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第一章 黒神子レスフィナとの出会い編
11.侵蝕と未知なる能力
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11.侵蝕と未知なる能力
「おい、村人A、お前まさか俺と本気でやり合おうとしているんじゃないだろうな。この狂雷の勇者と呼ばれているこの俺とよ。なんかあの黒神子のお情けで死の淵から蘇って来たらしいが、俺とお前との力の差は天と地ほどの差があるんだぞ。それが分からないほどお前も馬鹿ではないだろ。その行き成り変わった見た目から察するに、恐らくは何かの特殊な能力を得たからこそ勝てると勘違いをして今俺様の前に立ちはだかっているのだろうが、それ事態が間違いだって事を今すぐに教えてやるぜ!」
「勇者田中、やれる物ならやって見ろ。ハルばあちゃんの件だけではなく、お前には今まで数多くの何の罪もない人達の命を面白半分にあやめて来た罪も一緒に償って貰うぞ。お前からしてみたら取るに足らない人達でもみんな一生懸命この地で生きている人達なんだ。そんな無抵抗の害のない人達の命を奪うことは例え女神様に愛された上級職の勇者であろうとも許される事ではないぞ!」
「知らねえよ、てめえらの世界の下級民族の常識やルールなんてよ。俺はただ好き勝手にやりたいようにやって、手に入れたい物があったら例えどんな汚い手を使おうとも必ず手に入れ、そして気にくわない奴がいたら全力で叩きのめす。ただそれだけのことだ。それにこの世界に召喚されて来た時もこの世界に召喚した女神様は俺にこう言ったんだ。この世界に隠されている千年前の地球人の人達が残したという闇の古代兵器の遺物を探し出して持ってきてくれ。その代わりにこの世界ではお前達の我を通して、好き勝手にしていいとも言っていたからな!」
「俺達が信仰し、崇めている女神の一人がそんな事を言うだなんて……そんな言葉は、にわかには信じられないぜ」
「まあ、そうだろうな。だから別に信じなくてもいいぜ。どちらにしろ、お前は今ここで死ぬのだから別にどうでもいい話だ。では始めようか。一瞬で終わらせてやりたいところだがそれだけでは面白くない。先ずはお前から先に攻めてこいや。レベル1の農民風情がレベル90の勇者様には絶対に勝てないと言う事をその体で嫌と言うほど分からせてやる!」
邪悪な笑みを浮かべながら近づいてくる勇者田中は両手を広げながらまるでどこからでも掛かってこいとばかりにラエルロットを挑発する。
そんな勇者田中の底が知れない邪悪な圧力にラエルロットは内心押しつぶされそうになるが、死んでいった者達のことを思い出すと勇気を振り絞り、その両手に持つ木刀の最初の一撃を勇者田中に向けて叩き付ける。
「くらえぇぇぇー、上段からの一撃だぁぁぁ!」
だがラエルロットが放つ上段からの一撃は勇者田中の目の前でピタリと止まり、まるで見えない光の壁にでも阻まれているかのようにラエルロットの持つ不格好な木刀は豪快にはじき返される。
バッキーーン!
(な、なんだ、一体どうなっている。なぜ俺の木刀は勇者田中に当たること無くはじき返されたんだ。まだ勇者田中は俺の攻撃に身構えてもいないんだぞ。ただその場に立ち尽くしているだけだと言うのに、一体なぜだ?)
邪悪に微笑む勇者田中の不適な笑いを見ながらそう思ったラエルロットは、今度は相手に反撃をさせないとばかりに連続攻撃をガムシャラに繰り出す。
「でや! とう! くらえ! これならどうだ! せいやぁぁ!」
凄まじい気合いの入った掛け声と共に叩き込まれる木刀からの打撃ではあったが、その幾度となく繰り返される生死を賭けた攻撃は全て勇者田中の目の前を覆う見えない壁のような物で軽くはじき返され、ラエルロットは豪快に後ろへと吹き飛ばされる。
「うわあぁぁぁーっ、なんだあの見えない壁は、なぜ俺の攻撃はあの勇者田中に当たらないんだ?」
不思議がるラエルロットに勇者田中は得意気に言う。
「なんだ知らないのかよ。これは異世界から召喚された者達が持つ通常装備、オートガードシステムだ。元々高レベルの異世界召喚者に低レベルの者が攻撃をしてもその攻撃が当たらないように出来ているんだ。いくらHPが減らないとはいえ、際どい所に当たればそれなりに痛いからな。だから防御システムを展開しているのさ」
「オートガードシステムだとう?」
「ははは、この世界の住人に、いや、ただの村人にいくら説明しても分からないか。つまりだ、いくら必死に攻撃を繰り返してもお前の攻撃は俺には全く当たらないという事だ」
「つまりは俺の攻撃などわざわざ避けるまでも無いと言うことか」
「当然だろう、レベル1の攻撃をなんで俺がわざわざ避けないといけないんだ。それこそ労力の無駄だぜ。今こうしてわざとお前に攻撃をさせているのは、お前の無力さを……矮小の差を分からせてやる為だ。どんなに頑張っても奇跡は起きないという決定的な事実を、絶望をお前に分からせてやるのもまた優しさだと思ってな。どうだ、もう気は済んだか。お前のレベル1の攻撃などレベル90の俺には全く通用しないという事がこれで分かったんじゃないのか」
勇者田中の言うように、約三分ほどガムシャラに手に持つ木刀を勇者田中に向けて叩き込んでいたラエルロットだったが、流石に疲れたのかその攻撃がピタリと止まる。それもそのはず、もう既に息絶え絶えのラエルロットはどうすることも出来ず攻撃が全く当たらないという事実を理解してしまったからだ。
(ハア、ハア、ハア、どうしよう、俺の攻撃が全く当たらない。これじゃ戦う以前の問題だぜ。全く話にならない。くそ、一体どうしたらいいんだ。なにか秘策は……弱点は……突破口はないのか。そうだ、レスフィナに聞けば何か分かるかも知れない。そうだレスフィナは一体何をしているんだ?)
そんな事を考えながらラエルロットは少し離れた所で三人の聖女達の相手をしている黒神子・レスフィナの方をチラリと見る。
黒神子レスフィナは三人の聖女達から繰り出される爆撃・衝撃破・生命を吸い取るツタの様々な攻撃を一身に浴びながら滅びと超速度の再生を瞬時に繰り返す。その体を構築する再生速度は凄まじく、三人の聖女達の連携した様々な攻撃がその再生速度に全く追いつかず勝敗が付かないようだ。どうやらレスフィナが言っていたように、どんな事をしても死ねないと言う言葉はハッタリではないようだ。
そんな黒神子・レスフィナの生命のことわりを無視した異常な再生能力に勇者田中はつい驚愕の声を上げる。
「マ、マジかよ、不知火先輩から聞いてはいたが、まさか本当に死なないとはな、正直驚いたよ。どんなダメージでも瞬時に直すあの再生能力があれば、前線に立たせる盾役には最適じゃ無いか。是非ともあれを回収して俺の仲間に加えたい物だが……やはり不知火先輩の言う用にあれは無理か。物凄い強い呪いの力をあのレスフィナとか言う黒神子からはひしひしと感じるぜ。やはりあれには出来るだけ関わらないようにした方が賢明のようだ。だが見た感じではただ一方的にやられているようにしか見えないんだが……まさかわざと攻撃を受けて三人の聖女達の力を図っているんじゃないだろうな。いいやそれともただ単に力の出し惜しみをしているのか。いずれにしてもあの黒神子レスフィナには注意が必要だな!」
三人の聖女達からなる激しい神聖魔法攻撃で幾度となく体を破壊される黒神子レスフィナだったが、その度に急再生を繰り返しながら何度も何度も復活を遂げる。そんな黒神子レスフィナの痛々しい雄姿を見ていたラエルロットはレスフィナの事を本気で心配する。
(レスフィナ……いくら不死身とはいえ、その痛みはダイレクトにその体に感じているはずだ。痛くない訳がない。まさか痛みを遮断することも出来るのか。俺が受けるダメージの痛みも代わりに引き受けるとか言っていたが、そんな事をして本当に大丈夫なのか。いくら不死身とはいえその能力は万能では無いはずだ。何かしらのリスクが必ずあるはず。それを知っていて戦っていると言う事か)
ラエルロットは再び木刀を構えるとすぐさま渾身の突きを繰り出す。
「五分だな。あと五分耐え凌げばレスフィナがこの状況を何とかしてくれるんだな。信じていいんだな、レスフィナ!」
バッキィィィィーーン!
