悪女は可哀想な婚約者を解放してやりたい

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アイゼン、来る

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 サンチェス公爵が美しい魔力持ちの少年を孤児院から引き取ったと瞬く間に話題となった。
 先日、王都の南に位置する村で魔物の大量発生が起きた件は、首謀者と思われる魔族の行方が分からないままで打ち切りとなった。一月経過しても再び魔族が現れなかったのもある。

 国王との謁見を終え、屋敷に戻る前にケーキでも買って行くかと王城内を歩くオーギュストを呼び止める声があった。


「公爵。呼び止めて済まない」


 ノアンだ。


「いえ。如何なさいました」
「公爵がもう一人養子を引き取ったと聞いた。ヒルデガルダがいるのに何故と思って」
「ああ、それですか」


 リュカは現在、専属の世話係や教育係を見つけ驚くべき速度で様々な知識や技術を吸収している。拙い喋り方も常に自信無さげな表情も今では見る影もなくなった。人見知りするせいもあり、屋敷内以外での相手と会うのは苦手だ。これも時間を掛けて治していく。


「リュカは才能あふれる原石です。あのまま孤児院にいて他に取られるより、自分の手元に置いて育てたいと思ったまでです」
「既にヒルデガルダがいるのに?」
「ええ」


 昨日のこと。村にシルバーウルフが大量にいると見せかけた幻術を掛けた訳をリュカは話してくれた。屋敷に連れて来た当初では恐らく口を割ってくれない。時間を掛けて引き出すしかないとオーギュストは口酸っぱくヒルデガルダに念を押した。ヒルデガルダは目を離すとすぐに聞き出そうとする。側には常にミラがいるので早まった行動はしないと思っていても不安はあった。
 けれど意外にもリュカが一番懐いたのがヒルデガルダだった。初対面の際は、無意識に溢れる威圧と強大な魔力を恐れていた。本人もそれを自覚して極力魔力を最小限に抑え、怯えさせない様意識してリュカと接した。

 自分よりも弱い存在には毛ほども興味がない、という印象を持たれがちではあるヒルデガルダ。実際は、弱っている弱い存在を見ているとついつい世話をしたくなる性分。昔、瀕死のミラを拾い、全快するまで世話をしたのもそこから来ているのだろう。

 リュカが幻術を掛けたのは、人間界に逃げても追い掛けて来た異母兄弟の目を欺くため。敵を退けたものの、一緒にいたシルバーウルフとははぐれてしまい、力尽きて倒れていたところを孤児院の職員に拾われた。


「ヒルデガルダは自分より弱い者を嫌う傾向にあるが……その少年は大丈夫なのか?」
「ええ。寧ろ、一番リュカが懐いているのはヒルデガルダです。あいつはああ見えて面倒見が良い女ですよ」
「……本当に?」


 疑り深い紫色の瞳に覗き込まれ、苦笑してしまう。ノアンの知るヒルデガルダならそうだろうから。


「殿下には信じ難いでしょうが事実です。心配は無用です」
「そ、そうか」
「時に殿下。マクレガー公爵令嬢とお会いになっていないと公爵から聞かされましたよ。ヒルデガルダやランハイド侯爵令息はお二人が会うのを黙認すると言っているのに」
「……」


 ここ一月ノアンから一切の接触がなく、社交も全て欠席していたヒルデガルダは主にオーギュストから現在の社交界の情報を得ていた。オーギュストの場合はサンチェス公爵として出席必要な時だけ出ている。
 よく顔を合わせるマクレガー公爵から愚痴や八つ当たり、泣き言をよく聞かされる。

 今最も多いのがノアンとヒリスについて。


「確かに表立って会えないのはお辛いでしょうが」
「……公爵。私もヒリスも王族・貴族として生まれたんだ。個人よりも家や国に重きを置くことを教えられてきた」
「殿下はそう言ってもマクレガー公爵令嬢はそうじゃなかった。殿下、王子である貴方が規則を守ろうとする誠実な姿は皆評価しています。どんな時にだって個を重要視する場合はある」


 婚約者が他の異性と想い合おうと構わない。恋人の存在を黙認する形でヒルデガルダもレイヴンも認めている。両者共に共通なのは、婚約者を愛していない点。レイヴンの場合は、ノアンと関係を保ち続けることでヒリスの精神状態が安定するのならば是非にと言う考え。良好な関係を築いていきたいと言う言葉も事実。彼の一番の女性は亡くなった婚約者。この先もきっと変わらない。


「……公爵はヒルデガルダが……私に何をしたか知っているか?」
「まあ……」


 同じ空間でヒルデガルダに閨の指示を出す羽目になったミラから全て聞かされている。


「あんな屈辱を受けたことはなかった……ヒルデガルダにとったら、ただの暇潰しだったのだろうが……私にとっては屈辱以外の何物でもない」
「殿下はどうしたいのですか」
「……ヒルデガルダを見返すには、ヒルデガルダ以上に強くならないと無理だ。公爵、公爵なら魔力を強くする方法を知っているんじゃないか?」
「……」


 必死な訴えにオーギュストは一度瞼を伏せ、再び上げると言い放った。


「……あるにはあります。決してお勧めはしません」
「何でもいい。教えてほしい」
「ヒルデガルダを見返したいだけなら止めた方が良い。仮に、上手くいってもヒルデガルダに勝てる保証は一切ないので」
「それでもいい。頼む、公爵」
「……」


