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ーサラセン追走ー
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68.
ゴーチェ卿の戦の顛末は、またのちほど。
さて、山すそでは“いばらヶ谷”越えの行軍がはじまった。まずオージェ卿が先陣を統べて進発する。つづいて本隊、そしてローランひきいる二万の兵が殿をあずかり、一糸乱れぬ陣立てをなした。
誰もひとすじの疑念、ひと欠片の恐れさえ抱かず、谷間の道を進んでいった――その先に、神が凄惨な命のやり取りを用意されているとも知らず――いや、ガヌロンただひとりは知っていた。彼の傷ついたこころが、復讐への渇望が満たされるときが、すぐそこに迫っていた。
69.
ピレネーの山は高く、谷は深い。ことにロンスヴォーは岩々までが玄く、左右を塞いで屹立している。フランク軍はこの山道をあえぎあえぎ進んだ。十五リーグ先からも、重い足音が聞こえるほどだった。
ようやく山の切れ目からフランスはガスコーニュの平野を目にしたとき、男たちは自らの故国を思わずにはいられなかった。ふる郷の家は無事か、田畑はまだあるか、妻は、乙女らは元気でいるだろうか……気づけば軍中、涙に暮れぬ者はなかった。
だがシャルル王は、彼らにまさる懊悩に胸を痛めておいでだった。愛する甥をあとに、国境に残して来ている――その気掛かりに心は重く、ただただ涙を流されるのみだった。
70.
はたして十二人衆は二万騎の兵馬とともに、いまだスペイン領内にあった。死への恐怖を打ち払い、本隊から遠く離れて行軍を続けている。
シャルル帝はお独りでフランスに帰り着いた様な心寒さを感じられ、思わずマントで御顔を覆われた。
大公ネームが傍らでたずねる。「主上、いかが思されましたか」
「聞くな」長年そばに控えるネームにも聞いたことのない沈んだお声だった「聞いてどうなるものでもないわ。なんで故なく悲しみをさらそう――けさ、天使のお告げを夢に見たのじゃ。ガヌロンが朕の手から槍を奪って滅茶苦茶に壊しよった。思えばローランを後衛に推したのは奴ではないか。そうとも知らず大事な甥を、異国の地に置いて来てしもうたわ。神よ!ローランを失ったら、朕はどうすればいい?この世のどこにあれ程の者がおろう?ああ、ガヌロンめによって我がフランスはまったく廃墟になるだろう!」
71.
シャルルマーニュは流れる涙を止めあえず、フランス軍十万には暗鬱たる空気が立ち込めた。
王の心配は噂となって兵士たちの口々に飛び火する。「ローラン卿が気掛かりじゃ、恐ろしいことにならねばいいが」「やはりガヌロンが裏切っておるのだ」「さよう、彼奴は賄賂として金銀にとどまらず、錦や絹までもろうたとか」「馬にラクダにラバもだと」
フランク勢の重い足どりとは対称に、マルシル王はいまや急速に軍勢をまとめつつあった。サラセンの公爵、伯爵、廷臣のすべて、加えて大小の藩王、将軍たちは手勢をひきいて三日のうちにサラゴサ城下に結集し、総勢は四十万にふくれあがった。城内の鐘は殷々と鳴りひびき、楼台に据えられたマホメットの神像に異教徒たちの祈りがこだまする。
出陣したサラセン勢は敵を猛追すべく、セルテーヌの険しい地形をひと息に駆けはしった。山を越え、谷を抜け、ようやくフランスの旗指物を目にするまでにいたったのが、ちょうど昨日のことだった。
いま彼らが狙いを定めるのは、シャルル王の誉れ高き十二人衆。ついに両軍の激突が始まろうとしていた――
72.
襲撃の機をうかがうマルシル王の前に、その甥が現れた。ラバをもって乗騎となし、黄金の鞭を手にしている。勝利を確信したか、笑みを浮かべて言うには、
「親愛なる伯父上に申し上げる、それがし王宮にながく仕え、こたびの戦でもたびたび骨折りをいたしました。野に戦い、山に争い、されど大功名にはつながりませなんだ。どうかそれがしにローランを討ちとる栄誉をお与えください。この槍先に彼奴めの首をぶら下げて戻りましょう。マホメットのご加護をもって、わが手でアスプラよりドゥレスタンまで――スペイン全土を解放しとうござる。さすればシャルルとて戦する気は失せ申そう、もはやご生涯にわたって安泰にございます!」
マルシルは喜び、その場で手袋を差し与えた。
73.
