2 / 4
2話
しおりを挟む――アマビリスが転移したのは魔法士が所属する魔導省長官の執務室。突然現れたアマビリスに驚いている魔法士と違い「いらっしゃ~い」と発し、手招きをする美女。ピンクがかった長い銀髪に青水晶の瞳を持つ美女は、大きな胸を主張するかの如く開いたドレスを着ており、椅子に座り机に隠れて見えないが脚も大胆に見せる仕様だ。
「うん。報告書に問題はない。下がっていいぞ」
「は、はい!」
声を掛けられた魔法士は頭を下げると執務室を出て行った。魔法士がいなくなった途端、堪えていた涙が溢れ出し、此方を向いた美女に飛び込んだアマビリスはぎゅうぎゅう抱き付いた。
「う、うううっ、わ、私もう無理ですっ」
「はいはいど~したの」
「アレクシア様ああぁ、実は……」
アレクシア=ルーナランド。帝国魔法省長官の美女。……の筈。長く長官を務めるのだがアレクシアは男性の姿にも女性の姿にもなれる。すっかりと元の性別を忘れたらしく、気分で美男美女になる。今は美女の気分らしい。年齢も不詳で噂によると前皇帝が皇太子の時から既に長官の地位にいたとかいないとか。
昔、領地に行った際、父や継母とリンダの三人が出掛け一人屋敷に残ったアマビリスは、屋敷の近くで倒れていたアレクシアを発見した。聞けば勅命を終わらせた後、食事を摂るのを忘れてしまい空腹で倒れていたそうな。魔法省長官のバッジを見せられるとアマビリスは屋敷に走り、料理人に事情を説明し、すぐに用意出来る食べ物をバスケットに入れてもらい倒れているアレクシアの許へ走った。パンと干し肉、水筒に入れた冷たいスープと果物を渡すとアレクシアは全て平らげた。この時は美貌の男性の姿をしており、見た事のない綺麗な男性に顔を赤くしつつ、礼を言われた後名前を聞かれた。正直に家名を名乗った。
『後日、是非礼をさせてほしい。父君に会わせてほしいな』
『お父様は今お義母様や異母妹とお出掛け中なので暫くは戻りません』
『君は一緒に行かなかったの?』
『なんとなく……』
三人の輪に自分が入る隙間はないといつも思っていた。父達は一緒に行こうと誘ってくれた。断ったのはアマビリス。別荘は亡き母との思い出が沢山詰まった場所。出掛けるより、屋敷にいた方が母との思い出を思い出させ、母が近くにいると感じられる。母の側にいられるから残ると言うと父の顔がかなり強張った気がした。
三人が戻るまで時間に余裕があるからとアレクシアに魔法省がどんな所で魔法士がどんな働きをしているかという話を聞いた。
密かに魔法士に憧れを持ったのはその時からだ。
「どうしたのそんなに泣いて。あ! もしかして皇子を振った?」
ある意味当たっている指摘に更に涙が溢れた。何とか涙を止め、中央に置かれているソファーに座らされると事情を話した。
「なるほどねえ」
「わ、私、アルマン様と婚約が決まったって聞かされた時、ほんとは嬉しかったんですっ。で、でもアルマン様はリンダが好きなのに、私は嫌われてるのになんでって気持ちが勝って……」
「で? アマビリスはどうする? 前に私が提案した件を受ける?」
領地で会ったのをきっかけに、何かと気遣ってくれるアレクシアに心を開くのに時間は掛からず、何時でもおいでと魔法省長官の執務室に転移する魔法式を刻まれ好きな時に来られるようにしてくれた。お陰でこうして悲しい事や落ち込む事があるとアレクシアに会いに来ている。
アレクシアの提案とは、生家を出てアレクシアの下で魔法士として働かないかというもの。魔法省はその名の通り、魔法士を纏める機関。幸いにもアマビリスは優秀な魔法士の才があり、幾つか試験は受けないとならないがアレクシアのお墨付きなら問題なく突破可能だ。
アマビリスが魔法省務めになれば、自動的に後継者はリンダとなり、婿を取るのもリンダとなる。
「まあ、受けると滅多に実家に帰れなくなって皇子とも会えなくなるけど」
「もう、それで良いですっ、どうせ、私は殿下に嫌われているんです。殿下だって本心じゃ私なんかと婚約したくなかった筈ですっ」
「好きなだけ泣いたらいい」
豊満な胸に顔を押し付けられても息をする余裕は残してくれた。気が済むまで泣いたアマビリスは、その後泣き疲れて眠ってしまった。
次に目を覚ますと空は微かに朱色を帯びていた。夕刻近くまで寝てしまったと慌てて起きると「起きたあ~?」とのんびりな声が飛んで来た。
アマビリスが寝ていたのはアレクシアの執務室にあるソファーの上。もこもこなブランケットが掛けられており、そっと退かしてソファーから降りるとアレクシアに頭を下げた。
「申し訳ありませんっ、寝てしまったみたいで」
「いいのよ。お陰で面白かったから~」
「へ?」
「ふふ、アマビリスが寝ている最中に城に行ったの。丁度陛下と公爵が一緒のところに会ったから、アマビリスを私の部下に貰うからって言ったら大層慌てちゃってね~」
「アルマン様との婚約が決まっていたからでは」
「それもあるけど……ふふ」
先が気になるのに、含みのある笑いを零すだけでアレクシアは教えてくれない。気になると言っても「内緒」と唇に人差し指を当て片目を閉じられると何も言えない。些細な仕草でも綺麗なのは狡い。
「今日は魔法省に泊めるからって公爵に言ってあるから、遠慮なくいなさい」
「ありがとうございます。明日、屋敷に戻ったら私からもお父様に話をします。我が家に婿入りするなら、私でなくてもリンダでも十分です」
