ラヴィニアは逃げられない

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1話

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 ラヴィニア=キングレイはある決意を固めた。

 婚約者のメル=シルバースは皇帝の妹が降嫁した由緒正しき公爵家の長男であり、跡取りでもある。紫がかった黒髪と空色の瞳の美しい青年に成長したメルを幼い頃から婚約者として交流を持つラヴィニアは好意を抱いていた。キングレイ家は侯爵家。家格は釣り合う。

 メルとは優しいながらも穏やかな関係を築いてきた。

 恋愛小説に出てくる燃え上がるような激しい恋はないが、このままでも十分幸せになれるとラヴィニアは思ってた。きっとメルも思ってくれている。と信じたかったが。


「無理なのよ」


 一人呟いて落ち込むもすぐに気持ちを切り替えた。
 姿見の前に立って容姿をチェック。明るいオレンジ色の髪を下ろし、メルから貰った真珠の髪飾りを着けた。

 広大な空を彷彿とさせる同じ色の瞳を持つメルの方が綺麗だと言ったら、海のように深い青の瞳を持つラヴィニアの方が綺麗だと昔言われた。


「やめやめ」


 メルとの思い出を思い出したら覚悟が揺らぐ。自分は今からメルの中で最も嫌な女にならないといけないのだから。


「メル……私メルが好きだよ」


 ――あなたが他の相手を好きでも……





 ●○●○●○


 五日前のこと。メルと湖へデートに行った。帝国でも屈指の名所とも呼ばれ、恋人達が多く訪れる。巨大な湖は帝国の貴重な水源の一つで常に厳重な警備の下管理されている。
 周辺には季節に応じた花が咲いており、恋人達は花を楽しみながらのんびり散歩するのだ。

 ラヴィニアとメルも例外ではなく、メルと手を繋いで景色を楽しみながら散歩をしていた。


「今日は人が少ないね」
「朝は曇っていたから、来るのを止めた人が多いのかも」
「なら、雨は降らないと信じた俺達は運が良いな」
「そうだね」


 成人を迎えても尚色褪せないメルへの恋心。同時に……


「ラヴィニア。頭に花弁が」
「え」


 言われてすぐに花弁はメルが取った。白い花弁だ。


「ラヴィニアには白も似合う」
「ありがとう。一番似合う色は?」
「うん?  なんだろうね」
「もう、意地悪しないで」


 拗ねたように頬を膨らませてもメルは教えてくれなかった。
 本当はメルの瞳と同じ色が似合っていると言ってほしかった。


「散歩が終わったら何か食べに行こうか。何が良い?」
「メルの好きな、スコーンを多種類売っているお店に行きましょう」
「俺の事は気にしないで」
「私もスコーンが好きだから行きたいの!」
「そっか」


 瞳を細め、優しげに見つめてくるメルの顔が近付いて。ラヴィニアの唇にメルの唇が触れ、至近距離から見つめられ頬が熱くなっていく。


「もう!  ここは外なのに!」
「ごめん、ラヴィニアが可愛いから」


 人が少なくて良かった。人々の視線が集まって穴があったら入りたくなるから。
 ぷりぷり怒りながらもメルに引っ付き隙間を無くす。笑う声と共に頭に何か触れた。今度は頭の天辺にキスをされた。怒ってもメルを喜ばせるだけ。恥ずかしいが何も言わなかった。

 こうやってずっと二人だけの時間を過ごしたい。幸いにも人は少ない。二の腕辺りに頭を寄せ、手を離して腕に抱き付いた。「ちゃんと手も繋いでくれないと」と頭上から降った声により、恥ずかしいが手も繋ぎなおした。