マルシルの甥はよろこび勇んで拝領の手袋をにぎり締め「もったいなき贈り物なり。されば陛下、フランス方の十二人衆に対抗して、我らからも驍将を十二人選んでいただきとうございます」
王の返事を待たずして、颯爽と立ち上がった者がいる。見れば王弟公ファルサロンであった。「甥御よ、わしも行かねばのう。本日の決戦、敵の後衛をつき崩すのはぜひにも我ら王族でなければならん。何せ奴らが槍の錆になることは定まっておるのだから」
74.
つづいて声をあげたのはコルサブリス王、奸智にたけた男でバルバリアの領主として知られている。
「神がフランスに与えし黄金すべてを積まれようと、決して卑怯の振る舞いはいたさぬ」と、これは敵ながら臣道にだけは則った物言い。
三番手に収まったのはブリガルのマルプリミス、恐るべき俊足の持ち主で、軍馬より早く戦場を走るという。マルシル王の前に進んで大音声を発した。
「ロンスヴォーへいざ行かん!運良くローランに出会うたら、そこが奴の死に場所よ!」
75.
バラグエの将軍が姿を現した。立派な風采の美丈夫で、ひとたび馬上の人となれば、武具甲冑とも十全のすがた。くわえて武勇も抜群とあらば、敵方キリスト教徒のなかにさえ味方に欲しいという者が出るほど。
「ロンスヴォーに攻め出しましょう。ローランにオリヴィエ、いや十二人衆いずれに会うとも、立ちどころに斬って捨てましょうぞ。フランク人どもが野辺に屍をさらすことになれば、シャルルはもはや老ぼれ、軍をとって返す気力はござるまい。スペインにとこしえの泰平が訪れましょう」
マルシル王は我が意を得たり、と喜んだ。
76.
つぎなる異教徒はモーリタニアの藩王、この者ムーア人の中でも随一の奸雄という。さっそくマルシルに向かって大言を吐いた。
「完全武装のわが兵二万騎こそ、ロンスヴォーに進ませたまえ。ローランとやらに遭遇したらば生きては帰さぬ、あわれなシャルルめ、生涯泣き暮らすだろうよ!」
77.
トルトローズ伯テュルギスが後ろから姿を見せた。領するトルトローズは、かつてキリスト教徒の虐殺が行われた街でもある。マルシルの前に出て、同輩たちと肩を並べて言うよう、
「ご心配なきよう!ローマの聖者ペテロがいかほどであろうと、マホメット様に敵うはずもない。我ら一心にお仕えいたさば、今日の勝利は決まったようなもの。真一文字にロンスヴォーへ繰り出し、ローランがごときひとひねりに致そう。見られい、わが愛用の長剣を。ローランのデュランダルと手合わせし、どちらが折れるものかお目にかけん。フランス勢はみな斬り死、老体のシャルルにはさぞ堪えるだろう。地上の王者として振る舞えるのも、今日が最後かも知れんのう」
78.
つぎはヴァルテルヌの領主エスクルミス――言うまでもないが彼もまたサラセン人である。
兵たちをかき分けながら名乗りを挙げて言うよう「ロンスヴォーに着いたらば、まずはローランめの青首を掻っ切って、その高慢を地に塗れさせましょうぞ。よう轡を並べておるオリヴィエもじゃ、十二人衆もみな生国には帰さん。敵軍はこの一戦で壊滅、フランスは衰え、シャルルの身を守る勇士は一人もなくなるでしょう」
79.
次いで到着したのはエストルガンとその相棒エスタマリン。美々しく装ってはいるが、両雄とも抜け目のない悪漢、外道である。
マルシル王が声を張りあげる「諸将よ!いざ押し出すべし、ロンスヴォーの峠を襲って、わが軍を援けてもらいたい」
二将は声をそろえて「そのお言葉を待っておった!ローランにオリヴィエは地獄に落ちてもらうとしよう、十二人衆にも後を追わせようぞ。我らが得物をご覧あれ、研ぎに研がれて照り輝いておる。敵中に飛び入らんや、こいつを振り回してフランク人を血の海に沈めてくれん。シャルルはさぞや意気をくじかれよう。王よ、我々の働きをよくよくご見分あれ。シャルルの帝が降参し、足下に伏してフランス全土を捧げに来るのも、遠い日のことではござるまいて」
80.