何より、あの二人はお互いを想い合っている。以前、恋愛についてリンダと話している時に訊ねてみた。アルマンをどう想っているかを。真っ白な頬を赤らめ、素敵な人だと恥ずかし気に語ったリンダを見て確信した。リンダもアルマンを想っているならもう自分に勝ち目はないと。何度も告白をしようと考え、その度に花占いをしたがどれも告白しないで終わった。したところで玉砕して終わる。
片思いを終わらせるなら、玉砕して終わった方がまだ良かったかもしれない。
アマビリス用に客室を用意したから案内するとアレクシアが立ち上がった時。突然扉が乱暴に叩かれた。何事かと驚いて跳ねたアマビリスにケラケラ笑いつつ、左人差し指をくいっと曲げたアレクシア。扉は誰も触れていないのに勝手に開いた。外から扉を叩いていた相手もいきなり開くとは思っていなかったらしく、勢いよく振り上げた拳を受け止める物がないから前方向に倒れてしまった。
「ア……第二皇子殿下?」
759
あなたにおすすめの小説
完結 振り向いてくれない彼を諦め距離を置いたら、それは困ると言う。
音爽(ネソウ)
恋愛
好きな人ができた、だけど相手は振り向いてくれそうもない。
どうやら彼は他人に無関心らしく、どんなに彼女が尽くしても良い反応は返らない。
仕方なく諦めて離れたら怒りだし泣いて縋ってきた。
「キミがいないと色々困る」自己中が過ぎる男に彼女は……
どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。
しげむろ ゆうき
恋愛
キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。
二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。
しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。
私はあなたの前から消えますので、お似合いのお二人で幸せにどうぞ。
ゆのま𖠚˖°
恋愛
私には10歳の頃から婚約者がいる。お互いの両親が仲が良く、婚約させられた。
いつも一緒に遊んでいたからこそわかる。私はカルロには相応しくない相手だ。いつも勉強ばかりしている彼は色んなことを知っていて、知ろうとする努力が凄まじい。そんな彼とよく一緒に図書館で楽しそうに会話をしている女の人がいる。その人といる時の笑顔は私に向けられたことはない。
そんな時、カルロと仲良くしている女の人の婚約者とばったり会ってしまった…
[完結]裏切りの果てに……
青空一夏
恋愛
王都に本邸を構える大商会、アルマード男爵家の一人娘リリアは、父の勧めで王立近衛騎士団から引き抜かれた青年カイルと婚約する。
彼は公爵家の分家筋の出身で、政争で没落したものの、誇り高く優秀な騎士だった。
穏やかで誠実な彼に惹かれていくリリア。
だが、学園の同級生レオンのささやいた一言が、彼女の心を揺らす。
「カイルは優しい人なんだろ? 君が望めば、何でもしてくれるはずさ。
でも、それは――仕事だからだよ。結婚も仕事のうちさ。
だって、雇い主の命令に逆らえないでしょ?
君に好意がなくても、義務でそうするんだ」
その言葉が頭から離れないリリアは、カイルの同僚たちに聞き込み、彼に病気の家族がいると知った。「治療費のために自分と結婚するの?」 そう思い込んだリリアに、父母がそろって事故死するという不幸が襲う。
レオンはリリアを惑わし、孤立させ、莫大な持参金を持って自分の元へ嫁ぐように仕向けるのだった。
だが、待っていたのは愛ではなく、孤独と裏切り。
日差しの差さない部屋に閉じ込められ、心身を衰弱させていくリリア。
「……カイル、助けて……」
そう呟いたとき。動き出したのは、かつて彼女を守ると誓った男――カイル・グランベルだった。そしてリリアも自らここを抜けだし、レオンを懲らしめてやろうと決意するようになり……
今、失われた愛と誇りを取り戻す物語が始まる。
幼馴染同士が両想いらしいので応援することにしたのに、なぜか彼の様子がおかしい
今川幸乃
恋愛
カーラ、ブライアン、キャシーの三人は皆中堅貴族の生まれで、年も近い幼馴染同士。
しかしある時カーラはたまたま、ブライアンがキャシーに告白し、二人が結ばれるのを見てしまった(と勘違いした)。
そのためカーラは自分は一歩引いて二人の仲を応援しようと決意する。
が、せっかくカーラが応援しているのになぜかブライアンの様子がおかしくて……
※短め、軽め
従姉が私の元婚約者と結婚するそうですが、その日に私も結婚します。既に招待状の返事も届いているのですが、どうなっているのでしょう?
珠宮さくら
恋愛
シーグリッド・オングストレームは人生の一大イベントを目前にして、その準備におわれて忙しくしていた。
そんな時に従姉から、結婚式の招待状が届いたのだが疲れきったシーグリッドは、それを一度に理解するのが難しかった。
そんな中で、元婚約者が従姉と結婚することになったことを知って、シーグリッドだけが従姉のことを心から心配していた。
一方の従姉は、年下のシーグリッドが先に結婚するのに焦っていたようで……。
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる