まあ、いいか

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意固地

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 今日のところはヴィルに帰ってもらい、邸内に戻ったジューリアはそそくさと部屋に戻ろうとするも感付いたシメオンに呼ばれ、仕方なく三人とサロンに行った。泣き止んだメイリンの頭を撫でるマリアージュとジューリアの前に立つシメオン。早く終わらせてほしい空気を隠そうとしないでいると申し訳なさが多分に含まれた声を出された。


「メイリンの言う通り、家族五人でこれからも暮らそう。お前を気に入って下さった天使様には申し訳ないが」
「今更私を家族の数に入れるのは、家庭教師や侍女の虚言を見抜けなかったからですか?」
「違う。……自分の放った言葉が無かった事にならないのは、私自身がよく理解している。ジューリア、もう一度私を信じてはくれないだろうか」
「私が大教会に行けば、公爵様がこうやって頭を悩ませる必要もなくなりますよ」
「……お父様とも呼んでくれないのか?」
「最初に娘じゃないと言ったのは公爵様ですよ。無能の娘にお父様と呼ばれたくないから言ったのでは?」
「……」


 拒絶すればするだけシメオンの相貌から希望は消え、残るのは絶望だけとなる。このまま押せばキレて追い出してくれそうだとジューリアは期待し、何時でも大教会に行ける準備はしておくと言い放った。メイリンを泣き止ませたマリアージュが此方に来て手を振り上げた。
 反射的に顔を手で覆った。前世の記憶があるのは有難いが要らない記憶まであるのは難儀だ。兄達から暴力をふるわれる時はいつも手や腕で頭や顔を守っていた。
 待っても襲ってこない衝撃と痛み。恐る恐る手を顔から退けると呆然とするマリアージュがいて。ジューリアを叩く予定の手を所在なさげに彷徨わせていた。
 深く項垂れたシメオンは呆然としたままのマリアージュの手を引いてソファーに座らせ、異様な雰囲気に不安を募らせるメイリンを侍女を呼んで部屋へ戻した。
 便乗して戻りたくても何となく空気がそうさせなかった。ジューリアは側で膝を折ったシメオンの薄紫の瞳から目を逸らさなかった。


「ジューリア……私やマリアージュは、もうお前に信用される資格はないのか?」
「貴族なら、不要な物と必要な物はハッキリと区別して分けるべきでは? 私が大教会に行っても天使様に呼ばれたから行くだけで、誰も公爵様達が私を捨てたとは思わないでしょう」


 表向きは、だが。
 魔力しか取り柄のない無能を天使様に押し付けた罰当たりな公爵家と噂されるのも御免。その辺りはヴィルに頼もう。
 正論で説得してもシメオンの相貌は晴れない。マリアージュに関しては泣き出してしまっている。メイリンと泣いている姿が似ている。血の繋がりはどんな時にでも発揮される。
 自分が折れればシメオンやマリアージュは安心し、この部屋から解放はされる。けれど簡単に信じても良いことはないと固く考えるジューリアもいる。前世がそうだったから。前の家族と今此処にいる両親は全然違う。頭では分かっていても、長年冷遇され続けたせいか簡単には信じない。自分でも困った性分だが変えられない。積りに積もった物が今こうして現れているだけなのだから。
 セレーネとミリアムの一件から態度が違い過ぎると指摘したら、更に項垂れたシメオンだが消え入りそうな声で「……そうだな」と届く。


「様子を見に行こうとは思わなかったのですか?」
「セレーネの言葉を信じていた私達のせいだ」


 ——お嬢様は悪くありません、不甲斐ない私が悪いんですっ、どうかお嬢様を叱らないでください。

 と涙ながらの演技に皆騙されていた。他の使用人達もジューリアを軽く見て、無能の娘の世話を任されたセレーネを哀れみ同意していた。更にミリアムが授業中の態度や成績の悪さに頭を悩ませていたから、シメオン達はジューリアの扱いに困っていた。


「ジューリア。お前が信用してくれるまで、私はお前の望みを何でも叶える。だから」


 ここが折れどころだろうとジューリアは内心深い息を吐き、縋るシメオンやマリアージュを視界に収めた。


「分かりました……。屋敷にはいます。ただ、今まで通りで過ごしたいので食事は部屋で摂ります。スイーツの時間も呼ばなくていいです。お出掛けする時も要りません。私は私で好きに過ごします」と主張すれば、また二人から漂う落胆の空気が濃くなった。屋敷にいるだけでは駄目らしい。三年間ずっと食事中ジューリアが話す機会はほぼなかった。誰かから話し掛けられても説教か小言ばかり。お出掛けもメイリンやグラースと比べると雲泥の差。必要な物は定期的に与えられているから不便はない。


「ね、ねえジューリア、一人で食事は寂しいでしょう? 意地を張らずに私達と食べましょう」
「慣れたので今は皆と食べる方が気まずいので嫌です。いい加減、私がいない方が楽だと認めては」
「……」


 ここまで言われるとマリアージュは何も言えなくなった。俯き、肩を震わせ、透明の雫がいくつも落ちていく。
 いつだったか、ジューリアが泣いたって努力もしないジューリアが悪いとミリアムの話を真に受け調べもせず責めていたのに。自分が悪者になった気分だと嘆息し、次の言葉が見つからないシメオンに「失礼します」と述べ部屋を出た。

