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青出 風太

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File 5

剪定し薄青 27

―サイネリア―

 話が来たのは数週間前。曇ったガラス窓の向こうはバケツをひっくり返したような雨が降っていた。

 ヒースが淹れたコーヒーに口をつけ、朝食に口をつけながら外をぼんやりと眺めていた。

 「こんな雨の中ご苦労さん」と街行く人々をただただ可哀そうにと憐みの目で。


「話があります」

「貴方……朝から失礼ですよ。姉様はまだ」

「いい。ちょっと黙ってろ。……でもな~ライースさんよぉ。いつも急に来るなって言ってるだろが」

 部屋を訪ねて来たのはライースだった。彼がやってくるということは次の仕事は面倒ごとで決定したようなものだった。しかし、そんなことは放っておいてでもサイネリアには確認したいことがあった。

「で?あれ、本当なのかよ」

 その時のことを正確に覚えているかは怪しいところだが、興味本位というよりも、嫌がらせという方が近かっただろう。

「……」

「黙ってるってことは、本当なんだな。『リエールが死んだ』ってのは」

 サイネリアはそこまでリエールに対して思うところはない。彼女は彼女で優秀だが、それだけだ。自分と単純に比べられるものではない。

 それでも純粋に戦闘を生業とするサイネリアは『司令部トップの護衛兼秘書』の肩書を持つリエールと一度本気でやり合ってみたいとは考えていた。

 好敵手になれる実力の持ち主かを品定めしている段階で彼女を失ったことにはガッカリだが、ライースが堪えているかと思うとおちょくってみたいという気持ちを抑えることが出来なかった。

「そうかそうか、まぁ誰だって死ぬときゃそんなもんさ。つかよ、それでここに来たってことは、そういうことなのか?」

「えぇ貴女たち、綱紀粛正部隊向きの仕事ですよ」

 ライースが直接持ってくる仕事はいつも一癖も二癖もある。それでも、平凡で退屈な日々の渇きを何とかするには最適だ。









「お前も……掃除される側だぜ」

 恍惚と言い放つサイネリア。今まで我慢してきた戦闘への渇望。戦いの中にいるという安息感。サイネリアは満面の笑みでコートの懐から“何か”を取り出し振るう。

「……は?」

 恵冬は苛立ちの混じった声を出す。身体をかがめ、ゆっくりとソレを躱した。

 恵冬でもはっきりとソレの姿を捉えることは叶わなかったが、軌跡を見るに柔軟性が高く、伸縮自在、リーチもそこそこある獲物。

「鞭?随分とサディスティクな獲物を使うのね。昔から?それとも最近変えたの?」

「どうだかね。ただ使ってて楽しいものを使う。適当に入った店の飯が美味かったら何度か通ってみる。そんなもんだろ?人間なんて」

 サイネリアの口元が歪む。愉悦に歪む。

 迫りくる鞭打を恵冬は感覚で避ける。床を蹴り、身体を捌いて嵐をするりするりと抜けてゆく。

 振るわれた鞭状の獲物は壁にぶつかり火花を散らした。そして、次の瞬間、恵冬が紙一重で避けると、その先にあった板材を真っ二つに切り裂いた。

(チッ……アイツの生徒だけあって目が良いな。クッソ……もったいねぇ)

 恵冬は目を見開いて、驚愕する。"割れた"ではなく、"切れた"と表現すべきその威力に感嘆の声を漏らす。

「すっごい切れ味。打つものじゃないんだ?」

「見た目が鞭だからそう思ったのか?私ゃ、ソレを肯定した覚えはないんだがねぇ。随分と素直なんだなぁおい?」

 得意げに笑うサイネリア。その人を小馬鹿にした態度に恵冬はさらに苛立ちを重ねていく。

「あっそ、じゃあなんなのか暴かせてもらうわ!」

「おうおう、やってみろ~。その前に細切れにしてやるからよ」

 恵冬はそう言ったものの、サイネリアの使う獲物は手そのものが延長されたような器用でいやらしい軌道を描いており付け入る隙が見当たらない。そして何より――

「邪魔ね」

 ――もう1人の工作員。ヒース。じっと恵冬を見つめる彼女の存在が目障りだった。




 恵冬の目の前にいる殺人鬼が本当にサイネリアであるのなら、そのお供はヒースと決まっている。

 恵冬は近いうちにサイネリアと戦闘になることを想定していた。それは彼女が綱紀粛正部隊に属していることを内通者を通して予め知っていたからだ。

 そして、今回組織を裏切った者の始末を任されるであろうことも恵冬は読んでいた。

 裏切り者の始末は大して難しくない。だからこそ、その後について出てくるはずのサイネリアを最も警戒していた。数週間前までは。

 手に入れた情報を確認していたところ、彼女は常に彼女を慕う狂信者とともに行動していることを知った。そして、それがサイネリアのフォローをし続けていることも。

 恵冬は綱紀粛正部隊にいるのが自身を育てたオクタの同期だと知ってから一体何が彼女をそこまで生き延びさせているのか疑問だった。

 オクタの同期が全部で何人いたかなど知らないが、恵冬が顔を知るのは4人だけ。サイネリアを入れて5人だ。

 この仕事を長く続けるには相当の腕と運が必要になる。組織にいる間一度も勝てなかった先生のオクタやいけ好かないライースを見てもそう思うのだからやはりその道の腕だけで生き残れる世界ではない。

