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第一章「異世界ナイトゼナ」

第26話「愛と悲しみと怒りを胸に」

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「いい気になるなよ、メイ。観客たちの魔力は全て私の物になったの。前の私とは違うのよ! 尋常じゃない魔力が私の身体に溢れているの。楽に死ねると思わないでね? 憎悪を込めて殺してあげる」



ミリィはそう言い終えると氷柱を一瞬で生み出した。悪態をつきながらも、詠その氷柱は1本だけではなく、何百、何万、何十万本以上生産されている!! 数え切れないほどの氷柱が一斉にこちらに向かってきた。おまけに太く巨大で少々のことでは崩れなさそうなほど、立派な氷柱だ。その速度は、とんでもなく速い。私が見た限り、100~200キロは間違いなく出ている、F1並のスピードだ。「あ」という声が出た時には斬り裂かれるだろう。だが、今の私にはそれはDVDのスロー再生にしか映らなかった。



「はああああああああああああああああああ!!!」



 私は氷柱をセグンダディオで砕いていく。剣の長さと太さを調節しが、自分に向かってくる氷柱を一本一本確実に破壊する。また、その破片の刃の部分を打ち、別の氷柱を壊す。あとはその繰り返し。その気分はボールを打つバッターよろしく。連続で壊して、壊して、壊して、壊して、欠片を打ち続ける。欠片と氷柱の強度は同じだから、速度をつければ氷柱は破壊することができた。氷柱はあっという間に無くなっていく。勿論、私一人だけの力じゃない。


「やるじゃない! でも、まだまだこれからよ!!」



氷柱の次は火球だと予想したが、それは的中する。ミリィは頭上高く魔法でスイっと空を飛び、呪文を詠唱。太陽を覆うほど巨大な火球を生み出したミリィ。すぐにでも爆発しそうなその火炎の球は、今か今かと破裂するタイミングを待っている。私に目掛けて撃つか?だが、あろうことかミリィは分身した。



「え!?」



比喩ではなく、文字通り、分身したのだ。忍者みたく、左右に二人ミリィが生まれ、そこから更に左右に増え、結果、30人もミリィが頭上で私を取り囲む。おまけにどのミリィも同じ火球を浮かべているではないか。まるで自分だけが生き残ってしまったドッチボールのような恐怖感。内野からも外野からも囲まれた状況といったところだ。



「焼け死ね」



ミリィ+分身は躊躇せず、火球を空から私の元へ落とした。地面に落とされた火球は大爆発するものの、結界があるので外には広がらない。よって、理沙達にダメージがいくことはない。私は全身が燃えるのも構わず、その場を駆け出す。肌が焼け、髪が焦げていくのを感じるが、熱いと思うだけで大したことはない。日焼けサロンにでも行って焼きすぎたと思えばいいだけの話だ。本当は涙が出るほど熱くて痛いのだけれど、無理やりそう思い込んで痛みを完全に無視する。そして、爆風による追い風を利用して、跳躍する。



「ハッ、いい判断ね。でも、本物の私がわかるかしら?」



30人いるミリィは本物も含め、どの分身も口を開け、声を出し、見た目もほとんど変わらない。人々から魔力を流用していることもあり、分身のクオリティも高い。じっくり調べれば細かい違いもあるかもしれないが、そんな暇を与えてくれるとは思わない。その前に次の火球か氷柱で料理されてしまうだろう。でも、私には違いが既にわかっていた。これはセグンダディオの力ではなく、私の力だ。



「わかるよ」



「ハッタリも大概に……っ!」



私はそのまま、ミリィの1人を斬り裂いた。それは間違いなく本物だ。だが、残念ながら避けられてしまう。それでも彼女の額から口元までを切り裂くことができた。分身が全て消え、弱ったミリィは地面に辛うじて着地したものの、虫の息だ。結界も消えており、多少はダメージを与えられたと推測する。


