遥か闇なる世界 ~世界の絶望に立ち向かう黒神子の少女と、真の勇者になる事を夢見る心優しい青年の物語

藤田作磨

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第三章 二人の聖女編

3-42.希望から絶望へ

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             3ー42.希望から絶望へ


 広い廊下の一角で強烈な暁の光に取り込まれていた白魔法使いのタタラはその付近一帯の力が徐々に弱まって来ている事に、戦いの終わりが近いと考える。

 あれだけ周りを覆っていた強い光が突如消えた事で目を固く瞑り地面にうつ伏せに伏せていた白魔法使いのタタラと異世界召喚者の魔法剣士の女性は、暁の聖女の状況と白いヒュドラが一体どうなったのかを確認する。

 必要無いと意識した物だけを消し去り浄化をするとされる暁の光を直に浴びてしまった白いヒュドラは完全に消え去り、その場には天井から崩れ落ちたコンクリートの残骸だけが通路の床へと散らばる。

 そんな戦いの終わりと最大の危機が去った事に心底安堵した白魔法使いのタタラと異世界召喚者の女性の二人だったが、直ぐに暁の聖女の事が気になり、その視線を白いヒュドラから暁の聖女がいた方へと向ける。

 信じられない事にそこにうなだれて佇んでいたのは体が崩壊し消えるはずだった暁の聖女テファ本人である。どうやら暁の聖女テファは白いヒュドラを完全消滅させる為に自分の命も帰り見ずに人生で最大級の暁の光を発動させたようだったが、奇跡的にまだ彼女の体はその崩壊を免れているように見える。だがそのダメージは尋常ではなく、体中に広がるひび割れた傷口からはまるで光のエネルギーがこぼれ落ちるかのように黄金色に輝き、その血液だけが絶え間なく地面へと滴り落ちる。

 普通の人間は真っ赤な血を流す物だがホムンクルスでもあるサンプル体の暁の聖女に至ってはその血液は光り輝く黄金色の血を流していた。

 誰もが一目見ただけで分かるように彼女の体はかなりの重傷であり、今にも意識を失い倒れそうな状況である。

 体を小刻みに震わせながらも今にも死にそうな死相を漂わせる暁の聖女テファは、後ろで今も倒れているラエルロットを静かに見下ろすとフと安堵の溜息をつく。

「どうやら私の中にある壊れかけの器は、壊れずにまだ神聖力を溜めて置けるようですが、でもかなりひび割れが進んでいて器の崩壊も近いようです。でも良かった、この自滅覚悟の暁の光で、もしかしたら他の皆さんやラエルロットさんを巻き込んで敵味方問わずついうっかり消してしまうかもと心の内ではかなり心配していたのですが、みんなの無事が確認できて本当によかったです。でもあんな恥ずかしい別れの言葉をしみじみと言って置いてなんですが、自滅覚悟で戦いを挑んだのに特に死ぬ事もなくオメオメと生きて戻って来てしまいましたから、どうも調子が狂って気恥ずかしいです。あの白いヒュドラとの戦闘で確実に死ぬと思っていましたから、今回暁の光の力に耐えられたのはまさに奇跡と言っていいでしょう。ですが……その奇跡は……いいえその必然は……実は私の心の底ではやはりまだ死にたくないと……ラエルロットさんの無事を確認するまでは死ねないという気持ちが強かったからなのかも知れません。なので私はまたこうしてラエルロットさんと会う事ができました。あれだけカッコ良く死に急いで覚悟を決めていたのに、未練ですね……聖女として情けないです……私にもこんな生にすがりつく欲望が生まれていただなんて」

 幸か不幸か何故か生き残ってしまった事に自己嫌悪する暁の聖女テファの話を聞いていた異世界召喚者の魔法剣士の女性は、なんだか不思議そうな顔をしながら不適に話しかける。

