夢見る心

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第2章 出会いの訪れ

君の名前

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5月に入って春らしい暖かい光は、教室の窓辺を柔らかく包み込んでいた。そんな暖かい陽だまりの中、私は教室に用意されたいつもと同じ席にそっと腰を下ろした。

「おはよう結衣!」
「アヤおはよう!あれ?コウジは?」
「それがさぁ、週末に出掛けた先で雨に当たったらしくて、風邪引いて寝込んでるんだって」
「えぇ大丈夫?」
「うん!本人はめっちゃ元気なんだけどね」
「なら良かった。一限の美術って確か合同だよね?」

授業の準備をしながらアヤに確認すると、何故か目を輝かせた。

「そうそう!4組に入った転入生がめっちゃイケメンらしくて楽しみなの!」
「転入生?」
「知らないの!?先週、転入してきた男子!結衣ってそういう情報、早いと思ってたのに」
「結構疎い方だよ?けどコウジ居るのに目移りしてて良いの?コウジ泣かない?」
「彼氏とイケメン崇めるのは別!」

 二人で美術室へ向かうと、既にそれぞれ好きな場所に座っていた。私は何人かの生徒に「おはよう」と挨拶して、適当な席に座ると直ぐに隣の席へ誰かが腰を下ろす気配がした。

 振り返ると柔らかい日差しを浴びて、優しい笑顔を浮かべたあの少年が立っていた。公園で一度だけ会った彼だ。

「隣、いい?」

 彼の声は少し照れくさそうだっが、それでも綺麗だ二重の瞳は真っ直ぐ私を捉えていた。

「うそッ転入生!?」
「ハハッどうも、はじめまして。他に席が空いて無くて困ってるんだ…」

 優しく笑う彼は如何にも癒し系男子と言った雰囲気を漂わせ、困った表情にすらも優しさを感じさせる彼…私の心臓が少し速くなるのを感じた。アヤが嬉しそうに彼の言葉に答えると、彼は静かに私の隣の席に座り、机の上にカバンを置いた。

「また君に会えて嬉しいよ。同じ制服だから、いつか会えると思ってたけど、同じ学年だったんだね。あッ、でも君は公園で僕と会ったの忘れてる?」

 ユメはその言葉に胸の奥が熱くなるのを感じた。たった一度の出会いが、誰かの心に残っていると思うだけで、なんだか安心した。

「ちゃんと覚えてるよ!私もまた会えたらって思ってたの」

 照れくさそうに微笑むと、当然アヤは話に興味津々だ。まさか、先程紹介したイケメン転入生が既に顔見知りだったなんて、予想もしてなかったに違いない。

「2人は知り合いなの!?」
「知り合いっていうか」
「前に公園でバッタリ会ったんだよ」
「うん、クラスとか転入生とか知らなかった」

彼はまだ少し照れくさそうにしながらも、私に向き直った。その仕草からは彼の誠実さと丁寧さが感じ取れて、見れば見るほど好印象でしかない。

「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったね」
「うん。私、白川 結衣、よろしくね!」
「斉藤 優だ。よろしくね、白川さん」
「私はアヤ、アヤで良いよ!」
「うん!よろしくね、アヤさん」

そう言いながら、少し照れたように頬を掻く。その何気ない仕草に、何故か胸がドクンと音を鳴らした。何となく…昔のお兄ちゃんに似てるかも。なんて思いながら、私は会話を続けた。

「斉藤くんって呼んでも良い?」
「うん、もちろん」

そんなやりとりを交わしながら授業は開始し、それぞれがペアとなり相手をデッサンし始める。

「斉藤くん、綺麗な二重だよね」
「ハハッまじまじと見られて言われると少し照れくさいね、、二重は母似なんだ」
「そうなんだ」
「白川さんはとっても綺麗だね」
「え?」

