悪女は可哀想な婚約者を解放してやりたい

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アイゼンの提案

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 はあ、と沈んで息を吐き、ティーカップの持ち手に指を掛けたレイヴンから漂う哀愁にヒルデガルダも同情を隠し得ない。


「災難でしたわね」
「ええ、まあ」


 王都で有名なカフェにヒリスをデートに誘ったのはレイヴン。一月経過して顔を合わせたのは、先程会っていたのを合計してたったの三度。一度目と二度目はマクレガー公爵が無理矢理ヒリスを席に連れて来た。三度目も似たり寄ったり。


「マクレガー公爵令嬢は絶対にこの婚約を無くして、第二王子殿下と再婚約するんだと泣き叫んで……令嬢の気持ちは分かるんです。分かってあげられても王命には逆らえない」
「ふむ」


 ノアンとヒルデガルダ。
 レイヴンとヒリス。
 二組の婚約はどれも王命によって結ばれた。
 どうにかするには国王の考えを変えないと不可能。


「ランハイド殿はマクレガー公爵令嬢を家名でお呼びですが名前呼びはされないのですか?」
「え? あ、ああ。初対面の時にヒリス様と呼んだら、第二王子殿下以外に呼ばれたくないと泣かれて」
「そうですか」


 誠実であろうとし続け、諦念故に婚約を受け入れようとしているノアンの方がやはり自覚がある。王族である立場から来る誠実であろうとする姿は、折角白い結婚を提案しても跳ねのけてヒルデガルダを呆れさせたが、こうしてヒリスの自己に全振りしてレイヴンの事情を考えない様を見ているとノアンへの見方も変わる。
 死ぬ確率が圧倒的に高い魔法石の取り込みをしたのだって、何れ王国の守護役を担う為……とヒルデガルダを見返したい気持ちもあろう。
 揃いも揃って問題を起こす。ある意味、似た者同士。長年一緒にい続ければこうなるのだろうか。


「それと……第二王子殿下に別れを告げられたのも、マクレガー公爵令嬢が頑なになる理由なんだと……」
「ノアン様が?」


 何時の話かと問うとレイヴンとの婚約が決められた数日後とのこと。
 白い結婚の提案を跳ねのけたのもノアン自身が受け入れると決意してのもの。相思相愛のヒリスを簡単に諦めた訳ではないとヒルデガルダ自身よく知っている。


「ランハイド殿はこれからどうするのです」
「叶うなら、これも何かの縁と受け入れてマクレガー公爵令嬢も第二王子殿下を吹っ切れてくれたらとは思いますが、好きな人を諦めるって並大抵じゃないんです」
「……」


 病で亡くした婚約者を今も尚想い続けるレイヴンも引き裂かれてもノアンを想い続けるヒリスの気持ちも、前世も今世も持っていないヒルデガルダには本で得た知識でしか測ってやれない。


「あの、ところでサンチェス公爵令嬢とおられるそちらの方は?」


 遠慮がちな黒い瞳がどうでも良さそうに生クリームとチョコレートソースが多量にトッピングされたワッフルを食べているアイゼンに向けられた。


「え? ああ、彼はアイゼン。私の古い友人です」
「古い……サンチェス公爵令嬢が言うと変な感じですね。公爵の方が言ったら、全くそんなことないのに」
「オーギュストの口調が移ったのでしょうね」


 同じ生を繰り返すオーギュストならば、他人なら驚く古い友がいても驚かれない。十八年人間として生きているヒルデガルダが言うと変に捉えられるのは仕方ない。


「マクレガー公爵令嬢を追わなくてよろしいのですか?」
「馬車はすぐ近くに停車されていますし、車内で令嬢の使用人が待機しているから問題はないかと。後は……僕が行ったところでまた泣かれてしまうだけです」
「そうですか」


 冷たいとは違う、冷めているとも違う。穏やかで物腰が低く、真摯にヒリスと向き合おうとする姿勢はヒルデガルダも吃驚のもの。現実的と言えばしっくりくる。優しさがあろうと貴族らしい淡々とした面がレイヴンにもある。


「亡くなられた婚約者の方ともこのカフェに来たことは?」
「ありますよ。マクレガー公爵令嬢にも同じ質問をされて、正直に答えたら令嬢の癪に障ってしまいました」


 王都で人気なカフェで貴族もよく使用するのだから、レイヴンが亡くなった婚約者と来ていても不思議じゃない。今のヒリスは現実を見ようとしていない。このままでは、どちらも不幸な結末が控えている。相思相愛のノアンと愛し合うヒリスが見たいだけであっても、不幸を願う負の気持ちはない。
 どうにかする方法はないかと側に立つオシカケに投げかけてみた。


「お前ならどうする?」
「どうすると言われても……マクレガー公爵令嬢の望みは、第二王子との再婚約、これだけです。国王陛下が考えを変えない限り、ほぼ不可能に近いでしょう」


 誰に聞いても答えは同じ。ふう、と息を吐くと不意にレイヴンが席から立った。


「お騒がせしてすみませんでした。此処の代金は支払っておきますのでゆっくりしていってください」
「自分の分くらい払いますわ」
「いえ。サンチェス公爵令嬢に話を聞いてもらって少し楽になりました」
「マクレガー公爵令嬢を追い掛けますか?」
「いいえ。一度、屋敷に戻って父に相談をします。最悪、ご令嬢とは白い結婚になるかもしれないと」


 結婚式自体挙げられるか不透明ではあるものの、無理矢理にでもさせようとするだろう。一礼をしてカフェを去ったレイヴンの姿が見えなくなるとオシカケをレイヴンが座っていた席に座らせた。


「お前も何か頼むか?」
「おれは屋敷に戻ってからで良いですよ。それより、王子殿下がマクレガー公爵令嬢にお別れを告げていたなんて意外過ぎるというか何というか」
「あ。妾も吃驚だ」
「責任感が強くて誠実であろうとする王子だからこそ、中途半端は駄目だって思ったンでしょうね」
「余計周りを拗らせているだけの気もする」

「ヒルダ」


 頭痛で頭が痛いとはこういう状況ですね~、と溜め息混じりに吐いたオシカケに同意したヒルデガルダ。自分を呼んだアイゼンにある質問をされた。


「人間の貴族の娘って、魔族の令嬢と違って純潔を尊ぶのだっけ?」
「そうだがそれがどうした」


 ひょっとして、ノアンとヒリスが肉体関係を持つ方向へ行かせたいのかと問うと首を振られた。


「君さ」
「妾?」
「王子の婚約者の君が純潔でないと知れば、頭の固い王様も考えを変えるんじゃないの?」


 瞬きを繰り返し、言われた言葉の意味を理解したら、ふいっと視線を逸らしてまたすぐにアイゼンの薄い青の瞳を見上げた。


「……本気で言っているのか?」
「冗談で言わない。ヒルダが相手だから言ってるのさ」


 見た事しかなく、本を読んで何となく知識を持っている程度。長年の片想いは知っている。チラッとオシカケを見たら、向かいの席にいなかった。何処へ行ったと視線を動かしたら——斜め前のテーブルにいつの間にか移動していた。


「ヒルダ」


 助言を貰おうにも貰えず、後で覚えておけと心の中で呪詛を吐いている間にもアイゼンが迫っていた。


「君より弱いから僕でも嫌?」
「……いや」

「よく分からない……けど……嫌とは思わない」

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