まあ、いいか

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お断りです!④

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「ち、違う」

 突如現れた帝国魔法使いがネメシスと名乗った直後、ネルヴァの後ろに隠れ怯えているヨハネスに皆の視線が集中した。


「違うって?」
「……天界の行方不明者の一人に、イルミナっていう主天使を両親に持つ女の子がいる。あのネメシスって名乗った魔法使いと髪の毛と目の色以外瓜二つなんだ」
「歳は?」
「確か……七歳くらいだった筈……」


 だとするなら、目の前に現れたネメシスと年齢が合わない。どこをどう見ても成人を迎えているネメシスとヨハネスの言うイルミナは別人。しかし。


「ぼくは父さんに、天界で暮らす天使や神族の顔と名前は全部覚えなさいって言われてきた。ぼくが天界を脱走してから生まれた子は知らないけど……全員の顔と名前は覚えてるつもりだよ」


 さらりととんでもない発言をしたヨハネスに驚愕するのはビアンカとリシェル。ネルヴァとヴィルの方は冷静なまま。


「天使と神族全員の顔と名前を覚えてるって……貴方記憶力は良かったのね」
「あ! ぼくを馬鹿だと思ってただろ!? 魔族なんかと一緒にするな!」
「どういう意味よ! 魔族が馬鹿だと言いたいの!? 人は見かけによらないって言いたいだけよ!!」
「ぼくを馬鹿にしてるじゃないか!」

「うるさい」


 ビアンカの言葉に反応し、言い返したヨハネスの言葉に今度はビアンカが言い返す。繰り返しが起こる前にヴィルが二人を静かにさせ、微笑んだまま黙っているネメシスへ意識を変えた。


「いつまでいる気? 用がないなら帰ってよ」
「いえ。お話が終わるのを待っていました」


 気にしていないとばかりにネメシスは笑み、ビアンカとリシェルの二人を見やった。


「そこのお嬢様方。申し訳ありませんが少々お時間を頂けませんか」
「何故帝国の魔法使いがわたしく達を?」
「今現在、帝都に悪魔……魔族が潜り込んでいるという情報が入り、皇帝陛下の命により魔族を探しています」
「わたくし達がその魔族だと言いたいの?」
「いえ、そのようなことは。ですが、念の為、人間であるか魔族であるか検査をさせていただきたいのです」


 余裕の口調で対応するビアンカであるが内心は焦っていた。少しでもボロを出せば追い詰められるのは自分。検査をされれば一発で魔族だとバレてしまう。大人しく言うことを従わず、ネメシスを追い返す策はないものか。


「ご同行願えますね?」


「任意だろ?」とネルヴァ。


「そうですが……拒否するということは、応じられない理由があると此方も見なければなりません」
「なら、此方の要望に応じてもらおう」
「要望?」
「ああ」


 椅子から立ったネルヴァが首を傾げるネメシスの前に移ったのは一瞬。瞠目する橙色の瞳に一杯ネルヴァが映し出された。


「……ああ……そういうこと……最悪だね、あの二人」


 ネメシスの瞳を覗いて何かを知ったネルヴァは溜め息と共に零し、現在リゼルの魔力を感じる方向から強大な神力を感じ取ればヴィルの名を叫んだ。


「ヴィル! ヨハネスを抱えて私に付いておいで!」


 咄嗟に動き掛けたネメシスを眠らせ、宙に浮かせたネルヴァは頷いたヴィルを一瞥し、元の位置に戻ってリシェルとビアンカの腕を掴んだ。
 転移魔法でリストランテを離れ、着地したのは大教会の客室。ヴィルとヨハネスがよく使用している部屋だ。

 ビアンカとリシェルの腕を離したネルヴァはヨハネスを下ろしたヴィルに告げた。


「あの魔法使い……ヨハネスの言った通り、行方不明者の一人で間違いない」
「七歳の子供が大人になっているってことは、昔俺が飲まされた薬より濃度が濃そうだ」
「それだけじゃない。一瞬だったから深層意識にまで接触は無理だったが洗脳されていると見ていいだろう」
「最悪」


 吐き出すように紡いだ言葉には嫌悪が混じっており、あくまで予想だと前置きしてネルヴァは他三人にも分かるよう話した。

  


 ——フローラリア邸の上空で空中戦を繰り広げるリゼルとテミス。リゼルの片腕に変わらず抱かれたままのジューリアは、一人で絶叫系アトラクションになれるリゼルに振り回されるがまま。どちらも一切の手加減はせず、相手を殺す気で魔法を放つ。リゼルの氷炎、テミスの光のレーザーがぶつかった。二つの力は周囲を巻き込みながら広がっていく。


「しがみついていろ」
「してます!」


 リゼルに言われずとも全力でしがみついているジューリアは大きな声で返事をした。氷炎と光がぶつかりあう力の中に飛び込んだリゼルは、同じく飛び込んだテミスと至近距離で力をぶつけた。