悍馬に鞭をくれつつやって来たのはセビリアのマルガリス。その所領は海辺にまで達する広大なものだとか。眉目秀麗、ご婦人がたの評判も抜群、異教徒のなかで最良の騎士とも呼ばれている。
王に対して人波の向こうから声をひびかせた。「陛下、心配ご無用にござる。ロンスヴォーにてローランを成敗いたしましょうぞ。オリヴィエ以下十二人衆もみな討ち死の運命が待っております」
マルシルは深く頭をたれて耳を傾ける。「ご覧なされ、この黄金の柄もつ名刀はプリームの将軍より贈られしもの。こいつと拙者の征くところ、フランク人の血煙と恥辱の絶えることはありませぬ。シャルル王は髭まで真っ白の高齢、日夜悲しみと怒りに苛まれることでござろう。フランスは早晩われらのものになり申す、一年後には御一同みな聖ドニの街(註:パリのこと)で寝起きすることになっておるやも知れませんな」
朗々たる美声に流れるような身のこなし、この場に女人がまぎれたならば、耳まで赤くなっただろう。
81.
“暗ヶ岳”の住人シェルニューブルが現れた。容貌魁偉の荒武者で、蓬髪はゆらゆらと垂れて地に達している。その膂力たるや凄まじく、ラバ四頭でもって運ぶ荷物を、軽々持ち上げてふらつく気配もない。
人の噂に言うならく、ミュニーグルとは日の光が届かず、作物も育たず、雨もふらねば霜も降りぬ不毛の地、さざれ石のひと粒まで漆黒に染まった悪魔の住処だとか。
「この腰の名剣もロンスヴォーで存分に血を吸うてくれるでしょう。ローランめに行き当たって戦を仕掛けぬのは武士の名折れ、なんとしてでも彼奴の剣デュランダルを奪い取ってみせまする。フランス勢は枕をそろえて討ち死に、さしものシャルルの帝国も滅亡いたすものと心得たり!」
――これにてマルシル方十二人衆は勢ぞろい。十万のサラセン軍は松の木立ちに分け入って、物の具固め槍を逆立て、戦闘開始の号令をいまや遅しと待ち構えた。
ゴーチェ卿の戦の顛末は、またのちほど。
さて、山すそでは“いばらヶ谷”越えの行軍がはじまった。まずオージェ卿が先陣を統べて進発する。つづいて本隊、そしてローランひきいる二万の兵が殿をあずかり、一糸乱れぬ陣立てをなした。
誰もひとすじの疑念、ひと欠片の恐れさえ抱かず、谷間の道を進んでいった――その先に、神が凄惨な命のやり取りを用意されているとも知らず――いや、ガヌロンただひとりは知っていた。彼の傷ついたこころが、復讐への渇望が満たされるときが、すぐそこに迫っていた。
69.
ピレネーの山は高く、谷は深い。ことにロンスヴォーは岩々までが玄く、左右を塞いで屹立している。フランク軍はこの山道をあえぎあえぎ進んだ。十五リーグ先からも、重い足音が聞こえるほどだった。
ようやく山の切れ目からフランスはガスコーニュの平野を目にしたとき、男たちは自らの故国を思わずにはいられなかった。ふる郷の家は無事か、田畑はまだあるか、妻は、乙女らは元気でいるだろうか……気づけば軍中、涙に暮れぬ者はなかった。
だがシャルル王は、彼らにまさる懊悩に胸を痛めておいでだった。愛する甥をあとに、国境に残して来ている――その気掛かりに心は重く、ただただ涙を流されるのみだった。
70.
はたして十二人衆は二万騎の兵馬とともに、いまだスペイン領内にあった。死への恐怖を打ち払い、本隊から遠く離れて行軍を続けている。
シャルル帝はお独りでフランスに帰り着いた様な心寒さを感じられ、思わずマントで御顔を覆われた。
大公ネームが傍らでたずねる。「主上、いかが思されましたか」
「聞くな」長年そばに控えるネームにも聞いたことのない沈んだお声だった「聞いてどうなるものでもないわ。なんで故なく悲しみをさらそう――けさ、天使のお告げを夢に見たのじゃ。ガヌロンが朕の手から槍を奪って滅茶苦茶に壊しよった。思えばローランを後衛に推したのは奴ではないか。そうとも知らず大事な甥を、異国の地に置いて来てしもうたわ。神よ!ローランを失ったら、朕はどうすればいい?この世のどこにあれ程の者がおろう?ああ、ガヌロンめによって我がフランスはまったく廃墟になるだろう!」
71.
