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盛大な拒絶
殿下と呼んでもヒンメルからの反応がない。感情が削げ落ちた空色の瞳がじっとラフレーズを、否、ただ見ているだけ。そこにあるものを。
普通じゃない雰囲気に呑まれそうになるも、意思を強くもってヒンメルと対峙した。そうするとヒンメルが更に傷付いた面持ちとなる。何故貴方が傷付いているのですか、と問おうとしたラフレーズの視界に黒い塊が微かに見えた。目で追うとそれは全身真っ黒な鳥。真っ白な鳥なら見た事があれど、黒い鳥は初めて見た。不吉な予感を抱かせる鳥に意識が向かなかったのは、いつの間にか距離を詰めていたヒンメルに手を掴まれたからだ。
強い力で握られて痛みで顔が歪んだ。
「殿下っ、手を離して」
手を振り払おうにもヒンメルの力が強く動かせず、掴む力も次第に強まり骨が悲鳴を上げていた。離してもらわないと本気で骨が折れてしまう恐れだってある。強い口調でヒンメルを呼ぶも力は緩まず。
目の前が不意に暗くなった。瞠目した新緑色の瞳が映したのは暗闇に染まった空色の瞳で。間近で初めて見た……と感想を抱く前に唇に触れるのが何か、今の状況で分からないと思考が停止するまでにはならなかった。
「っ!!」
ヒンメルにキスをされていると知った直後、全身から湧き上がった怒りを空いている手に集中させて思い切りヒンメルの身体を突き飛ばした。
突き飛ばされるとは考えてなかったヒンメルは手の拘束を緩めてしまい、遠ざけたラフレーズは呆然とするヒンメルを強く睨んだ。
「ラ、ラフレーズ……」
「はあ……はあ……、殿下……私は殿下に何をしましたか? こんな嫌がらせをする程、私は殿下に何をしましたか!?」
「嫌……!? あれは嫌がらせじゃ……!」
「嫌がらせではありませんか! それともキスをすれば私が喜ぶとでも思ったのですか!? 先程殿下が嫌いだと言った私にキスをしたら気が収まると!? どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのですか!!」
「違っ、違うんだラフレーズっ! 今のはっ」
「嫌い、大嫌いよ!! 2度と顔も見たくない、声も聞きたくない! 私の名前を2度と呼ばないで!!」
自分で何を叫んでいるのかと冷静な判断さえ下せないまま、激情に任せて叫んだラフレーズは目を閉じるように屋上を出た。扉を閉めるまで届いたヒンメルの叫び声等聞きたくもない。
――1人取り残されたヒンメルは先程の行いとラフレーズの完全な拒絶に顔面蒼白のまま膝を地に突けた。
「ラフ……レーズ……」
最初に嫌いだと言われた瞬間から意識が真っ暗になった。王命によって結ばれていなかったら婚約はしなかった。もっとラフレーズを大切にしてくれる婚約者が現れていたかもしれない。おじクイーンがなっていたかもしれない。
隣国との関係強化の為に結ばれた婚約がヒンメルにとって最初はとても嫌だった。ただ、次第にラフレーズが気になり始め、側にいる時は常に視線で追うようになった。他の令嬢を見ても心動かされなかったのは本心ではラフレーズを好きになっていたからだ。
何度も父やクイーンに苦言を呈され、途中からベリーシュ伯爵にも苦言が来た。
「……ラ…………ズ…………」
ラフレーズを見ろ、ラフレーズに優しくしろ、嫌なら婚約解消をする等。
周りから忠告を受けても態度を改めなかったヒンメルに完全なる非がある。
ヒンメル自身に自覚が無かったのか、有ったのかで言えば――有った。
優しくしようとする度に反対の言葉と態度が出て、その度に自己嫌悪に陥った。何度も続くと本当はラフレーズが嫌いなのではと抱き、自問自答して出るのはラフレーズが好きということのみ。
他人には優しくして、婚約者には冷たくする。
最低な男だと罵られても、ああやって大嫌いだと叫ばれてもヒンメルが悪い。
強引に掴んだ手は予想以上に細くて、触れた唇はとても柔らかかった。逃げられ、拒絶されると思考が真っ黒に染まって何も考えられなくなっていた。気付いた時にはラフレーズに口付けていた。突き飛ばされ、ラフレーズの聞いた事のない声によって盛大な拒絶を受けた。
あの時ラフレーズは泣いていた。沢山の涙を流していた。
自分に泣く資格はないのに地面に水玉模様が幾つも出来上がっていく。
地面に座り込み、項垂れるヒンメルの髪をゆっくりとした風が攫う。
「な……んで……っ、一体……どうしたら……」
どうしたらラフレーズと関係修復が……。
絶望に沈んでいく意識の中、殿下、と呼ぶ少女の声が。
一縷の望みに掛けて顔を上げたヒンメルの視界に入ったのは流麗な赤い髪の美女メーラであった。
空色の瞳から光が消えていく。
心配げな面持ちを浮かべるメーラが……イトオシイ……。
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