「くらえぇぇ!」
ドッコオオォォーーン、ゴロゴロゴロゴロゴロゴローーン!
「グッ……雷か、ぐわあぁぁーーぁぁ?」
そう叫びながら繰り出すラエルロットの攻撃は突如意識と共に掻き消え、次に意識を取り戻した時には、そのラエルロットの体は十メートル以上空へと飛ばされ。そのまま地面へとたたき落とされる。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁーーっ!」
(一体俺の身に何が起こったんだ。 全く分からないぞ?)
次の瞬間豪快に地面へとたたき落とされたラエルロットは、左の肩から右の腰の辺りまで広がる熱い何かを感じ、その違和感を手で恐る恐る確認する。その熱い切り口の感覚と大量の血が流れる実感を指を這わせる事で確認したラエルロットは、勇者田中が瞬時に放った抜刀の一撃で見事に切り捨てられた事を悟る。
(そ、そうか、俺は……勇者田中の剣速の一閃を受けて溜まらず上へと吹き飛ばされたのか。流石は異世界召喚者の勇者と言った所だな。その鞘から抜き放たれる抜刀が全くと言っていいほど見えなかった。なるほど、狂雷の勇者とはよく言った物だ。まさに雷撃のような凄まじい一撃だった)
そう思いながらも自分の死を認識したラエルロットはその切り傷の深さにあと何秒後に死ぬのだろうと考えていたが、手で触っていたはずの深い傷口はいつの間にか塞がり、地面に落ちた際に受けた体の痛みもいつの間にか掻き消えていた。
(あれ、体の痛みが……切られた傷口が瞬時になくなったぞ。これなら立てる。まだ奴と戦える)
再び勇気と信念を胸に立ち上がろうとしたラエルロットに、勇者田中は有り得ないとばかりに思わず驚愕の目を向ける。
「こいつ……なんで立ち上がれるんだ。あの一撃は改心の一撃と言うべき絶対的な致命傷だったはずだ。たかだかレベル1の農民に耐えられる攻撃では絶対にないんだ。有り得ない……可笑しい、絶対に可笑しい。ま、まさか俺様の攻撃を受けて今も生きていられるのは、あの黒神子の暗黒の呪いの力を曲がりなりにもその体に分けて貰っているからか。そうだ、絶対にそうだろ。そうじゃなきゃお前の再生能力の説明がつかないからな。ちくしょう、ちくしょう、浅ましくも小狡い事をしやがって。だがその不死身の能力も絶対ではないはずだ。その呪いは無限では無く有限のはずだ。もしもMPのような物があるのだとしたら、必ずお前のその再生治癒能力には限界があるはずだ。そのMPが尽きるまで何度でも俺の剣激を……村人A、お前の体に叩き込んでやるぜ!」
たかだかモブキャラを一撃で殺せなかった事を恥と思ったのか怒りの隠った声でそう言い放つと勇者田中は腰に下げている長剣の塚と鞘に静かに手を掛ける。
「今度こそ死ねや。村人A!」
「く、来る!」
ゴロゴロゴローー、ドッカァァァァァァアァッァアァッァァーーン!
勇者田中に死の宣告をされたのと同時にラエルロットの体は落雷を受けたかのように大きく吹き飛び、まるで重力に逆らうかのように三十メートルほど離れた他の民家の壁へと豪快に叩き付けられる。
「ぐっわぁぁ……かっはぁ……っ!」
落雷のような凄まじい衝撃で叩き付けられた木の板の壁には大きな穴が開き、激しくその体を切り飛ばされた事でラエルロットの口と体からは止めどなく大量の血が吹き飛ぶ。
そんなラエルロットの右手には勇者田中の凄まじい抜刀術で切り飛ばされたと思われる木刀がしっかりと握り締められてはいたが、その半分に切り飛ばされた木刀の刀身は近くまで来た勇者田中の足下に空しく転がる。
カランーーコロン!
勇者田中は足下に転がる、見事に切り飛ばされた木刀の刀身を見ながら、まるで馬鹿にしたかのように大袈裟に溜息をつく。
「ふう、大体この異世界召喚者でもある地球人の俺様相手に、たかだか村人Aが棒切れだけで挑もうとする事事態が既に無謀なんだよ。この勝負は……いや、このお遊びは戦う前から既に勝負が見えていたと言う事だ。ハハハ、残念だったな。あの黒神子のMPはどのくらいかは正直分からないが……少なくともレベル1のお前のHPやMPはもう既に底はないはずだ。流石にもう再生は出来ずに死んだはずだ。そうだろう、村人A!」
そう叫びながら勇者田中が足下に落ちている木刀の刀身部分を何気に踏みつけた時、勇者田中の体に謎の鋭い電流が走り、何かの映像がまるで走馬灯のようにハッキリと記憶となって脳裏に思い返される。
*
「田中くん、ごめんね。実は私、前々から付き合っている人がいるの。だからあなたとはもうこれ以上はお付き合いは出来ないわ」
「な、何を言っているんだ。まだ付き合ってから三日しか経っていないじゃないか。それに俺に付き合って下さいと行ってきたのは君の方からのはずなのに、一体何故だ!」
まるでその女性に追い縋るかのようにその訳を聞き返そうとする田中にその女子高生らしき女性はその長い髪をかき上げながらクスリと笑う。
「だってもう限界なんですもん……あなたとお付き合いをする事事態が。それにこれは私の仲間達と行った際のただの罰ゲームで仕方なくあなたに付き合って下さいと告白しただけだし……本当は別に好きでも無いし本気でも無かったから、もうこれっきりにしようと思って」
「な、なんだって。それは一体どう言うことだよ、くるみさん。訳が、訳が分からないよ。嘘だと、嘘だと言ってくれよ!」
「まだ気付かないのかよ。お前はくるみの奴にまんまと騙されたと言う訳だ。良かったな。例え三日間とはいえお前のように陰気でオタクでどう見てもモテそうにない奴が僅かでも夢を見ることが出来たんだからよ。しかもお前はくるみの事が前々から好きだったんだよな。時々チラチラとくるみの後ろ姿を盗み見ていたことを俺は知っているぜ!」
そう言いながら誰もいない放課後の教室の中に入ってきたのは池山という演劇部の先輩である。そんな先輩の登場に田中は悪い予感が頭をよぎる。
高校一年生でもある田中は不定期ながらも演劇部に所属をしていた。そしてその演劇部には同じく同学一年生の佐藤くるみという可愛らしい女性が入部をしていて他の演劇部男性達からはマドンナ的な存在となっていた。
そんな注目を集めている女子生徒からの突然の告白に内心田中はかなり驚きながらも生まれて初めて彼女が出来た事に有頂天になっていたが、その幸せだった夢は行き成り辛い現実へと引き戻される。
そのくるみという女子高生の陰湿な嘘のお陰で幸せだった日々は経ったの三日で終わってしまう。
どうやらこのくるみと言う女子生徒は悪友と交わした何かの罰ゲームで、特に好きでもない田中に告白をして彼を落とせるかどうかという心ない遊びを堂々と悪びれる様子も無く実行していたようだ。その証拠に今まで田中に向けられていた可愛らしい笑顔は毛嫌いの表情へと変わり、まるで汚らわしい物でも見るような目で田中を見る。
「大体田中くん、あなたもしかして本気で私と付き合えるだなんてそんな大それた事を恥ずかしげも無く思っていたんじゃないでしょうね。どう見ても陰気でオタクのあなたとこの教室で男子に一番人気のあるこの私とじゃどう見たって釣り合う訳がないじゃない。それにあなたの家って何やら複雑な環境らしいわね。幼い時に本当の母親が死んで、後にあなたの父親と結婚した継母に散々虐められて今日まで育てて貰ったとか言う話じゃない。ならその暗くて陰気な性格もうなずけるわ。田中くん、あなたは物凄く趣味や仕草事態がかなり気持ち悪いし、一緒にいてもかなりイライラするわ。つまりは一緒に居ること事態がキモいと言う事よ。だからあなたは人として必要の無い人間なの。それがあなたと三日間付き合ってみて私が思った答えよ。ほんと、あなたは何を考えているのか分からないし、影の薄いつまらない人ね!」
「く、くるみさん、なんで、なんでそんな酷いことを言うんだ。もう一度よ~くお互いに話し合おう。そうすればお互いの誤解も解けるから。俺に何か悪い所があったら直すように努力をするから……くるみの理想の男になるように努力するから、だから俺を見捨てないでくれ。くるみさん……くるみさん!」
教室から出て行こうとするくるみと言う女子生徒に向けて追いすがる田中に向けて高校三年の演劇部の部長、池山の蹴りが飛ぶ。
「ぐがぁぁッ!」
苦痛の声を上げながら思わず床へと倒れる田中に、池山はツバを吐きかけると激しく睨みつける。
「俺の彼女に近づくんじゃねえよ、この陰気野郎が、お前はストーカーか。その存在自体が気持ち悪いんだよ。お前の継母もその兄弟達もお前をなぜ毛嫌いしているのか、その事をもう一度よ~く考えろや。お前はこの世に必要の無い人間だからだ。だからお前は誰にも相手にもされはしないんだ。その事をよ~く肝に銘じておけや。それと俺とくるみは前々から付き合っている誰もが認める理想の熱々のカップルなんだからお前ごときが割り込んでくる場所なんて初めからどこにもねえんだよ。身の程をわきまえろや!」
「池山くん、いいから行こうよ。そんな奴ほっといてさぁ。そんな事よりもこの三日間あなたの言いつけであの田中と付き合って見たけど物凄く気持ち悪かったわ。でもあなたの為に私一生懸命、無理をして頑張ったから何かご褒美を買ってよ」