「うっ……くぐっ……」


 押されているのはテミス。片手で押すリゼルと両手で押すテミス。一見テミスが優勢に見えるも、力量の差はリゼルが圧倒的に上。力負けしたテミスは後方へ吹き飛び、追い掛けたリゼルが頭上に回り込んで頬を蹴り、地上へ衝突させた。


「あの人の正体って一体なんですか」
「……おれの予想だが天使だ。それも肉体を改造された」
「え」


 動き出した途端テミスから神力が発せられたとリゼルは言う。どういう仕組みかまでは分からないが何らかの術で人間に擬態していたのだとすれば、何故そうするか理由が全く見えない。


「ヴィル達のご両親の仕業とか?」
「もしくは、協力者がそうしたかだ。何にせよ、思った以上に帝国内部に食い込んでいる。今すぐに帝国を出て行くんだな」


 元々ヴィルの身体が元に戻ったら、すぐにでも出て行くつもりだった。ヴィルの神力を半分戻したネルヴァにジューリアが成人するまで待つよう言われたのと、二代前の神がジューリアを狙っていると判明して様子を見る為にまだまだ帝国滞在になっていた訳だが。帝国内部に深く二代前の神が関わっているなら話は別。地面に埋もれ、また動かなくなったテミスを宙に浮かせたリゼルはテミスの姿を消した。


「え、消えた」
「異空間に閉じ込めた。ネルヴァ達の所に戻るぞ。ほんの一瞬、ネルヴァの神力を感じた。魔法士長とやらが接触したんだろう」


 帝国最強の魔法使いが来ようとネルヴァとヴィルがいる。ヴィルに関しては神力が半分しか戻っていないといえど、ネルヴァがいるなら安心とリゼルは言う。


「ヴィル達はまだリストランテにいますか?」
「いや……ネルヴァの神力は今……」


 感知能力で彼等の居場所を探すリゼル。無事でいてほしいと願っていれば、重傷のシメオンがマリアージュに身体を支えられながら此処へ来た。後ろにはマリアージュの要請した帝国魔法士団と思しき集団もいる。


「ジューリアっ、ジューリアを返せっ」


 姿を見せて良かったのかとリゼルに問うたジューリア。「今更だな」と鼻で笑われ、もう狸寝入りをしてもバレている為起きておくことにする。


「棺に片足を入れている状態で来るとは。態々死にに来たのか」
「その子は、ジューリアは私の娘だ、娘を返せ」
「この娘の記憶を見る限りそうは見えなかったが?」
「っ」


 正論で返され、唇を噛み締めるシメオン。ジューリアはフローラリアを拒んでいる。そうであってもみすみす娘を見殺しにはできない。
 マリアージュの支えを断ろうとシメオンが手を上げ掛けた時「お断りです!」とジューリアの声が静かな周囲に響いた。


「ジューリア……?」
「公爵様に返されたくありません。私はこのまま連れて行かれます」
「何を言っているんだ! その男は魔族、悪魔なんだぞ!!」
「分かっています。この人が見せてくれた記憶の通り、私は公爵様の娘じゃありません。返される筋合いがないんです」


 早くヴィル達の安全を確認したいジューリアはさっさとこの場を去る為の行動に出た。


「私の記憶を見て、私がフローラリア家の一員ではなくなって困ったことは起きていましたか? 起きていませんよね?」
「ジューリア、今はそんな話を」
「名家の無能の末路なんて皆同じです。家族に見捨てられ、周囲に見捨てられ、一人孤独で死ぬんです。なら、せめて死に場所くらいは自分で決めさせてください」


 実際死ぬ気はないがこう言えば話が早く進む。
「居場所が分かった」とリゼルに小声で伝えられる。


「待ってジューリアっ、貴女は死にたいと思っているのっ?」
「生きられるなら二十年は生きていたいですよ。ただ、私の場合は難しい。それだけです。私は魔族の人に連れて行かれます。それなら、これ以上の被害は出ません」
「駄目よ! 連れて行かれれば殺されてしまう!」
「だとしても、ずっとフローラリア家にいて無能扱いをされるよりマシです。それとケイティを叱らないでくださいね。私がした頼み事をしてくれている最中なので」


 行くぞ、とリゼルに促され、ジューリアはリゼルの肩に顔を埋めた。これ以上話す事はないと言わんばかりに。
 転移する間際、シメオンとマリアージの悲痛な声が届くも……ジューリアの心には響かなかった。

 移動した場所は大教会の客室。リストランテで別れたヴィル達がいた。リゼルに下ろされるとヴィルの許へ直行した。


「ヴィルー!」
「ジューリア」


 ヴィルに飛び付くと難なく抱き留められ、今度はヴィルに抱っこをされた。


「機嫌悪い?」
「なんで?」
「飛び付かれた時の力が強かった」
「かもしれない。それより、ヴィル達のところに魔法士長って人来なかった?」
「来たよ。兄者が動きを封じたけど……すぐに目を覚ます」

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