人から綺麗なんて言われたのは初めてで、思わず固まってしまった。こういう時は笑って流すのが最善だろう。

「えぇー、斉藤くん口うますぎ~!」
「そんな事ないよ?鼻筋だって通ってるし、唇の形も特徴的で凄く綺麗な顔だと思う」
「あ…ありがと」

彼の無垢な褒め言葉に思わず顔を赤くなった私は、お礼だけ伝えて目の前のキャンパスに集中する事にした。

それからの会話は殆ど無かったけど、彼の描いた私の顔はとっても綺麗で柔らかいタッチだった。一般的なになってしまったのが申し訳ないくらいだ。

授業を終えると、先程の雰囲気を見ていたアヤはニヤニヤと微笑んで先に美術室を出ていってしまった。

私も教室へ戻ろうと机の上を片付けて居ると、斉藤くんはまた私に声を掛けてくれた。

「SNSってやってる?」

そんな突拍子の無い会話に驚いたけど、私は笑顔で答えた。

「うん!あっでも上手じゃないし、あんまり使いこなせてないかも?」

何せ始めたばかりだ、仕方ない。

「僕はよく見るけど、色んな人の見るの癖になるね」

その言葉に、ユメは胸がドキドキと音を立てるのを感じた。あのSNSの投稿を彼が知っているのだろうか?そんな筈ないけど…

(斉藤くんだったら良いな…)

なんて、無茶な思考が頭をよぎる。けど、やっぱり直接は尋ねられず、少し俯いて答えた。

「そうだね」

それから話題はゆっくりと流れ、美術室を出た2人は互いの趣味や学校生活、好きな音楽や映画の話で広がっていく。

「趣味は何?」と優。

「読書と散歩かな?あんま出かけれないけど」
「いいね。僕は読書とスポーツかな!特にバスケットボールが好き」
「え、意外!スポーツは苦手な方かと思ってた」
「あぁよく言われるよ」

そう彼が微笑んだ瞬間、私の心にふっと軽やかな風が吹き抜けるようだった。何気ない会話なのに、とても居心地よかった。

自分の教室の前まで来た時、私は教材とスマホを窓の縁に置いて外を眺めた。もう少し彼と話していたい…なんて気持ちの現れなんだろうけど、彼の視線は、ふとスマホに留まった。画面はSNSの投稿が表示されたままだった。

「あ…これ、君の投稿だったんだ」

その言葉に私は再び戸惑った。
彼も自分の投稿を見てたのだろうか?

「え?うん、そうだけど」
「なら凄い偶然だね!その投稿にイイネしたの僕なんだ」

斉藤くんの声はさらに柔らかくなり、嬉しそうに子供のような笑顔を浮かべ喜んでいる。

「直接会ってるなんて、思わなかったよ」

私の心臓の鼓動が早くなった。
ずっと気になってた人、同じ人だったら…なんて奇跡に近い出来事が現実になった。嬉しさと感動とその他諸々で私は今、久しぶりに興奮してるんだと思う。

「そんな事って有るの?!だってSNSって世界中の人がやってるのに」

驚く私に微笑みを崩さない斉藤くん。
彼はそっとスマホを返しながら言った。

「きっと何かの縁や運命なのかもね?もし良かったら友達追加しても良いかな?」

その言葉は心に深く染みわたった。彼の存在が自分の中に抑え込んだ何かを少しずつ、癒していくように感じた。

斉藤くんと友達追加した後、それぞれの教室へ戻ったけど…結局、放課後になっても私の心臓はドキドキと強く脈打っていた。

帰りのホームルームを終えて鞄に教科書を詰め込んでいると、教室の入口から見慣れない顔がちらりと覗いた。

「おっ、駿じゃん」なんてクラスメイトの声が聞こえ、私はそれを無視して帰宅の準備を進める。

駿と呼ばれた男子とは、絡んだことが無い。いくら私がムードメーカーをやって居ても、同じクラスになった事の無い男子までは知る訳がないんだ。

なのにその男子は、私を呼び出したらしい。

「結衣、2組の駿が呼んでるぞォ!」
「え、私?」

鞄を持って廊下へ行くと、蓮の横には斉藤くんが共に居た。けれど斉藤くんは4組で、隣のクラスじゃないはずだけど?

