まあ、いいか

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行方不明

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 ショックを受けた様子でとぼとぼと歩いて行くメイリンの後ろ姿を見てからというもの、どうしてショックを受けたのか皆目見当もつかないジューリアはリシェルと手を繋いで歩きながらも考えていた。


「分かんないなあ」
「妹君がショックを受けていたこと?」
「術の影響を受けていたのは公爵様やお母様だけであって、上の人やメイリンは影響を受けていません。上の人の場合は親の影響だろうけど……メイリンは本心私が嫌いなのに、なんでショックを受けたんだろう」
「ジューリアさんと仲良くしたかったとか?」
「絶対ない」


 無能の烙印を押される以前もメイリンと仲良くしていた覚えはなく、メイリンがそんな気配を出していた覚えもない。
 魔力量が桁違いなせいで身体が弱く、些細な変化で体調を崩していたジューリアはシメオンやマリアージュを筆頭に世話を焼かれていた。時折、体調が良い日があるとシメオンと庭で散歩をしたり、マリアージュに絵本を読んでもらった。グラースも同じだ。ジューリアの体調が良い日は必ず顔を見せ、自分の見た物聞いた物を聞かせてくれた。


「感謝はしています。家族を知らなかった私に家族を教えてくれたフローラリア家を」
「ジューリアさん……」
「許すつもりは一切ありませんが」


 よく小菊の母が樹里亜を抱き締めた。母親の温もりとは、きっと小菊の母のような人が与える安らぎなのだとぼんやり知っていた。実際にマリアージュに抱き締められた時、初めてお母さんに抱き締められる感覚を知った。
 シメオンと手を繋いだ時、前世の父とは一度も手を繋いだ事はなかったなと思い出した。前世の父の手が樹里亜に触れるのは、叩く時か強引に手を引っ張る時だけだった。
 グラースにしてもそう。前世の上二人と仲良く会話等一切なく、顔を合わせればお互い睨むか、次男の場合は暴力行為に出て来た。グラースとは、グラースが主に話す役だが時折ジューリアも話した。


「リシェルさんのお母さんってどんな人ですか?」
「ママ? ママはとても優しくて愛情深い人だったよ」
「悪魔が優しいってあんまりイメージがないです」
「そうだよね。ママは魔族だけど、他人を傷つけることはしなかった」


 父リゼルが過保護に箱入りに育てた影響はあれど、リシェルの性格は亡き母アシェル譲り。また、髪や瞳の色はリゼル譲りだが他は全てアシェルに似た。
 ……と、途中会話に入ったリゼルに聞かされた。


「もう、パパ」
「列が動いたぞ」


 恥ずかしそうにするリシェルに対し、リゼルは涼しい相貌のまま。リゼルの言った通り、リストランテに並んでいる列が動いた。


「並んでいたらお腹減っちゃった」
「私も」


 最初は飲み物だけにするか、小腹を満たす程度しか考えていなかったが、長く並んでいるせいで空腹感を覚え始めた。リシェルと何を食べようか相談した。





 ――暫くして。


「えへへ」
「嬉しそうだね、ジューリア」
「うん。ヴィルが元に戻ったなーって」


 席に通される直前、ネルヴァとヴィルがリストランテの近くを通りかかり、気付いたリシェルが声を掛けた。運良く二つのテーブル席が空き、遠慮なく使用することに。リシェル、リゼル、ネルヴァの三人。ヴィル、ジューリアの二人と更に何時も通り熟睡していたのに途中で起きてヴィルを探しにやって来たヨハネスを入れて合計六人になる。


「いつもどうやってヴィルを見つけているの?」
「神力を辿れば一発で分かるよ。もう、ぼくを置いて行かないでって毎回言ってるのに!」


 メニュー表とヴィルを交互に見ながら文句を零すヨハネスはこう言うが熟睡していて起こされないのをまだ判っていない。
 ジューリアは今ヴィルの膝の上に座らされている。お腹にヴィルの腕が回っており、大人の男性の逞しい腕は子供とは全く違い、固くて太い。肌だけは男性とは思えない綺麗さである。