「メイ、流石ッス!」



「理沙、ノノ、大丈夫?」



「こっちは平気よ。骸骨兵たちも急に動きを止めたわ。今はただの骨になってる」
 


ノノの言うとおり、骸骨兵達は活力を失い、地面に散らばっていた。魔力の供給が途絶え、ただの骨へと戻ったのだ。操り人形の糸が切れたのと同じである。正直、気味が悪くて私はそれを直視できず、目を逸した。



「ぐ……何故、分身を見破れた?」



 溢れ出る血がミリィを黒く染めていく。額を手で抑えながら、私をきつく睨んでくる。それは最初に戦った時よりも激しい憎悪を含んでいた。まだ彼女は諦めていない、きっと必死で頭を回転させて打開策を考えているに違いない。



「あなたの髪の毛がほんの少し、風で揺れたの。他の分身にもそれがあったんだけど、本物だけ動き方がリアルだったのよ。ぱっと見じゃわかんないけど、私にはそれを捉えることができた。異世界に来たお陰でいつの間にか目が良くなったのかもね」


この世界ではスマホは圏外で、ゲームもないし、テレビも存在しない。自然豊かな景色、夜は満点の星空、空気がとても綺麗で田舎を思わせるナイトゼナ。道路も舗装されておらず、便利な物が少ない……そんな環境にいる内にいつのまにか体力もついて、普段、疲れ目だった視力すら回復したようだ。



「やるじゃない、小娘が……。でも、私には魔力がある。溢れんばかりの……!?な、何故、魔力が集まらないの?」



「アホ。俺がいるからだよ」



と、そこに颯爽と現れた上半身裸、下はジーンズの男。手には剣を持ち、へへっと気さくな笑顔を浮かべている。



「アイン!」



「偽装魔法がかかってたが、愛しのシェリルにしたのが間違いだなミリィ。全部ブッ壊してやったよ」



「何だと! アレは100体近くバラまいたんだぞ!? それを破壊したというの? つーか、普通の人間に壊せるほどヤワじゃ……」



「ここは俺の地元だからな。街の青年団と城の兵士達や腕自慢の連中にかかればどうってこと無ぇよ。ここは騎士の街・ニルヴァーナだぜ? その辺を計算に入れてなかったのが敗因だな」



「くっ……」



「それによ、結界に無茶苦茶な数の氷柱、分身、バカでかい火球だ。オメェ、莫大な魔力を使っただろ? 圧倒的な魔力でメイを殺そうとしたんだろうが、いくら会場の客から魔力を大量に摂取したとはいえ、ペース配分を間違えたな」


「じゃあ、街の人やお城の兵士さんは……」



「全員無事さ」



という言葉を無くしたのは彼なりの優しさだったのだろうか。心の中で犠牲者の成仏を祈りつつ、私はミリィに近づいていく。奴は抵抗しようとしたが、理沙がハルフィーナでミリィの左足を斬り落とした。



「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!」



断末魔の悲鳴を上げるミリィ。もう、これで彼女は逃げることができない。魔力も足も無くした彼女は逃亡などできないだろう。



「フン、観客たちはこの痛みよりも更に辛い痛みで死んだはずッス。みんなにはまだこれから先の人生がありました。仕事、恋愛、趣味……色々やりたいこと、したいことがあったでしょう。あんたはそれを潰した。正直、この程度じゃ生ぬるいッス。次は腕も落としますか、メイ?」



「理沙、ストップ。もう充分よ」



「………はいッス」



少々納得のいかない顔をしていたが、理沙は矛を収めてくれた。ここからは私がやる。ミリィの顔のすぐ側まで私は来た。ノノと理沙に腕を抑えられ、抵抗できないでいるミリィ。その表情は悪魔のように怒りと憎悪で醜くなっていた。私はそれに対して呆れた気持ちしか出てこなかった。



