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青出 風太

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薄青と記憶 22

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10月16日(水) 23:58

―ヘキサ―

「……」

 六花はアジトの自室にあるベッドで横になっていた。

 あの仕事から2週間。未だに服が傷に触れるだけでもムズムズして落ち着かなかった六花は10月の半ばだというのに丈の短い服を着ていた。日によっては若干の肌寒さを感じるようになったが、寒さより傷の方が気になる六花はアジトから出ない日は真夏日に着るような薄着をしていた。

 ペスカから渡された袋が目に入った。薬も既に底をついていた。明日は事前に薬が無くなりそうだと話をしていたおかげで朝から診てもらえることになっている。

 この2週間、組織からはなんの仕事も回されていない。全身に傷を負っていてまともに動けないだろうと判断されたか、あるいは前回の仕事の失敗が原因か。

 何の処分すら下っていないことが不気味ではあったが、いずれにせよこの2週間、六花は平和に過ごしていた。

 オクタから聞いた話によれば仕事は一時凍結されメンバーはホテルから撤収、例の施設は仕掛けていた爆薬の大半が不発に終わったもののしばらくの間は活動を停止するようだった。

 それを聞いて今までしてきたことは無駄ではないと感じている自分とそれすらも疑ってしまう自分、2つの思いに六花は割れていた。

 明日は初めに彼女と会った時から数えて3度目の診察を受けるが、ベッドに入っても一向に眠れる気がしない。

 全身を襲う痛みのせいではない。ラファールと呼ばれる金髪の女性に負けてからというもの、彼女の陰がふとした時に現れては小言を漏らして消えていく。

 スマホから顔を上げた時、冷蔵庫を閉めた時、クローゼットを開けた時。彼女の陰はふと六花が気を抜いた瞬間に嫌味な笑顔で目の前に現れた。日常の中に彼女の陰が隙間を見つけては入り込む。そんな生活が続いていた。

 中でも最も酷いのは夜。昼間はリコリスやオクタ、ラーレがリビングにいる。リコリスのテンションのせいか六花もそこにいれば彼女に会うことはなかった。しかし、眠ろうと1人部屋に戻ってくると彼女が脳裏に顔を出す。


「アンタ。センセの生徒でしょ?」

「どうしたの?飛んで逃げるんじゃないの?スズメちゃん。くくっ、あははっ!!」

「――あそこはね、必要になったら孤児を作ってまで使うのよ」

「センスないわ」

「アンタ。センセのこと好きでしょ」



「――っ!」

 言われたこと。言われてないこと。頭の中で彼女の声が木霊する。



10月17日(木) 11:36

―ヘキサ―

「もう来んなよ」

「はいはい。ありがとうね胡桃沢くるみざわ先生。薬が切れたらまた来るよ」


 六花とリコリスは朝一で診察の予約を入れていたこともあり、比較的早く病院を出ることができた。

 それでもこの病院はここら一帯では一際大きい。平日だというのに人の足は絶えず、朝一から来院していたにもかかわらず終わる頃には11時半を回っていた。

 ペスカは相変わらずの態度で六花とリコリスをさっさと帰らせたい様子だったがリコリスが彼女と話していたせいもあり時間が予定より延びてしまっている。

「ごめんね~小夜ちゃん。待ったよね。……それだと今日ちょっと暑いでしょ」

「いえ……」

 今日の気温は28℃を超えている。場所によっては30℃を超えるところもあるらしい。ここ数年は気温の落差が激しく1週間の服を選ぶのにも迷うほどだ。

 そんな中六花は天気予報を見間違えたかのような長袖長ズボンを着ている。病院の中は空調が効いているとはいえ、暑いのは必然だ。

 丈の長い服を身につけている理由は明白。全身についた凄惨な傷を隠すためだ。痛みは初めに比べ徐々に軽くなってきており、傷口も塞がってはいるのだが跡がまだまだ消えていない。

