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短編
閑話:皇子様は泣いていた
しおりを挟む可哀想だとは思うも、跪き懺悔する人の子に訪れた不憫は彼自身によって引き寄せられたもの。可哀想だと思うだけで手は貸せない。
今日も懺悔をしに来た人の子の声に耳を傾ける大天使は、半年も経過するのに、必ず同じ時間に来ては懺悔をする人の子――帝国の第二皇子ジューリオを哀れに思う。
「ジューリア……! ジューリア……! すまなかった、どんなに罵倒されても良い、殴ってくれてもいいっ、どうか、帰って来てくれ!」
帰って来ないのが現実。ジューリオの心からの言葉を聞いてもジューリアは帰ろうとはならない。大天使の主とも言うべき方が側にいるから余計。前神を探しに行くと言いながら、探す気がまっっったく起きないと呑気に世界を旅している主に頭を抱えたくなる回数……は数えていない。
「ジューリア、僕が悪かった、僕が馬鹿だった! 僕は初めて見た時から君を好きになった……僕を眩しそうに見る君が、僕もとても可愛く見えた。でもメイリンと会ってから、君は僕に興味が失せたように無表情になるし、屋敷へ行っても会ってくれないし……」
その他色々ジューリオはジューリアが好きなのに気持ちを返してくれないどころか、既に気持ちを捨てられたと思ってメイリンを可愛がる振りをしていたと言う。ジューリアが嫉妬してくれるようにと。
その行動が全て裏目に出てしまったと気付いた時には遅く。
毎日毎日、懺悔をしに来るジューリオは不憫で何度か主にジューリアを返してあげてと言うも彼の人は笑うだけで聞いてくれない。
「ジューリアあぁ~……!」
人の子の心はよく分からない。と、今日も大天使はジューリオの泣く懺悔を聞く。大天使は懺悔を聞くだけで特別手を貸しはしない。誰かの力になると人間への平等性がなくなる。が、現在進行形で懺悔する人の子はあまりにも不憫だ。大天使の主がジューリアを返すかと言われると絶対にない。
床に額を擦り付け遂に泣き出したジューリオ。出入口付近で待機する従者がとても不憫な目で見守っている。
皇族に属する者は誰も彼も忙しいという認識を持つ大天使は、こっそりと主に通達を出した。一度だけでもいいからジューリアを帝国に戻してあげてほしいと。
そっと息を吐いた大天使の耳に強く開かれた扉の音がした。見ると黄金の髪を揺らしながら、濃い青の瞳を嬉し気に輝かせた美しい少女が入って来た。彼女はジューリアの妹メイリン。姉妹だけあって似ている。
メイリンは可憐、ジューリアは妖艶、といったところか。
「ジューリオ様見つけましたわ! お城に行ってもいないと皇太子殿下に言われましたの! 居場所をお訊ねしたら毎日教会へいると聞きましたがいて会えて良かったです!」
主の掛けられた魔法を解かれた人の子達の中で唯一変わらなかったのはメイリンだけだった。
膨大な魔力を持ちながらも魔法も癒しの能力も使えない姉をずっと蔑み、馬鹿にしていたがジューリオという婚約者だけはどうやっても自分の物にならないと知ると徹底的にジューリアの邪魔をした。邪魔といってもジューリアとジューリオが仲良くならない為の邪魔だが。主曰く、ジューリアは初対面でメイリンを好きになったジューリオを早々に切り捨て何とも思わなくなったとか。切り替えの早い娘だがそれは同時にどんなに好意を抱いた相手でも自分にとって不要となれば容赦なく切り捨てる冷酷さを持つということ。主はこの点のみジューリアが怖いと語っていた。自分も間違えを起こせばジューリアは即座に切り捨てどうも思わなくなると。神の弟(現在は叔父)でも捨てられれば怖い、嫌だ、という気持ちが湧くのかと大天使は意外に抱いた。
頭を上げたジューリオだが決してメイリンを見ようとしない。ジューリアに嫉妬してほしくてメイリンと仲良くしていた結果が今を招いたのだから。が、そんな彼に気付かないメイリンは隣に回って顔を覗き込んだ。ギョッとしたのはジューリオが泣いていたからだろう。大天使は小さく息を吐くとジューリオとメイリンの名を発した。
「今日のところは帰りなさい。メイリン=フローラリア、君の癒しの能力によって多くの傷病者が救われた。これからもその能力を存分に揮い、痛みに苦しむ人々を助けてください」
「大天使様……!」
ずっとジューリオしか見ていなかったメイリンが声を掛けられて大天使に気付き、慌てて頭を下げるも必要ないと首を振った。姉のジューリアがいなくなったのなら、相思相愛と名高いジューリオと婚約すると息巻いた。主の魔法が解けた両親や兄は大慌てでジューリアを探すも痕跡は残されておらず、魔力の痕跡を辿ろうにもジューリアは膨大な魔力があるだけで魔法の類は一切使えない。なので追えない。今までほったらかしにしていた長女がいなくなった途端後悔し慟哭する公爵夫妻や長男に屋敷の者達は困惑しただろう。
自業自得だと思うが主も主だ。気に入ったから自分の側にいさせたいだけだったのだろうがやり過ぎである。フローラリア家程の癒しの能力を持つ者は世界中探しても滅多にいない。
虚ろな翡翠の瞳が大天使を見上げた。毎日懺悔しているのを眺めていただけの大天使がメイリンが来て突然帰れと発したのだ。大天使にも見放されたと彼は絶望したのか。
帝国の土地は気に入っており、教会には常に滞在しているので国内の人々の信仰心は非常に高い。本来なら、神のお告げを授ける時にしか現れないのにこの大天使だけが滞在している理由は単純。主――ヴィルに言い付けられたからだ。居ろ、とだけ。
理由を聞いても教えられず、言われた通りずっと居続けている。お気に入りのジューリアを連れて帝国を去ったならお役御免かと思われたが大天使自身居心地の良い帝国にいたくなり、毎日欠かさず懺悔をしに来るジューリオを哀れに思って天界へ戻るにも戻れなくなった。
「帰りましょうジューリオ様。皇太子殿下が心配しておられましたよ」
「……分かった」
「はい! あ、そうだ。皇太子殿下と会ったらお茶をしませんか? 人気のスイーツを使用人が買って来てくれたので一緒に食べましょう」
「いや……メイリンがお食べ。何なら兄上に同席してもらおうか?」
「私はジューリオ様と食べたいですわ! お姉様がいなくなってからジューリオ様もお父様もお母様もお兄様も皆元気をなくしてしまってどうしたのです? お父様やお母様、お兄様はずっとお姉様をいない者扱いしていたのに。ジューリオ様もお姉様を嫌っていたのにいなくなってからずっと落ち込まれて」
「…………ああ。僕は愚か者だ」
悪気もなく、彼等の気持ちを知らないメイリンは自分が思った言葉をそのまま口にしているだけ。隣にいるジューリオの心を太く凶暴な刃物で何度も刺しているとも知らず。力無く教会を出て行ったジューリオを慌ててメイリンが追い掛けて行った。本気で可哀想になったジューリオに同情し、早く主が返事をくれないかと大天使は願ったのだった。
――その時だ。光る蝶がふわりと飛んで大天使の肩に乗った。指先でそっと触れるとヴィルからの伝言を受け取った。淡い光の粒となって蝶が消えると聞いた伝言に安心していいのか悪い予感を抱いていた方が良いのか迷った。
“いいよ。戻ってあげる”……と伝えられた。
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