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青出 風太

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File1

学校に薄青 9

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―オクタ―

 パスワードが解けた細機のパソコンを操作する。様々なファイルを開くが特段気になるところはない。スマホのバックアップデータや画像のフォルダなどいたって普通の状態だった。が、同時に調べているmapleが一つのファイルを見つけてきた。

「オクタサン、オクタサン。スッゴク奥ニファイルガアッタヨ!コレダケプロテクトガ頑丈デ、私ダケデ開ケルノハ大変ソウ」

 ガッカリした声で話しかけられた。

「流石だな。これは……コピーしようとすると阻害するプログラムがあるのか。面倒な。持ち出すことは出来なさそうだ」

「オクタさん、そっちはなんか見つかりましたか?」

 ラーレが頭の後ろに手を組みながら部屋に入って来た。他の部屋は目ぼしいものがなかったのだろう。

「本部の探してるデータ……かもしれないものがあった。残念なことに俺やmapleだと開けることは出来なさそうだが」

「そっすか、中身が早く知りたいとこっすね。外れてたら無駄骨になるけど」

 リコリスに用意してもらったUSBメモリを別のポートに差し込む。USB内のウィルスソフトはリコリスお手製のバックドアを仕込む為のもので高性能だが色々な偽装も兼ねているため重く、ダウンロードに時間がかかるものだった。



「早くしてくださいよ!オクタさん、あと数分で帰ってきますよ!?」

 隣のラーレが慌てた様子で訴えてくる。ダウンロードを始めて八割程度完了した時、ヘキサから「細機が帰宅を始めた」と連絡があった。幸いすぐに六花が追いつけたものの既に校外に出ており、帰宅途中という事だった。

「わかってる。ただこいつのダウンロードが終わらないんだからどうしようもないだろう」

 USB内のウィルスソフトのダウンロードに時間がかかり、身動きが取れず数十分。想定よりもだいぶ細機の帰宅が速い。

(高性能なのは良いが、次からはもっと短時間で済むものを用意してくれ)


―ヘキサ―

「あれ、細機先生じゃないですか?奇遇ですね、先生もこちらに用事が?」

 六花は帰宅を始めた細機を追う中で聞こえてきた通信からオクタたちの状況を知り、すぐさま自身のやるべきことを理解した。

 単純に細機の帰宅を一秒でも遅らせることだ。細機の帰宅ルートを意識しながら裏路地を駆け抜け細機を追い越し、偶然を装って声をかけた。

「あ、氷室さんじゃないですか。こんにちは。補習が思ったよりもスムーズに終わったので、これから打ち合わせ用の資料を作ろうと思いまして」

「資料を?」

 細機は、はいといってすぐ後ろのマンションを指さした。

「ここに住んでいるんですよ」

 知っている。しかし、それを悟られると面倒なことになる。精いっぱい驚いた顔をする。

「え!?そうだったんですか!?学校から結構近いんですね~」

「そうなんですよ。持ち物が多いときは車で来てますけど、距離的には歩いても通える距離なので助かります。学校の方に勧められて、少し安くしてもらえて助かってるんですよ。電子ロックでセキュリティもしっかりしていますしね」

 既にそのロックは破られているのだが、細機はどこか誇らしげだった。

「それはいいですね、うちは今アパートですけど、そこまで防犯意識は高くないです」

「ところで、今日は用事があると言っていましたが、もうお済なんですか?」
「え?」

 そういえばそんなことを言ったのを思い出した。

「えっと、えっと、そう!今近くのファミレスでお父さんが親戚の人と話してるんですよ。そこにいても年の近い人もいなくて暇なので散歩に出てきちゃいました」

 ヘキサは苦笑いで答える。

「そうでしたか、先生はあまり親戚が多くないので、そういった状況になったことはあまりありませんが、親戚が多いというのも大変なんですね」
「あはは……はい~」

 何とか誤魔化せたのだろうか。

「わざわざ氷室さんのお父さんの出張先にまで来られるなんて、相当仲が良いのでしょう。親族でもそういうのは珍しいですね。そういった縁は大事にした方がいいですよ」
「そう……ですね」

 細機は腕時計に目をやるともうこんなに時間が経ってたのかと驚いた様子を見せた。

「それじゃあ僕は帰りますね、氷室さんもお気をつけて」

「あ、はーい。先生も~」

 小走りで細機はエントランスに向かっていった。エントランスの電子ロックを鍵で開け、そのまま入っていく。ヘキサはそれを見送りながら細機がエントランスに入った旨のメッセージを飛ばす。ポケットにスマホを戻そうとしたら間髪入れずにスマホが鳴った。オクタから新しいメッセージが届いている。

「ん?407号室のベランダに来てくれ?」

 六花は上階を見上げた。


―オクタ―

 帰宅途中のターゲットをヘキサが偶然を装ってマンションの入り口あたりで数分引き止めることに成功していたがそれも限界のようだ。今エントランスに入ったと報告があった。

「ラーレは先に家を出ておけ、mapleもパソコンから戻ってこい」

 オクタはまだパソコンの前を離れられない。スマホに戻れるmapleはいいが、ラーレは先に離脱させるべきだ。玄関から出たところを見られるわけにはいかないが、まだ細機は1階にいる。すれ違うことなく撤退できるはずだ。同時にヘキサにメッセージを投げる。