「仕方がないな、ならまたシャネルのバックでいいか」
「いやよ、もうそれは持っているわ。そうね、ビトンのバックでいいわよ」
「仕方が無いな、なら買ってやるか」
そう言いながら教室を出る二人の男女に対し、床に惨めに倒れながら二人を怒りの表情で睨む田中は涙を流しながらまるでうわごとのように繰り返す。
「人を思いやる真の愛などと言う物はこの世には存在しない。そんな浮ついた幻想を抱く者はこの俺がいつかみんな全てを奪って……そして壊してやるよ!」
そう勇者田中が呟いた時、勇者田中が見ていた景色が行き成り現実へと変わり引き戻される。
*
「今のは一体何だったんだ。くそ、昔の嫌な記憶を思い出させやがって……」
つらい顔をしながらそう徐に呟いた勇者田中に、ダメージからの再生を遂げた呪われた黒衣の勇者、ラエルロットが何やら悲しげな顔を向けながら前へと歩み寄る。
「げっ、なんだよ、まだ死んではいなかったのかよ。もう改心の一撃を二度も放っているんだから、いい加減にくたばれよ。村人A!」
「俺はまだまだくたばりはしない。そんな事よりも俺はお前にどうしても言ってやらないといけないことがあるんだ」
「なんだよ、どんな恨み言だ。それとも命乞いでもするつもりか!」
「お前がなぜ一級冒険者からそのパートナーでもある聖女様達を奪って自分の物にしているのか……なんとなくその理由が分かったよ」
「なんだって、お前に俺の何が分かったって言うんだ?」
「お前は前にいた世界の学び舎で、ある心ない男女に酷い目に遭って、罵声を浴びせられて、トラウマになるくらいにその心は傷ついたんだよな。だからこそ愛や思いやりを語る男女をお前は非常に憎んでいる。そうだろ」
(グググ、なぜそのことを?)
「恋人同士の男女を必要以上に苦しめていたのはその絆を敢えてぶち壊して愛などというものは壊れやすくただの幻想だと言うことを自分に言い聞かせる為だ。そうだろう、勇者田中!」
「一体お前が何を言っているのか……俺にはさっぱりわからないな。お門違いもいいとこだ」
「勇者田中、お前はあのくるみとか言う女性を本当に心の底から愛していた。その思いをひしひしと感じるよ。そしてその反対に裏切られた時に受けた、その絶望と歪んだ復讐の思いもな」
その言葉を聞いた勇者田中は殺意のこもった眼光をラエルロットに向けると荒々しく叫ぶ。
「お前がなぜ、俺しか知り得ないはずのくるみの名前を知っている。一体なぜだあぁぁぁ!」
異常に絶叫する勇者田中の叫びを無視しながら、ラエルロットは更に話を続ける。
「でもある意味良かったじゃないか、あのくるみとか言う女性と縁が切れて。あんな平気で人を傷つけ、なんの躊躇も無く罵倒できる人間はいつかその報いを必ずその身にも受けるはずだ。だから全てを忘れてお前は笑ってそいつらと決別すれば良かったんだ。なのにいつまでもその事を引きずって、恨みに思っているからあんたは人生その物が楽しくないんだ。あの時あんたはその人達のその心ない言動を忘れて、直ぐに次の恋にまだ見ぬ出会いに前向きに生きるべきだったんだ。それなのにあの時のあのバカップルの言葉を鵜呑みにして、自分は誰にも愛されない必要の無い人間だと思い込んでしまった。それじゃああのお前に心ない言葉を贈ったバカップルの言った通りになってしまうじゃないか。だからお前はあの時、あのバカップルの言葉に対抗してもっと羽ばたくべきだったんだ。あいつらの言葉は全て間違いだと証明する為にもな」
そのラエルロットの言葉に勇者田中ははっとする。
「ラエルロット……お前……まさか俺の過去を……俺の苦い記憶を読みやがったな。それが死の淵で、お前が獲得した能力か。また随分と悪趣味で、地味で使えない能力だな。むかつく、非常にむかつくぜ。お前はその心の中を……人のトラウマを覗き見る能力でこの俺を酷く傷つけただけでは無く、本気でこの俺を怒らせてしまったようだな!」
そう叫ぶと勇者田中はその怒りにまかせた最速の居合い切りをラエルロットに向けて放つが、その電光石火の早業をラエルロットは寸前の所で交わして見せる。
その瞬間後ろに立っていた民家は物凄い衝撃と共に大きく揺れ動き、数秒後爆音を立てながらガラガラと土煙を上げ崩れていく。
「さ、避けただとう。俺の最速の居合い切りを?」
「あんたの記憶が俺の中に流れてきた時、あんたを怒らせるとこのタイミングで必ず抜刀術の一撃を放ってくるとなぜか予測が出来た。その時にあんたの体の動きや癖もなぜか一緒に知ることが出来たんだよ」
「くそぉぉぉ、村人Aの分際で、モブキャラの分際で生意気だぞ。それにあいつらの事を忘れてもっと羽ばたくべきだったなどと抜かしたな。分かった風な事を嫌がって。お前に俺の気持ちが少しでもわかって溜まる物か。俺の苦い記憶を……信じていた者にその愛を裏切られたこの俺の苦い気持ちがよ!」
「あんたはある意味純粋な人だ。長年付き合っていた彼女から振られたのならいざ知らず、たった三日間だけ付き合ったその女性にそれ程の強い思いを募らせて、なんの迷いもなくただ純粋にその愛を突き通す事が出来るだなんて、ある意味羨ましいよ。俺はもっとその相手のことをよく知らないとそこまでは愛せないかな」
「黙れ、黙れと言っている。心の底から信じ、大好きだった者に裏切られた事がないからそんな事が言えるんだ。俺は家族からも嫌われて居場所が無く、そして前々から好きだった女性からも散々こけにされて、情けなく、惨めで散々な高校生活だったよ。この異世界に召喚されるまではな。だからお前のように家族愛に恵まれていた奴に俺の心の思いを語る資格など初めからないんだよ!」
涙目になりながらも語る勇者田中に対し、ラエルロットは何やら優しい口調で語る。
「いや、資格ならある、その折れた木刀をもう一度踏んで見ろよ。そうすれば俺がお前の心の思いを語る資格があると分かるからさ」
「そんな資格などお前にあるわけが無いだろ。誰かに裏切られた事も無い甘ちゃんのくせによ!」
「その木刀を踏むのが怖いのか。まさかこの俺にビビっているとか」
「なんだとう、この俺がお前の精神攻撃ごときにビビっている訳がないだろ。いいだろう踏んでやるよ!」
「おい田中、もうこれ以上は奴の術中にははまるな。奴のあの能力は人のトラウマや心を覗くだけの能力とはどうしても思えん。恐らく奴の能力の神髄は、心への汚染・感染・そして浸透といった心を認めさせる能力、所謂心の革命的な変化だ。このままだとお前の心は奴に、その汚れた闇で侵食されていくぞ!」
「ハハハ、全然大丈夫っすよ。不知火先輩は心配性だな。見ていてください、俺には奴の精神攻撃は一切通じない事を正銘して見せますよ」
必死で田中の言動を止めようと声を掛ける勇者不知火に勇者田中は全然大丈夫だと合図を送ると、その落ちてある折れた木刀を無造作に踏みつける。その瞬間またしても勇者田中の脳裏に電流が走り、ある光景が浮かび上がる。
そこに見えていたのは、学び舎にいるみんなの前で真っ赤な顔をしながら跪くラエルロットと、さげすんだ視線を送る一人の可愛らしい女性が堂々と立っていた。
ラエルロットを見ながら嘲り笑うそんな生徒達に後押しされながらそのうら若き女性は、足下で項垂れるラエルロットを見下ろしながら心ない言葉を言い放つ。
*
「ラエルロットさん、貴方のような身分の低い農民での人間がこの高貴な家柄の私に身分扶桑にも恋を抱くだなんてまた随分と思い上がっていますわね。本当ならあなたはこの私に声を掛けること事態恐れ多くてできない事だと言うのに」
「そうだぜ、ラエルロット。人気もその家柄も、そしてその才能も有望な聖女候補でもある彼女にただ憧れるだけなら構わないが、まさか、恐れ多くも彼女に劣情を抱いてその愛を囁くなどとは断じて許せん。その汚らわしくも不浄なる思いを語るその不届き者にはこの俺が正義の鉄槌を下してくれるわ!」
「ご、誤解です。俺は下駄箱に入っている手紙を貰ったから、この手紙が本当に貴方からの手紙かどうかを貴方の口から確認を取りたかっただけです。なので決してやましい気持ちなどはありません」
そのラエルロットの言葉にその手紙を読んだその黄金色の長い髪をした女性は思わず赤面し、その女性の付き人と思われるがたいのいい中年の男性は怒りに満ちた顔をしながらラエルロットの顔にその重い拳の一発をお見舞いする。
「あの卑猥な手紙を我が主がお前ごときに向けて書いたとでも言うつもりか。我が主をこけにしやがって。どうせお前の自作自演だろう、ラエルロット、許さん。許さんぞ!」
「ち、違います、違いますよ。誤解です。これは何かの間違いです。それに卑猥っていいますけど……ただ単に、『いつも遠くからあなたの事を見ていました。ラエルロットさん私はあなたを心から愛し、お慕いしています。もしも叶うのなら身分の差を越えてあなたの子供を産みたいです。どうか私と付き合って下さい!』とか言う手紙が入っていたから確認に来ただけなのに、まるで悪者扱いしてみんな酷いじゃ無いか」
そのラエルロットの情けない姿に、野次馬の中にいた若い男の三人が「ぷっ!」と笑いを思わず吐きながら馬鹿にしたような目を向ける。
(あいつら……まさか?)
