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消えた魔族
しおりを挟む突進し続けている個体と違い大きく膨れており、体格も一回り小さい。これらの姿から行き着くのは——もう一匹は雌で妊娠しているというもの。となると結界に突進し続けている個体は雄で二匹は番ということ。雌を守る為に雄が体を張ってヒルデガルダを排除しようとしている。
番犬を欲しがっているオーギュストへの手土産の魅力が増したと口端を吊り上げ、結界を一度解除し、再び向かってきたシルバーウルフの動きを殺気だけで制した。圧倒的な実力差があると分からせることで魔物を屈服させられる。現に二匹のシルバーウルフは、圧倒的な魔力を持つヒルデガルダの殺気に当てられ耳を垂れ地に伏した。怯えた声で鳴いたところで殺気を消し、少女に用意してもらった干し肉に自身の魔力を込めると二匹の側へ放り投げた。
「妾に従うなら、お前達の命の保証はしよう。どうする?」
匂いを嗅ぎ、警戒しながら恐る恐る干し肉を食べた二匹。一度食べると二匹の食欲は止まらず、ヒルデガルダは魔力を込めた干し肉全てを放り投げた。完食した二匹の側へ寄るとさっきまでの敵意と警戒心は消え、お利口に座った。
「よしよし。賢い犬は嫌いじゃない」
側で見ると分かる毛並みや体格の良さ。恐らくだが誰かに飼われている。本来二匹しかいないシルバーウルフを大量に見せる幻覚を飼い主が掛けたのならば、飼い主は魔族で間違いない。人間に転生してから同族に会ったのはたったの数度。オシカケを拾う前からの古い友。オーギュストとも面識があり、人間に転生した変わり者を頼むと言って古い友は毎回消える。
お前は保護者か、と何度突っ込みたくなったか。
「後で名前を決めてやらないとな」
それは言葉通り後にしつつ。飼い主はどこかと探知能力を上昇させ周囲を探る。
「……いない、か」
最大値に引き上げてもきっと見つからない。余程隠れるのが上手なのか、それとも二匹を捨て自分は違う場所へ行ったかのどちらかになる。
「仕方ない。引き上げるか」
知能が高く、戦闘能力の高いシルバーウルフを手懐けられるのなら、まあまあの力を持つ魔族であるのは違いない。王国の精鋭部隊ならば相手をしても問題はないと判断したヒルデガルダの足は診療所へ向かう。
到着すると王都からの治癒魔法士と医師が到着していて、一行の中にはノアンもいた。診療所の女性医師と話をしていたノアンと目が合うと驚愕に染まった紫色が瞠目した。大きな銀色の狼を二匹従えて戻れば誰でも驚く。
「御機嫌ようノアン様。のんびりな到着ですこと」
「な、なんだ、その狼は」
「シルバーウルフと言う、魔界に棲息する狼です」
「魔界だと!?」
「ええ。大量発生と聞いていましたが実際にいたのはこの二匹です。魔族が幻覚魔法を使って大量にいるように見せかけたかと」
「詳しく話せ」
シルバーウルフは魔界の狼で、魔界の魔物が人間界へ単独に来るのは不可能。必ず魔族が手引きしている旨と肝心の魔族の姿は探知能力を使っても見つけられなかったと説明。ヒルデガルダの話を最後まで聞いたノアンから魔族について詳しいと指摘を受けると「オーギュストに教えられました」と尤もらしい嘘で納得させた。
「今診療所で怪我人を見てもらっている。女性医師から話を聞いたが最初治癒魔法が効かなかったらしいな」
「それもシルバーウルフが原因です。牙や爪には呪いが付加されていて、傷を付けられると傷口に呪いが移り治癒魔法の効果を妨げます。私が怪我人の傷口に纏っていた呪いを除去したから、治癒魔法が効くようになりました」
「お前自身は大丈夫なのか? 魔界の魔物の呪いに触れて」
「耐性のお陰でなんとも。教会に属する神官でも恐らく可能でしたでしょう」
「その魔族は?」
「残念ながら姿はありませんでした」
知能が高く、誇り高いシルバーウルフを手懐けられるのなら、まあまあの実力者であるのは明白。探知能力を村周辺ではなく、王都全域で広げてみる必要がある。一旦サンチェス家の屋敷に戻って二匹をオシカケに預けようと「では、私はこれで」と優雅に微笑んで転移魔法を使おうと手を上げた時。ノアンに手を掴まれた。同伴必須なパーティーでは、触れるのも嫌がるノアンの為にと律儀に迎えに来る彼を嘲笑いオシカケを連れ馬車に乗るのが常。会場の出入り口にはヒリスが待ち構えているのだ、毎回律儀に来なくてもいいと言うがノアンは必ず来る。最低限務めは果たしていると自分を周囲に見せるアピール。可哀想な王子様と哀れみを抱いていた。