 私室に戻る途中、メイリンの侍女に会った。部屋に来てほしいと頼まれるも首を振った。


「そんな気分じゃないの。どんな用か知ってる?」
「第二皇子殿下を気にしておられたので、ジューリア様に殿下の話を聞きたいのだと」
「メイリンには全部話してあるけど……。他に話す事はないから、今度殿下が来る時メイリンも呼ぶからって伝えておいて」
「しかし、ジューリア様を連れて来るようメイリン様に……」
「うーん」


 ここで行かないとこの後侍女が責められる。行ってほしそうに見つめてくる侍女に折れ、方向転換をしてメイリンの部屋と足を向けた。安堵する侍女に連れられメイリンの部屋の前に到着。


「メイリン様、ジューリア様です」
「入ってちょうだい」


 侍女に扉を開けてもらい、室内に入ったジューリアは全体ピンクと白で統一された可愛らしいデザインがメイリンらしいと眺めた。部屋の真ん中にいたメイリンは既に泣き止んでおり、シフォンケーキを食べている最中だった。


「何か用? メイリン」
「お姉様、どうして屋敷にいたいと言わなかったのですか! お姉様が大教会に行ったら、ジューリオ殿下にお会いする機会が無くなってしまうではありませんか!」
「無くなりはしないと思うけど」


 こっちは公爵令嬢。皇族に会おうとすれば会える。ジューリアがいれば、何れジューリオが来てくれると信じているメイリンに彼の本性を話すか悩むも深く関わるつもりがないのでやめた。いくつか納得してくれそうな言い訳を並べ、早速試してみた。


「天使様と話す機会なんて、大教会でも滅多にないみたいだから天使様が天界に戻るまで色んな話を聞きたくなったの」
「それは……そうですけど」


 メイリンも分からないでもないらしく、勢いが落ちそれでもジューリオが気になるメイリンは屋敷から大教会に通えばいいと出した。その通りだが大教会で暮らそうと提案したのはヴィル。ヴィルの気分次第だ。


「ジューリオ殿下は何時来てくれますか?」
「殿下はお忙しい方だから、その時が来たら手紙が届く筈よ(来なくていいけど)」


 寧ろ、来ない可能性の方が高い。メイリンには申し訳ないが来たとしてもジューリアはお断りだ。適当な理由を付けてさっさと帰ってもらいたい。まだ見ぬ皇子に期待を寄せるメイリンの夢を壊すのも忍びなく、上機嫌になったのを見てジューリアは部屋を出た。後方から声が届かないところを見ると気付いてなさそうだ。素早く私室に帰ったジューリアは、ふうっと息を吐き。テラスに落ちている物を見つけ窓を開けて外に出た。


「羽?」


 大きく白い羽。鳥にしてはかなり大きい。親指と人差し指で挟み、くるくるくるくる遊んでいれば名前を呼ばれた。


「ミカエル様」


 薄い金髪の男性が上空にいた。羽を生やしていなくても神々しい雰囲気を出すミカエルは天使と分からなくても神に属する者と錯覚してくれる。テラスに降り立ったミカエルは見上げるジューリアの頭に手を置いた。


「大教会で別れた後の君を見ていた。君はどうも割り切りが異様に早い」
「前世の記憶を持っているからじゃない?」
「一度信用を失った人間を信用するのは難しい。君のご両親が必死になって君への信頼を回復しようとする姿勢を受け入れられないのは、これも前世の記憶が関係しているのか?」
「何度か同じ目に遭ったの。それで信用するだけ無駄だって悟った」
「ヴィル様が少しだけ、君の前世のご家族を見た」
「私が死んで泣いて喜んでいそう」
「……見たと言ってもぼんやりとだけ。詳細が分かればまた話そう」
「うん。でも、家族は良いよ。出来れば、お祖父ちゃんやお祖母ちゃん、友達の様子を知りたい」
「分かった。話を戻すが今のご両親を許す気はないのか」


 許すも何もジューリア自身、お互い関わらなければ平穏に暮らせると思っている。三年間最低限しか関わらずとも困らなかった。フローラリア家の無能は滅多に外に出してもらえず、家庭内で問題が起ころうが全てジューリアのせいとなっていた。今後も最低限の付き合いにすれば何時かは気にしなくなる。というのがジューリアの考え。

 ミカエルは深く溜め息を吐いた。


「特定の人間に肩入れしては、人間達への平等性が無くなってしまう。褒められた行為じゃないがご両親の場合は些か気の毒が過ぎる。ジューリア、ほんの少しでいい、受け入れてみようという姿勢を作ってはくれないか」
「……」


 大天使が言うのなら、自分の意地が異常なのかと疑ってしまう。確かにシメオンやマリアージュから伝わる真剣さや必死さに偽りはなかった。自分達が距離を置いて遠ざけたのは向こうだって重々承知している、都合が良いとは思っている。捨てられた側に恨まれ、拒絶されているとも理解だってしている。諦めた方が楽、とはジューリアの台詞。諦めないのはもう一度ジューリアとやり直しを強く願っているからで。


「……頑張ります」


 今のジューリアが言えるのはこの一言が精いっぱいだった。

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