「呼び出してごめんね白川さん、今大丈夫だった?」
「うん平気!それよりこの人は?」
「彼はバスケ部エースの青木 駿。僕の幼馴染だよ」
「よろしくな!」
「うん、よろしく!でも幼馴染って?斉藤くんは、転校してきたんだよね?」
「なんだ、話してねぇの?」
「まだそんなに話せてなかったからね」

二人の会話に首を傾げていると、駿はニッコリ明るい笑顔を浮かべて斉藤くんが留学していた事を教えてくれる。一見は斉藤くんと真逆のタイプの駿だが、バスケが好きな所や気の利く優しさなど、共通する面が多いんだなと、話してて思った。

「でコイツ虫が苦手でさ!あれ、今も苦手か?」
「今は克服したよ」
「マジ!?あんだけ泣いて嫌がってたお前が!?」
「お、女の子の前で変な暴露するなって」
「ごめんごめん」

そんな二人の会話に思わず口元が緩む。斉藤 優の様々な面が見れる事が何故かとても嬉しかったからだ。そんな話をしていたら、いつの間にか校門の前まで一緒に来ていた。

「じゃあ私こっちだから」

そう言ったけど、駿は「帰り一緒にどう?」なんて笑った。その言葉はとっても嬉しかったが、私の脳裏に浮かんだのはお兄ちゃんの怒鳴り声…

「ごめん!時間ヤバめだから急ぐね!」

そういうと「そっか、残念」と笑った駿。引きが早くて助かった。そんな別れ際、優は私に微笑んで声を掛けてくれる。

「後で連絡しても良いかな?」
「うん!楽しみにしてる」

 駿と優が振り返らずに歩き去るのを目で追いながら、私はそっと息を吐いた。やっぱり、どこかで気を遣っていた自分がいたらしい。心の奥で張っていた糸が、ぷつんとほどけていくのを感じた。

だけど、今日という一日どれ程、心に残った言葉を貰っただろう。名前を知らなかった頃から、不思議とその存在が気になっていた“あの人”。公園で一度だけ言葉を交わし、次はSNSのイイネ。偶然の連なりのような、静かなつながりが、ようやく今日、形を持って現れた。

そんな奇跡のような出会いに感謝して、私はいつも通り買い物して帰る現実へ戻ることにした。今夜のごはん、何にしよう。お肉は高いし、冷蔵庫に卵があったはず?野菜は…昨日の半分残ってるキャベツ。

 「…うん、炒めものでいいや」

独り言を口にしながら、小さな買い物かごに必要なものを入れていく。お店を出ると、空はすっかりオレンジから藍色に変わっていた。

家に帰り靴を脱ぎ、そっと足音を立てずにキッチンへ向かう。

 ──兄が起きている。

ドアの隙間から、薄暗い部屋の中に背を丸めて座る兄の姿が見えた。いつも通りの無言の影。背中越しに感じる重たい空気に、私は呼吸をひとつ浅くする。

「ただいま」

兄は振り向かない。返事も、視線も、何もない。
今日は不機嫌の日かもしれない。

今日も会話ひとつ無く食事を済ました私は、自分の部屋に引きこもってスマホを取り出す。

斉藤くん──

(連絡、どうしよう)

『楽しみにしてる』って言ったのに、自分からは何もできないまま。スマホを伏せてベッドに寝転がると、天井の小さな照明が、少しだけ瞬いた。

 ──なんで、あんなに優しい人がいるんだろう。

そう思ってしまう自分がいた。“あんな人”が、どうして私のような存在に声をかけてくれるんだろう?

自信なんてない。笑顔も明るさも全部“作りもの”なのに。

(いや、優しいのかもしれない)

机の上に置いたままのスマホが震え、画面には、「斉藤 優」の文字。

(ほんとうに、連絡をくれた)

胸の奥がきゅっと締まる。ただ、誰かが自分を忘れずに思い出してくれる、そんな安堵…私はゆっくりとスマホを手に取った。

 “今日はありがとう。また話せたら嬉しいです。”

シンプルで、まっすぐな言葉だった。私はそれを何度も読み返してから、ようやく指を動かした。

 “こちらこそ、ありがと!これからよろしくね!”

送信ボタンを押した指先が微かに震えていた。緊張していたのかもしれない。けどその夜、私は久しぶりに夢を見なかった。目覚めるまでの間、誰の声も、誰の影も追ってこなかった。

きっと私は楽しかった…のかも知れない。それだけで今日という一日が、ほんの少しだけ違ったような気がした。

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