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青出 風太

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File2

給仕は薄青 19

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―リコリス―

「椛……今、小っさいのの腕からナイフが……!」

「だね。容赦ないと言うかなんというか。私だったらあの子は敵に回したくないね~」

 リコリスは和人を守るために銃を抜いてはいたが、ほとんどの相手を六花が蹴散らしてしまっていたために、それを使う機会は無かった。

 一応、敵が潜伏している可能性が残っているため、周囲を警戒するポーズをとりつつ呑気な声で和人と話す。

「あいつはなんだ?武器庫か何かなのか?」

「う~ん。六花ちゃんは全身に6本のナイフを仕込んでるから確かに武器庫みたいではあるよね」

 そうリコリスが答えると、「6本もあるのか!」と和人はどこか興奮気味だったがリコリスにはどこに盛り上がるポイントがあるのかよく分からなかった。

 六花はメインで扱う青いラインの入った黒いナイフが左右太もものホルダーに1本ずつ。左右の腕に仕掛けで飛び出すナイフが2本。そして、踏み込むことで突き出るナイフがブーツのつま先にそれぞれ1本ずつ。計6本のナイフを全身に装備していた。

 この装備にはリーチの長いものがほとんどなく、遠距離で戦えるものは無いに等しかった。代わりに六花に懐に入られた場合、何本骨を折ったとしても6本全てのナイフを捌ききることは困難であり、その瞬間の爆発力はオクタを超えることができるだろうと目されていた。

 はしゃぐ和人にリコリスは得意げに語る。

「実は、その6本のナイフがヘキサってコードネームの由来の一つだったりもするんだよ」

 リコリスにとって六花は自慢の妹のような存在で、そんな彼女が褒められたような誇らしい気分になり、つい話し過ぎてしまったようだ。六花が肩で息をしながら振り向きざまにリコリスに釘を刺す。

「……『ヘキサ』もナイフのことも一応歴とした機密扱いなんですから簡単に子どもに教えないでください」

「ごめんって。ほら、和人君も誰にも言わないだろうしさ。ね?」
「お、おう。ってか言っても誰も信じないだろ」

 実はオクタから貰った折りたたみナイフを含めると、六花が装備しているナイフは合計7本になってしまうことをリコリスは知っていたが、格好がつかないと思ったため和人には黙っておくことにした。


―ヘキサ―

 会長室は奥の階段を登るとすぐそこにあった。緊急時、速やかに避難する目的で奥に階段があるのかもしれないと六花は思った。

 会長室の前についた時、オクタとラーレも丁度、同じ階にやってきた。彼らが手前で暴れてくれていたおかげで六花が相手にした数は少なかった。

「……先行きます」

 六花がオクタに向かってそうつぶやいた時だ。

「気を付けろよ」
 とオクタの声が聞こえた気がした。廊下は長く、小さな声が聞こえる距離ではなかった。だが、六花にはそう聞こえた気がした。

「はい」

 オクタと短く視線を交わし、リコリスに和人を任せると、六花は会長室のドアを蹴り開けた。



 部屋の中は中央にデスクが四つまとまって置かれており、壁には書類を管理するためのスチール書庫や金属棚が並んでいた。まとめられたゴミ袋も転がっており、若干の埃っぽさがあった。

 奥のデスクには、横柄な態度で椅子にもたれかかっている男がいた。いかにも屈強そうな大男だ。

 オールバックで、柄の悪そうなシャツ。胸元が空いていて鍛え上げられた筋肉が呼吸に合わせて見え隠れする。街中で出会っても関わり合いにはなりたくないタイプの外見をしていた。

 六花は入り口のあたりから相手を観察しつつ声をかける。
「……聞きたいことがあるんですけど、答えてくれますか?」

 戦いにならずに済むのならそれに越したことはない。その一縷の望みにかけて六花は男に声をかけた。

 本質的に六花は闘争を求める戦闘狂ではないのだ。暗殺者として教育を受けたが、六花自身はごく普通の感性を持っていると感じていた。

 命令に従って敵を殺すたびに、自分自身も殺して来た。

 戦う以外の道が選べないから戦う。いつだって基本は受け身の立場だった。

「お前……ガキ?良くここまで来れたな」
「ガキ!?」

 六花の身長は145センチほど。見た目は明らかに小中学生だ。ガキと言われても仕方ない。しかし、その言葉に六花はカチンと来た。ほとんど反射と言っても問題ないほどの速さで六花はかみついていた。

 男は豪快に笑って訂正する。

「いやいや、ここまでちゃんと来れてるんだ。俺の子分を倒してな。ただのガキじゃあ、ねぇんだろ?……遊んでやる」

 その言葉と同時、男はデスクの引き出しから拳銃を取り出し六花に向けて発砲した。反射的に六花は部屋中央のデスクの陰に隠れ、銃弾をやり過ごした。

「くそっ……あんなもの持ち出すなんて!」

 六花が様子を伺うために顔を出そうとすると、二発目三発目と容赦なく男は発砲した。

(少し街から離れてるからって好き勝手しすぎでしょ!)

 街から離れたところに根城を構えているというのは、こういった騒ぎが起こることも予め想定しているからなのだろう。しかし、発砲までしてくるとは思っていなかったため、六花は多少驚きつつ、心の中で悪態をついた。

 しかし、発砲音と着弾地点から男がこちらに歩いてきていることを感じ取ることができた。

 銃弾が止んだタイミングでデスクの陰から六花が飛び出そうとした時、嫌な殺気を感じ取った。咄嗟に顔を引っ込める。直後真上を一筋の光が横切った。

「お前っ!?ははっ!勘がいいな」

 男は楽しそうに笑う。

「今の……ッ!」

 真剣だ。真剣が六花のくせっ毛を掠った。デスクに隠れる前、男の後ろの壁に日本刀が飾ってあったことを思い出した。恐らくはそれだろう。

 男から距離を取るようにデスクの反対方向に飛び出して男を確認するとやはり刃の付いた日本刀を抜き放っていた。

「お前も何か持ってるんだろ?その血を見るからにさ……来いよ」

 男は六花の服を指差す。ベットリと着いた返り血はここに来るまで何人もの人間を斬ったことを示す証だ。当然、勲章のように誇らしいものではない。むしろその証は幼い頃に進む道を決定づけられた六花を呪っているようですらあった。

 そんな人間ならば凶器を持っているだろうことは想像に難くない。

 男は六花を好戦的な笑みで睨みつける。

「なら、行くよ」

 六花は怯むことなく太ももにつけたホルダーからナイフを抜き放つ。
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