「早くラヴィニアと結婚したいよ」
「……私も」


 きっとメルは嬉しそうに笑っているんだろう。

 ――……嘘吐き。

 内心ラヴィニアが紡いだと知らないメルが次の話題を振ろうとした時、後方からメルを大きな声で呼ぶ女性が現れた。

 繋ぐ手に力を込めたら、自分よりも大きな手が大丈夫だと撫でてくれた。歩みを止めて後ろを向くと予想通りの女性がいた。
 混じりっ気のない白い髪、メルと同じ空色の瞳の儚げな印象が濃く刻まれる華奢な女性がドレスの裾を持って此方へ早足で辿り着いた。女性の後ろにいる付き人が慌てて追い掛けて来る。
 メルの前に立った女性は桜色に染めた頬をぷくーと膨らませた。


「メルったら、お出掛けするならわたくしにも声を掛けてとあれだけ言っていたのに!」
「ごめんごめん」
「もう。あら?」


 ラヴィニアに今気付いたと空色の瞳が向いた。


「いたのラヴィニアさん。派手な頭をしている割に存在感がなくて気付けなかったわ、ごめんなさい」
「プリムローズ、ラヴィニアに失礼だろう」
「プリムって呼んでっていつもお願いしてるのに!」


 プリムローズはメルの親戚であり、大公夫妻の愛娘。二人は幼馴染であり、プリムローズがメルに好意を寄せているのは誰が見ても明らか。婚約者のラヴィニアを敵視し、何度も嫌がらせを受けてきた。こうしてデートをしていても必ず現れる。恐らくシルバース家にプリムローズ派の者がいる。メルに招待されて屋敷を訪れると痛い視線を貰う時があったから。


「わたくしもメルと歩きたい。一緒に行ってもいいわよね?」


 何故かメルではなくラヴィニアに問う。疑問形でありながら、拒否は許さないと表情が語っている。


「いいわけない。俺はラヴィニアとデートをしているんだから」
「わたくしも行きたいの」


 メルの反対側の腕に抱き付いたプリムローズ。婚約者のいる男性にしてもいい行いではないし、大公夫妻の愛娘でまだ婚約者がいなくても令嬢がする行いでもない。メルにしては珍しく些か乱暴げに引き剥がすも、却ってプリムローズの心に火を付けた。


「酷い酷い! 酷いわ! メル! わたくしだってメルといたいのにっ」
「何度も言わせないでくれ、ラヴィニアとデートをしているのに君の相手をする筈がないじゃないか」


 隣で黙っているラヴィニアはメルの言い方に違和感を抱いた。まるで、デートでなかったらプリムローズの相手をしていたと言っているようで。プリムローズは気付かず、突き放されて大粒の涙を流し始めた。泣かれるとは思わなかったらしいメルは多少動揺するも、繋いでいる手が放される事はなかった。内心安堵するとプリムローズの矛先はラヴィニアに向けられた。メルと同じ空色の瞳に睨まれると身が竦んでしまう。


「侯爵家の娘のくせに、大公家のわたくしからメルを奪うなんてっ」
「お嬢様帰りましょう、シルバース公爵令息様とキングレイ侯爵令嬢様失礼しました」
「!! 待ちなさい、わたくしは――!!」


 プリムローズの従者が引き摺るようにして彼女を遠ざけて行った。終始、ペコペコと頭を下げた従者や遠くからでも叫び声が届くプリムローズが完全に見えなくなるとメルは申し訳なさそうにラヴィニアを見つめた。


「ごめんラヴィニア。折角のデートなのに」
「気にしないで。メルのせいじゃないもの」
「どうしてプリムローズが俺達の場所を知ったんだ……屋敷の誰かが漏らしたのか……」


 大いに有り得ると言いたいがメルの本心を知っているラヴィニアは何も言わず、曖昧に笑うしかできなかった。

 プリムローズの襲撃を忘れるようにこの後デートを楽しんだ。シルバース家の馬車で屋敷に送り届けてもらったラヴィニアは翌日聞かされた報せに耳を疑った。

 メルが乗っていた馬車が事故に遭って意識不明にあると……。



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