさい」
「いや俺は覚悟をさだめたよ、包囲を蹴やぶって逃げ出そう。兵隊といっても寄せ集めだ、何とかなる」
そうと決めたら四人の英傑、屋敷に火をつけ退路をたって、表の門をあけ放ち、大八車を押し出して雑兵どもに突っ込むと、四角八方に斬って回ります。反撃してくるとは思いもよらぬ警察長、あわを食って逃げ出すところを陳達が槍でひと突き。密告人の李吉はといえば史進とはちあわせ、「ぎゃっ」ときびすを返す背中をばっさり斬られて絶命します。あとはもう木っ端しか残っていませんから、槍を振り振り大声で追い回せば、みなもと来た道を逃げてゆきます。
「やった!助かったぞ」史進と三人の頭領は、意気揚々と少華山に引き上げていきました。
思わぬ災難にあった史進、山賊の根城に匿われてはみたもんの、大庄屋の地位も家作も何もかも失ってしまいました。しかし彼は楽天家です。
「まあいいさ!だいたい俺は頭の上の蝿も逐えぬような男、屋敷や田畑の管理もしょうじき面倒だったんだ。いっそせいせいしたよ」
朱武も相づちうって「そうとも若旦那、ここに居りゃ官憲だっておいそれとは攻めてこない。あんたさえ良けりゃ一番頭領もお譲りしますぜ」
「いや、いや」史進はかぶりを振って「じつはひとつ伝手があるんだ。延安府に王進先生を訪ねて行こうと思う。軍に仕官すりゃ組頭くらいには使ってもらえるだろうし、外の広い世界も見分してみたいのさ」
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