 なら、サイネリアという工作員はどうか。

 恵冬は手に入れた情報から人物像を探った。しかし、その時浮かんできたのは戦闘狂という言葉が裸足で逃げ出すくらいの、荒々しい戦い方をする“人間”だった。

 人外の強さとはいかないし、戦い方も丁寧ではない。手に入れた戦闘記録には進んで傷を受け入れるとあった。受けた傷の数や、その受け方を見るに自分の身を守ろうという意思が微塵も感じられなかった。

 彼女は何かを守るために戦っているわけではない。己の命など、なんとも思っていない。ただ壊すために……。戦いの中にいるために戦場を求めているようだった。

 そんな半ば自棄っぱちのような戦い方で生き残れるはずがない。

 その時思い至った。彼女の穴を埋める存在に。





「見てないでこっちきたら?一緒に相手したげるわよ?」

「……」

「無駄さ。ヒースがお前の言葉に耳を貸すかよ」

 恵冬の挑発にもヒースはピクリともしない。サイネリアは勝ち誇ったように言い返す。

「残念だわ~。綱紀粛正部隊だなんてカッコつけてるくらいだからもっと強いのかと思ってたけど、アンタはそこまででもないし、無口ちゃんは見てるだけだしさ」

「挑発のつもりかい?」

「いいえ?でも、やっぱりダメね。相手に合わせるのなんて性に合わないわ。っと。ここね?」

 恵冬は話す片手間に鋭くしなる刃を見切り始めていた。ナイフを立て、刃を滑らせ攻撃をやり過ごす。ナイフや壁にぶつかり急激に変わる軌道に惑わされることなく、正確に殺気の方向を肌で感じている。

 回避や防御に回るしかなかった恵冬だが、一歩、また一歩と着実に嵐の中心に分け入っていく。

「どうしたの?随分と単調になってきたじゃない。目を閉じてたって躱せるわよ?あっ目が見えてないからアンタにはわかんないか。次右でしょ」

 ナイフで受けるたびに火花が散る。ガリガリと耳触りの良い音が響く。

「るっせぇな。随分と生意気きくじゃねぇの。でもな!こっからだぜ!?」

「ここから、何ですって?」

 恵冬は一息に地面を蹴った。うねる刃の嵐を一呼吸のうちに、抜けた。

「もらいっ……ッ!」

(かかったな?)

 サイネリアは笑みを浮かべたまま、もう一方の腕をまた懐に勢いよく突っ込んだ。

「なに?もう一本あるの?でももう――――ッ!」

 もう一本が出てくると踏んで、懐に視線が惹きつけられた次の瞬間だ。

 ――――背後で殺気が増えた。

 恵冬は目の前のサイネリアに攻撃を入れるよりも、背後の殺気が自分に到達する方が早いと瞬時に判断し、頭を回避に切り替えた。

 勢いよくダイブした恵冬の身体はダンボールの山に突っ込んだ。

「ん?んん?おい。今のどうやったんだ?」

 恵冬の視界は巻き起こった土煙やら埃で塞がれていたが、耳はその分よく聞こえていた。サイネリアの素っ頓狂な声。あれは素の声だ。

 ダンボールをかき分け、恵冬は山から飛び出した。

「それはこっちのセリフよ。増えた?何が」

 言いながら恵冬はサイネリアを見て一目で納得した。

 鞭だと思われていた獲物。刃がついていて刀剣のような切れ味を持つ不気味な獲物。それが、グリップの先端から割れていた。別れていたと表現する方が適切か。

「なんだっけ?ウルミ?また変なものを作ったわね。……武器屋でもいるのかしら?」

 持ち手の先、剣でいう剣身の部分が何匹もの蛇が括り付けられているかのように別れている。窓から指す光に当てられ刀身はヌラヌラと妖しく輝きを放つ。

「どうやってあれを避けたんだ?上手く誘えたと思ったんだがなぁ」

「……誘うだなんて、姉様は大胆ね」

「よせよ。照れるだろうが」

 恵冬を囲うように2人は距離を詰める。恵冬は呆れたようなため息を漏らしながらゆっくりと立ち上がり埃をはらう。

「あっそ。遊びはここまでね?ったくもう」
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