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11話 叶わないのか
帝都にある大教会と比べると北の教会支部は当然だが小さい。見上げてやっと天辺が見える大教会と同じ建物が幾つもあったらそれはそれですごく、質素だが清潔に保たれている中をオルドーに案内される。
「地方の教会の運営を支えるに当たって貴族の支援は大きい。特にアリアージュ公爵家が多額の寄付金をしていると君は知っているな」
「はい」
未来の公爵夫人になるよう育てられたフィービーはよく知っている。ミゲルの母と幾つかの教会支部、孤児院、修道院を回った。資金が潤沢な施設はどこも人の活気に溢れ、皆前を向いて生活を送っている。特に子供達の純粋無垢な笑顔は疲弊していたフィービーの心を癒してくれた。
「まあ、公爵家の誰かが来るようなことは滅多にないから安心してくれ。帝都と違ってこの地域に住む貴族は少なく、帝都の事情に詳しい者もあまりいない」
ピンクがかった銀の髪、青の瞳という目立つ容姿を持つフィービーを一目見てウェリタース侯爵令嬢と見抜く貴族と接触する可能性も限りなく低く、居場所を知られる心配性はない。フィデスは単にフィービーを北の教会支部へ送ったのではないと改めて知った。
「オルドー様は、さっきフィデス司祭をあまり信用し過ぎないようにと私に言いましたが私には怖い人とは思えません」
「それはそうだろう。神を祀る教会の責任者が他者を怖がらせる真似は決してしない。叔父上は、人の好さそうな顔をして懐に入り込むのが上手い」
フィービーの悩みを聞き、逃げ場所を提供したフィデスに思惑がなかったとは断言しない。何かしらの利益があってフィービーをオルドーのいる此処に送り込んだのだ。
「だとしても、やっぱり私はフィデス司祭に感謝をしています」
「……一つ聞いて良いか」
「なんでしょう」
立ち止まり、振り向いたオルドーを真っ直ぐ見上げ、彼の問いを待つ。
一向に訊ねないオルドーを段々と不思議そうに見ているとふいっと視線を逸らされた。
「……いや、すまない。なんでもない」
「そう、ですか」
フィービーは深く突っ込まず、施設内の案内が再開されると黙って後ろを付いて歩いた。
「……」
自身の前に誰もいないのをいいことにオルドーはじっとフィービーを見つめて得た気持ちに何処か納得したような面持ちをした。ピンクがかった銀の髪といい、青い瞳といい、過去の記憶を照らし合わせても納得せざるを得ない。時折、オルドーに会いに此処へ来るフィデスが言っていた通りだ。
瓜二つと言っていい程、フィービーは亡くなった前侯爵夫人によく似ている。声もかなり似ている。
「……そういうことか」
「どうしました?」
「いや、なんでも」
心の中で呟いたつもりが声に出ていたらしく、フィービーを誤魔化したのだった。
——礼拝堂、オルドーの執務室、食堂、休憩部屋、神官や職員の部屋の案内が終わると前を向いていたオルドーがくるりと振り向いた。
「フィービー嬢、アズエラ嬢共に本格的な業務は二日後からしてもらう。アズエラ嬢は神官として、フィービー嬢には職員として働いてもらう」
「分かりました」
「具体的な業務内容は二日後に説明をする。君の部屋へ案内する」
今日と明日はゆっくり体を休め、明後日には仕事が始まる。ずっと貴族の令嬢として育てられたフィービーが初めて仕事をする。不安がない訳ではないがやらない限り何が出来る、出来ないがあるか分からない。
フィービーの使用する部屋に入れてもらう。寝台とテーブルと椅子、小さなクローゼットが置かれていた。
「他に必要な物があれば各自で用意してくれ。帝都程には揃っていないが、この町もまあまあに大きい。欲を出さなければ良い物を見つけられるだろう」
「家具を一つ増やしても大丈夫ですか?」
「構わないが大物になるなら店の者に頼んで運んでもらうといい。ついでだが何を買うんだ」
「鏡台を購入しようかと」
部屋には姿見もなく、身形を整えるには鏡は必要で。あまり家具を増やしても部屋が狭くなる為、化粧品を仕舞うのにも便利な鏡台を選んだのだ。
言われて察したオルドーは「ああ、そういえば鏡は共用スペースのところにしかなかったか」と納得し、貴族出身の職員も自分で購入していたなと思い出した。
「明日、此処の出身者に君とアズエラ嬢を案内させる。その時家具を見に行きなさい」
「はい。ありがとうございます」
説明は終わり、困ったことがあれば言うようにと言い残しオルドーは部屋を出て行った。一人になったフィービーは旅行鞄をテーブルに置き、中身を開いた。クローゼットに持って来ていたワンピース、帽子を仕舞い、小物類は一旦旅行鞄に入れたままにした。旅行鞄もクローゼットに入れると扉を閉めた。
日当たりの好い場所を与えられた。カーテンの隙間から差し込む太陽の光が眩しい。思い切ってカーテンを開き窓を開けた。
目の前に広がるのは自然の景色。頬を撫でる風が心地よく、爽やかな香りを運んだ。
「綺麗な場所……とても落ち着く」
人もいない、緑に溢れただけの景色は疲れ切ったフィービーの心をゆっくりと癒してくれる。今頃ミゲルはどうしているのか、と考えないようにしているのに気を抜くと考えてしまう。
「私がいなくなったところでミゲルが変わる筈ないのに……何を考えているのだか……」
馬鹿みたいだ。
