婚約者を捨てて逃げたら、何故か追い掛けてきました

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27話

 


 一度読破した愛憎をテーマにした恋愛小説のページを指でなぞり、つい先程部屋を訪れたオルチナが入浴の準備が完了したからとメルフィーナを連れて行くと、彼女を此処へ連れて来た理由と泣いていた訳をミラから聞き出し、本を閉じたヒルデガルダは若干責める視線をくれてやった。


「お前、態とだろ」
「悪気はなかったンですってば」
「お前にその気がなかったにしろ、余計拗れさせてどうする」


 改めて婚約破棄を決意したメルフィーナに迫られ、断りきれなかったミラがメルフィーナを抱こうとした直後、部屋に入ったリーラに最初身動きを封じられた。抑々ミラはリーラが跡を付けていたのに気付いていた。元々リーラに会うか、会わないかリーラの部屋の前で迷っていたメルフィーナと話をしていた時からリーラが扉越しから様子を窺っていた事に気付いていて敢えてメルフィーナの誘いに乗ったのだ。
 危機感を煽らせてリーラの本心をメルフィーナの前に出してやりたかったのだが……予想の斜め上を行ってしまい二人の仲がより悪くなってしまった。


「最後まで責任を持つことだ。妾も見ていて愉しい」
「お嬢は愉しいからでしょうが。とにかく、皇子殿下がロジャーズ公爵令嬢を本気でどう思っているかですよ」
「それなんだがな」


 今し方ページを閉じた本をミラに差し出した。


「恋情を持っていなくても、親愛を持っているとお前は言ったそうだな」
「まあ」
「本のように、女を妹かそれに似た者のように見ているのだとすれば、皇子殿下がメルフィーナ様を求めたところでご令嬢を切り捨てられはしない」


 人間にとって家族の情というものは深い。メルフィーナとアイザックがそれ。妻を亡くし、一人娘のメルフィーナを己の命よりも大切にしているアイザックにとって、メルフィーナを怪物呼ばわりした挙句救うだけで本来の役割を果たしているのにレイラと睦まじくするリーラは敵以外の何者でもない。
 アイザックの思惑通りにしろ、このままでは本当にメルフィーナとリーラの婚約破棄は達成される。


「ご令嬢はともかく……ロジャーズ公爵は皇子殿下と自分の娘の関係をどう思っているのか気になりません?」
「ふむ……」


 年に何度か顔を合わせる機会のあるオーギュスト曰く、温厚で人当たりの好い性格で聖属性魔力を持つロジャーズ家を誇りにしている。子供達へ惜しみない愛情を注ぎながら誰かに偏ることはなく、平等に愛していると聞く。そんな男が婚約者のいるリーラを慕うレイラに注意をしないのかと疑問になる。


「案外、シルヴァーナ公爵が絡んでいるかもな」
「と、言うと?」
「病人というのは、肉体の状態は勿論、精神の状態も常に良好を保たねばならん。肉体が快方に向かっていても、精神が悪化して亡くなるという例もある」


 レイラはリーラを恋慕っている。メルフィーナと関係が険悪であろうとメルフィーナが好きなリーラにとってレイラの恋心は受け取れない代物。調整役バランサーとしての役目は、ただ魔力の流れを調整するだけではなく、精神面においてもサポートは欠かせないとアイザックが言ったのならリーラのレイラに対する接し方にも納得がいく。


「皇子殿下は一度ご令嬢の願いを断ったことがあって、それが原因でご令嬢の体に異変が生じた経験があるなら……シルヴァーナ公爵の言葉が本当だと信じてしまってもおかしくはありませんね……」
「ああ。どちらにしろ、皇子殿下は最初からシルヴァーナ公爵の罠にまんまと嵌まっていた、というわけだ」


 ロジャーズ公爵にしても、レイラを優先に考えるならリーラとの関係を黙認していろとアイザックから言われていそうだ。
 伝手から返事が来たからと加わったオーギュストにも同じ内容を話してみると「同感だ」と頷かれてしまった。


「シルヴァーナの血を引き、且つ強大な魔力を持つ者は、どうも魔族の血が濃く表れる」
「魔族?」


 魔族とは人間の天敵であり、上位魔族と呼ばれる悪魔になると人間では立ち向かう術が極端に減る。殆どが人間を餌と認識している魔族ばかりだが、中には人間を好意的に捉え人間の振りをして生活する魔族もいる。


「メルフィーナから、何代か前の女性当主が独身のまま子を産んだという話は聞いたか?」
「ああ」
「子の父親が魔族だ。そして、ロジャーズ家に聖属性魔力が授けられたのが同じ時期だ」


 魔族の子をシルヴァーナの女性当主が産んだ時期と神に近い力を持つ大天使が聖属性の力をロジャーズ家に授けた時期が重なっていると、オーギュストがテーブルに置いた書類に記載されていた。


「妾の伝手からはまだ返事が来ていないのに……」
「お前の伝手は、天使や人間に興味を持つ魔族だろう。私とは違う返事が来ることを期待しよう」
「ああ」


 話は戻り、人間が魔族の子を産むのに当然神側は快く思わず、ロジャーズ家がシルヴァーナ家を見張る力として聖属性の力が授けられたものの、神や天使が使う純粋な聖属性……正確には神聖力と言い、人間では扱えない。人間が扱えるようにと大天使と当時のロジャーズ家の娘の間に子を儲け、聖属性魔力と名付けられた力を扱えるようにしたのだ。