シャルルマーニュは流れる涙を止めあえず、フランス軍十万には暗鬱たる空気が立ち込めた。
王の心配は噂となって兵士たちの口々に飛び火する。「ローラン卿が気掛かりじゃ、恐ろしいことにならねばいいが」「やはりガヌロンが裏切っておるのだ」「さよう、彼奴は賄賂として金銀にとどまらず、錦や絹までもろうたとか」「馬にラクダにラバもだと」
フランク勢の重い足どりとは対称に、マルシル王はいまや急速に軍勢をまとめつつあった。サラセンの公爵、伯爵、廷臣のすべて、加えて大小の藩王、将軍たちは手勢をひきいて三日のうちにサラゴサ城下に結集し、総勢は四十万にふくれあがった。城内の鐘は殷々と鳴りひびき、楼台に据えられたマホメットの神像に異教徒たちの祈りがこだまする。
出陣したサラセン勢は敵を猛追すべく、セルテーヌの険しい地形をひと息に駆けはしった。山を越え、谷を抜け、ようやくフランスの旗指物を目にするまでにいたったのが、ちょうど昨日のことだった。
いま彼らが狙いを定めるのは、シャルル王の誉れ高き十二人衆。ついに両軍の激突が始まろうとしていた――
72.
襲撃の機をうかがうマルシル王の前に、その甥が現れた。ラバをもって乗騎となし、黄金の鞭を手にしている。勝利を確信したか、笑みを浮かべて言うには、
「親愛なる伯父上に申し上げる、それがし王宮にながく仕え、こたびの戦でもたびたび骨折りをいたしました。野に戦い、山に争い、されど大功名にはつながりませなんだ。どうかそれがしにローランを討ちとる栄誉をお与えください。この槍先に彼奴めの首をぶら下げて戻りましょう。マホメットのご加護をもって、わが手でアスプラよりドゥレスタンまで――スペイン全土を解放しとうござる。さすればシャルルとて戦する気は失せ申そう、もはやご生涯にわたって安泰にございます!」
マルシルは喜び、その場で手袋を差し与えた。
73.
マルシルの甥はよろこび勇んで拝領の手袋をにぎり締め「もったいなき贈り物なり。されば陛下、フランス方の十二人衆に対抗して、我らからも驍将を十二人選んでいただきとうございます」
王の返事を待たずして、颯爽と立ち上がった者がいる。見れば王弟公ファルサロンであった。「甥御よ、わしも行かねばのう。本日の決戦、敵の後衛をつき崩すのはぜひにも我ら王族でなければならん。何せ奴らが槍の錆になることは定まっておるのだから」
74.
つづいて声をあげたのはコルサブリス王、奸智にたけた男でバルバリアの領主として知られている。
「神がフランスに与えし黄金すべてを積まれようと、決して卑怯の振る舞いはいたさぬ」と、これは敵ながら臣道にだけは則った物言い。
三番手に収まったのはブリガルのマルプリミス、恐るべき俊足の持ち主で、軍馬より早く戦場を走るという。マルシル王の前に進んで大音声を発した。
「ロンスヴォーへいざ行かん!運良くローランに出会うたら、そこが奴の死に場所よ!」
75.
バラグエの将軍が姿を現した。立派な風采の美丈夫で、ひとたび馬上の人となれば、武具甲冑とも十全のすがた。くわえて武勇も抜群とあらば、敵方キリスト教徒のなかにさえ味方に欲しいという者が出るほど。
「ロンスヴォーに攻め出しましょう。ローランにオリヴィエ、いや十二人衆いずれに会うとも、立ちどころに斬って捨てましょうぞ。フランク人どもが野辺に屍をさらすことになれば、シャルルはもはや老ぼれ、軍をとって返す気力はござるまい。スペインにとこしえの泰平が訪れましょう」
マルシル王は我が意を得たり、と喜んだ。
76.
つぎなる異教徒はモーリタニアの藩王、この者ムーア人の中でも随一の奸雄という。さっそくマルシルに向かって大言を吐いた。
「完全武装のわが兵二万騎こそ、ロンスヴォーに進ませたまえ。ローランとやらに遭遇したらば生きては帰さぬ、あわれなシャルルめ、生涯泣き暮らすだろうよ!」
77.
