猫と幽霊おばあちゃん

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お婆さんとオレ

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俺の名前は団子、好きな物は婆さんの作った猫飯だ。

生まれた時から小太りだったオレの姿を見て、婆さんが満面の笑顔で付けた名前なんだが、オレはこの名前…あまり好きじゃない。

だって団子だぜ?食われるのか?

毎日椅子やベッドや縁側で、ぐーたら生活のオレなんか食っても美味くねぇぞ。

そんな婆さんとの時間も何年経つとオレは立派な成猫になった。そして今日も口煩く世話好きな婆さんは、オレの嫌いな名前を呼ぶ。








「団子や~ご飯じゃよ~」

婆さんはガラガラで震えた声を張り上げ、オレのご飯をリビングの端に置く。薄めた味噌でマグロを煮込んだその飯はオレの大好物の猫飯だ。

「にゃぁ~」

俺は匂いに誘われリビングに置かれた椅子から飛び降りると、猫飯の入った皿へと近づいた。

ん~、良い香りだ。
やっぱりこの匂いは堪らない。

人間はこの何倍も濃ゆくして飲むそうだが、オレには理解が出来ない。


「どうだい?美味しいかい?」

婆さんは食事の度、毎回こうして心配そうにコチラを見つめ問い掛けてくる。だが、答えはいつも“美味い”のただ1つ。むしろ“美味しい”以外の言葉が有るなら教えて欲しいくらいだ。

オレが無我夢中でこの猫飯を食べていると、婆さんは決まって食事の途中なオレを軽々と抱き上げる。あと少しで完食だと言うのに、何をしてくれるんだッ…。

「団子が餅になっちゃうから
続きはお昼にしようねぇ」

オレは毎度思う。
何故、分けて出してくれない?
お預けされたコッチの気にもなって欲しいものだ…。飯を取り上げられ、やる事も無いオレは仕方なく外に出て散歩をする事にした。

オレと婆さんの住むこの村は実にのどかだ。忙しい車の音も、ガヤガヤとした人間の声も無い。有るのは虫の鳴き声と風の音…まぁ、言ってしまえば何も無い田舎暮しだ。

季節は夏に移り変わろうと暫く雨が多い日が続いていたが、今日は久々に晴れ晴れとした良い天気。清々しい空を見たオレは、少し遠くへ旅する事にした。






どのくらい歩いただろうか?

カエルを追い掛けていたら、いつの間にか縄張りから出てしまったらしい。あまり遅くなったら、心配性の婆さんの事だ…警察を呼ぶかもしれないし、最悪の場合には家から出して貰えず、丸1日婆さんの膝の上に座らされる羽目になりそうだ。オレは急ぎUターンして、元来た道を戻ることにする。





家が見えて来た時、人間の子供達が元気な笑い声を上げ自転車で隣を駆け抜けて行く。昨日まで降り続いた雨で土が湿っていたのか、泥が飛び跳ねてオレに命中した。おかげで全身泥だらけだ。

これでもオレは綺麗好きなんだっ。
帰ったら婆さんに乾かしてもらおう。

「にゃぁ」
婆さん~帰ったぞ。

玄関先でそう合図してやると、婆さんが足早に廊下を歩く音が聞こえる。そしてスリッパを履けば玄関の戸を開き、オレを家の中に招き入れ毎日必ず同じ言葉を口にするんだ。

「おかえりなさい団子
今日は何処まで行って来たんだい?」

そう言って泥だらけのオレを抱き上げた婆さんは、洗面台へと向かいお湯を出し始めた。

ん!?まて…?
水浴びなど聞いてないぞ!

オレは慌ててその場から逃げようとするが「逃がさないよ!」と、婆さんに戸を全て閉められ逃げ場を失う。こういう時の行動だけは何故か素早い婆さん。

タオルで拭いてもらうだけで良かったのだが、逃げ場を失い観念したオレは大人しく泥を洗い流す事にした。


「よしよし、綺麗になったよ」

うるさいドライヤーも終わり自由の身になったオレは、急いでその場を離れ冷たい縁側の廊下へと寝転んだ。ひんやりとした床がドライヤーで温められた身体にしみ渡り、とても気持ちが良い。
俺はそのまま少し昼寝をする事にした。







数時間後
オレは飯の匂いに目が覚める。

今日の夕飯は何だろうか?