「生きたいと思うのはむしろ人として当然の事じゃない。あんたが本当に人ならの話だけど。願望や欲望は人が生きていくにはむしろ必要不可欠な物だし悪いものではないわ。むしろこれがなかったら何も感じないし、物事も達成できないくらいよ。それなのに生き残ってしまった事をわざわざ恥じるだなんて有り得ないんだけど。せっかく奇跡的に死ぬことを免れたんだから生き残った事を素直に喜びなさい。死にざまに美徳を求めてもあんたの仲間たちは恐らくは誰一人として喜びはしないと思うから。でもそんなに死に急ぎたいのならあなたの七色魔石を私に頂戴。特Aランクでもある珍しいレアなあなたの七色魔石ならきっと高く売れるはずだから」

「あなたはこの星の人達の体の中にある七色魔石の事をただの特殊な宝石の一種だと考えているようですが、あれはそんな物ではありません。あれは魔力の、いいえ魂の根源たる真理の理その物なのです。故に七色魔石は命の源たる魔力と魂を繋ぐ第二の心臓とも呼ばれています。そんな恐ろしい物をあなたは欲しがるのですか。それはとても珍妙でかなり罰当たりな事です。この星の住人にしてみたら、あなたの行為は他の心臓を搔き集めて欲しがるただの異常者に見えている事でしょう」

「七色魔石がこの星に住む生物達の心臓付近にある命の根源なのはもう知っているわよ。でもその七色魔石はお金になるのよ、だから私は集めている。そのレア度によって七色魔石の価値は大きく変動するからね。そしてそのお金で私は楽がしたいの。欲しい物を沢山買って、私は贅沢三昧の幸せな生活がしたいのよ!」

 聞いてるだけでその人間性を疑い嫌悪を抱かせるような異世界召喚者の女性の発言に、話を聞いていた暁の聖女テファは小さくクスッと笑うと優しく言葉を返す。

「あなたはその魂を宿した七色魔石と引き換えに、贅沢がしたいのですか、でもあなたはなぜか本当の真実を語ってはいませんね。つまりあなたはウソをついています。その楽をさせる相手とはあなたの事ではありませんよね。不幸にもあなたと共にこの世界に飛ばされて来てしまった弟や妹と言った兄弟たちの為ですよね。その兄弟たちを養うためにあなたは心を鬼にしてこの世界で千知がなく歯を食いしばって懸命にお金を稼いでいる。勿論異世界召喚者の魔法剣士としての使命を果たす為にあなたをこの世界に呼び寄せた『灰色の女神』の命令でいろんな依頼をこなし、その報酬として資金を得ているのでしょうが、それでも兄弟たちをこの世界でたったの一人で養っていくにはお金が足りないと思ったのでしょ。だからあなたは上からの命令で依頼をこなすついでに七色魔石を集めてその命を売る仕事も始めたのです。あなたの兄弟たちの中にはこの異世界に来てから発症した重い病気にかかった子供もいるそうじゃないですか。そしてその薬はかなりの高額とも聞いています。だからあなたはギルドの副リーダーという立場を上手く利用して自分は守銭奴だとわざと公言をし、その風潮を作った。その目的は他の仲間の異世界召喚者達にこの世界の生物から取り出される七色魔石を拾わせない為です。ですが実際のあなたは決して冷たい人間ではないです。本当は仲間や兄弟たちを思いやれる優しい心を持っています。あなたが私達に敢て自分の名前を明かさないのは、それを私達に教えてしまったら見えない何かの絆ができてしまうと思ったから。でも相手の名前を敢て知ろうとはせず自分の名前も明かしていないのなら、相手の情報も心の内も知ることはない。それこそが自分の行いを正当化し納得させる思いだったのです。そういう事ですよね。ほんとあなたの生き方は物凄く不器用で辛いです」

 まるでどこかで見てきたかのように言う暁の聖女テファの言葉に、異世界召喚者の女性は顔を真っ赤にしながらあからさまな態度を取る。

「な、何よそれ、なんであなたが私の兄弟のことや今現在の家庭環境の事を知っているのよ。ちょっと有り得ないんだけど?」

「ええ文字通り見ていたからです。この研究所に潜入してからのあなたの行動も他の異世界召喚者達の密かな声も……カラクス鳥のピコちゃんの視界を借りながら全てを見ていました。あなたの仲間の異世界召喚者の人達が皆それぞれ噂していましたよ、あなたの生い立ちや家庭環境の話を、その他愛のない世間話を偶々こっそりと聞いたのです」