転移魔法を使いたいのにノアンが手を離さないと彼までサンチェス家の屋敷へ飛んでしまう。
「離して頂けませんか?」
「まだ怪我人の手当てが終わっていない。詳細な調査も何も」
「それはノアン様達がすればいいだけ。私は件の魔族の行方を捜しますから」
「どう捜すつもりだ」
「簡単です。探知能力を王都全域に広めます」
「なっ」
膨大な魔力量と圧倒的魔法の才を持つサンチェス公爵の養女だからこそ出る台詞。魔導公爵と呼ばれるオーギュストが同じ発言をしても誰も驚かない。
「不可能だっ」
「多少時間は掛かるでしょうが不可能ではありませんわ。あ、ノアン様には出来ませんものね」
「っ!」
豊富な魔力量を持つノアン。しかし、ヒルデガルダと比べると圧倒的差がある。嘲笑うヒルデガルダの手は解放された。次に何時掴まれるか分かったものじゃないと瞬時に転移魔法を行使した。
田舎の村からサンチェス家の屋敷に視界が一転し、辺りをキョロキョロと見回る二匹に笑い掛け、屋敷から出て来たオシカケに早速頼み事を発した。
「いい時に来た」
「なんですかこのシルバーウルフは! 魔界に行ってたンですか?」
「行ってない。今日、オーギュストと登城した時に村に大量発生した魔物の討伐を命じられてな」
魔物の正体はシルバーウルフで大量と聞いていたが実際いたのは二匹で番。二匹の飼い主と思われる魔族が幻覚で大量発生していたように見せ掛けたとまで話すとオシカケから「向かったのはお嬢一人だけ?」と問われ否定した。後からノアンや国王の命で編成された治癒魔法士や医師が到着し、後のことは彼等に任せてヒルデガルダは戻った。
「また怒っていそうですね~あの王子」
「ああ、怒っていたな。妾が王都全域に探知能力を掛けると言うと疑われたのでな。妾より弱い王子には無理だと言ったんだ」
「あ~……絶対怒ってるやつだ。どうしてこう……もうちょっと王子に優しくしてあげましょうよ」
「何故? 妾は、王子とマクレガーの娘がいるところを見るのが好きなんだ。ほんの少しでも妾に情を持たれても困る」
恋愛小説から飛び出してきた相思相愛なノアンとヒリスを見るのがヒルデガルダが最も好きな場面。魔法を使っていない、周囲に花は咲いていないのにあの二人がいると自然と花に満ち溢れていた。転生して早々退屈を暫く消す趣味が作れるとは思いもしなかった。相思相愛の恋人達にとって自分はさながら二人の障害となる悪女。遠くから再び愛し合う二人が見られるのならヒルデガルダは率先して悪女となり、可哀想な王子が愛するヒリスと共になる決意を見届けたい。
「……どうだか……」
「何か言ったか?」
「いいえ」
声が小さくて聞き取れなかったが絶対に何か言った。昔からのやり取りかつ、いいえ、と言われたらそれ以上追及しないのがヒルデガルダなのでいつも通り何も言わなかった。
「シルバーウルフはどうするンですか?」
「オーギュストが番犬を欲しがっていたろう? 丁度良いから、この子達を番犬にする。雌の方は丁度妊娠しているから、数も後で増える」
「魔界の魔物じゃ、人間界の獣医に診てもらうのは無理そうなンでおれが診ますか?」
「ああ。頼む」
二匹をオシカケに託し、屋敷に入ったヒルデガルダは出迎えた執事にオーギュストの所在を訊ねた。私室にいるとのことですぐにオーギュストの部屋に向かい、扉が開いたままの部屋に入り込んだ。カウチに腰掛け宙に浮かせたいくつもの書類を睨んでいたオーギュストの目が今し方戻ったヒルデガルダに向けられた。
「早かったな」
「無論だ。少し面倒になるかもしれん」
「話してみろ」
立ったまま村での件を話し、ついでに大量の干し肉を村へ提供してほしい旨についても伝えた。書類をテーブルに置き、姿勢を正したオーギュストは前髪を後ろに流し「頭が痛い話じゃないか」と零した。
「魔族が関わっているならお前はあまり首を突っ込まない方がいい」
「今の妾を見て嘗ての魔王だと見破れる奴は一人くらいだろう」
「だとしても、だ。出奔した元魔王を探す魔族は未だにいるとアイゼンが言っていただろう」
「ああ」
魔族の時から付き合いのある古い友。ヒルデガルダが退屈のあまり、瀕死のオシカケを拾い、後に魔界を出奔してオーギュストに口説かれ人間に転生しても変わらず交流を持つ唯一の魔族。
魔界の高貴な出身のアイゼンは、孤児で成り上がりのヒルデガルダを快く思わない貴族と違って親し気に接してきた。裏があるのではと警戒しているとヒルデガルダに惚れたから優しいのだと言われて以降は気にしなかった。
「現魔王は妾と比べてとても弱い魔族みたいでな。かと言って、今の魔界にそいつより強い魔族がいない。現状維持が精一杯というところだ」
