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エピローグ
弔いの鐘は鳴らずとも
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「――と、いうわけで被害は最小限に抑えました。以上」
アルトは綿密にというか、過分に嘘を交えた報告を終えて、ほっと息を吐きだした。だが、
「なにが、というわけ、なのかしら?」
だんっ! とテーブルを叩かれて、アルトは片眉を吊りあげた。
宿屋の来賓室内である。硬そうなテーブルを殴ったのはリスティス・ファイファー神祇官という、褐色肌の、長い黒髪をポニーテールにした女神官だ。神官服の異常性が彼女の売りである。胸元が開いた上衣、タイトなミニスカート、そして白いマントを羽織っている。正規品は白いブーツだけであるが、神官服の白に滑らかな褐色肌がよく映えているとは思う。
リスティスの威圧にうろたえたのは彼女の背後にいる補佐官ふたりだった。直立不動でいたが、顔だけは焦りを浮かべていた。
「外していいわ」
その言葉が自分たちに向けられたものだと思わなかったのか、補佐官ふたりは動かなかった。
が、リスティスが感情のない冷めた視線を送ると、慌てて退室していった。無駄に豪華な室内にリスティスといるのは居心地が悪い。
「被害は最小限に抑えた。ほかに文句があるか?」
「あるわ。監視人を森に入って撒いたこと。命令もなしに捜査行為をおこなったこと。報告義務を怠ったこと。あなたたちは罪人としての自覚があるのかしら?」
問われ、アルトは拘束されている両手を見おろした。鉄製の手枷についている鎖がチャラチャラと鳴る。無言のままでいると、リスティスは溜め息を吐いた。
「任務は背徳者ロワア・キシュイルの足取り調査に、太古の魔術の実態把握と報告。変死事件の捜査と戦闘行為は含まない。ジュニアの捜索はこちらでやるとも言っておいたわよね? ジュニアには危険思想があり、自然派教会からの依頼は確かに受けていたけれど、あなたたちの仕事はまったく別のモノだったわよね?」
アルトはリスティスの説教を右から左へと聞き流しながら、ぼんやりと仕事を受けたときのことを思い出していた。
ロワア・キシュイルの捜索。それは彼の自宅を張っていた捜査官の報告に端を発している。
一ヶ月前に妻が死に、そこに夫のロワア・キシュイルが現れたことを掴んだのである。そのときにちょうど行方不明になっていたロワアジュニアが現れて、母親の葬儀に参列している。そこでおそらくは父親のことを知ったのだろう。
ちなみにロワアジュニアは母親の姓を名乗り、さらには母親が息子の名前を変えていたので、当初は姓名からこの親子を結びつけることは不可能だった。その行為が母親の独断だったのかは定かではない。
とりあえずロワアジュニアの存在だけは知らされていたが、容姿、年齢、来歴などの情報は一切与えられていなかった。
(そこらへんの報告をもらってりゃあ、もうすこしまともな結果になったんだぜリスティス……)
「あれほど注意しておいたのにまったく……それに報告にはふたりで来いと言ったはずよ。顔も見せずにバーンズはなにをしているのよ」
ちょうど重なった牛たちの変死事件にかこつけて、ロワア・キシュイルを探すことが当初の任務だった。怪物騒ぎとスウィードの事故があったせいでそのへんのことはおざなりになっていた。まあだが、結局は似たようなことになったんじゃないかとアルトは思う。
「子供が死んだ……リスティスならこの意味分かるよな?」
「なるほどね。バーンズならしょうがないか……ったく」
リスティスは指先でテーブルを叩くと、その昔から変化しない刺すような視線を向けた。
「あなたたちの時奪刑に加算されるか分からないわよ。神殿が奉仕活動と認めない場合は無駄な時間だったと覚悟しておいて」
「お咎めがそれで済むなら別にいいさ。メルティがどういう人間かはリスティスも理解してるはずだ。長いつき合いだろ? 今までも、これからも踏まえてさ」
「まったく調子がいいわね……!」
リスティスは憤然と立ちあがると一枚の封書をテーブルに置いた。
「次の命令よ。よく読んで行動しなさい」
それ以上のことは口にせず、来賓室から出ていく。アルトはドアが閉じられたのを一瞥して、ふうと吐息した。
「肩が凝るなぁもう………」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
メルティは借室の窓から外を眺めていた。宿のまえには五台の馬車が停車していて十名ほどの神官たちがいた。そこに背筋を伸ばしたリスティスが歩いていくのが見えた。リスティスは乗車の直前にこちらを見あげてくる。視線が交錯したが、なにをするでもなくそのまま馬車に乗りこむ。
メルティはぼんやりと事件を思い起こしていた。
ロワアジュニアと顔を合わせたとき、問題の犯人――ロワア・キシュイルだとは思えなかった。想定していた人物よりも若かったからである。そこでロワアジュニアのことを失念していなければ、もっとまともな推理だってできた。