「なんか知らないけど、この研究所に入った時点から聖女の力で私の言動をこっそり見て監視をしていたのか。だから私の素性や家族関係を知る事ができたのね。なかなかに抜け目がなく食えない奴ね。油断ができないわ」

「任務のついでに副業として七色魔石集めをして小金を稼いでいるようですが、それはこの世界では命を冒涜する行為です。できたらもうやめた方がいいです。その行為はあなたの運気を確実に下げる事になりますから。あなただって家族の骨壺を盗まれたらいい気分はしないでしょ、それと同じです」

「ふん、でもこの世界の人間だって例え殺されても死体は確実にその場に残るんだから七色魔石くらい無くなっても別にいいじゃない」

「さっきも言ったようにあれは魂その物なのですから本来は土や川に帰して浄化をさせるのがごく一般的です。そうすれば七色魔石は自然と消えて無くなりますから。とは言え私達サンプル体のホムンクルスは死んでもその死体すら残らないのですがね。残るのはその七色魔石だけです。だから私達に取ってはその七色魔石はこの世界で生きてきた唯一の証なのです。だから売り物として扱ってはなりません。ちゃんと丁重に供養をしてあげないと」

「七色魔石はこの世界に住む人々の生きた証……命その物か」

「そういう事です。なのであなたが奪った七色魔石はできれば当人の所に帰してあげてくれたら正直嬉しいです。魂抜きの魔法で奪われた七色魔石は二十四時間以内に当人に返したらその魂は元に戻り、その命を再び吹き返す事が出来ます。なのでできたらその救える命は当人に帰してあげたいのです。それにそんなに欲しいのなら、できる事なら代わりに私の七色魔石をあげてもいいのですが、もう既に先客がいますので私の七色魔石はあげられません。本当にすいません」

「暁の聖女……あなたバカなの……自分の七色魔石を欲にまみれた赤の他人に渡そうとするだなんてお人よしにも程があるわ。そんな話を聞いた後で、あなたのそんな今にも死にそうな姿を見た後で、七色魔石を奪おうとは流石に思わないわよ。だからいいわ、あなたの七色魔石はいらない。なんだか知らないけどあなたの七色魔石は私には物凄く荷が重すぎるし、疎かに扱っちゃいけないような気がする。それにあなたはまだ生きているじゃない。だったらそんな不吉な事は言わないで。あなたが聖女としても特別で、その精神は人を真に思いやれる優しい人だと言う事はもう充分に分かったから。それにあなたの七色魔石を私が奪おうとしたら、きっと私の隣で目を光らせている白魔法使いさんが黙ってはいないでしょうからね」

 話の繋ぎでさり気なく言った異世界召喚者の女性の振りに、今度は白魔法使いのタタラが暁の聖女に向けて話し出す。

「仕事がらテファニアとは知り合いだけど、できる事ならあなたとももっとお知り合いになりたかったわ。ラエルロットさんの後をこっそりと後ろからついてきてじっと事の成り行きを見ていたけど、あなたはテファニアとは違って性格もいいし優しく、何より強い愛と正義の心を持つ、まさに聖女と呼ぶに相応しい素晴らしい女性だわ。そんなあなたが今まさにこの世から消えようとしている。でもまだあなたは消える訳にはいかないでしょ。まだ他のサンプル体の少女達を連れて、約束だったお外に出て、共に念願だったお日様を見てはいないじゃない。その約束を果たすまでは少なくともあなたはまだ死ぬことはできないはずよ。それにまだ死ねないと言う事は、この世界におわす女神さまがあなたの死をまだ認めてはいないと言う事。なら諦めずに最後まであがきにあがいて絶望に立ち向かう義務がきっとあるはず、だってあなたは奇跡的にこの世に誕生したその時から幾多の辛い経験を乗り越え、その道半ばの最後の過程で、私たちと巡り合う為に生まれて来た運命の仲間なのだから……そうでしょ、テファ。それにあなたはここで死ぬ事は絶対に許されないはず。少なくともラエルロットさんの見ている前で死ぬ事だけわ。もしもあなたがこのまま死んでしまったら(弱いながらも)あなたを助ける為に体を張って必死になっているラエルロットさんが余りにも不憫で可哀想過ぎますからね。また絶望して死の世界に囚われてしまうかも」