「アイゼンが魔王になるのは駄目なのか」
「一度聞いたら、魔王の座に興味はないと言っていた」
強大な魔力や人を惹き付ける強者の香り、類稀な美貌を持つアイゼンに群がるのは男女関係なかった。そのせいでアイゼンを慕う女性達から常時嫉妬の対象とされていた。
実際にどうこうする力がない女性達は集団となってヒルデガルダを睨み付けるだけだがうんざりしていた。
「アイゼンに聞いてシルバーウルフを飼っていた魔族に心当たりがないか聞けるか?」
「それくらいはやってやる。オーギュスト、連れて来た二匹は以前お前が言っていた番犬にしたらいい。雌の方は妊娠しているから、後で数も増える。面倒はオシカケが見る。あいつはあれで魔界の生き物の生態に詳しい」
「他の使用人でも世話が行えるよう躾てくれと伝えておいてくれ。ところで」
もう話は終わりではないのかと言いたげなヒルデガルダの視線に「ノアン王子達はどうした」と呆れながら言われ、置いて来たと一言述べ部屋を出た。
「お嬢様、ミラが購入した小説は全てお嬢様のお部屋に運んでおりますよ。今から読まれますか?」
「そう、か。そうする。冷たい紅茶を後で部屋に運んでほしい」
途中出会った侍女からオシカケが購入した本について聞かされたヒルデガルダは早足で私室に入るとテーブルに積まれている本を前に目を輝かせた。隣国の首都まで買いに行かせた甲斐はあり、専属の侍女を呼び付けて普段着に着替え、早速どれを読もうか積まれた本の背表紙を慎重に見つめた。
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」
本から視線を外さないまま返事をする。
「ラウラならどれを読む?」
「わたしですか?」
ラウラと呼ばれた侍女はテーブルに積まれた本の背表紙を上から下まで見ると、上から三冊目の本を手に取った。
「これなんていかがですか?」
ラウラから渡されたのは今王都で流行りの内容。結婚初夜で夫となった男性から愛さない宣言をされた女性が自らの手で幸福を掴むハッピーエンドの物語。
「夫には別に愛する女性がいて、結婚した妻を愛さないと結婚初夜に言われてしまうのが定番で、そこからどう話を変えてくるかが作家の腕の見せ所と読者だけじゃなく作家にも流行っているんですよ」
「ほう。面白そうだな。ただ、そうなると最終的に夫婦は離縁しそうだな」
「関係を修復したり、お嬢様が言うように離縁してしまう話もありますね」
「関係改善など出来るのか? 他に愛する者がいる男が」
「それが出来てしまうんですよ。徐々に妻の魅力に気付いた夫がやり直しをする為に信頼を得ようと必死になるんです」
「その愛する女性というのはどうなる」
「作品によってはいたりいなかったりするのでその時々で変わりますね。大体の本は修羅場が控えています」
饒舌に語るラウラを見て抱いた疑問を投げかけた。
「ひょっとしてラウラはこんな恋愛小説が好きなのか?」
「とっても好きです!」
「そうか」
自信満々に宣言され、渡された本の表紙を見下ろした。因みに、とラウラは続けた。
「初夜で体の関係を持たない場合、白い結婚って言われています」
「結婚に白も黒もあるのか?」
「ありますよ。通常、貴族の夫婦は三年子供が出来なければ離縁が出来ると言われています。白い結婚は当然体の関係がありませんので子供は作られず、離縁が可能になります。離縁する為に白い結婚を強いるパターンがまあ定番です」
「白い結婚……」
結婚に色があると初めて知った。基本魔族は恋人や夫婦、好きな相手ではなくても肉体関係を持つのはざら。
食欲と破壊衝動を最優先にしてきた魔族時代では大変珍しく清いままでいた。性欲はあっても食欲と破壊衝動に塗り替えられ気付くと消えていたから、男を欲する欲が一切湧かなかった。
アイゼンに誘われた記憶もあるものの、一度も応じなかった。態々ヒルデガルダが相手をせずともアイゼンになら喜んで体を差し出す女性は大勢いた。
「もしもお嬢様と第二王子殿下が結婚したら、白い結婚になりそうですよね」
「白い結婚……」
後天的に魔力を強化する方法がない以上、ヒルデガルダやオーギュストが婚約解消を願おうと国王は継続させるであろう。白い結婚をし、三年子供が出来なかったヒルデガルダと離縁したノアンはヒリスと再婚が可能となる。良い手だ、と閃いた時だ。「お嬢が何を考えているか見え見えなんですけど」とオシカケの呆れ声がした。
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