重たい身体を持ち上げグッと身体を伸ばせば、美味しそうな匂いのするリビングへ向かった。

「起きたんだね、おはよう団子」

婆さんはオレの姿を見ると、にっこりと笑いかけ「すぐ出来るから待ってね」と料理を続けた。オレはリビングの椅子に座り、テレビを眺めながら料理を待つ事にする。


『ーーーでは続きまして、今年の夏は猛暑となる見込みにより、高齢者や持病のある方の急患が多くなると予想されます。本日は、そんな猛暑に向けて体調を悪くしない予防について専門家にお話頂きます。』


熱中症か…
婆さんも良い歳だから気を付けろよ?

「にゃぁにゃぁ」

注意をしてみたが、
俺の言葉は婆さんには届かない…。

「なんだい?お腹すいてるんだね
ほら出来たよ。お食べ」

そう言って婆さんはオレの食事をリビングの端へ置てくれた。今日の夕飯は…親子丼だッ!!コイツはオレの好物、第2位。この鶏肉と玉子の組み合わせが何とも言えないんだ。

仕方ない今日は婆さんと寝てやろう。

今日はオレの好物ばかりだからな…!
特別なのだッ!

夜になり婆さんの眠る寝室へと向かった。

「にゃ~」

オレが声を上げれば、布団に入ったばかりの婆さんは布団を捲る。

「今日は一緒に寝てくれるのかい?
おいでおいで」

遠慮なく隣へ入り体を丸めると、婆さんは上から布団を掛けてくれた。婆さんの体温はとても暖かく落ち着く…オレは婆さんの腕の中で夢の世界へと入っていった。








それから数日後、俺は夏の暑さに嫌気がさしていた。今年は猛暑だと聞いていたが…どうにも暑すぎるんだ。いつもなら冷たく気持ちが良い縁側も焼けた鉄板の様に熱々で、気持ち良さの欠けらも無い。だから最近のオレは、冷房の効いている婆さんの部屋で過ごす事にしている。

だが、今日の婆さん…
何だか様子が可笑しい気がする。

朝からフラフラと壁伝いに歩けば、オレに缶詰だけ出して再び部屋で何時間も寝ているのだ。

もうとっくに昼飯の時間も過ぎているぞ?オレは布団に潜り込み、婆さんの頬を舐めてみるが反応をしない。

熱中症ってのになったのか?だから気を付けろって言ったのに…仕方ねぇ、待ってろ。人を呼んできてやる。急いで家を飛び出しあオレは、近所の猫仲間に集合を掛け説明をした。

「おい、みんな聞いてくれ。婆さんの様子が朝から可笑しいんだっ」
「なんだって?お前の所は婆さん1人だろ?」
「私達も誰か呼べないか試してみるわ」

集まった5匹の猫はそれぞれ飼い主へのアピールをしてみると約束し、その場を解散する。

オレは仲間達が人を呼んでくれるのを玄関先でじっと待つ事にしたが、本当に人間がオレらの行動を読み取って来てくれるのか?

…凄く不安だ。





暫く待っていると、一人の人間がメス猫を追いかけオレの元へ走ってきた。

「ダンッ!!パパ連れて来たよッ!」 
「よし、こっちの部屋だ」

オレは部屋へ案内しようとしたが、人間は玄関から中へ一歩も入ろうとしない。

「にゃー!」

メス猫が人間のズボンの裾を引っ張り、漸くの思いで部屋へと入れると、人間はやっと状況を理解したらしい。

「お婆さん!大丈夫!?」

婆さんを揺すり起こすも反応が無いのを見た人間は、小さな機械を取り出し誰かと話し始める。



その後、大きな車で何処かに運ばれ

二度と帰ってくる事は無かった…。










 ーーーーーーーーーーーー


アレから何日経っただろうか?
婆さんと住んだ家は壊され…
猛暑の中、オレは野良猫となっている。

食事は婆さんを見つけてくれた人間が魚と水をくれるが、オレはやっぱり婆さんの作った猫飯の方が好きだった。


雨の日は、他所の家の軒下で雨宿りし
陽射しの暑い日は、木陰で昼寝をする。

だが、何処にも婆さんは現れなかった。



それでもオレは待った…。
何ヶ月も待ち続け、身体の毛は泥でパサつき
丸々とした身体も細く変わり…

 …季節は冬へと変って行く

オレは何を待っていたのか…薄れる記憶。


猫の記憶力はとても悪い。
俺もそうだ…。

何を待っていたのか…
次第に思い出せなくなっていた。









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