「お前が我が主を辱める為にわざとこんな有りもしない手紙を書いたんだな。そうだろうラエルロット!」
「いい加減に自分の罪を認めろよ。お前が前々からその人のことを好きなのは分かっているんだからな」
そう言いだしたのは回りの野次馬の中でラエルロットを見ていた三人の男達の中の一人、リーダー格のアカイである。
アカイの言葉を闇雲に信じたそのお付きの男はラエルロットをにらみつけると、その鍛え上げられた拳をまたもラエルロットに向けて振り下ろす……そこでこの映像は終わりを告げる。
*
誰かに有らぬ濡れ衣を着せられたラエルロットの過去の記憶を見た勇者田中は、はっとした顔でラエルロットを見る。
その視線を向けられたラエルロットは何だか気恥ずかしい顔をしていたが直ぐに真剣な顔を向ける。
「俺も大体はあんたと同じ……いや、似たような苦い体験を過去にしている。どうだ情けない記憶だろ。あの後俺がどうなったのか教えてやろうか。あの後その従者の男にボコボコに叩きのめされた俺は、そのまま反省文を書かされて、みんなの前でやってもいない罪を着せられて土下座をさせられたよ。その時に俺は床を掃除していた汚れた水を頭から浴びせかけられたっけな。あれは流石に恥ずかしくって……情けなくって……物凄く悲しい気持ちになったのを覚えている。だからお前がくるみとか言う女性に心ない言葉を浴びせられて心がひん曲がった気持ちは俺にも充分過ぎる程に理解はできるし、分からなくもないんだ」
「村人A……おまえは……」
「だが、だからといって何の罪のない人達を面白半分に殺し、俺の祖母の……ハルばあちゃんの命を奪っていいという事には決してならない。勇者田中、お前はなぜあの時、そのくるみと言う女性を見限って……そのつらかった思いをバネに新たに歩もうとはしなかったんだ。その彼女に恨みを抱かなければ、その彼女の心ない言霊に心を捕らわれなければ、お前はもっと新たな世界の扉を開くことももしかしたら出来たはずなんだ」
「新たな扉だとう……? お前は一体何を言っているんだ」
「勇者田中……お前はそのバカップルの事を恨む余りにその未来ある道を自ら閉ざし、自分の在り方とその行動を誤った!」
そのラエルロットの真剣な言葉にまた逆上するかと思われていた勇者田中だったが不気味な落ち着きと闘志を放ちながらゆっくりと顔を上げると、悲しげな眼差しを送るラエルロットを不適に睨みつける。
「ふざけたことを言いやがって……お前だけは絶対にこの手で何としてでも殺さなければならなくなった。お前のその偽善的な言葉を少しでも認めてしまったら俺のこれまでの行いが……復讐が……狂気が……ただの自分の心の弱さから来る物だと認めた事になる。だからこそ俺は何としてでもこの男に勝たないといけないんだ。俺がお前の言葉の全てを全部否定して、俺の復讐の正しさを正当化してやる。さあ、どこからでも掛かってこい、ラエルロットォォォ!」
大絶叫する勇者田中の言葉に、遠くで二人の戦いを見ていた勇者不知火は目を凝視させながら驚きの顔を向ける。
「女神様のご意思でこの緑ある大地に召喚されて以来、この地に住む人間達をまるで虫けらのように思っていたはずの、情け容赦の無いあの勇者田中が、果敢にも挑んで来るあの村人Aの存在を意識し、その者の名前を自ら呼んだだとう。まさか、信じられん。少なくともあいつは自分よりも強い者にしか従わないと言う頑なな取り決めをその心に誓いとして立てていたはずだ。それなのに明らかに自分よりも格下のモブキャラを相手に初めてライバル心を抱いている。一体奴の身に、心に、どんな心境の変化があったと言うんだ!」
状況を冷静に分析すると勇者不知火は、今度は刀身を半分に切り飛ばされながらも木刀を堂々と構えるラエルロットの姿をマジマジと見る。
「あの黒神子・レスフィナの呪いの試練に打ち勝ち、再びこの世に舞い戻ってきた黒衣の勇者……確かあのモブキャラの名は、ラエルロットだったか。見た感じては奴のレベルは相変わらずのレベル1のままのようだが、まさか奴の能力はあれだけではあるまい、まだ表には出ていない隠された謎の未知なる能力が必ずあるはずだ。くそ、あのラエルロットと言う男は一体何者なんだ?」
そんな二人の戦いの微妙な変化に気付いた勇者不知火はこの後の戦いの転回をかなり心配しているようだったが、そんな見物人の心配事などは知る由もないラエルロットは今までに無いほどに間合いを詰めると、勇者田中に向けてあることを訪ねる。
「そう言えばまだあんたの名前をちゃんと聞いてはいなかったな。確か地球人には名字と名前があるんだよな。一体下の名前はなんと言うんだ?」
そのラエルロットの言葉に一瞬驚きの顔を見せた勇者田中だったが、少しにっと笑みを浮かべると自分の名前を明かす。
「田中……ただし……田中正と言うんだ」
「そうか……いい名だな。勇者田中正、ではお互いに命をかけた真剣勝負と行こうか!」
「ラエルロット……お前はこんな極悪非道な俺の姿を見ても……まだ俺の事を勇者と呼んでくれるんだな。それに俺の名前が言い名前か。そんな風に言ってくれた奴はお前が初めてだ。小学生の時も、中学生の時も……高校生の時も……この世界に来てからも俺の下の名前を気にして聞いてくれた奴なんてただの一人もいなかったのによ。お前は俺の名前をごく普通に聞いてくれるんだな。こんななんとも言えないセンチな気持ちになったのは久しぶりだ。さあこい、ラエルロット、お前は俺が必ず全力を持って倒してやる!」
勇ましい声を張り上げながら長剣を構える勇者田中正の顔はなぜか晴れ晴れとし、その体から溢れる闘志はまるでラエルロット事を真のライバルだと認めている証のようにも見えた。
爆撃の権能を持つCランク、爆撃の聖女リリヤです。
「おい、村人A、お前まさか俺と本気でやり合おうとしているんじゃないだろうな。この狂雷の勇者と呼ばれているこの俺とよ。なんかあの黒神子のお情けで死の淵から蘇って来たらしいが、俺とお前との力の差は天と地ほどの差があるんだぞ。それが分からないほどお前も馬鹿ではないだろ。その行き成り変わった見た目から察するに、恐らくは何かの特殊な能力を得たからこそ勝てると勘違いをして今俺様の前に立ちはだかっているのだろうが、それ事態が間違いだって事を今すぐに教えてやるぜ!」
「勇者田中、やれる物ならやって見ろ。ハルばあちゃんの件だけではなく、お前には今まで数多くの何の罪もない人達の命を面白半分にあやめて来た罪も一緒に償って貰うぞ。お前からしてみたら取るに足らない人達でもみんな一生懸命この地で生きている人達なんだ。そんな無抵抗の害のない人達の命を奪うことは例え女神様に愛された上級職の勇者であろうとも許される事ではないぞ!」
「知らねえよ、てめえらの世界の下級民族の常識やルールなんてよ。俺はただ好き勝手にやりたいようにやって、手に入れたい物があったら例えどんな汚い手を使おうとも必ず手に入れ、そして気にくわない奴がいたら全力で叩きのめす。ただそれだけのことだ。それにこの世界に召喚されて来た時もこの世界に召喚した女神様は俺にこう言ったんだ。この世界に隠されている千年前の地球人の人達が残したという闇の古代兵器の遺物を探し出して持ってきてくれ。その代わりにこの世界ではお前達の我を通して、好き勝手にしていいとも言っていたからな!」