トルトローズ伯テュルギスが後ろから姿を見せた。領するトルトローズは、かつてキリスト教徒の虐殺が行われた街でもある。マルシルの前に出て、同輩たちと肩を並べて言うよう、
「ご心配なきよう!ローマの聖者ペテロがいかほどであろうと、マホメット様に敵うはずもない。我ら一心にお仕えいたさば、今日の勝利は決まったようなもの。真一文字にロンスヴォーへ繰り出し、ローランがごときひとひねりに致そう。見られい、わが愛用の長剣を。ローランのデュランダルと手合わせし、どちらが折れるものかお目にかけん。フランス勢はみな斬り死、老体のシャルルにはさぞ堪えるだろう。地上の王者として振る舞えるのも、今日が最後かも知れんのう」
78.
つぎはヴァルテルヌの領主エスクルミス――言うまでもないが彼もまたサラセン人である。
兵たちをかき分けながら名乗りを挙げて言うよう「ロンスヴォーに着いたらば、まずはローランめの青首を掻っ切って、その高慢を地に塗れさせましょうぞ。よう轡を並べておるオリヴィエもじゃ、十二人衆もみな生国には帰さん。敵軍はこの一戦で壊滅、フランスは衰え、シャルルの身を守る勇士は一人もなくなるでしょう」
79.
次いで到着したのはエストルガンとその相棒エスタマリン。美々しく装ってはいるが、両雄とも抜け目のない悪漢、外道である。
マルシル王が声を張りあげる「諸将よ!いざ押し出すべし、ロンスヴォーの峠を襲って、わが軍を援けてもらいたい」
二将は声をそろえて「そのお言葉を待っておった!ローランにオリヴィエは地獄に落ちてもらうとしよう、十二人衆にも後を追わせようぞ。我らが得物をご覧あれ、研ぎに研がれて照り輝いておる。敵中に飛び入らんや、こいつを振り回してフランク人を血の海に沈めてくれん。シャルルはさぞや意気をくじかれよう。王よ、我々の働きをよくよくご見分あれ。シャルルの帝が降参し、足下に伏してフランス全土を捧げに来るのも、遠い日のことではござるまいて」
80.
悍馬に鞭をくれつつやって来たのはセビリアのマルガリス。その所領は海辺にまで達する広大なものだとか。眉目秀麗、ご婦人がたの評判も抜群、異教徒のなかで最良の騎士とも呼ばれている。
王に対して人波の向こうから声をひびかせた。「陛下、心配ご無用にござる。ロンスヴォーにてローランを成敗いたしましょうぞ。オリヴィエ以下十二人衆もみな討ち死の運命が待っております」
マルシルは深く頭をたれて耳を傾ける。「ご覧なされ、この黄金の柄もつ名刀はプリームの将軍より贈られしもの。こいつと拙者の征くところ、フランク人の血煙と恥辱の絶えることはありませぬ。シャルル王は髭まで真っ白の高齢、日夜悲しみと怒りに苛まれることでござろう。フランスは早晩われらのものになり申す、一年後には御一同みな聖ドニの街(註:パリのこと)で寝起きすることになっておるやも知れませんな」
朗々たる美声に流れるような身のこなし、この場に女人がまぎれたならば、耳まで赤くなっただろう。
81.
“暗ヶ岳”の住人シェルニューブルが現れた。容貌魁偉の荒武者で、蓬髪はゆらゆらと垂れて地に達している。その膂力たるや凄まじく、ラバ四頭でもって運ぶ荷物を、軽々持ち上げてふらつく気配もない。
人の噂に言うならく、ミュニーグルとは日の光が届かず、作物も育たず、雨もふらねば霜も降りぬ不毛の地、さざれ石のひと粒まで漆黒に染まった悪魔の住処だとか。
「この腰の名剣もロンスヴォーで存分に血を吸うてくれるでしょう。ローランめに行き当たって戦を仕掛けぬのは武士の名折れ、なんとしてでも彼奴の剣デュランダルを奪い取ってみせまする。フランス勢は枕をそろえて討ち死に、さしものシャルルの帝国も滅亡いたすものと心得たり!」
――これにてマルシル方十二人衆は勢ぞろい。十万のサラセン軍は松の木立ちに分け入って、物の具固め槍を逆立て、戦闘開始の号令をいまや遅しと待ち構えた。
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