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連載―私はお父様とパパ様がいれば幸せです―
皇帝アーレントとシルバニア家2
しおりを挟む四つの箱を両手で抱えてシルバニア公爵家にやって来た皇帝アーレントを双子公爵とメアリーは迎えた。客人を迎える時に使用するサロンに入ったアーレントが箱を下ろすとメアリーは興味深そうに見つめた。
「陛下、これは?」
「先日、商人から買い取った珍しい品々だ。メアリーや双子に渡そうと思ってな」
「ありがとうございます!」
メアリーにとってアーレントは、皇帝と知る前は父達の親しい友人という認識だった。いつもお土産を持参し、面白い話をしてくれるアーレントに懐くのに時間は掛からなかった。父親達や祖父母、屋敷の使用人達しか殆ど会わないメアリーにとって外の世界の人はある意味で怖かった。招待されて参加したお茶会は、どれもアタナシウスとティミトリスが目当てでメアリーはオマケ。だが、二人を招待しても応じないからメアリーという餌を使って誘い出すのだ。居心地が良くないと漏らせば、父親達はお茶会へ参加させなくなった。メアリー本人は二人が必要ないから参加させないのだと思っている。皇太子と婚約してからは、次期皇太子妃としての務めと言い聞かせ選別してお茶会に参加している。
アーレントが帝国の皇帝と知ったのは、皇太子と初めて顔合わせをした日だ。いつもアレンおじ様と呼んでいた父達の友人が帝国で最も偉い人だっと知って恐縮した。そんなメアリーを気遣わせまいとアーレントは皇帝の衣装のまま、いつもと変わらないアレンおじ様としてメアリーに接してくれた。
ふと、その時のミカエリスの表情が驚愕に濡れていたのを思い出した。同時に、次に向けられたのが言い様のない昏いものだった。
アーレントとミカエリス。アタナシウス曰く、親子の仲は良くないのだとか。聞くと、アーレントがそもそもミカエリスに大して興味がないのだとか。メアリーを皇太子の婚約者と強く望むのは皇后を筆頭とした周囲。アーレントは代々の皇帝達が守ってきたシルバニアとの約束を尊重しているから。
青色の箱をアーレントに渡され、受け取るとメアリーでも持てる重さだった。中身は何かと問うと微笑まれた。
「見てからのお楽しみだ」
「今見てもいいですか?」
「ああ」
箱を床に置いてリボンを解いた。蓋を開けると、中にはプラチナブロンド色の大きなクマのぬいぐるみが入っていた。両脇に手を差し入れて抱き上げた。クマのぬいぐるみの瞳はシルバニア家の面々と同じ深い青。よく見ると宝石で出来ていた。
首に巻かれたリボンも同じ深い青。ぬいぐるみ、特にクマが大好きなメアリーは満面に喜悦の色を浮かべた。
「わあ! とっても可愛いです!」
「気に入ってもらって良かった。メアリーはクマが好きだったと思い出して。商人が持ってきた品にこのぬいぐるみがあったんだ。瞳に使われているブルーサファイアには、おまじないの魔法が掛けられているんだ」
「そうなのですね。ふふ、パパ様、お父様、早速この子を部屋に案内しますわ!」
クマのぬいぐるみを抱いたままアタナシウスとティミトリスに振り向くと二人の反応は違っていた。
「そうしておいで、メイ」
「いい歳してまだお人形遊びかよ」
微笑ましいと笑むアタナシウスに対し、ティミトリスは意地悪に笑う。むすっと頬を膨らませたメアリーの頭にアーレントは手を乗せた。
「剥れる事はない。ティミトリスはぬいぐるみにメアリーが時間を向ける分、自分が相手をされなくなるから拗ねているだけだ」
「誰がだ」
「そうなの? ティッティ。お兄ちゃんが相手してあげるのに」
「気色悪いからやめろ」
輝かしさが増したアタナシウスから目を逸らしたティミトリスは寒くないのに両腕を摩った。小首を傾げたメアリーだが、貰ったクマのぬいぐるみを部屋に置いて来ようと一旦サロンを出た。
大事に抱きながら部屋に向かう。ミカエリスと比べてもどうしようもないがアーレントと全然違う。アーレントの場合は、親しい父親達の娘だからおじ様感覚で接してくれているのだ。メアリーがシルバニアの娘じゃなかったら、親切にしてくれなかっただろう。
