あやかしどもは、もどかしい

寿司

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第9話 嫌な予感

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 何とか授業に間に合った私たちは、ヒーヒーと肩で息をしながら席についた。
 しかしいつもは早いぐらいにいる担任の姿はなく、クラスメイトたちが気だるげに他愛もないお喋りをしながら待機している。

 すると入り口近くに座っていた赤沢さんが不意に声をかけてきた。

「何か留学生が来るらしいよ、そのせいで先生が今いないの」

「留学生? こんな時期に? 」

「珍しいよね。皆その話題で持ちきり」

 確かにこの学校には交換留学という制度があり、一年に一度ぐらい外国の人が来ることがある。しかしそれは大体秋口で、こんな春の時期に来るなんて聞いたことがない。
  

 留学生か……。嫌な予感しかしないなと私は一人唾を飲み込んだ。

「さー、座れ座れ。悪い、待たせたな」

 担任の坂本先生がよく通る声を響かせながら教室に入ってきた。その声を合図に皆ピシッと姿勢を正す。

 私も慌てて自分の席に向かった。

「遅くなって悪かったな。急だが、今日から数ヶ月間、アイルランドからの留学生を受け入れることになった。さあ入りなさい」

「失礼シマス」

 と、片言な日本語と共に姿を現したのは……。

……嫌な予感的中。

 朝出会ったあの少女だった。

 そのずば抜けた容姿にクラスの皆がどよめく。
 男子なんてもう目がハートになってるみたいだ。

「さぁ、皆に自己紹介して」

 少女は先ほどの敵意はどこへやら、ふんわりとした天使のような笑みを浮かべると、澄んだ声でこう続けた。

「ハジメマシテ。ローラ=ヴォルデンベルグと言いマス。短い時間ですが仲良くしてくれると嬉しいデス」

 ローラはぺこりと一礼をする。男子たちは彼女にもう釘付けだが女子生徒はあまりの面白くなさそうにつんと視線を逸らした。

「はいローラさんと皆仲良くね。空いてる席は……あ、そこの窓際から二番目の席ね。日野の隣かな」

 ゲッと私は思わず声をあげそうになった。謎の留学生が私の隣に来るなんてこんな都合の良い展開になるなんて……。漫画の世界にでも入った気分だ。

 ローラははい! と上品に返事をすると、軽やかな足取りでこちらに向かってきた。そして一度私の目の前で立ち止まる。

「ヒノさんと言うんですね、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 声音こそ優しいものの明らかに目が笑っていない。なんでだろ……私何か気に障るようなことを言っただろうか?

 私の隣に座ったローラだが、明らかに敵対オーラが出ている気がする。

 ……なるべく関わりをもたないよう数ヶ月頑張ろう。

 私は一人そう誓った。

◇◇◇

 何とか隣からの重圧に耐え、授業を終えた私は、逃げるようにして帰路についた。

 幸いにも今日はあやかしクラスの授業はないのでさっさと家に帰ろう。

「先生ーーーーー!!!! 」

 と、思っていたのだが……。

 何者かにいきなり後ろから抱き着かれた。意外にも衝撃を受け、ガクンと膝が笑った。

「カ、カミラ? 」

 この声はカミラだ。全身黒ずくめで目さえもちらりとしか見えないが声から分かる。

「ど、ど、ど、ど、どうしましょう。昔の恋人が近くまで来てるって……」

「落ち着いてよ、って、太陽がまだ昇ってるけど大丈夫なの!? 」

 吸血鬼は太陽に晒されると灰になってしまう。と何かの本で読んだ気がする。

「あ、それは大丈夫。私結構凄い吸血鬼なの」

 パチンとウインク一つするカミラ。しかし直ぐに我に帰ったように私に抱きつく力を強める。

「ってそんなことは良いのよ!! 本当にどうしましょう……絶対怒ってるわ……」

「いてててて、カミラ首! 首締まってる! 」

「あら、ごめんなさい」

 パッと私に抱きつく力を緩めるカミラ。危ない……もうちょっと抱きつかれていたら死んでしまうところだった。

「げほっ……。別れたんでしょ? じゃあきっぱり言うしかないよ」

「ま、まぁそうなんだけど……」

 何だかカミラの様子がおかしい。

「……まさか、ろくに別れもせずこっち来たとか? 」

「ギクッ」

 と、口で言うカミラ。なんと、ビンゴだったのか。

「それはカミラが悪いでしょ、ほらほら、潔く会って話しなよ」

「そうなんだけどねぇ……ね、ね、お願い! 先生も一緒に着いてきて下さいよ」

「やだよ。何で私が痴話喧嘩に付き合わなきゃいけないのよ……」

「本当にお願いだよお、このままじゃ私……」

 がっちりとカミラの腕にホールドされ身動きが取れない私。
 もがいてはみるものの吸血鬼の腕力にはとてもじゃないが敵わない。

「……見つけた」

 聞き覚えのある声。弾かれたようにそちらを見ると、立っていたのはローラだった。

「ローラさん? 」

 やばい、こんなとこ見られたら私がそっちの趣味の人みたいではないか。おまけにカミラは吸血鬼だ。こんなことがバレたら町は大騒ぎになる。

「こ、これは違うの!! この人は親戚のお姉さんで……」

「……許せない」

 わなわなと肩を震わせるローラ。そんなに怒るようなこと? と私は内心毒づく。

 あれ? それにしてもカミラの様子がおかしい。ローラと視線を合わさないようにまるで子犬のように小さく身を縮めている。

「カミラ! 私を捨ててそんな女と浮気してたのね! 」

 浮気……? カミラ……?

 じゃあまさかカミラが言ってた昔の恋人って……。

 ーー私の間抜けな絶叫が町中に響き渡ったのだった。
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