婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

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内密に



 背後には、今頃サロンでベルティーナを忘れているか馬鹿にしているかのリエトが静かな怒気を孕んだ瞳で立っていた。藤色の瞳と合うと強く睨まれ、負けじと睨み返した。見たところ護衛はいない。茶髪の鬘を被り平民の服を着ている辺り、姿は気にしているようだ。


「……何か?」


 自分史上最も低い声をと意識した声は自分自身驚く程低く、アルジェントも驚いていた。


「……」


 リエトも強い拒絶と怒気が込められた声にショックを受け、傷ついた顔を見せた。多分な疑問を心に抱えながらも再度問うた。


「何の御用ですか」
「……今日は何の日か知っているか」
「貴方とのお茶の日ですね。それが」
「……サロンの前まで来たと聞いた。お前を待っていたのにどうして入らなかった」
「は?」


 思わず口にせずにはいられなかった。勢いがあり過ぎて声が大きくなってしまい、周りの客から視線を受けて身を小さくした。普段なら絶対にしないのに、と恥ずかしさが勝って顔が赤くなっていく。どうせ馬鹿にした顔をしているリエトを嫌々視界に入れたら、こっちは吃驚した面持ちをしている。予想外な表情に面食らったベルティーナだが首を振り、いつもの強気な自分に戻した。


「クラリッサと私を馬鹿にする予定だったのに当てが外れて残念でしたわね」
「クラリッサがいたから入らなかったのか」
「どうして態々自分を馬鹿にする気満々な人達がいる敵地に乗り込まないといけないのか、理由をお尋ねしても?」
「て、敵地だと……? お、お前は私がそんな人間だと思っているのか?」
「するでしょう。今まで散々クラリッサがいる前でお前は可愛げがないだの、クラリッサの可愛さを見習えと耳に胼胝が出来ちゃうくらい言い続けていたのを忘れましたか?」


 ベルティーナよりもリエトの方がアンナローロ家の身内だと言ったら誰も疑わないくらい息ピッタリの掛け合いだと指摘していくと睨みが強くなっていく。一体何をしに来たのかと問えば、連れ戻しに来たとだけ返された。

 誰を? ——ベルティーナを。

 心底呆れ果てた溜め息をリエトへ吐き、注文したケーキセット二人前を給仕が運んだ。途中で座ったリエトは珈琲だけを頼んだ。居座る気満々なのをうんざりとしながらも、テーブルに置かれたケーキを見ると機嫌が治っていく。


「美味しそうね、早速頂きましょうアルジェント!」
「ああ」


 リエトそっちのけでケーキを食べ始めたベルティーナ。大好きな生クリームが沢山載ったフルーツケーキの美味に感動し、濃い紫水晶の瞳を煌めかせた。輝きに満ちた紫水晶の美しさを何度も向けられてるアルジェントはケーキの美味しさに同意し、チラリとリエトを盗み見た。


「……」


 好物を食べて幸せ全開のベルティーナを目にして固まっていた。藤色の瞳に浮かぶ多分な切なさと愛しさ。
 ベルティーナからアルジェントに変わった視線には、熱量の強い嫉妬と怒り。

 ベルティーナは見ようとしないから、熱の籠った目で自分を見つめるリエトに気付かない。
 クラリッサがいる時も変わらない。

 ふう……と仕方ないと息を吐いたアルジェントはベルティーナの頬に手を伸ばした。小さな生クリームが付いていたのを取ってやり、舌先を見せペロリと舐め取った。ベルティーナは恥ずかしがる素振りもなくお礼だけを述べると再びケーキに視線を戻した。

 これに耐えられなかったのはリエトだった。
 鋭い声で名前を呼ばれたベルティーナは思い出したように眉間に皺を寄せた。


「何ですか、まだいたのですか。別の席に移動しては」
「婚約者がいる前で堂々と浮気か?」
「おかしいですわね、私と殿下の婚約は破棄された筈では? 貴方が言ったのにお忘れですか?」
「……」


 自分に都合の悪い部分を指摘されると黙るリエト。睨むのだけは決して忘れない。強い視線を貰うだけでも精神力は減っていく。
 昔は何度も心折れ掛け、その度にアルジェントに愚痴を聞いてもらって気持ちを落ち着かせてきた。婚約破棄をされてその負の感情から解放されて喜んだというのに。


「浮気と言うなら、婚約者を放って他の女とばかりいる殿下はどうなのですか。私を呼んだと言いながらクラリッサとそれはもう楽しそうにしていたではありませんか」
「……クラリッサが来たのは予定外だった。呼んだ覚えはない。私はお前を待っていた」
「待っていたなら、追い出せば良かったではありませんか。サロンに殿下だけいたなら、ご挨拶くらいはします」
「クラリッサがいないのならいいのか」
「それ以前に私と殿下は婚約破棄をしたのなら、二度と呼び出さないでください」
「……」


 まただ。

 リエトが黙る時は、都合が悪くなった場合だけじゃない。ベルティーナが拒絶しても黙る。時折、酷く傷ついた相貌を浮かべるのはどうしてなのか。生まれた時から周囲に大事に大事に育てられたリエトは人に拒絶された経験があまりに少ない。
 何度もリエトを拒絶したベルティーナが好意的に見られるのがないのはこれ。と本人は自覚していても目の前で何度もクラリッサといちゃつき、クラリッサと比べられ続けリエトに好きになってもらいたい気持ちは大きく削れていった。


「殿下、婚約破棄は確かに陛下も王妃殿下も承知の上、なんですよね?」
「……そうだ。クラリッサをアンナローロ公爵家の養女にする話が公爵と陛下達の間で進められている」
「……」


 いよいよ、ベルティーナは喜びを隠すのに必死になる。愛してもくれない家族に、婚約者に未練はない。ペットとして拾ったアルジェントだけは連れて行く。にやけそうになる顔を必死で、必死で、抑え神妙な顔を作った。


「そうですか……なら尚更、こんな所にいないでクラリッサの許へ戻っては如何です」
「公爵は……クラリッサを養女にしたら、お前を修道院へ送ると。王太子妃にならないお前に価値はないと」
「私としても父親としての価値がないお父様と離れられるならラッキーですわ」
「な!?」

 
 
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