「遥か闇なる世界の神様がラエルロットさんにご神託として下している第三の試練の事ですね。そんな試練の一端に私が利用されるだなんて、なんだか心苦しいです」

「でもまあ、あの厄介そうだった白いヒュドラを何とか倒せたんだから、なんにせよよかったじゃない。その体に閉じ込められていたテファニアも一緒に消えてしまったようだけど、あなたに責任はないわ。こんな結果になったのも致し方がない事だしね」

 その白魔法使いのタタラの言葉に暁の聖女テファは口から黄金色に光る大量の血液を吐きながらもなんだか怪訝そうな顔をする。

「そんなはずはありません。私は皆さんやテファニアさんが消えないように細心の注意を払いながら白いヒュドラの体だけをこの世から無の世界へと消滅させたのですから、テファニアさんは消えてはいないはずです。その証拠にテファニアさんの命の鼓動を感じ取る事ができますから」

「命の鼓動ですって、ならその肝心のテファニアは一体どこにいるの、姿が全く見えないじゃない?」

「そ、それは……?」

 暁の聖女テファが言いかけたその時、まるで蒸発するかのように白いヒュドラが綺麗に消えたその場所から、地面に崩れているがれきを吹き飛ばしながら何かが行き成りもた首を上げる。

 ドッカアァァァァーーン、ガラガラガラガラ!

 その場には行き成り一人の白い少女が姿を現し、蛇女と化したその異様な姿を周りの人たちに晒す。

 長い下半身をクネクネとくねらせながら邪悪に満ちた顔を向けるその白い少女の姿に暁の聖女テファは思わず驚きの声を上げる。その人物とはテファと同じ姿形をした、本体でもある変わり果てたテファニアの姿であったからだ。

 第七級冒険者の資格を持ち、魔法剣士職の職業に付いているテファニアは、暁の聖女テファと異世界召喚者の魔法剣士の女性、そして最後に白魔法使いのタタラに視線を移すと、酷く驚いた顔をしている三人に向けて行き成り話し出す。

「フフフフ、正直あの暁の光を大量に浴びてしまった時はもう駄目かと思ったけど、どうにか咄嗟に肉片の一部を地中深くに埋めて全ての体の消滅を阻止する事が出来たわ。肉片の一部でも残ってさえいればそこから増殖して超再生が可能だからどうにか復活する事ができたが、暁の聖女……お前はやはり私達に取って絶対的な天敵であり邪魔な存在だよ。そんなお前には徹底的な死を与えてやらねばなるまいてぇ。どういう訳かもうダクト所長の絶対命令たる念波も消えたみたいだから、ここからは私の意思で動く事にするわ。こんな珍妙な醜い姿になってしまったのは正直嫌だし不本意ではあるけど、特Aランクの聖女を越える特別な最強の存在になれたんだから欲望のままに暴れまわるのも悪くはないわね。そんな訳でサンプル体95657番の私の分身よ、もうあなたはいらないから大人しく死んで頂戴。私は全ての生物達を、神をも超越し凌駕する特別な存在になったんだから!」

「テファニアさん……いいえ、あなたはテファニアさんではありませんね。あなたの正体は白いヒュドラの意識体から作られた別人格の新たな人です。恐らくは私に一気に消滅させられた事で感じた危機的な状況とどうにか打開しなけねばと判断した白いヒュドラの意識があなたという人格を急遽作り上げた。テファニアさんの姿だけを再構築したのは彼女がこの白いヒュドラを動かす司令塔だったという名残と、彼女を人質にしたら私が少しでも躊躇をするかも知れないという期待と恐れからです。そうですよね、テファニアさんの人格を参考に新しく構成し生まれた、新たな白いヒュドラさん!」