「リシェル嬢はリゼ君とのデートでお嬢さんを誘ったの?」
「ううん。パパとお店に入ったら、ジューリアさんも入って来て、お付きの人を一人も付けないで外を出歩くのは危ないから、私達と一緒に街を見ることにしたの」


「ジューリア……」とリシェルの説明を聞き、呆れの視線を寄越すヴィルにビクッとするジューリア。


「もう少し危機感を持とうね」
「は……はい」
「ジジババが狙っていなくても一人で街を出歩かないの」


 これについては抗議をするジューリアに貴族の娘であるという自覚が足りないと指摘され、また言葉を詰まらせた。


「今までが散々だったせいで自覚を持てないのは仕方ないにしても、護衛も無しに貴族の子供が一人で街を出歩いていたら格好の餌さ。魔法を使えたとしてもね」
「人気の多い場所で悪さをする人ってあまりいないんじゃ……」
「いるよ」
「はーい……」


 前世で暮らしていた国は今の年頃で一人街を歩いて犯罪に巻き込まれる確率は低い。夜になるとさすがにどうとも言えない。前世の国の治安の良さを話すと「認識を変えないとね」と言われ項垂れた。


「ジューリアさんの前世の世界はそんなに平和なんだね」
「世界がというより、私が住んでいた国はですよ。世界でもトップクラスに治安の良い国だって言われてました」
「すごい」


 平和ボケと言われてしまうと耳の痛い話だが慣れというものは怖い。


「ねえ、ネルヴァ伯父さん」


 未だメニュー表を凝視して何を注文するか考え中のヨハネスが不意にネルヴァを呼ぶ。


「祖父ちゃんと祖母ちゃんが認識阻害の術を使ってたって言ったよね?」
「言ったね」
「ぼくにも掛けられてるって思って調べたんだ。そうしたらぼくにも掛けられていた。ヴィル叔父さんを探しに行く前に解けて、思い出した事がある」


 ヨハネスによるとネルヴァが人間界で大規模な粛清を行った二月前、天界で行方不明の事件が相次いで発生した。行方不明になったのは将来高い地位に就くであろう天使見習いやまだ見習いにすらなれない子供。


「なんだって?」
「行方不明者の家族から大量の捜索願届が毎日ぼくの所に来て、父さんが上手く処理をして、いなくなった天使見習い達に共通点があるって分かった辺りで行方不明者が続出していることを忘れた」
「共通点が何か覚えてる?」
「天使見習いも見習いじゃない子も皆強い力を持って生まれた子達だよ。真面目に励めば、一般家庭でも大天使以上に地位に就けていたのにって父さんが嘆いてた」
「……」


 話すヨハネスはあっけらかんとしており、事の重大性を理解しているのかいないのかイマイチ判断に難しい。逆に、話を聞かされたネルヴァは深刻な面持ちを浮かべる。
「兄者」とヴィル。


「ヨハネスの話が本当なら、天界にもジジババの協力者がいることになる」
「ああ。天界全体に認識阻害の術を使えるとなれば、数はかなり限られる」


 まず現神の座に就くヨハネス。間違いなく白。
 次に熾天使、神族の誰か。


「ネロさんやヴィルさん達以外の神族でそんなことが出来る人が?」
「一人いる。ヨハネスの母親がそうだ」


 分家の中で娘を本家に嫁入りさせた回数が最も多い家の出身なだけはあり、ヨハネスの母の神力はヨハネスには劣ると言えどアンドリューよりも上だ。


「甥っ子さんのお母さんってどんな人?」


 気になったジューリアは顔を上げてヴィルに訊ねれば、気が弱くヨハネスに優しいが神力が強いことをアンドリューに妬まれ夫婦としては破綻していると聞かされる。内心ドン引きしつつ、ヨハネスにも聞いてみた。


「お母さんは優しい人?」
「優しいよ。ぼくの為に父さんに意見を言ってくれる」


 あまり通ったことはないけど、と付け足して。


「ぼくの神力が強いのは母さん譲りっていうのは祖父ちゃんや祖母ちゃんに言われた。父さんは祖父ちゃんや祖母ちゃんの息子なのに神力が弱いって愚痴も聞かされた」
「……」


 こういう場合、何というべきかジューリアには分からなかった。

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