「俺達が信仰し、崇めている女神の一人がそんな事を言うだなんて……そんな言葉は、にわかには信じられないぜ」
「まあ、そうだろうな。だから別に信じなくてもいいぜ。どちらにしろ、お前は今ここで死ぬのだから別にどうでもいい話だ。では始めようか。一瞬で終わらせてやりたいところだがそれだけでは面白くない。先ずはお前から先に攻めてこいや。レベル1の農民風情がレベル90の勇者様には絶対に勝てないと言う事をその体で嫌と言うほど分からせてやる!」
邪悪な笑みを浮かべながら近づいてくる勇者田中は両手を広げながらまるでどこからでも掛かってこいとばかりにラエルロットを挑発する。
そんな勇者田中の底が知れない邪悪な圧力にラエルロットは内心押しつぶされそうになるが、死んでいった者達のことを思い出すと勇気を振り絞り、その両手に持つ木刀の最初の一撃を勇者田中に向けて叩き付ける。
「くらえぇぇぇー、上段からの一撃だぁぁぁ!」
だがラエルロットが放つ上段からの一撃は勇者田中の目の前でピタリと止まり、まるで見えない光の壁にでも阻まれているかのようにラエルロットの持つ不格好な木刀は豪快にはじき返される。
バッキーーン!
(な、なんだ、一体どうなっている。なぜ俺の木刀は勇者田中に当たること無くはじき返されたんだ。まだ勇者田中は俺の攻撃に身構えてもいないんだぞ。ただその場に立ち尽くしているだけだと言うのに、一体なぜだ?)
邪悪に微笑む勇者田中の不適な笑いを見ながらそう思ったラエルロットは、今度は相手に反撃をさせないとばかりに連続攻撃をガムシャラに繰り出す。
「でや! とう! くらえ! これならどうだ! せいやぁぁ!」
凄まじい気合いの入った掛け声と共に叩き込まれる木刀からの打撃ではあったが、その幾度となく繰り返される生死を賭けた攻撃は全て勇者田中の目の前を覆う見えない壁のような物で軽くはじき返され、ラエルロットは豪快に後ろへと吹き飛ばされる。
「うわあぁぁぁーっ、なんだあの見えない壁は、なぜ俺の攻撃はあの勇者田中に当たらないんだ?」
不思議がるラエルロットに勇者田中は得意気に言う。
「なんだ知らないのかよ。これは異世界から召喚された者達が持つ通常装備、オートガードシステムだ。元々高レベルの異世界召喚者に低レベルの者が攻撃をしてもその攻撃が当たらないように出来ているんだ。いくらHPが減らないとはいえ、際どい所に当たればそれなりに痛いからな。だから防御システムを展開しているのさ」
「オートガードシステムだとう?」
「ははは、この世界の住人に、いや、ただの村人にいくら説明しても分からないか。つまりだ、いくら必死に攻撃を繰り返してもお前の攻撃は俺には全く当たらないという事だ」
「つまりは俺の攻撃などわざわざ避けるまでも無いと言うことか」
「当然だろう、レベル1の攻撃をなんで俺がわざわざ避けないといけないんだ。それこそ労力の無駄だぜ。今こうしてわざとお前に攻撃をさせているのは、お前の無力さを……矮小の差を分からせてやる為だ。どんなに頑張っても奇跡は起きないという決定的な事実を、絶望をお前に分からせてやるのもまた優しさだと思ってな。どうだ、もう気は済んだか。お前のレベル1の攻撃などレベル90の俺には全く通用しないという事がこれで分かったんじゃないのか」
勇者田中の言うように、約三分ほどガムシャラに手に持つ木刀を勇者田中に向けて叩き込んでいたラエルロットだったが、流石に疲れたのかその攻撃がピタリと止まる。それもそのはず、もう既に息絶え絶えのラエルロットはどうすることも出来ず攻撃が全く当たらないという事実を理解してしまったからだ。
(ハア、ハア、ハア、どうしよう、俺の攻撃が全く当たらない。これじゃ戦う以前の問題だぜ。全く話にならない。くそ、一体どうしたらいいんだ。なにか秘策は……弱点は……突破口はないのか。そうだ、レスフィナに聞けば何か分かるかも知れない。そうだレスフィナは一体何をしているんだ?)
そんな事を考えながらラエルロットは少し離れた所で三人の聖女達の相手をしている黒神子・レスフィナの方をチラリと見る。
黒神子レスフィナは三人の聖女達から繰り出される爆撃・衝撃破・生命を吸い取るツタの様々な攻撃を一身に浴びながら滅びと超速度の再生を瞬時に繰り返す。その体を構築する再生速度は凄まじく、三人の聖女達の連携した様々な攻撃がその再生速度に全く追いつかず勝敗が付かないようだ。どうやらレスフィナが言っていたように、どんな事をしても死ねないと言う言葉はハッタリではないようだ。
そんな黒神子・レスフィナの生命のことわりを無視した異常な再生能力に勇者田中はつい驚愕の声を上げる。
「マ、マジかよ、不知火先輩から聞いてはいたが、まさか本当に死なないとはな、正直驚いたよ。どんなダメージでも瞬時に直すあの再生能力があれば、前線に立たせる盾役には最適じゃ無いか。是非ともあれを回収して俺の仲間に加えたい物だが……やはり不知火先輩の言う用にあれは無理か。物凄い強い呪いの力をあのレスフィナとか言う黒神子からはひしひしと感じるぜ。やはりあれには出来るだけ関わらないようにした方が賢明のようだ。だが見た感じではただ一方的にやられているようにしか見えないんだが……まさかわざと攻撃を受けて三人の聖女達の力を図っているんじゃないだろうな。いいやそれともただ単に力の出し惜しみをしているのか。いずれにしてもあの黒神子レスフィナには注意が必要だな!」
三人の聖女達からなる激しい神聖魔法攻撃で幾度となく体を破壊される黒神子レスフィナだったが、その度に急再生を繰り返しながら何度も何度も復活を遂げる。そんな黒神子レスフィナの痛々しい雄姿を見ていたラエルロットはレスフィナの事を本気で心配する。
(レスフィナ……いくら不死身とはいえ、その痛みはダイレクトにその体に感じているはずだ。痛くない訳がない。まさか痛みを遮断することも出来るのか。俺が受けるダメージの痛みも代わりに引き受けるとか言っていたが、そんな事をして本当に大丈夫なのか。いくら不死身とはいえその能力は万能では無いはずだ。何かしらのリスクが必ずあるはず。それを知っていて戦っていると言う事か)
ラエルロットは再び木刀を構えるとすぐさま渾身の突きを繰り出す。
「五分だな。あと五分耐え凌げばレスフィナがこの状況を何とかしてくれるんだな。信じていいんだな、レスフィナ!」
バッキィィィィーーン!
「くらえぇぇ!」
ドッコオオォォーーン、ゴロゴロゴロゴロゴロゴローーン!
「グッ……雷か、ぐわあぁぁーーぁぁ?」
そう叫びながら繰り出すラエルロットの攻撃は突如意識と共に掻き消え、次に意識を取り戻した時には、そのラエルロットの体は十メートル以上空へと飛ばされ。そのまま地面へとたたき落とされる。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁーーっ!」
(一体俺の身に何が起こったんだ。 全く分からないぞ?)