 自分の正体を見事言い当てられた事に驚愕する白いヒュドラはまるで開き直ったかのように体の細胞の組織を増殖させると、急激に体の超再生を始める。その体は瞬く間に大きくなり、全てが元の形へと戻っていく。

「ハハハハハ、私は自我を構築して自らの意思で考えて動く力を自力で獲得したのだ。これも全てはお前のお陰だ。暁の聖女よ。こんなに追い込まれていなかったら、私は今もこんな急激な進化をする事はなかっただろうからな」

「そんな……せっかく消し去った白いヒュドラの体がみるみる治っていく。これじゃもう手がつけられない。もうラエルロットさんを守れない……」

 命と引き換えに放ったはずの暁の聖女の光の力だったが、相手がどうにか耐えしのいだ事で自分の爪の甘さを実感する。

「こ、こんなはずでは……ううぅ……」

「フフフ、暁の聖女よ、どうやら今になって自分の爪の甘さを実感しているようだな。そう結局お前は、仲間を気遣う甘さや、愛する人にもう一度会いたいと思う生への執着が自らの敗北へと繋がったのだ。そしてお前にはこの私の体の全てを消し去るだけの力はもう残されてはいないはずだ。仮に残っていたとしてもその強大な光の力にお前の体はもう耐えられないはずだ。そうやって人の形を維持していられるだけでも奇跡なのだから、そんな死にぞこないのお前は今ここで確実に殺してくれるわ!」

 白いヒュドラの底の知れない生命力の強さを感じた暁の聖女テファは深い嗚咽を漏らすと、力なく地面へと倒れ込む。

「し、失敗してしまった。結局私は心のどこかで自分の命を惜しむが余り……暁の光をフルスロットで出すことを無意識的にためらってしまった。その証拠に私は白いヒュドラの全てを消し去ることが出来なかった。そして私には更なる進化を遂げた白いヒュドラをもう一度消し去るだけの力はもう残されてはいません」

 体をどうにかお越し四つん這いになりながらも懸命に体の辛さをこらえる暁の聖女テファだったが、小刻みに震えながらも更に話を続ける。

「ほんと無念です……情けないです。仲間たちを……ラエルロットさんを助けたいと思うがあまり、無意識的に力を出し惜しんでしまった。臆病になってしまった。そう出来る事なら生きてラエルロットさんにもう一度だけ会って、無事を確認したいと思ってしまったのです。彼の笑っている元気な顔がどうしても見たかったから、最後の最後にこの土壇場で欲が生まれたようです。憧れのラエルロットさんとはお会いしてまだ一日も経ってはいないのですから、その出会いはあまりに短過ぎます。そんな未練が残る心の迷いが白いヒュドラを漬け込ませる僅かな隙を作ってしまった。その結果、私を信じて戦ってくれたみんなの想いに応える事が出来なかった、それが心残りです。なので本当にごめんなさい。もう私はここで白いヒュドラに真っ先に殺されますけど、もしもまだ逃げられるだけの元気があるのならどうか私のことは見捨てて、ミランシェさんとツインさんの所まで全力で走ってください。もしも無事に逃げ切る事ができたなら、きっとミランシェさんが何とかしてくれるはずです……今はそう信じます。ラエルロットさん……タタラさん……ルナさん……そして異世界召喚者の魔法剣士のお姉さん……今までありがとうございました。お先にあの世に行きます……うっ・うっ・うっ・うぅぅ……っ」

 体中から光輝く綺麗な血液を流しながらも健気に万遍の笑顔を作る暁の聖女テファだったが、そんな彼女に目掛けてテファニアに似た白いヒュドラは何かの神聖力による権能を発動させる。
 その瞬間何も無い空中に無数の矢のような長い鉄の針が無造作に並び、その矢のような形状をした無数の針は白いヒュドラの掛け声と共に暁の聖女テファに目掛けて一斉に飛び去っていく。