「だが、いくら人間が扱えるようにしたところで元は人間には過ぎた力だ。あのご令嬢のように、聖属性魔力が強すぎて肉体のバランスが取れない者が多かった」


 バランスが取れず、殆どの者が夭折する一方、レイラとリーラのように魔力相性の好い者同士で結婚させて存命した者もいる。


「となるとご令嬢は後者になるのか」
「魔力相性の好い者以外で魔力を調整するのはやはり無理だそうだ」
「普通に考えるとそうなるな」


 残るはヒルデガルダが返事を待っている伝手にかかっている。


「時にヒルデガルダ。メルフィーナにお前が魔族であると話していないのか」
「話してない。というか、人間に転生した今は一応人間だ」


 魔界の王の座に君臨していたヒルデガルダが人間に転生したのは、長過ぎる故に起きる退屈のせい。人間に転生すれば魔族時代よりも面白い事に出会えるとオーギュストに口説かれ十八年前人間の赤子に転生した。魔族時代に生きた年数はもう覚えていない。


「お前が元魔族の王と話してもあの子は受け入れてくれるぞ」
「自分自身に魔族の血が流れていると知っているのか?」
「ああ。私も知っているしな。シルヴァーナ家に嫁ぐ者や生まれる者は必ず聞かされる」
「公爵が魔族の血の濃さ故に強いなら、メルフィーナ様も案外そうなのでは」
「かもしれないな。何と言ってもアイザックの娘だ」


 濃い青の瞳が自身の横に立つミラを見上げた。


「お前にも魔族の血が流れていると報せるか」
「お嬢にお任せします」
「ついでに滅んだ帝国の皇族の血が流れているとセットで話すか」
「何百年前に世界地図から消えたと思ってンですか」


 家柄と能力だけを重視され嫁いだ母皇后を長年に渡って冷遇し続けた父皇帝や皇帝の愛人や異母兄弟達の策略により母を殺され、自身は魔族に売り飛ばされ、逃げ出し死にかけていたところをヒルデガルダに拾われた。生き永らえさせる手段として魔族の血を分け与えられたことで半分人間で半分魔族となってしまった経緯を持つ。


「皇子殿下が恥も矜持も捨て去ってメルフィーナ様に縋らない限り、彼女の心は動かせない。そうなると……」


 後継を儲ける為に適材な相手はお前しかいないとミラに一瞥をくれるヒルデガルダ。視線を受けたミラは曖昧な笑みを見せ態とらしく髪を掻いた。


「それは最後の手段ということで……」
「その最後の手段を目撃した皇子殿下が暴走したのを忘れるな」


 付けられている時点で粘り強くメルフィーナを説得すべきだった。言われずとも反省しているミラは「気を付けます」と素直に認めた。
「メルフィーナは?」とオーギュスト。


「今オルチナに入浴の手伝いをさせている」
「そうか。リーラ皇子とは、暫く会わせないようにしろ。皇子が会いたがってもだ」
「ああ」


 二人とも頭が冷えるまで距離を置かせるのが必須。

  



 一人で部屋に戻れるからとミラの申し出を断り、重い体を引き摺って戻れたリーラはベッドに倒れた。
 部屋の前でメルフィーナとミラの話し声が聞こえ、扉を開けるのを躊躇していると二人の声は遠くなり、気になって後を付けるとメルフィーナの部屋に入って行った。嫌いだと、大嫌いだと叫ばれた直後の為メルフィーナに会わせる顔がなく、引き返そうとしたが不意にメルフィーナが彼に子作りを頼んでいた記憶が蘇り、態々部屋に入れたのは抱かれる為なのでは? と抱いた。
 それからは激情が赴くままに部屋へ入り、ミラに愛撫されているメルフィーナを見た瞬間から冷静さは遠い彼方へ消え去った。


「……」


 もっと冷静な思考があったら、メルフィーナに自分の気持ちを分かってほしかったなら、ミラの言う通りあんな痛めつける愛撫をするべきではなかった。後悔しても全て後の祭り。
 両手で顔を覆い、ミラの上着を頭から掛けられ決して此方を見ようとしないメルフィーナに言われたリーラと手を繋ぎたくない理由に対しても心当たりがなく途方に暮れてしまっている。


「メルフィーナが城で転んだ時……」


 該当する記憶は幾つかあるも、差し出した手を振り払われた記憶しかなく、かと言ってメルフィーナの勘違いとも言えない。
 一度も掴まれた記憶……となった瞬間一つ心当たりを思い出した。
 定期的に行われるお茶に招待されたメルフィーナが登城した際、前日の雨で滑りやすい石段の上で転んで尻餅をついたメルフィーナに手を差し出した。渋々といった表情で手を取られた時は内心苛立ったが、メルフィーナの手を握った感触に強い衝撃を受けた。大人顔負けの剣の技術やアイザックから叩き込まれた護身術を披露するせいで普通の女の子とは遠いと思い込んでいたのに、自分より小さく綺麗な手や細い腕に戦慄してしまった。強く握ったら、引っ張ったら、怪我をさせてしまわないか、勢い余って転ばさせてしまわないか思考がぐるぐると回った。
 訓練場に足を運んで剣の鍛錬をするメルフィーナを見学し、終わった後は必ず手の手入れをするよう口を出し続けた。側にアイザックがいないと手入れを疎かにしがちなメルフィーナに嫌がられようと……。


「駄目だ……多分これも違うんじゃ……」


 正解を思い出しても分からないリーラは悶々と考え続けた。


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