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第10話 奴隷の在り方
しおりを挟む何年ぶりかの風呂に入ることが出来た私は大変気分が良い。
染みついた汗やらなにやらが綺麗さっぱり洗い流されたような心地だ。
そして傍らのご主人様はずっと自分の髪の毛を気にしている。
「……変じゃない? 」
「変じゃないです。大変お似合いです」
このやりとりはもう五回はした。
「短い方が洗いやすいし、整えやすいですよ! 」
「それはそうかもだけど……俺じゃないみたいで落ち着かない」
でも分かる。髪の毛ばっさり切ると他人の目が気になるよね。
それも一週間もすれば慣れてしまうのだけどね。
「まーまー! 今日はさっさと寝ましょう。睡眠をきちんと取るのも大事です」
アステルの目の下にはくっきり隈がある。
きっと長年夜更かしをしたり不規則な生活が続いているのだろう。
「まあ……今日は久々に外に出て疲れたしな」
「そうでしょうそうでしょう! じゃあおやすみなさい」
って、奴隷の私はどこで寝れば良いのだろう?
気温もそれなりに高いので外で寝ても死ななそうではあるが……。
「何を言ってる? 君もこっちだ」
首輪を引っ張られ、私もアステルの部屋に連れ込まれたのだった。
◇◇◇
「うわ! 埃っぽい! 」
アステルの部屋に入って真っ先に思った感想。
窓は閉め切っていて、何年も開けていないのだろう、咳が止まらない。
真っ黒なカーテンに覆われていて明かりをつけても尚暗い。
そして部屋には一人用のベッドと、うずたかく積まれた難しそうな本だけが置いてあった。
奴隷だったのでこの世界の文字を私は読めない。
しかし表紙から察するに、神話か何かをまとめた本だろうか?
……明日起きたらまずここの掃除をしなきゃな。
「そんなに埃っぽいか? 」
「こんなところで寝てたら病気になっちゃいそうです」
病気か……辛辣な私の言葉にうなだれるアステル。
まずいまずい、仮にも私は奴隷。あまりご主人様を怒らせる言動は控えなければ。
「明日掃除をしますね! それじゃ、おやすみなさい」
話題を流すためにさっさと眠る作戦を強行する私。尻尾を丸めて枕のようにする。
こうすればどんな場所でも寝ることが出来る、私の必殺技だ。
「いや、ステラがベッド使って良いよ。俺床で寝るから」
「へ? 」
思わず変な声を出す私。奴隷がご主人様の寝床を使う?
そんなことしたら折檻ものだ。
「いや……女性を床に寝かせる訳にもいかないだろ」
照れた様に言うアステル。
どーやらこの人は奴隷というものが分かっていないらしい。
「良いですかご主人様、奴隷と主人の間には一生かかっても埋められない溝があるんですよ。奴隷は主人の道具、それ以上でもそれ以下でもありません! 」
「そ、そうなんだ」
私の気迫に押されたのかアステルがたじろく。
「こんな隙を見せていたらいつか奴隷に舐められてしまいますよ! 」
「……俺はそれでも良いよ」
何ですと!?
「確かに俺は君を買った。でも俺は君のことを道具だなんて思っていないよ。生活を共にする同居人、それじゃダメかな? 」
「駄目では……ないですけど」
「良かった」
そうやってふわりと笑うアステル。
本当に変な人だ。
「じゃあもう知らないですからね! 私ベッドで寝ちゃいます。お休みなさーい」
アステルの返事を待たずにベッドに転がり込む私。
何だこれ、お腹の辺りに生ぬるいようなくすぐったいような変な感覚がする。
今まで生きて来てこんな経験をしたことはない。
どれもこれも、この部屋が汚いせいだ。
私はそう自分に言い聞かせて、目を閉じたのだった。
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