「ミリィ、盗んだ魔力は戻せないの? 観客の人たちを元に戻すことはできないの?」



「ふふ、残念。一度失った魔力は二度と元に戻らないわ。生きている人間なら魔力は時間の経過と共に回復するけど、魔力が一切なくなった人間はイコール死体。それを元に戻すことはできないの。歴史の教科書に出て来る大魔導師ですら、不可能よ!」



「そう」



もしかしたら助かるかもしれない。心のどこかでそう、淡い期待をしていた。けれど、その希望は簡単に打ち砕かれたようだ。そこでダメ元でノノに視線を向ける。が、彼女は首を横に降った。



「……ごめんなさい。私はおろか、妖精王様ですらできないわ」



「わかったわ」



「元に戻すつもりだった? アンタ、やっぱ甘ちゃんね。そもそも、なんでそんな他人に執着するわけ? ここで骨になった連中はアンタとは何の関わりもないでしょうが! 死んだ所で泣く必要なくない? ああ、女学校時代を思い出すわ。友達の親の葬式で泣いてるクラスの女子と同じよ。アンタは単に雰囲気で悲しんでいるだけ。故人との思い出もない癖に雰囲気で泣いてるだけの連中。明日になれば、ころっと忘れて友達とバカ話に花を咲かせて、男に尻尾を振っているのよ。それと同じ。



減らず口をたたくミリィ。理沙に顔面を強く地面に押し付けられても、罵声は止まない。最後の抵抗とばかりに聞くに堪えない言葉の暴力で私を攻めるミリィ。いかにも女子らしい、末期的な症状だ。耳が疲れてくる。



「ミリィ、あんたの言い分はどうでもいい。最後に一つだけ約束して」



「……今から殺す人間に何の約束をするの?」

 

「生まれ変わったら友達になって。シェリルと一緒にね」



私のその言葉にミリィは返答に詰まる。だから、その答えを急ぐように私は思いを伝えることにした。



「私は本当は誰も殺したくないの。あなたともシェリルとも仲良くなりたかった。一緒に旅がしたかった。殺し合いなんかしたくなかった!!」



これは本音だ。今でもそう想っている。改心したら仲間にしたいとも考えていた。けれど、今の言動ではそれは不可能だ。私の言葉は彼女にとってシェリルの言葉より重くない。それは想像に難くない、だから約束したいのだ。



「……IFはどうにもならないわ、メイ。私もシェリルも悪事は全てやり尽くした自負がある。お人好しのアンタを騙して金儲けを企んだのもごく自然なこと。運命は変えられなかったのよ」



「だからこそ、生まれ変わったら友達になりたいの。勿論、シェリルと一緒にね」



「これだけ罪に溢れた私が人間になれると思う? 罪を犯した人間は生まれ変わっても人間にはなれないわ。何かの間違いで人間になれたとしても、更に不幸で最低最悪な死んだ方がマシな人生を歩むことになるクズに生まれるか、その辺の植物や動物、それ以下の下等な物にしか生まれ変わらないの。死んだ魂の半分は神の元に帰り、もう半分は罪と得をさっ引いて、再び引き継がれるのよ」



「それがあなたの宗教なのね。なら、もう一度人間として生まれ変わって、前世の罪を償うこともあるはずよ。死んで罪を詫びるんじゃない。生きて罪を背負っていくの。それがあなたに対する罰よ。セグンダディオから地獄の神様にそう頼んでおくわ。私の世界はここより良いところよ。次は一緒に遊んだり、美味しい物を食べたりしましょう。ケーキ屋さん、コンビニ、カラオケ……どれも楽しい所ばかりだから」



私は満面の笑みを浮かべた。ミリィはそんな私を何とも言えない複雑な表情で見つめていた。全ての言葉を聞き逃さず、耳を集中させていることがわかる。そんな彼女の出した結論はこうだ。



「……生まれ変わったらね」



「約束よ」



私は彼女の小さい小指に自分の小指をまきつけた。ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。ゆびきった。





そして、私は彼女の首にセグンダディオを振り落とした。
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