幼い頃は憧れを抱いていた。が、皇帝と知って諦めた。ミカエリスに最初淡い恋心を抱いたのはアーレントの息子だからかもしれない。皇太子としての地位を盤石なものにするためだけの道具として見ていないミカエリスとの婚約が無くなっても、きっとアーレントはメアリーへの接し方は変えないだろう。元々、この婚約に反対なのだから。
「ミカエリス殿下は……最初から私が嫌いものね」
彼にしたら、政略結婚ではなく、恋愛結婚をしたかったのだろう。それこそ、両想いなマーガレットと。婚約者がいるのに堂々と浮気行為を行えるミカエリスとマーガレットに同情は出来ないが理解はなんとなく出来る。想い合うのに、結ばれない悲劇の二人。
元々、メアリーが嫌になったら即婚約解消という条件付き。
部屋に入り、クマのぬいぐるみをベッドの上に置いたメアリーはクマの顔を両手で包んだ。
「ホワイトゲート公爵令嬢が皇太子妃になっても、問題はないもの。殿下も大嫌いな私とより、彼女と一緒になった方が嬉しいよね」
ミカエリスを解放してあげよう。婚約者としての義務を何一つ果たさないくせに、メアリーにだけ義務を求めてくる。多分な愛情をくれるお父様やパパ様がいなかったら、きっとミカエリスの愛を欲して醜聞を撒き散らしていただろう。
「うん。決めたわ、皇帝陛下がいる今言った方がタイミングも良さそう」
婚約解消を申し出ようとクマのぬいぐるみに誓ったメアリーは頬を叩いて己に喝を入れた。気合を入れて部屋を出て行った。
一方で、クマのぬいぐるみを部屋に置きにメアリーが行ってしまったサロン内。アーレントに座るよう勧めたアタナシウスはクッキーを持ちながら紡いだ。
「アレン。僕は君が好きだ。でも、君の息子は大嫌い」
「その台詞は何百回も聞いた」
「気に食わないから嫌いなんじゃないよ? ……大事なメイを自殺に追い込んだからだよ」
「……」
美の神が全てを詰め込んだ圧倒的美貌の男が、存在する生き物全てを魅了する笑みを浮かべながら……発する殺気は尋常じゃない。言葉の一文字でさえ間違えれば首が飛んでいくか、存在そのものを消滅させられる。メアリーがいないから殺気と圧をかけてくるのだ。平然とアーレントは魔法でティーポットを引き寄せ、空いたティーカップに紅茶を注ぐ。魔法を習いに押し掛けていた頃の名残だ。欲しければ自分で淹れろがこの双子の言い分だった。茶菓子との相性が抜群な紅茶を数口飲んでアタナシウスに苦笑した。
「分かっている。それでも、ミカエリスは皇太子としての役割は果たしている。簡単に殺されては此方も困る」
「そうだね。また、皇后と皇弟に子作りさせないといけなくなるからね」
「分かってて言っているのか、お前は」
「ふふ。内緒にしてあげてるんだ。大目に見てよ」
「ミカエリスは知っているがな」
「そうなの? 君が教えたの?」
「皇后が漏らしたんだ。まあ、問題はないようだから私も黙認している」
「へえ。そう。ふふ、面白いね。ねえ、ティッティ」
「はあ」
話を振られたティミトリスは溜息を吐いた。
「知るかよ。どうでもいいわ」
「はは、違いない。皇太子が自分の出生を知っていようが知らないが僕達には関係ない。僕達にとって大事なのは、メアリーが皇太子を好きにならない事」
「分かっている。前はメアリーがミカエリスに好意を抱いていたから、ミカエリスにマーガレットとの交流を止めろと何度も言った」
苦々しい相貌をしたアーレントは紛らわすように紅茶を多目に飲んだ。半分以上減ってしまったのでティーポットを持って傾けた。琥珀色の液体が音を立ててティーカップに注がれていく。琥珀色の左右から見えるアタナシウスとティミトリスはどちらも口元は笑っていても目は笑っていない。
「……ねえ、メアリーの気持ちを計りたくて突き放し続けた挙句、自殺に追い込んで悲劇の主人公ぶったミカエリスを僕はどう好きになったらいい?」
「……なる必要はない。だが、皇帝として皇太子としての役割を果たしている以上、ミカエリスの命を奪う訳にはいかない。アタナシウス、お前もそれを分かっているからミカエリスからの贈り物も手紙も全て遮断しているんだろう」
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