 職質で済めば良いが、虐待を疑われ保護でもされようものならたまったものではない。

「それにしても」

 六花は話題を変えようと口を開く。

「ペスカさんって胡桃沢って言うんですね」

 診察室のネームプレートにも“2002 担当医 胡桃沢”と書いてあったことを思い出す。

「あ、あれは苗字ね。コードは多分下の名前の桃莉とうりからだね。可愛い名前してるでしょ?」

「そうですね。本名?で働いているとは思いませんでしたが」

 話しながら2人は駐車場へと向かう。

 リコリスがスマートキーのボタンを押すと目の前の軽自動車のランプがついた。彼女の運転する軽は白の国産車で前回の仕事の後購入したものだ。街中でもよく見かける車種。はっきり言って特徴がないことが特徴の車だった。

 バンばかり使う六花達にとって他に車が必要かと言われれば答えは“ノー”だ。

 仕事で必要ならその都度組織が用意してくれていたせいだが、バンとは別に自分たちで使う用の車が必要になるなど六花は考えたこともなかった。

 しかし、リコリスは六花を病院に連れて行くのなら自由に扱えて機密に抵触しない車がいるだろうと、六花が寝ている間に思いつきで買ってきてしまったのだ。

 事実彼女の見た目を考えればバンを運転しているよりも丸みのある軽を運転している方が自然に見えるし、変に目を引くより良いと六花も納得していた。

「ちょっとこの後寄り道しても良い?」

 リコリスの言葉を六花はそのまま自分の身体に問いかける。

「……大丈夫です。あまり長居はしたくないですけど。あとそろそろ六花でいいです。もう聞いてる人もいなさそうですし」

「おっけ!」

 リコリスは元気にサムズアップしながら車に乗り込んだ。六花は元気な妹を見守るような気持ちでやれやれと助手席に乗り込んだ。



 助手席から流れる街を眺める中、窓の外に金髪の姿を見た気がした。彼女の声がふと蘇る。六花は無意識のうちに声に出していた。

「……好きって何なんでしょうか」

「ぶっ!?」

 リコリスは驚いた様子でハンドルを取り直す。六花はリコリスが吹き出したことで声に出していたことに気づいた。

「すみません」

「だ、大丈夫。でも、いきなりどうしたのさ。六花ちゃんが恋愛相談なんて今までお姉さんにしてくれたことなかったじゃん」

「いや、……自分でもよく分からなくて」

 リコリスは少し考えた後。何かを察したように一人、語り出した。

「私は先生のこと好きだよ。育ててくれた親であり、恩師だし。あっリラ先生ね。エランティスだって付き合いは長いしなんだかんだアレで可愛いところもあるしさ」

「……」

 六花は窓の外を見たまま黙って彼女の声に耳を傾ける。

「もちろん六花ちゃんだって大切だし、大好きだよ。チームだからって言うんじゃなくて人として。一緒にいて楽しいし色々言うけど付き合ってくれるしね。ただ私異性をどうこう思った事ってないんだよね。ほんと仕事仲間って感じ」

「そう、なんですね」

「結局好きなんて、これがあるから好きとか、こんな理由じゃ好きじゃないなんて事ないし、人に決めてもらうものでもないんだよ。好きーーっ!って思えば好きだし。嫌いだわって奴は何やったって好きになれないし」

「ふふっ、結構単純ですね」

「いいんだよそんなんで。何か買い物する時あの人ならこれ買うだろうなとか、この食べ物食べたらなんて言うんだろうとか相手のこと考えてると嬉しかったりさ」

「……」

「六花ちゃんには六花ちゃんの好きがあるし、私には私の好きがある。それが同じであるはずはないし、そもそも好きに良いも悪いもない。それを無理に誰かの決めた枠に当てはめる必要もない。でも自分の決めた好きのために頑張れたら、それって最高じゃない?」

 そう笑うリコリスは六花の目に魅力的に映っていた。
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