情報として知らされていたのはロワア・キシュイルに息子がいることだけ……あまつさえミドルネームすら知らされていなかった。まあ自分たちが派遣された任務の内容は事前調査のようなものだったから、当然と言えば当然だったのだが……。
メルティの推理ではその神父の名を語った人物は、自然派教会から派遣された異端審問官なのではないかというものだった。大教会に捜査を依頼するその傍らで、独自の調査をしていたのではないかと――つまりは異端審問官である。そのため身分を偽る必要のある人間で、ロワア・キシュイルを名乗っているのだと。
だからメルティも話を合わせた。そこに魔属が現れなければ身分を明かすように問い質すこともできた。アルトが魔属であることを自分は秘密にしている。それと同じように魔属の存在を明るみにしたくはなかった。
それを恐れた結果として、ロワア・ジュニアであることに気づけなかった。それができていれば、ふたつの幼い命が無惨にも殺されることもなかった。恐らくは……だが。
あの偽物のロワア神父――つまりセリアナスがジュニアであると気づいたのはアルトだった。戦闘中に名指していたからそう言える。なぜと聞くと、
『魔力には波長がある。それが人狼化したロワア・スウィード・キシュイルと特徴が似てたのさ。まあセリアナスに変身したことで分かったんだけどな』
と、そこで部屋のドアが開いた。
「メルティ! もう平気なのか?」
「ええ……ごめんね。気落ちしてても起きたことはどうしようもないのに。彼女はなんて?」
「いや特には……でもどこまで虚偽の報告を信じてくれたかは分からないぜ。全部をロワアジュニアのせいにしたからな。それと時奪刑に換算されるか分からないってよ。別にいいって言っといたけどな」
時奪刑は罪人の時を奪う刑罰だ。その奪われた時間を国への奉仕にあて、社会へ貢献する必要がある。言わば現金を時間にした科料である。
「ああでも、なんかよく分からないけど手枷を外してくれたんだよな。まあ任務要請の封書も貰ったけど」
アルトがそばに来ると封書を渡してきたので開いてみる。わら半紙が一枚。目を通してみるとメルティは思わず微笑んだ。
「次の任務は綺麗な花を見つけに行くことになりそうね」
「はい? なんだそりゃ……て、そういうことか」
命令書を見たアルトも同じような顔になる。
――旅立ちたる魂にささやかな餞を。
サインはリスティス・ファイファーと綴ってあった。
「あいつさ、こういうのが粋だと思ってんだぜ」
アルトは馬鹿にしたような笑いを浮かべていたが、まんざらでもなさそうに窓の外を見やった。
メルティも外を見る。一台の馬車が麦畑に挟まれた道を闊歩しているのが見えた。
快晴の空――
追悼の鐘は鳴らずとも、どこか命を賛美する風景が、茫洋とそこに広がっていた。
了
アルトは綿密にというか、過分に嘘を交えた報告を終えて、ほっと息を吐きだした。だが、
「なにが、というわけ、なのかしら?」
だんっ! とテーブルを叩かれて、アルトは片眉を吊りあげた。
宿屋の来賓室内である。硬そうなテーブルを殴ったのはリスティス・ファイファー神祇官という、褐色肌の、長い黒髪をポニーテールにした女神官だ。神官服の異常性が彼女の売りである。胸元が開いた上衣、タイトなミニスカート、そして白いマントを羽織っている。正規品は白いブーツだけであるが、神官服の白に滑らかな褐色肌がよく映えているとは思う。
リスティスの威圧にうろたえたのは彼女の背後にいる補佐官ふたりだった。直立不動でいたが、顔だけは焦りを浮かべていた。
「外していいわ」
その言葉が自分たちに向けられたものだと思わなかったのか、補佐官ふたりは動かなかった。
が、リスティスが感情のない冷めた視線を送ると、慌てて退室していった。無駄に豪華な室内にリスティスといるのは居心地が悪い。
「被害は最小限に抑えた。ほかに文句があるか?」
「あるわ。監視人を森に入って撒いたこと。命令もなしに捜査行為をおこなったこと。報告義務を怠ったこと。あなたたちは罪人としての自覚があるのかしら?」
問われ、アルトは拘束されている両手を見おろした。鉄製の手枷についている鎖がチャラチャラと鳴る。無言のままでいると、リスティスは溜め息を吐いた。
「任務は背徳者ロワア・キシュイルの足取り調査に、太古の魔術の実態把握と報告。変死事件の捜査と戦闘行為は含まない。ジュニアの捜索はこちらでやるとも言っておいたわよね? ジュニアには危険思想があり、自然派教会からの依頼は確かに受けていたけれど、あなたたちの仕事はまったく別のモノだったわよね?」
アルトはリスティスの説教を右から左へと聞き流しながら、ぼんやりと仕事を受けたときのことを思い出していた。
ロワア・キシュイルの捜索。それは彼の自宅を張っていた捜査官の報告に端を発している。
一ヶ月前に妻が死に、そこに夫のロワア・キシュイルが現れたことを掴んだのである。そのときにちょうど行方不明になっていたロワアジュニアが現れて、母親の葬儀に参列している。そこでおそらくは父親のことを知ったのだろう。
ちなみにロワアジュニアは母親の姓を名乗り、さらには母親が息子の名前を変えていたので、当初は姓名からこの親子を結びつけることは不可能だった。その行為が母親の独断だったのかは定かではない。