次の瞬間豪快に地面へとたたき落とされたラエルロットは、左の肩から右の腰の辺りまで広がる熱い何かを感じ、その違和感を手で恐る恐る確認する。その熱い切り口の感覚と大量の血が流れる実感を指を這わせる事で確認したラエルロットは、勇者田中が瞬時に放った抜刀の一撃で見事に切り捨てられた事を悟る。
(そ、そうか、俺は……勇者田中の剣速の一閃を受けて溜まらず上へと吹き飛ばされたのか。流石は異世界召喚者の勇者と言った所だな。その鞘から抜き放たれる抜刀が全くと言っていいほど見えなかった。なるほど、狂雷の勇者とはよく言った物だ。まさに雷撃のような凄まじい一撃だった)
そう思いながらも自分の死を認識したラエルロットはその切り傷の深さにあと何秒後に死ぬのだろうと考えていたが、手で触っていたはずの深い傷口はいつの間にか塞がり、地面に落ちた際に受けた体の痛みもいつの間にか掻き消えていた。
(あれ、体の痛みが……切られた傷口が瞬時になくなったぞ。これなら立てる。まだ奴と戦える)
再び勇気と信念を胸に立ち上がろうとしたラエルロットに、勇者田中は有り得ないとばかりに思わず驚愕の目を向ける。
「こいつ……なんで立ち上がれるんだ。あの一撃は改心の一撃と言うべき絶対的な致命傷だったはずだ。たかだかレベル1の農民に耐えられる攻撃では絶対にないんだ。有り得ない……可笑しい、絶対に可笑しい。ま、まさか俺様の攻撃を受けて今も生きていられるのは、あの黒神子の暗黒の呪いの力を曲がりなりにもその体に分けて貰っているからか。そうだ、絶対にそうだろ。そうじゃなきゃお前の再生能力の説明がつかないからな。ちくしょう、ちくしょう、浅ましくも小狡い事をしやがって。だがその不死身の能力も絶対ではないはずだ。その呪いは無限では無く有限のはずだ。もしもMPのような物があるのだとしたら、必ずお前のその再生治癒能力には限界があるはずだ。そのMPが尽きるまで何度でも俺の剣激を……村人A、お前の体に叩き込んでやるぜ!」
たかだかモブキャラを一撃で殺せなかった事を恥と思ったのか怒りの隠った声でそう言い放つと勇者田中は腰に下げている長剣の塚と鞘に静かに手を掛ける。
「今度こそ死ねや。村人A!」
「く、来る!」
ゴロゴロゴローー、ドッカァァァァァァアァッァアァッァァーーン!
勇者田中に死の宣告をされたのと同時にラエルロットの体は落雷を受けたかのように大きく吹き飛び、まるで重力に逆らうかのように三十メートルほど離れた他の民家の壁へと豪快に叩き付けられる。
「ぐっわぁぁ……かっはぁ……っ!」
落雷のような凄まじい衝撃で叩き付けられた木の板の壁には大きな穴が開き、激しくその体を切り飛ばされた事でラエルロットの口と体からは止めどなく大量の血が吹き飛ぶ。
そんなラエルロットの右手には勇者田中の凄まじい抜刀術で切り飛ばされたと思われる木刀がしっかりと握り締められてはいたが、その半分に切り飛ばされた木刀の刀身は近くまで来た勇者田中の足下に空しく転がる。
カランーーコロン!
勇者田中は足下に転がる、見事に切り飛ばされた木刀の刀身を見ながら、まるで馬鹿にしたかのように大袈裟に溜息をつく。
「ふう、大体この異世界召喚者でもある地球人の俺様相手に、たかだか村人Aが棒切れだけで挑もうとする事事態が既に無謀なんだよ。この勝負は……いや、このお遊びは戦う前から既に勝負が見えていたと言う事だ。ハハハ、残念だったな。あの黒神子のMPはどのくらいかは正直分からないが……少なくともレベル1のお前のHPやMPはもう既に底はないはずだ。流石にもう再生は出来ずに死んだはずだ。そうだろう、村人A!」
そう叫びながら勇者田中が足下に落ちている木刀の刀身部分を何気に踏みつけた時、勇者田中の体に謎の鋭い電流が走り、何かの映像がまるで走馬灯のようにハッキリと記憶となって脳裏に思い返される。
*
「田中くん、ごめんね。実は私、前々から付き合っている人がいるの。だからあなたとはもうこれ以上はお付き合いは出来ないわ」
「な、何を言っているんだ。まだ付き合ってから三日しか経っていないじゃないか。それに俺に付き合って下さいと行ってきたのは君の方からのはずなのに、一体何故だ!」
まるでその女性に追い縋るかのようにその訳を聞き返そうとする田中にその女子高生らしき女性はその長い髪をかき上げながらクスリと笑う。
「だってもう限界なんですもん……あなたとお付き合いをする事事態が。それにこれは私の仲間達と行った際のただの罰ゲームで仕方なくあなたに付き合って下さいと告白しただけだし……本当は別に好きでも無いし本気でも無かったから、もうこれっきりにしようと思って」
「な、なんだって。それは一体どう言うことだよ、くるみさん。訳が、訳が分からないよ。嘘だと、嘘だと言ってくれよ!」
「まだ気付かないのかよ。お前はくるみの奴にまんまと騙されたと言う訳だ。良かったな。例え三日間とはいえお前のように陰気でオタクでどう見てもモテそうにない奴が僅かでも夢を見ることが出来たんだからよ。しかもお前はくるみの事が前々から好きだったんだよな。時々チラチラとくるみの後ろ姿を盗み見ていたことを俺は知っているぜ!」
そう言いながら誰もいない放課後の教室の中に入ってきたのは池山という演劇部の先輩である。そんな先輩の登場に田中は悪い予感が頭をよぎる。
高校一年生でもある田中は不定期ながらも演劇部に所属をしていた。そしてその演劇部には同じく同学一年生の佐藤くるみという可愛らしい女性が入部をしていて他の演劇部男性達からはマドンナ的な存在となっていた。
そんな注目を集めている女子生徒からの突然の告白に内心田中はかなり驚きながらも生まれて初めて彼女が出来た事に有頂天になっていたが、その幸せだった夢は行き成り辛い現実へと引き戻される。
そのくるみという女子高生の陰湿な嘘のお陰で幸せだった日々は経ったの三日で終わってしまう。
どうやらこのくるみと言う女子生徒は悪友と交わした何かの罰ゲームで、特に好きでもない田中に告白をして彼を落とせるかどうかという心ない遊びを堂々と悪びれる様子も無く実行していたようだ。その証拠に今まで田中に向けられていた可愛らしい笑顔は毛嫌いの表情へと変わり、まるで汚らわしい物でも見るような目で田中を見る。
「大体田中くん、あなたもしかして本気で私と付き合えるだなんてそんな大それた事を恥ずかしげも無く思っていたんじゃないでしょうね。どう見ても陰気でオタクのあなたとこの教室で男子に一番人気のあるこの私とじゃどう見たって釣り合う訳がないじゃない。それにあなたの家って何やら複雑な環境らしいわね。幼い時に本当の母親が死んで、後にあなたの父親と結婚した継母に散々虐められて今日まで育てて貰ったとか言う話じゃない。ならその暗くて陰気な性格もうなずけるわ。田中くん、あなたは物凄く趣味や仕草事態がかなり気持ち悪いし、一緒にいてもかなりイライラするわ。つまりは一緒に居ること事態がキモいと言う事よ。だからあなたは人として必要の無い人間なの。それがあなたと三日間付き合ってみて私が思った答えよ。ほんと、あなたは何を考えているのか分からないし、影の薄いつまらない人ね!」
「く、くるみさん、なんで、なんでそんな酷いことを言うんだ。もう一度よ~くお互いに話し合おう。そうすればお互いの誤解も解けるから。俺に何か悪い所があったら直すように努力をするから……くるみの理想の男になるように努力するから、だから俺を見捨てないでくれ。くるみさん……くるみさん!」
教室から出て行こうとするくるみと言う女子生徒に向けて追いすがる田中に向けて高校三年の演劇部の部長、池山の蹴りが飛ぶ。
「ぐがぁぁッ!」
苦痛の声を上げながら思わず床へと倒れる田中に、池山はツバを吐きかけると激しく睨みつける。
「俺の彼女に近づくんじゃねえよ、この陰気野郎が、お前はストーカーか。その存在自体が気持ち悪いんだよ。お前の継母もその兄弟達もお前をなぜ毛嫌いしているのか、その事をもう一度よ~く考えろや。お前はこの世に必要の無い人間だからだ。だからお前は誰にも相手にもされはしないんだ。その事をよ~く肝に銘じておけや。それと俺とくるみは前々から付き合っている誰もが認める理想の熱々のカップルなんだからお前ごときが割り込んでくる場所なんて初めからどこにもねえんだよ。身の程をわきまえろや!」
「池山くん、いいから行こうよ。そんな奴ほっといてさぁ。そんな事よりもこの三日間あなたの言いつけであの田中と付き合って見たけど物凄く気持ち悪かったわ。でもあなたの為に私一生懸命、無理をして頑張ったから何かご褒美を買ってよ」
「仕方がないな、ならまたシャネルのバックでいいか」
「いやよ、もうそれは持っているわ。そうね、ビトンのバックでいいわよ」
「仕方が無いな、なら買ってやるか」
そう言いながら教室を出る二人の男女に対し、床に惨めに倒れながら二人を怒りの表情で睨む田中は涙を流しながらまるでうわごとのように繰り返す。