「死ねぇぇぇ、暁の聖女。この鉄の矢を無数に飛ばす聖女の権能で、お前の体を串刺しにしてやるぅぅぅ!」

「暁の聖女、避けてぇぇ!」

「くそおぉぉ、このスピード、私達じゃ間に合わないわ!」

 白魔法使いのタタラと異世界召喚者の魔法剣士の女性は暁の聖女を守るべく直ぐに走るが、まるで弾丸のように撃ち出されるその鉄の針の速さに二人の体は大幅に反応が遅れる。 そんな二人の必死な姿をスローモーションで見ていた暁の聖女は人生最後のその瞬間を(心の中で)別れの言葉で締めくくる。

(今度こそこれで終わりです……さようなら、ラエルロットさん……さようなら)

 静かに目を閉じ自分の死を受け止める暁の聖女テファだったが、その諦めの思いは死ぬ事をも厭わない勇気ある一人の男の行動でまた阻まれる。

 グッサリ、ドスン!

「うぐ……っ!」

「ラ、ラエルロットさん……どうして……今にも死にそうな私なんかを今更助けたってなにも意味はないのに?」

 物凄いスピードで飛んでくる無数の鉄の矢から暁の聖女テファを守ったのは言わずと知れたラエルロットである。

 ラエルロットはどうにか死に物狂いで立ち上がると暁の聖女テファの前にその背中を向けて立ちふさがる。その瞬間彼の体は都合のいい的となり、飛んでくる無数の矢を肉の壁とかした生身の体でどうにか防いで見せる。

 グサッ・ブスリ・ガッツン・ザッスン・ズッサリ・ガッシュン・ドッスン!

 数々の鉄の矢がラエルロットの胸や腹部に深々と突き刺さり、左腕や右足に至っては大量の血を吹き上げながらも、どうにかその場に押しとどまる。

「ぐ、ぐっはあああぁぁぁーーぁぁ、胸が、腹が、腕が、足がぁぁぁ。い、痛、いたいぃぃぃぃ、だがどうにかこの鉄の矢は俺の体から一本も貫通する事なく、俺の体で防ぎきる事ができたようだな。貫通してテファに当たらなくて……本当に良かった!」

 深刻な致命傷を負いながらも、それでもどうにか体からの鉄の矢の貫通を防いだラエルロットは、後ろで泣きながら声にならない悲鳴を上げている暁の聖女テファの無事を確認するとまるで安心したかのようにその場へと崩れ落ちる。

 ドサリ!

「ラ、ラエルロットさん!」

「やった、やったぞ、今度こそ本当に……自分の力だけでテファの命を救う事ができた。どうだテファ……今度こそ本当に君のことを……この命を通して守る事ができただろ。ウソじゃなかっただろ。これで少しは俺のことを認めてくれたかな。それに死ぬにはまだ早いぞ。お前を必要としている人はこの先もまだまだ沢山いるんだから勝手に諦めて死を覚悟しているんじゃねえよ。お前はこの先も生きて絶対に幸せにならないといけないんだからよ。その幸せは……何気ない普通の暮らしは、俺が必ず君に与えて見せる、必ずだ。だから絶対に希望は捨てるな。無様でもいい、みじめでもいい、あがきにあがいて過酷な運命に抵抗して見せろ。そうやってどうにか生き抜く事が、できたのなら、後は俺とレスフィナが何とかしてやる。だから絶対に死ぬ……な、わかったな……テ……ファ……うぐぐぐぐ……うぅぅぅ……ガ八ァァっ!」

「死なないでラエルロットさん、私が……私が……ラエルロットさんをこの件に巻き込んだばかりに、結果的にはラエルロットさんを死なせる事になってしまった。彼はゆくゆくは本当の勇者になって数多くの困っている人達を……救いを求める人達を助けられるはずなのに、その可能性を私のわがままで奪い去ってしまった。全ては私のせいだ。私がラエルロットさんと会ってお話がしてみたいとこの件に絡ませて彼を引き寄せたから、遥か闇なる世界の神様にその思いを利用されてしまった。いや、いやよ、ラエルロットさん、死なないで……いや、いやあぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」

 その体に受けた深刻なダメージからして、もうラエルロットの命は持って数十秒くらいだと確信した暁の聖女テファは、ラエルロットをこの件に巻き込んでしまった事に大いに後悔する。その罪と責任はテファの心を深く傷つけ、彼女の心を深い絶望へといざなうのだった。
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