「俺もダウンロードが終わったらUSBを回収して撤退する」

(インストールが終わったら履歴を消してパソコンを落として、それから……)

「mapleこの部屋にも電子ロックがあったろう、あれを開けるのを遅くできたりしないか?ラーレが出たらやってくれ」

「ヤッテミルケド、急ナンダカラ効果ハ期待シナイデヨ~?」

「ラグとかその程度でいい、頼んだ」

 mapleは画面の中でムッとしながらもプログラムを走らせ始めた。ラーレが407の部屋を出ていく。扉が自動でロックされた音がオクタには鮮明に聞こえた。

 ロックの効果が出たのかは分からない、それから数分後玄関の鍵が開いた。


―ヘキサ―

「焦りましたよ師匠」

 車内で隣に座るオクタに文句を言う。細機が玄関のドアを開いたと同時にオクタは履歴の消去を完了した。電源を落とす作業は鞄を置きに来た細機と壁一つを隔ててすぐの場所で行っていた。

 もともと鍵が開いていた窓からオクタがベランダに出たその直後、細機がパソコンのある部屋に入ってきた。ほんの少しダウンロードが遅れたり、シャットダウンに時間がかかったりしただけでも鉢合わせになっていただろう。

 連絡をもらっていた六花は指示の通り407号室のベランダまでワイヤーで外壁を登リ、待機していた。オクタが部屋からベランダに出てきたときには悪い予感が的中したと思った。

 すぐにその場を離れる必要があったため、ため息交じりにオクタとともにワイヤーで降下した。

「思ったより細機のやつが早く帰ってきたもんで、焦りましたね。ヘキサは何で早く帰ってきたのかって聞いたか?」
「補習が思ったよりスムーズに終わったんだって」

(三芳さんなら補習なんていらないくらいなんだから、そりゃスムーズに終わるだろうけど)

「なんだ?怒ってるのか六花ちゃん。でも俺らは助かったぞ?4階とはいえ飛び降りるわけにもいかないからなぁ」

「ラーレは普通に非常階段から降りてこられたんでしょ。別に飛び降りてもよかったのに」

「六花ちゃんは怖いこというね~飛び降りたら最悪死んじゃうかもしれないだろ?」

 ラーレはやっぱり軽い調子で真面目さが感じられない。

「ファイルを見つけた時点でファイルを調べるよりもバックドアを仕込む方を優先するべきだったな。今回は俺のミスだ。六花もそれくらいにしてやれ」

 外壁を登って大人一人抱えて降下する。それだけのことだが、やはり見られるリスクがある。正直六花はやりたくなかった。しかし、もう言ってもしょうがないというのも分かる。モヤモヤしながら窓の外を眺める。

「そのファイルの中身はまだどんなデータか分からないんですよね?」

「あぁ、帰ったら早速リコリスに頼んでみるつもりだ。アイツも返さないといけないし」

 mapleはすでにオクタのスマホから六花のスマホの中に流されていた。一旦アジトに帰るが、バンから出るのは後部座席に座る六花だけだ。リコリスには報告と一緒に六花からmapleを返す。

 窓から視線を落としてスマホを見る。画面には暇そうに液晶内を漂う赤毛のダボパーカー姿の女の子がいた。

「mapleもお疲れ様」

 画面をつつく。

「オ疲レ様~六花サン」


 車に揺られ、アジトに帰ってきた。六花にとっては数週間ぶりのアジト。どこか懐かしくて六花は無意識に安心感を覚えた。

 リコリスにmapleを渡し、細機のパソコンの件を頼もうと部屋をノックしたが返事がない。嫌な予感がして六花はリコリスの部屋のドアを勢いよく開けた。

 部屋は真っ暗だったがパソコン画面の明かりがついていて激しく明滅していた。PCゲームをしていることはすぐに分かった。仕事期間中はゲームに夢中になりすぎないようにと毎回釘を刺していた六花はその様子を見て怒りを通り越して呆れた。しかしまた六花に怒りの感情が戻ってきた。

 ――足の踏み場がない!

 暗くてよく見えなかったが足元にゴミ袋が転がってきたことで気づいた。オクタやラーレはたまに来ているはずだったが、何も言わなかったのだろうか。

「秋花さん!!」

 大きな声で名前を呼び、部屋の明かりをつけた。明かりがついたことにリコリスは驚き、椅子から転げ落ちた。

「なっ、え――ぐぇ」

 ゴミ袋に着地したリコリスは変な声を出した。

「ゴミをこんなに溜めて――いつも部屋はきれいに、ゴミはすぐに出すって言ってるでしょ!」

「で、でも仕事もなかったし、暇だったから――」

 六花はため息をつきながらもゴミ袋をつかみ部屋の外へと運び始めた。

「仕事を頼みに来たんですけど……まずはここを片付けてからですね」
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