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決心
「部屋の居心地はどうかな?」
「まあ、それなりには」
「そうか。夕食は御馳走を用意させるから、楽しみにしてほしい」
一人浮かれるクレオンにどう言葉を使って諦めさせるべきか。悶々とするレインリリーと違い、恋焦がれた想い人がいて浮かれ切っているクレオンの目は隅に控えるジルへ向けられた。
「メデイア。貴女には優秀な侍女を付ける。そこの従者殿には別の」
「クレオン様」
何を言い出すかと大人しく待っていれば、ジルを排除するような言い方。我慢出来る筈がなく待ったを掛けた。
「彼は私がクリスティ家から連れて来た従者です。彼をどうこうする権利は貴方にはありません」
「だが、彼は貴女に馴れ馴れし過ぎるのでは……」
「先代伯爵夫人の代から庭師として仕えてくれているのです。私の子供の頃から先代の庭師と一緒にね。付き合いが長ければ、親しみだって生まれます。彼の雇用については一切の口出しは拒否します」
「っ……分かった」
口では納得した素振りを見せつつ、外面は全くそうではない。悔し気に、少々悋気の混ざった目でジルを睨み。レインリリーには一変して甘く蕩けるような瞳を。切り替えの早さだけは認めてやる部分なのかもしれない。
幼いクレオンを助けた過去を後悔しない。弱っている人の子を見捨てる選択肢はメデイアの中にない。元気になると「メデイア!」と懐いた少年が人の悪意に染まり、真実が何かを見ない大人になってしまってもメデイアにとっては助けた人の子である事実は変わらない。
何故ジルに悋気めいた目を向けるかは不明だが理不尽な対応はさせられない。
夕食は御馳走だとしても、食べる気は起きない。
食材に罪はなくても、散々な料理を食べさせられた五日間の記憶は消えない。魔女だった時にもあんな粗末極まる料理は食べた事がないので新しい経験をさせてくれたのだけは良しとする。
クレオンを部屋から出そうにも頑固として出ないという意思が伝わってくる。魔法で記憶を改竄してとっとと逃げるのもありだが、アーラスからの連絡を待つのを優先する。どうにかクレオンを部屋から追い出す理由はないかと思考を巡らせ始めた時、クレオンが動いた。ジルの前に立ち、何をするでもなく、ただジッとジルを観察しだした。得体の知れない行動に警戒心を強くするジルからレインリリーに視線を変えたクレオンは「貴女は……彼のような男がお好みなのか?」と思いもしない発言をした。
「は?」
何を言っているのかと言葉の理解が数秒遅れた。解せると深い溜め息を吐いた。人の話を聞いていなかったのかと。
「先程も言ったようにジルは……」
「だが彼は僕より劣るとは言え、整った顔立ちをしている。貴女が好んで側に置いているのはそういう事じゃないのか?」
「だから……」
彼は話が通じない人間だったのかと幻滅させられる。ノーバート家に嫁いでからクレオンに対しては幻滅と軽蔑しかしていなかったが幻滅が大きく上をいく。
「だとしたらなんですか」
「なっ」
「ジル?」
黙っていたジルが発言を始めた。
「俺はお嬢様が魔女だと知っても、仕えるべき大事なお嬢様であるのは変わりません。公爵様、貴女は違う。お嬢様が魔女と知ると掌を返した公爵様をお嬢様が信じる筈がないでしょう」
「元庭師の分際でっ!」
「はい。庭師の仕事は俺にとって誇りですから。公爵様は嘗て自分を助けた魔女に幻想を抱いているだけとお見受けします。魔女の姿に戻ったお嬢様は非常に美しい女性です。ですがレインリリー様だったお姿も美しかった」
黄金の大輪を現した絶世の美女のメデイア。
清楚で控え目であるが凛とした立ち姿と淑女の微笑みを絶えず見せ続けるレインリリー。
美しさの表現は違えど、どちらも美しい女性であるのは変わらない。
母が亡くなり、親しかった使用人達が次々に解雇されていく中残ったジルは歳が近いのもあり、家令とは違った親近感を持っていた。ジルも一人ぼっちのレインリリーにいつも優しくしてくれた。食事を抜けにされた時は料理人が気を遣ってこっそりと作った軽食をジルが誰にもバレないよう運んで来た事もあった。家令や執事だった時、なんなら料理人本人だった時もある。
公爵であるクレオンは平民の庭師であるジルに反論された怒りから顔が赤く染まり、拳を握る手がぶるぶる震えている。咄嗟にクレオンを睡眠魔法で眠らせたレインリリーは瞬きを繰り返すジルの両頬を引っ張った。
「煽ってどうするの! クレオン様がジルを殴っても、平民だからって無かった事にされるのに!」
「す、すみません」
ジルの頬を存分に引っ張った後、眠らせてしまったクレオンを見つめた。
魔法使いに感付かれるのは面倒でも、さっさとジルを連れてノーバート公爵家を出ようと決心がついた。
自分の目が届かない場所でジルに何かあれば後悔する。
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