とりあえずロワアジュニアの存在だけは知らされていたが、容姿、年齢、来歴などの情報は一切与えられていなかった。
(そこらへんの報告をもらってりゃあ、もうすこしまともな結果になったんだぜリスティス……)
「あれほど注意しておいたのにまったく……それに報告にはふたりで来いと言ったはずよ。顔も見せずにバーンズはなにをしているのよ」
ちょうど重なった牛たちの変死事件にかこつけて、ロワア・キシュイルを探すことが当初の任務だった。怪物騒ぎとスウィードの事故があったせいでそのへんのことはおざなりになっていた。まあだが、結局は似たようなことになったんじゃないかとアルトは思う。
「子供が死んだ……リスティスならこの意味分かるよな?」
「なるほどね。バーンズならしょうがないか……ったく」
リスティスは指先でテーブルを叩くと、その昔から変化しない刺すような視線を向けた。
「あなたたちの時奪刑に加算されるか分からないわよ。神殿が奉仕活動と認めない場合は無駄な時間だったと覚悟しておいて」
「お咎めがそれで済むなら別にいいさ。メルティがどういう人間かはリスティスも理解してるはずだ。長いつき合いだろ? 今までも、これからも踏まえてさ」
「まったく調子がいいわね……!」
リスティスは憤然と立ちあがると一枚の封書をテーブルに置いた。
「次の命令よ。よく読んで行動しなさい」
それ以上のことは口にせず、来賓室から出ていく。アルトはドアが閉じられたのを一瞥して、ふうと吐息した。
「肩が凝るなぁもう………」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
メルティは借室の窓から外を眺めていた。宿のまえには五台の馬車が停車していて十名ほどの神官たちがいた。そこに背筋を伸ばしたリスティスが歩いていくのが見えた。リスティスは乗車の直前にこちらを見あげてくる。視線が交錯したが、なにをするでもなくそのまま馬車に乗りこむ。
メルティはぼんやりと事件を思い起こしていた。
ロワアジュニアと顔を合わせたとき、問題の犯人――ロワア・キシュイルだとは思えなかった。想定していた人物よりも若かったからである。そこでロワアジュニアのことを失念していなければ、もっとまともな推理だってできた。
情報として知らされていたのはロワア・キシュイルに息子がいることだけ……あまつさえミドルネームすら知らされていなかった。まあ自分たちが派遣された任務の内容は事前調査のようなものだったから、当然と言えば当然だったのだが……。
メルティの推理ではその神父の名を語った人物は、自然派教会から派遣された異端審問官なのではないかというものだった。大教会に捜査を依頼するその傍らで、独自の調査をしていたのではないかと――つまりは異端審問官である。そのため身分を偽る必要のある人間で、ロワア・キシュイルを名乗っているのだと。
だからメルティも話を合わせた。そこに魔属が現れなければ身分を明かすように問い質すこともできた。アルトが魔属であることを自分は秘密にしている。それと同じように魔属の存在を明るみにしたくはなかった。
それを恐れた結果として、ロワア・ジュニアであることに気づけなかった。それができていれば、ふたつの幼い命が無惨にも殺されることもなかった。恐らくは……だが。
あの偽物のロワア神父――つまりセリアナスがジュニアであると気づいたのはアルトだった。戦闘中に名指していたからそう言える。なぜと聞くと、
『魔力には波長がある。それが人狼化したロワア・スウィード・キシュイルと特徴が似てたのさ。まあセリアナスに変身したことで分かったんだけどな』
と、そこで部屋のドアが開いた。
「メルティ! もう平気なのか?」
「ええ……ごめんね。気落ちしてても起きたことはどうしようもないのに。彼女はなんて?」
「いや特には……でもどこまで虚偽の報告を信じてくれたかは分からないぜ。全部をロワアジュニアのせいにしたからな。それと時奪刑に換算されるか分からないってよ。別にいいって言っといたけどな」
時奪刑は罪人の時を奪う刑罰だ。その奪われた時間を国への奉仕にあて、社会へ貢献する必要がある。言わば現金を時間にした科料である。
「ああでも、なんかよく分からないけど手枷を外してくれたんだよな。まあ任務要請の封書も貰ったけど」
アルトがそばに来ると封書を渡してきたので開いてみる。わら半紙が一枚。目を通してみるとメルティは思わず微笑んだ。
「次の任務は綺麗な花を見つけに行くことになりそうね」
「はい? なんだそりゃ……て、そういうことか」
命令書を見たアルトも同じような顔になる。
――旅立ちたる魂にささやかな餞を。
サインはリスティス・ファイファーと綴ってあった。
「あいつさ、こういうのが粋だと思ってんだぜ」
アルトは馬鹿にしたような笑いを浮かべていたが、まんざらでもなさそうに窓の外を見やった。
メルティも外を見る。一台の馬車が麦畑に挟まれた道を闊歩しているのが見えた。
快晴の空――
追悼の鐘は鳴らずとも、どこか命を賛美する風景が、茫洋とそこに広がっていた。
了
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