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39話
しおりを挟むメルに手を掴まれたまま城内から外へ出たラヴィニアは、やっと足を止めてくれたメルの手から離れ息を整えた。早い足で歩くメルに着いて行くので精一杯だった為。バツが悪そうに振り返ったメルに謝られるも、まずは息を整えるのを優先した。
修道院での生活で少しは体力がついたと自信を持てていたのに、自分の錯覚だったと地味にショックを受ける。漸く呼吸が安定した辺りで顔を上げると「メル」とヴァシリオスの声が。転移魔法で貴族牢から此処へ一気に飛んだヴァシリオスが馬車は城門前に待機させていると二人に伝え、他の仕事をする必要があるからとまた転移魔法で何処かへ行ってしまった。
「どうする? ラヴィニア。このまま、キングレイ侯爵家に行く?」
「うん……行くわ。行って、お父様とちゃんと話をつけたい」
家を出てから愛していただの、今まで邪魔者扱いしていたのに所構わず探し回っているだのと聞いてラヴィニアからすれば意味不明過ぎた。大切にされていた記憶が一切なく、メルに聞かされた父と自分の知る父はどちらが本物なのかと深く考え込んだ。
「侯爵家に着いたら、メルは馬車で待ってて。私一人で行くから」
「俺も行く。侯爵がラヴィニアに何をするか分からない」
「一応、お父様には暴力を振るわれた事はないから、大丈夫だと思うけれど」
「……には?」
「え…………あ」
とある部分を聞き返され、一瞬問いの意味を解そうと呆けてしまい、意味を解するとしまったと口を手で抑えた。食事を抜きにされていた件といい、風邪を引いたのに放置されていた件といい、どれも昔の事で今は嫌味を言われるだけで終わっていたから言葉の選択を間違えてしまう。一度口にしてしまったから無かった事にはならず、視線で訴えるメルに折れて先に馬車に乗ろうとメルの手を引き、城門前へ急いだ。
待機していた馬車に乗り込み、御者に行き先をキングレイ侯爵家と告げると馬車は動き出した。
車内では、隣同士座って先程の意味をメルに話した。
「一度だけだったけど……確か、お母様のご実家から私宛にお母様が子供の頃愛読していた絵本が贈られてきたの」
亡き母テレサが大切にしていたという事もあって実家でも丁寧に保管をされており、若干色褪せてはいたものの、まだまだ読める状態であった。父から嫌そうに渡される間際、横から伸びた手が絵本を奪った。
プリシラだった。
プリシラはラヴィニアの物なら何でも欲しがり、テレサの物に関しては一度父にきつく叱られ後妻にも叱られて二度と欲しがらなかったのだが、古くて価値があると一目見て分かる絵本が無性に欲しくなってしまったらしい。亡き母が大切にしていた絵本と聞かされたラヴィニアにとっても大切な絵本であるから、プリシラが抱き抱える前に取り戻した。
ただ、その場には三人以外に後妻もいて。プリシラは泣いてしまい、プリシラを泣かせたラヴィニアは後妻に頬を打たれ床に倒れた。その際、絵本はしっかりと後妻が奪い取った。
「その後、お父様がお義母様からお母様の絵本を取ってかなり怒っていたわ。勿論プリシラにも」
『テレサの物に触れるなと以前言っただろう!! 二度も言わねば分からんのか!!』
ラヴィニアに対し怒鳴る事はあれど、後妻やプリシラに怒鳴った事はほぼなかった父。
そんな父から二度も怒鳴られたプリシラは火が付いたように大泣きし、後妻は必死に父に謝りプリシラを連れてその場を後にした。
絵本は父から再び嫌そうな顔をされながら渡され、打たれた頬の心配もされず部屋に戻された。
話している段階からメルの纏う空気が冷気を帯びた物に変化していると感じながらも、終わった頃には壁に氷が発生するのではと錯覚する程の冷たい空気が発生していた。
「お義母様に叩かれたのはその一度だけだったし、お母様の物をプリシラが欲しがる事も以降は無くなったから、メルはあまり気にしないで」
「ラヴィニア、お願いだから気にして。異常な環境にいたから、感覚が鈍くなっているのかもしれないがはっきり言って侯爵達はやり過ぎだ。テレサ様の実家は何も知らないのか?」
「多分、詳しい家庭環境までは知らない筈よ。お父様達が厳しく監視していたし、会っても側には絶対お父様やお義母様がいたから大した会話なんて一度もした事がないの」
単にラヴィニアが置かれている環境を知られないようにする為だろう。ラヴィニア自身は、定期的、長期的にシルバース家に滞在していたのとキングレイ家の使用人達に守られていたお陰で話の内容の割に悲惨とは感じていない。
「ねえ、メル。お父様と話をする時、メルには見守っていてほしいの。お父様とは私だけが話す。いい?」
「ああ……言いたい事を全部言うといい」
「うん。今日を最後と思ってお父様と話すわ。お義母様やプリシラもいれば、最後に会っていくね」
「会わなくていいだろう」
「最後なんだもの。ちょっとくらい仕返しをしたって許される筈よ」
メルの手を握り締め、肩に頭を乗せて到着を待った。
——馬車がキングレイ侯爵家に到着し、御者に扉を開けてもらい馬車を降りたラヴィニアとメルは目を疑った。華やかなキングレイ侯爵家の屋敷全体がどんよりとした黒く重い雰囲気が出ており、場所を間違えていないかと口にしてしまいそうになった。屋敷へ近付くと扉が開かれ、中からラヴィニアもよく知る執事が出て来た。ラヴィニアの顔を見ると驚愕の相貌を浮かべ大急ぎで駆け付けた。
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