行動あるのみです!

文字の大きさ
47 / 81

その瞳に映すのは3

しおりを挟む
 カップを高く持ち上げたミエーレは一気にカフェモカを飲み干した。生クリームの残骸が底に残った。上唇についた生クリームを舌で舐め取る仕草は、蛇が獲物を捉え舌舐めずりをする残酷性は一切無く、年相応に見えない妖艶さがあるだけだった。
 今のシェリはどのような表情かおをしているのか。きっと酷い顔をしている。あからさまな敵意をレーヴに投げ付けられ、彼は悪くないと心に言い聞かせても人とは容易にできてない。

 ガラガラと今までのレーヴへの好意が崩れ落ちていく。
 彼は“転換の魔法”による被害者。
 シェリにあった好意を強制的にアデリッサへと向けられただけ。

 わかっている。わかっている。わかっている。わかっている。わかっている。
 呪文みたいに何度唱えても、わからない。

 迷子になった幼児を見る優しさが含まれた碧眼が離さない。カップを置いたミエーレが熱々のスープを被って蹲るアデリッサと彼女の両肩に手を置いて容態を確認するレーヴの前に立った。


「殿下。今はナイジェル嬢を医務室へ連れて行くのが最優先だ。火傷をしている場合がある」
「しかしっ」
「それに、だ。殿下は今冷静な判断を下せない。だったら、ナイジェル嬢を治療した後で合流しよう。勿論、シェリも居させる。それでいい?」
「っ……分かった」


 ミエーレの言い分にまだ噛み付きたいであろうレーヴだが、このまま放っておくとアデリッサの火傷が進行する。医務室へ行き、適切な治療を施すのが最優先。レーヴは制服の上着を脱ぐとアデリッサに掛けた。背中と膝裏に手を回すと抱き上げた。
 去り際、シェリを一際強い憎しみの瞳で睨みつけた後……小走りで去って行った。
 周囲の目はアデリッサを抱き抱えたレーヴが消えてもシェリに注がれる。


「ミエーレ……」


 悲しみも、悔しさも、怒りも、何もない、ただ発しただけの声でミエーレを呼んだ。


「さっきのお誘い……やっぱり……受けても良いかしら?」
「……いいよ。行こう。パンは?」
「残すわ……」
「ふーん」


 給仕を呼んでテーブルの片付けを頼むとぼんやりとしたシェリを立たせ、手を引いて食堂を出た。この後、どのような囁きがされるかは。
 容易に思いつく。

 ミエーレに連れられたのは図書室。昼休憩終了までまだ少し時間があるので人のいる数は多い。入り口から最も遠い本棚に行き、誰も居ないのを確認してシェリを床に座らせた。汚いと言われようが布越しなのだからさして問題はない。
 本棚を背凭れにして天井を仰いだ。
 魔法の力によって光る照明。本が読みやすいようにとオレンジがかった光。

 その内、午後の授業開始の鐘が鳴る。扉の開け閉めの音が激しく、途端消滅。
 人の気配が消えた。シェリとミエーレ以外、誰もいない。

 シェリは先程受けたレーヴの憎しみに染まった青の宝石眼を思い出す。何度も何度も何度も、何度も“転換の魔法”のせいだと言い聞かせても人の心は脆弱で指で突いたら呆気なく壊れる。ドミノ倒しと一緒だ。


「“転換の魔法”に解除方法はない。ミエーレはそう言ったわね……」
「事実だ」
「そうね……もう……殿下は、あのままでも良いのではと思うの」
「“魅了の魔法”と違って禁忌魔法には指定されていないから、正式に罰するのは難しい。けど、掛けた相手が王子ということ。この点は突ける。おれも殿下はアデリッサと仲良く乳繰り合っていたら良いけど、王国側としては罰もなしに野放しは無理」


 そこで、とミエーレは欠伸を間に入れて続けた。


「ヴェルデが件の従者の元の主に今日接触する。彼の結果次第だが……従者には軽い罰、アデリッサにはキツーい罰を与えられる。ナイジェル公爵家にも相応の処分は下るだろう」
「公爵本人は知っているのよね」


 オーンジュ公爵と犬猿の仲と評されるナイジェル公爵。娘には激甘でも貴族としては優秀で周囲の信頼も篤い。嫌っていても、時にはオーンジュ公爵と協力して国を守ってきた。公私混同は決してしない。シェリも、嫌っている男の娘とは言え、彼は感情を娘相手にまで向けない。1人の公爵令嬢として接してくる。
 愛娘アデリッサのやらかしを聞いた時のナイジェル公爵が不憫でならない。


「アデリッサにナイジェル公爵の性格がちょっとでも受け継がれていたら……」
「そりゃあ難しいかもな。実はこれ、父上が言っていたのだけど。アデリッサは……」


 新しい高機能玩具を親に買ってもらい、友達に見せつける愉快な色を隠さないでアデリッサの秘密を暴露してくれたミエーレに引きつつも、そう……とだけ返した。
 不意にミエーレの碧眼がシェリを捉えて離さない。首を傾げれば「ちょっとは落ち着いた?」と問われた。
 あ……と声を出したシェリはふわりと微笑んだ。


「……ええ。ちょっとだけ」
「そっか」
「本当の本当に、殿下は諦めるわ。でも、アデリッサにはきっちりと落とし前をつけたい」
「はは。その調子調子。じゃあ、ヴェルデの報告を待とうか」


 
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます

みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。 それでもジェイドはカーレルを想っていた。 学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。 赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。 それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。 ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され…… ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。 だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。 そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。 そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。 だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

“ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う

棚から現ナマ
恋愛
いままで虐げられてきたから “ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う? 侯爵令嬢のアイリス=ハーナンは、成人を祝うパーティー会場の中央で、私から全てを奪ってきた両親と妹を相手に “ざまぁ” を行っていた。私の幼馴染である王子様に協力してもらってね! アーネスト王子、私の恋人のフリをよろしくね! 恋人のフリよ、フリ。フリって言っているでしょう! ちょっと近すぎるわよ。肩を抱かないでいいし、腰を抱き寄せないでいいから。抱きしめないでいいってば。だからフリって言っているじゃない。何で皆の前でプロポーズなんかするのよっ!! 頑張って “ざまぁ” しようとしているのに、何故か違う方向に話が行ってしまう、ハッピーエンドなお話。 他サイトにも投稿しています。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

処理中です...