一番の馬鹿は、ミゲルの心がダイアナにしか傾いていないのに何時か自分の方へ向いてくれると未だに信じているフィービー自身だ。フィービーが熱を出してデートが出来なくなった時、事前に行けなくなる旨の手紙をミゲルに送った。ダイアナと違ってミゲルは見舞いに来なかった。見舞いの品を贈られただけ。
手紙にお見舞いに来てほしいとは書かなかった。風邪を引いてしまっていたので移ってはいけないと思って。
「お見舞いに来てって手紙に書いていたら、誰かを向かわせて伝えてもらっていたら、貴方は来てくれた……? ミゲル……」
フィービーはダイアナじゃない。ダイアナじゃないフィービーだったら、ミゲルは来ていない。自問自答したら浮かぶ答えは何時だってこれだけだ。
しんどいことばかり印象に強いが嬉しいことだってあった。風邪が移ったらいけないからと治るまでフィービーの部屋に入らないよう言い付けられていたジゼルがこっそりとやって来た。熱で重い体を起こそうとしたフィービーを寝かせ、額に載った乾き始めたタオルを冷たい水に浸し、再び額に載せてくれた。絞りが甘かったせいで水が垂れていたがあの時の——
『ねえ様! 早く元気になってね。ジゼル、ねえ様が治るのずっと待ってるよ』
無邪気で純粋な天使の優しさに思わず泣いてしまった。父や兄は、義母を快く思っていないフィービーがジゼルに危害を加えると警戒し、滅多に二人きりにしなかった。もしもあの時、あの場に父や兄がいたらフィービーは絶対泣かなかった。抑々ジゼルを部屋に入れなかった。
泣いてしまったフィービーにあたふたとするジゼルが可愛くて義母に結ってもらった自慢の髪を撫でてあげたら、ジゼルは落ち着きを取り戻しまた笑ってくれた。
「……」
此処と帝都は遠く離れている。最初ハンナと約束した頻度では手紙は送れない。そのことについてはちゃんと明記してある。
お詫びの品を何か贈りたいが大きい物だと他者に不審がられる。なるべく小さい物にしたいが明日町を回る際、良い物があればと願う。
○●○●○●
帝都の第二の象徴たる大教会の横、花壇が並んだ道で勝手に自分で設置した長椅子に座って休憩しているフィデスは突然やって来ては死にそうな顔をしているミゲルの相手をしていた。婚約者のフィービーがいなくなって半月以上が経過した。
行方は依然と掴めないまま、捜索の手を広めてもピンクがかった銀の髪をした女性の目撃情報がどこからも上がらないとミゲルは憔悴した声で漏らした。フィービーを極秘に北の教会支部へ逃がした張本人が隣にいるとも知らず。
「ウェリタース侯爵家はなんと言っているんだい」
「……侯爵やミリアン殿はフィービーの捜索で倒れてしまい、現在は休養しています。侯爵夫人はフィービーの居場所が分かり次第、アリアージュ家に伝えるとだけ」
「なんだか素っ気ないね、侯爵夫人。それとも話した相手がミゲルだから素っ気ないのかな」
「っ……」
フィービーの居場所を半月何度も訊ね、その度に対応したのは執事や侯爵夫人。どちらも非常に淡々とミゲルに対応した。二日前、侯爵夫人エイヴァが先触れを出してアリアージュ公爵夫妻と面会した。フィービーに絡んだ内容だというそんな時にローウェル公爵家の使者がダイアナがまた熱を出してミゲルに来てほしいと伝えに来た。どうしていつもフィービーが絡むとタイミングよくダイアナの具合が悪くなるのか。以前から、屋敷にミゲルの行動をローウェル家に流す内通者がいるとは把握しているのに誰かがまだ分かっていない。
冷たく見据えてくる瞳の温度の無さに絶句したミゲルを横目にエイヴァは淡々とダイアナの許へ行ってくださいと述べた。
今までと同じように。
「で、結局行ったの?」
「行ってません。無理矢理追い返しました」
「そう。もしも、行ったなんて言っていたら、さすがの私も呆れ果てていたかな」
「……きっと……侯爵夫人も同じ気持ちを持っていたでしょう」
ダイアナ様がと縋る使者を無理矢理追い返したミゲルを視界に収めるエイヴァの瞳は冷たいままだったが、微かに驚きが宿され……次に落胆の色が見て取れた。
強く拒否出来るなら、どうして今までしてこなかったのか。こう思われたに違いない。
行方の片鱗が掴めないフィービーの捜索と今後について話し合い、婚約関係をどうするかとなった時。
『ミゲル様とフィービーの婚約の継続は、フィービーが見つからない限り維持するのは難しいとなると婚約破棄が』とエイヴァが言い掛け、咄嗟にミゲルが待ったを掛けた。声を上げ、エイヴァの前で深く頭を下げ婚約破棄だけは待ってほしいと頼み込んだ。冷ややかな視線を注がれていると肌で感じてもミゲルは言わずにはいられなかった。罵倒されようと今更だと突き放されようと唯一の繋がりを断たれたら二度とフィービーと会えなくなってしまう。
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「で、納得させられたの?」
「保留にしていただきました……」
「ローウェル公爵が後から乗り込んで来そうだね」
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「やれやれ」
項垂れるミゲルを慰め励ましつつフィデスは心の中で呆れた。
誰に? それは……。
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※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。