「人を思いやる真の愛などと言う物はこの世には存在しない。そんな浮ついた幻想を抱く者はこの俺がいつかみんな全てを奪って……そして壊してやるよ!」
そう勇者田中が呟いた時、勇者田中が見ていた景色が行き成り現実へと変わり引き戻される。
*
「今のは一体何だったんだ。くそ、昔の嫌な記憶を思い出させやがって……」
つらい顔をしながらそう徐に呟いた勇者田中に、ダメージからの再生を遂げた呪われた黒衣の勇者、ラエルロットが何やら悲しげな顔を向けながら前へと歩み寄る。
「げっ、なんだよ、まだ死んではいなかったのかよ。もう改心の一撃を二度も放っているんだから、いい加減にくたばれよ。村人A!」
「俺はまだまだくたばりはしない。そんな事よりも俺はお前にどうしても言ってやらないといけないことがあるんだ」
「なんだよ、どんな恨み言だ。それとも命乞いでもするつもりか!」
「お前がなぜ一級冒険者からそのパートナーでもある聖女様達を奪って自分の物にしているのか……なんとなくその理由が分かったよ」
「なんだって、お前に俺の何が分かったって言うんだ?」
「お前は前にいた世界の学び舎で、ある心ない男女に酷い目に遭って、罵声を浴びせられて、トラウマになるくらいにその心は傷ついたんだよな。だからこそ愛や思いやりを語る男女をお前は非常に憎んでいる。そうだろ」
(グググ、なぜそのことを?)
「恋人同士の男女を必要以上に苦しめていたのはその絆を敢えてぶち壊して愛などというものは壊れやすくただの幻想だと言うことを自分に言い聞かせる為だ。そうだろう、勇者田中!」
「一体お前が何を言っているのか……俺にはさっぱりわからないな。お門違いもいいとこだ」
「勇者田中、お前はあのくるみとか言う女性を本当に心の底から愛していた。その思いをひしひしと感じるよ。そしてその反対に裏切られた時に受けた、その絶望と歪んだ復讐の思いもな」
その言葉を聞いた勇者田中は殺意のこもった眼光をラエルロットに向けると荒々しく叫ぶ。
「お前がなぜ、俺しか知り得ないはずのくるみの名前を知っている。一体なぜだあぁぁぁ!」
異常に絶叫する勇者田中の叫びを無視しながら、ラエルロットは更に話を続ける。
「でもある意味良かったじゃないか、あのくるみとか言う女性と縁が切れて。あんな平気で人を傷つけ、なんの躊躇も無く罵倒できる人間はいつかその報いを必ずその身にも受けるはずだ。だから全てを忘れてお前は笑ってそいつらと決別すれば良かったんだ。なのにいつまでもその事を引きずって、恨みに思っているからあんたは人生その物が楽しくないんだ。あの時あんたはその人達のその心ない言動を忘れて、直ぐに次の恋にまだ見ぬ出会いに前向きに生きるべきだったんだ。それなのにあの時のあのバカップルの言葉を鵜呑みにして、自分は誰にも愛されない必要の無い人間だと思い込んでしまった。それじゃああのお前に心ない言葉を贈ったバカップルの言った通りになってしまうじゃないか。だからお前はあの時、あのバカップルの言葉に対抗してもっと羽ばたくべきだったんだ。あいつらの言葉は全て間違いだと証明する為にもな」
そのラエルロットの言葉に勇者田中ははっとする。
「ラエルロット……お前……まさか俺の過去を……俺の苦い記憶を読みやがったな。それが死の淵で、お前が獲得した能力か。また随分と悪趣味で、地味で使えない能力だな。むかつく、非常にむかつくぜ。お前はその心の中を……人のトラウマを覗き見る能力でこの俺を酷く傷つけただけでは無く、本気でこの俺を怒らせてしまったようだな!」
そう叫ぶと勇者田中はその怒りにまかせた最速の居合い切りをラエルロットに向けて放つが、その電光石火の早業をラエルロットは寸前の所で交わして見せる。
その瞬間後ろに立っていた民家は物凄い衝撃と共に大きく揺れ動き、数秒後爆音を立てながらガラガラと土煙を上げ崩れていく。
「さ、避けただとう。俺の最速の居合い切りを?」
「あんたの記憶が俺の中に流れてきた時、あんたを怒らせるとこのタイミングで必ず抜刀術の一撃を放ってくるとなぜか予測が出来た。その時にあんたの体の動きや癖もなぜか一緒に知ることが出来たんだよ」
「くそぉぉぉ、村人Aの分際で、モブキャラの分際で生意気だぞ。それにあいつらの事を忘れてもっと羽ばたくべきだったなどと抜かしたな。分かった風な事を嫌がって。お前に俺の気持ちが少しでもわかって溜まる物か。俺の苦い記憶を……信じていた者にその愛を裏切られたこの俺の苦い気持ちがよ!」
「あんたはある意味純粋な人だ。長年付き合っていた彼女から振られたのならいざ知らず、たった三日間だけ付き合ったその女性にそれ程の強い思いを募らせて、なんの迷いもなくただ純粋にその愛を突き通す事が出来るだなんて、ある意味羨ましいよ。俺はもっとその相手のことをよく知らないとそこまでは愛せないかな」
「黙れ、黙れと言っている。心の底から信じ、大好きだった者に裏切られた事がないからそんな事が言えるんだ。俺は家族からも嫌われて居場所が無く、そして前々から好きだった女性からも散々こけにされて、情けなく、惨めで散々な高校生活だったよ。この異世界に召喚されるまではな。だからお前のように家族愛に恵まれていた奴に俺の心の思いを語る資格など初めからないんだよ!」
涙目になりながらも語る勇者田中に対し、ラエルロットは何やら優しい口調で語る。
「いや、資格ならある、その折れた木刀をもう一度踏んで見ろよ。そうすれば俺がお前の心の思いを語る資格があると分かるからさ」
「そんな資格などお前にあるわけが無いだろ。誰かに裏切られた事も無い甘ちゃんのくせによ!」
「その木刀を踏むのが怖いのか。まさかこの俺にビビっているとか」
「なんだとう、この俺がお前の精神攻撃ごときにビビっている訳がないだろ。いいだろう踏んでやるよ!」
「おい田中、もうこれ以上は奴の術中にははまるな。奴のあの能力は人のトラウマや心を覗くだけの能力とはどうしても思えん。恐らく奴の能力の神髄は、心への汚染・感染・そして浸透といった心を認めさせる能力、所謂心の革命的な変化だ。このままだとお前の心は奴に、その汚れた闇で侵食されていくぞ!」
「ハハハ、全然大丈夫っすよ。不知火先輩は心配性だな。見ていてください、俺には奴の精神攻撃は一切通じない事を正銘して見せますよ」
必死で田中の言動を止めようと声を掛ける勇者不知火に勇者田中は全然大丈夫だと合図を送ると、その落ちてある折れた木刀を無造作に踏みつける。その瞬間またしても勇者田中の脳裏に電流が走り、ある光景が浮かび上がる。
そこに見えていたのは、学び舎にいるみんなの前で真っ赤な顔をしながら跪くラエルロットと、さげすんだ視線を送る一人の可愛らしい女性が堂々と立っていた。
ラエルロットを見ながら嘲り笑うそんな生徒達に後押しされながらそのうら若き女性は、足下で項垂れるラエルロットを見下ろしながら心ない言葉を言い放つ。
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「ラエルロットさん、貴方のような身分の低い農民での人間がこの高貴な家柄の私に身分扶桑にも恋を抱くだなんてまた随分と思い上がっていますわね。本当ならあなたはこの私に声を掛けること事態恐れ多くてできない事だと言うのに」
「そうだぜ、ラエルロット。人気もその家柄も、そしてその才能も有望な聖女候補でもある彼女にただ憧れるだけなら構わないが、まさか、恐れ多くも彼女に劣情を抱いてその愛を囁くなどとは断じて許せん。その汚らわしくも不浄なる思いを語るその不届き者にはこの俺が正義の鉄槌を下してくれるわ!」
「ご、誤解です。俺は下駄箱に入っている手紙を貰ったから、この手紙が本当に貴方からの手紙かどうかを貴方の口から確認を取りたかっただけです。なので決してやましい気持ちなどはありません」
そのラエルロットの言葉にその手紙を読んだその黄金色の長い髪をした女性は思わず赤面し、その女性の付き人と思われるがたいのいい中年の男性は怒りに満ちた顔をしながらラエルロットの顔にその重い拳の一発をお見舞いする。
「あの卑猥な手紙を我が主がお前ごときに向けて書いたとでも言うつもりか。我が主をこけにしやがって。どうせお前の自作自演だろう、ラエルロット、許さん。許さんぞ!」
「ち、違います、違いますよ。誤解です。これは何かの間違いです。それに卑猥っていいますけど……ただ単に、『いつも遠くからあなたの事を見ていました。ラエルロットさん私はあなたを心から愛し、お慕いしています。もしも叶うのなら身分の差を越えてあなたの子供を産みたいです。どうか私と付き合って下さい!』とか言う手紙が入っていたから確認に来ただけなのに、まるで悪者扱いしてみんな酷いじゃ無いか」
そのラエルロットの情けない姿に、野次馬の中にいた若い男の三人が「ぷっ!」と笑いを思わず吐きながら馬鹿にしたような目を向ける。
(あいつら……まさか?)