 深く腰を折り、頭を下げて懇願するノアン。一国の王子が臣下たるオーギュストに頭を下げた。並の覚悟を持って頼んでいる訳ではないとオーギュストとて解している。

 どうしたものかと、深く息を吐きてノアンに顔を上げさせた。


「サンチェス公爵家の屋敷に『ドラゴンの心臓』と呼ばれる魔法石があります」


 形がドラゴンの心臓と似ているだけで実際のドラゴンとは一切関係がない。嘗てオーギュストが世界を旅している時に偶然見つけた強大な魔力を秘めた魔法石。一つの芸術にも見える魔法石は使わず、ここ二百年ずっと屋敷の宝物庫に仕舞ってあった。


「魔法石が殿下を受け入れれば、殿下はヒルデガルダや私以外で最も強い魔力を得られます。しかし失敗すれば、体内で魔法石が暴走し——確実に死にます。それでも試しますか?」
「ああ。頼む。元より覚悟は出来ている」
「……分かりました」


 死の言葉を出せば、怯えて諦めてくれると踏んだのは大きな間違いだった。国王には秘密で、と頼まれ更に頭を痛くさせた。

  

  

  

  

  

 サンチェス公爵家の屋敷では。
 現在、サロンのソファーに座ってリュカに絵本を読んでいるヒルデガルダ。隣に座り、絵本を朗読するヒルデガルダに抱き付きながら真剣に聞いていた。
 初対面の時とは比べ物にならない懐き具合。特別な態度で接していない。他と大体同じ態度で接した。

 読み終えた絵本を閉じるとリュカの黄金の頭を撫でる。


「これで終わり。さあ、妾は絵本を読んだんだ。約束通りテーブルマナーの授業を受けてもらう」
「はい……」


 今日のマナー教育はリュカが最も苦手とするテーブルマナー。料理も苦手な食べ物を減らす為にとリュカの嫌いなニンジンを使う。朝食を終えるなりまだ食事中のヒルデガルダに泣き付いた。甘やかすな、とはオーギュストの言葉。基本好き嫌いのないヒルデガルダにニンジン嫌いのリュカの気持ちは察してやれないが、腹に抱き付いて助けを求めるリュカを見捨てられなかった。
 マナー教育を昼からに変更し、それまではヒルデガルダが遊び相手となった。
 不満げではあるが渋々ヒルデガルダから離れたリュカは、期待を込めたアクアマリンの瞳で見上げてくる。「駄目だ」と一蹴されると項垂れた。


「さあ、そろそろ時間ですよ。オルチナを呼びますね」
「うん……」


 オシカケに言われ、もう逃げられないと悟ったリュカ。落ち込む子犬のような姿を見ると甘やかしたくなるも、マナー教育は今後公爵家の者として生きていくリュカには必要だと自分を言い聞かせ、扉に手を掛けた。
 すると扉越しからノックをする音が。扉が開くと執事のセバスチャンが立っていた。


「お嬢様。お嬢様にお客様がいらしております」
「客?」
「アイゼン様です」
「分かった」


 どうしてアイゼンが? と不思議そうに目をやるオシカケに「リュカの事を話したんだ。今なら顔を見に来てもいいと昨日伝えた」と告げ、セバスチャンの案内で玄関ホールへ向かった。

 アイゼンとは手紙のやり取りは定期的にしていても、実際に会うのは久しぶりとなる。
 蜂蜜色の金糸には癖があり、長い睫毛に覆われた青の瞳はヒルデガルダより薄い。透き通った肌、冷たい顔立ちは魔界のあらゆる種族の女性達を虜にした。靡かなかったのはヒルデガルダだけ。それがアイゼンにとっては面白かったのだろう。

 直接本人に言ったら——


『僕の片思いは本物。僕に靡かない女はヒルダ以外にも何人かいる。君だけなんだ、僕が好きなのは』と長い反論を食らった。

 ああ言われてもアイゼンの言葉が嘘か真か見分ける術はない。あっても使わない。

 ——最初に会ったのは……

 会ったのは何時だったか、何処で会ったか、思い出しながら歩いていたら玄関ホールに到着した。
 想像していた通りの髪の男と目が合うと男の口元が緩んだ。


「君から報せを受けて飛んで来てしまったよ、ヒルダ」
「焦らなくても逃げはしない。アイゼン、例の子供は今——」


 あのままマナー教育を受けに行ったと思いきや、ちゃっかりとオシカケと一緒に付いて来ていた。態々案内する必要はないな、とリュカを側へ呼び寄せアイゼンの方へ体を向かせた。


「アイゼン。この子が例の——」

「戻ったぞ」


 タイミング悪く、登城していたオーギュストが戻りヒルデガルダの台詞を遮った。しかもノアンまでいる。
 不思議な組み合わせだと眺めていたらアイゼンの姿を認識したオーギュストの目が丸くなった。


「アイゼン? リュカを見に来たのか?」
「そうそう。ヒルダにも会いたかったから。……で?」


 温度が消えた薄い青の瞳がノアンを捉え、冷たく射抜く。


「それは誰?」


  

  
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