まあ、いいか

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ミリアムの憎悪と魔族の憎悪①

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「ジューリア」


 朝早くから訪ねてきたヴィルに起こされ、テラスに出たジューリアは大きな欠伸をした。三日前からフローラリア家に滞在しているフランシスとジョナサンは今日シルベスター家に戻る。一人、失態を犯し夫人と共に帰ったエメリヒから謝罪の手紙が届いた。文面はあきらかに嫌々書かれたであろう文字と内容。一緒に読んだフランシスは呆れ果て、帰ったらジョナサン共々説教をするとジューリアと約束した。もうエメリヒに期待もしていなければ、顔を見せても挨拶だけすればいいとどうでもよくなっているジューリアは気にしないでと言ったものの、弟の無礼を何が何でも謝らせたいフランシスは譲らず。次会った時はしっかりと謝らせる事で話は終わった。
 フランシスの頑固ぶりはある意味シメオンと似ているし、ジューリアとも似ている。
 血筋だねと笑うヴィルを半眼で見やった。


「揶揄う為に朝早くから来たの? 私すっごく眠いのだけど」
「ごめんごめん。違うよ、逢引のお誘い」


 逢引=デート。デートのお誘いというわけだ。


「今朝はミカエル君が眼鏡に呼ばれて天界に戻っていてね、夕刻までには戻るらしいからそれまで俺と遊ぼう」
「何かあったの?」
「単に俺が人間界で大人しくしているか気になったんだろう。兄者と連絡を取り合ってるってバレるね」
「そういえば、甥っ子さんはどうしてるの」
「眼鏡にとっても叱られたみたいだよ。当分の間、泣き言は許されないだろうね」


 生まれた時からヴィルの長兄ネルヴァの後継者として厳しく育てられた甥っ子の幼さは、甘えさせてもらえなかった幼少期が影響をしていると見ている。父、母揃いも揃ってネルヴァの次となる神に相応しい子に育てようとした結果が現状なら、甥っ子が嫌がるのは必然なのかもしれない。因みに甥っ子の名前はヨハネスだとヴィルに聞いた。


「大人になると、抑え付けられていた反動がくるってよく言うから、甥っ子さんの泣き言は子供の頃からの厳しい生活が理由なんじゃない」
「なるほどね。俺のように、兄者の予備として育てられた反動で自由な奴になる可能性もあったんだ」


 何度か聞いていたがヴィルもヴィルで中々悲惨な幼少期を過ごしている。


「ヴィルのお兄さんにいつか会ってみたい」
「兄者? それとも眼鏡?」
「兄者の方」
「眼鏡よりかは会える確率は高いんじゃない。気が向いたら帝国に来るって」


 可愛い女の子に夢中になってるみたいだよ、とは末っ子の情報。女遊びをしたくて人間界に? と疑問を持つも、滞在中に出会って夢中になってしまったのだとか。ネルヴァと会うならその女の子にも会える。面食いジューリアは美形なら男性だろうが女性だろうが関係ない、皆目の保養となるのでいつでも歓迎する。下心を隠そうともしないジューリアに吹いたヴィルだがやはり楽しそうに見る。


「さてと、そろそろ戻るよ。昼前に迎えに来るから、準備をして待っててね」
「うん」


 ヴィルは消える時光と共に消える。残るのは淡い粒子のみ。眩しい太陽の光に目を細め、今日も何事もなく過ごせるようにと願った。



 〇●〇●〇●


 今日は昼前に天使様と出掛ける旨を予め朝食の場で告げた。何も言わず出掛けようとすれば、侍女が行き先を訊ねシメオンやマリアージュに伝えるだろうから。帰宅して何処へ行っていたか問われるのは面倒なので、先に伝える事にした。天使様と聞いて何か言いたげな顔をシメオンにされるもフランシスが好奇心で「僕も行っていい?」と聞いたので何も言わなかった。


「良いけど、街を歩くだけかもしれないわよ?」
「全然気にしないよ。天使様と出掛けるなんて、次にあるか分からないチャンスじゃないか」


 ヴィルは当分の間、大人には戻れないと言っていたので案外次もありそうである。朝食を終えたら準備をしようと流れになった時、話を黙って聞いていたグラースが自分も言い出した。吃驚したジューリアはまじまじとグラースを見つめた。


「フランシスに言ったように歩くだけですよ」
「分かってる……その、僕も天使様と話してみたいんだ」


 グラースも純然な好奇心からのようだ。ご自由にと言い放ったジューリアはジュースを飲み干し食堂を出た。グラースが来るとなるとあの従者も付いて来る。嫌ってくれるのは結構だがヴィルの前で余計な言葉を口走らないか心配だ。

 小さく溜め息を吐き、部屋に戻ると先に準備を済ませる選択を取った。

 侍女を呼び、着替えをし、髪を整えた。後は時間がくるまで本を読む。


「お飲み物をお持ちしましょうか?」
「冷たいものでお願い」
「かしこまりました」


 リンゴジュースでも良いがずっとだと飽きてくる。冷たいだけだとリンゴジュースが好きなジューリアを気遣ってそれを運んで来そうだ。今から飲み物を指定するべきかと悩むも、まあ、いいかで終わらせた。

 本を選び、ページを開くと侍女がリンゴジュースを運んで来た。やっぱり……と苦笑しながらも有り難く受け取った。


「お嬢様のお出掛けには私も同行します」
「公爵様の命令?」
「はい。それと護衛騎士を二人と」
「大所帯になるじゃない」
「グラース様にフランシス様、お嬢様や天使様がいるのなら、これくらいは普通かと」


 公爵家の子供が二人、侯爵家の子供が一人、更に天使の子供が一人となると警護体制が厳しく敷かれるのは当然で。今までの事があり、警備の点を完全に忘れていた。


「そう……なのかな?」
「はい。それから、私以外にアドルフも同行します」
「誰だっけ」
「グラース様の従者です」


 いけ好かない従者の名前はしっかりと覚えた。

 ジューリアはふと、セレーネの次に侍女となった彼女の名前を知らないと気付いた。
 ……が、頭を振って止めた。怪訝な声で呼ばれるも何でもないと口にした。

 いつか家を出る上、フローラリア家の誰とも深く繋がりを持とうと思わない。なら、名前を知らなくたっていい。彼女だって何時セレーネのようにジューリアを下に見るか分からないのだ。公爵家の娘とその侍女の関係が丁度いい。


「天使様が迎えに来るまでに出掛けられるようにしていてね」
「はい、お嬢様」


 ——同時刻、帝都の最高級宿にて朝日を浴びて伸びをした男性は、ひらり、ひらりと自分の許へ飛んで来た蝶を右人差し指に乗せた。蝶から伝えられた伝言に項垂れつつも、逆に彼らしいと微笑した。

 白髪の髪を後ろに流し、目当ての品を探しに今日も街を歩くのである。

 
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