「お前が我が主を辱める為にわざとこんな有りもしない手紙を書いたんだな。そうだろうラエルロット!」
「いい加減に自分の罪を認めろよ。お前が前々からその人のことを好きなのは分かっているんだからな」
そう言いだしたのは回りの野次馬の中でラエルロットを見ていた三人の男達の中の一人、リーダー格のアカイである。
アカイの言葉を闇雲に信じたそのお付きの男はラエルロットをにらみつけると、その鍛え上げられた拳をまたもラエルロットに向けて振り下ろす……そこでこの映像は終わりを告げる。
*
誰かに有らぬ濡れ衣を着せられたラエルロットの過去の記憶を見た勇者田中は、はっとした顔でラエルロットを見る。
その視線を向けられたラエルロットは何だか気恥ずかしい顔をしていたが直ぐに真剣な顔を向ける。
「俺も大体はあんたと同じ……いや、似たような苦い体験を過去にしている。どうだ情けない記憶だろ。あの後俺がどうなったのか教えてやろうか。あの後その従者の男にボコボコに叩きのめされた俺は、そのまま反省文を書かされて、みんなの前でやってもいない罪を着せられて土下座をさせられたよ。その時に俺は床を掃除していた汚れた水を頭から浴びせかけられたっけな。あれは流石に恥ずかしくって……情けなくって……物凄く悲しい気持ちになったのを覚えている。だからお前がくるみとか言う女性に心ない言葉を浴びせられて心がひん曲がった気持ちは俺にも充分過ぎる程に理解はできるし、分からなくもないんだ」
「村人A……おまえは……」
「だが、だからといって何の罪のない人達を面白半分に殺し、俺の祖母の……ハルばあちゃんの命を奪っていいという事には決してならない。勇者田中、お前はなぜあの時、そのくるみと言う女性を見限って……そのつらかった思いをバネに新たに歩もうとはしなかったんだ。その彼女に恨みを抱かなければ、その彼女の心ない言霊に心を捕らわれなければ、お前はもっと新たな世界の扉を開くことももしかしたら出来たはずなんだ」
「新たな扉だとう……? お前は一体何を言っているんだ」
「勇者田中……お前はそのバカップルの事を恨む余りにその未来ある道を自ら閉ざし、自分の在り方とその行動を誤った!」
そのラエルロットの真剣な言葉にまた逆上するかと思われていた勇者田中だったが不気味な落ち着きと闘志を放ちながらゆっくりと顔を上げると、悲しげな眼差しを送るラエルロットを不適に睨みつける。
「ふざけたことを言いやがって……お前だけは絶対にこの手で何としてでも殺さなければならなくなった。お前のその偽善的な言葉を少しでも認めてしまったら俺のこれまでの行いが……復讐が……狂気が……ただの自分の心の弱さから来る物だと認めた事になる。だからこそ俺は何としてでもこの男に勝たないといけないんだ。俺がお前の言葉の全てを全部否定して、俺の復讐の正しさを正当化してやる。さあ、どこからでも掛かってこい、ラエルロットォォォ!」
大絶叫する勇者田中の言葉に、遠くで二人の戦いを見ていた勇者不知火は目を凝視させながら驚きの顔を向ける。
「女神様のご意思でこの緑ある大地に召喚されて以来、この地に住む人間達をまるで虫けらのように思っていたはずの、情け容赦の無いあの勇者田中が、果敢にも挑んで来るあの村人Aの存在を意識し、その者の名前を自ら呼んだだとう。まさか、信じられん。少なくともあいつは自分よりも強い者にしか従わないと言う頑なな取り決めをその心に誓いとして立てていたはずだ。それなのに明らかに自分よりも格下のモブキャラを相手に初めてライバル心を抱いている。一体奴の身に、心に、どんな心境の変化があったと言うんだ!」
状況を冷静に分析すると勇者不知火は、今度は刀身を半分に切り飛ばされながらも木刀を堂々と構えるラエルロットの姿をマジマジと見る。
「あの黒神子・レスフィナの呪いの試練に打ち勝ち、再びこの世に舞い戻ってきた黒衣の勇者……確かあのモブキャラの名は、ラエルロットだったか。見た感じては奴のレベルは相変わらずのレベル1のままのようだが、まさか奴の能力はあれだけではあるまい、まだ表には出ていない隠された謎の未知なる能力が必ずあるはずだ。くそ、あのラエルロットと言う男は一体何者なんだ?」
そんな二人の戦いの微妙な変化に気付いた勇者不知火はこの後の戦いの転回をかなり心配しているようだったが、そんな見物人の心配事などは知る由もないラエルロットは今までに無いほどに間合いを詰めると、勇者田中に向けてあることを訪ねる。
「そう言えばまだあんたの名前をちゃんと聞いてはいなかったな。確か地球人には名字と名前があるんだよな。一体下の名前はなんと言うんだ?」
そのラエルロットの言葉に一瞬驚きの顔を見せた勇者田中だったが、少しにっと笑みを浮かべると自分の名前を明かす。
「田中……ただし……田中正と言うんだ」
「そうか……いい名だな。勇者田中正、ではお互いに命をかけた真剣勝負と行こうか!」
「ラエルロット……お前はこんな極悪非道な俺の姿を見ても……まだ俺の事を勇者と呼んでくれるんだな。それに俺の名前が言い名前か。そんな風に言ってくれた奴はお前が初めてだ。小学生の時も、中学生の時も……高校生の時も……この世界に来てからも俺の下の名前を気にして聞いてくれた奴なんてただの一人もいなかったのによ。お前は俺の名前をごく普通に聞いてくれるんだな。こんななんとも言えないセンチな気持ちになったのは久しぶりだ。さあこい、ラエルロット、お前は俺が必ず全力を持って倒してやる!」
勇ましい声を張り上げながら長剣を構える勇者田中正の顔はなぜか晴れ晴れとし、その体から溢れる闘志はまるでラエルロット事を真のライバルだと認めている証のようにも見えた。
爆撃の権能を持つCランク、爆撃の聖女リリヤです。
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【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
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ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
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転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
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※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
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※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
「え、俺なんかしました?」無自覚チート《概念編集》で石ころを魔石に、なまくらを聖剣に書き換えて、国を追われた聖女様と世界を救う
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◆◇◆完結保証◆◇◆
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「え、俺なんかしました?」
ごく普通の大学生、朝霧 海(あさぎり かい)が迷い込んだのは、剣と魔法が息づく異世界エーテルディア。右も左も分からぬままモンスターに襲われた彼を救ったのは、聖なる光を操る謎の美少女、ルミナだった。
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【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
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「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
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氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
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氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
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