どうしてこうなった

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置いて行かれた


 

 五日はあっという間に過ぎた。五日前、口答えをしたレインリリーに手を上げようとしたクリスティ伯爵は得体の知れない力で片腕を粉砕骨折した。完治するのに数カ月は掛かる。幸いなのは利き腕ではなかったので執務に影響は然程出ない。レインリリーに手を上げようとして起こったからか、あれからレインリリーを見る度に気味が悪いと怯え食堂に来なくても何も言ってこなくなった。それはニコルやエヴァ、他の使用人達も同じ。誰にも何も言われない生活はとても快適だ。母が生きていた時とは別の快適さだ。

 今日ノーバート公爵家へ嫁ぐ。結婚式はなく、手紙での連絡で報せるのみ。随分な嫌われようだと笑いしか出ない。もうすぐ迎えの馬車が来る。その前にレインリリーは庭に寄った。花壇の前にしゃがみ、土を弄るジルに声を掛けた。

「ジル」
「! レインリリーお嬢様」

 ジルは立ち上がりレインリリーにぺこりと頭を下げた。顔を上げさせ、瑞々しく咲き誇る可憐な花々に目を移した。

「今日でジルがお世話をする花ともお別れね」
「お嬢様……」
「私がいなくなっても元気で」
「お嬢様、実はお話することがあります」
「どうしたの?」

 かなり畏まった様子で告げられ、大事な話なのだと直感した。

「実は俺……今日付けでクリスティ伯爵家の庭師を解雇されます」
「なっ」

 家令の制止でクリスティ伯爵家の庭師として働いているジルを今日付けで解雇するよう求めたのはエヴァだ。理由はレインリリーと親しいから、家令が今日から四日間休暇を取っているから。口うるさい家令は不在、忌まわしいレインリリーと親し気な庭師を追い出すのは今日しかないとエヴァは狙っていた。

 次の就職先に有利となる紹介状すら貰えないと聞き、優秀なジルに対する暴挙に唖然とした。
 すぐに抗議をすると踵を返す前に呼ばれた。

 ジルは「良いんです」と首を振った。

「良いって」
「元々、お嬢様が嫁入りしたら辞めるつもりでした。俺の花を綺麗だと毎日褒めてくれるお嬢様がいないのなら、世話をしても意味がありません」
「だけど、働き口がなかったら生活が」
「俺の実家がノーバート公爵領にあるんです。両親は花屋を営んでいます」
「じゃあ、ご実家に?」
「ええ。実家に帰って両親の仕事を手伝おうかと。元々、貴族の家で庭師をしていたのは給金も良いし、住み込みで働かせてくれるからだったので」

 次の働き口があるのなら、取り敢えずは安心した。

「確かノーバート公爵家に毎日花を届けに行っていた筈なので、実家に戻ったら俺が毎日花をお届けします」
「まあ、それならジルの花を毎日見られるのね」

 どんな待遇が待っているにせよ、生家を離れたら二度と見れないと諦めていたジルの花が見られるなんて幸運だ。

 レインリリーの鞄を持った味方の執事がそっとやって来て「お嬢様、ノーバート公爵家より使者の方が」と別れの時を告げた。

「分かったわ。さようならジル、今までありがとう」
「どうか、お気を付けて」

 深く頭を下げたジルに頷き、執事と共に玄関ホールへと向かった。
 扉付近には使者らしき男性がおり、レインリリーを見ると蔑むような視線をやった。頬が引き攣りそうになりながらも、見なかった事にして自己紹介をし挨拶を述べた。

「私はキールです」
「よろしくお願い致します、キール様」

 慇懃無礼な態度を崩さないキールに最早苦笑しか出ない。側にいる執事が静かに怒っていると感じ取ったレインリリーはそっと目配せをし、さっさと行くキールの後を追った。外にはノーバート家の馬車があり、先に乗り込んだキールの次にレインリリーが乗る筈なのだが……扉を固く閉められた。
「え?」と驚くレインリリーに窓から顔を出したキールは「この馬車は一人席なので、ご自分の馬車でノーバート家へお越しください」と淡々と言い放ち、呆然とするレインリリーや執事を置いて出発した。

「な……なんて無礼な……」
「ここまでとはね……」

 相手が社交界で噂の悪女だろうが完全にクリスティ伯爵家を舐めて掛かっている。これがクレオンの指示だろうがキールの独断だろうがどうでもいい。

「馬車の手配は出来る?」
「可能ですが御者が……」

 クリスティ伯爵家の御者で好き好んでレインリリーの御者を務めたい者はいない。自分が手綱を握るしかないか、と考えに至った後、ジルがやって来た。様子を窺っていたいたらしく、御者を務められるということでジルの同行が決まった。

 執事が即馬車を手配しに行き、二人は待機となった。

 ——目的の為にノーバート家へ嫁ぐとしても、ストレスは溜まるわね

 さっさと見つけて、さっさとアーラスと連絡を取りたい。

 

 
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