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第一章 『大蛇神の蛇使い』 民間に古くから伝わる大蛇神伝説を利用したトリック使い、狂人・大蛇神の蛇使いとの推理対決です!
7.大沢家の植物園
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「外は物凄く寒いのに、この建屋の中だけは真夏のように暑いな。見たことの無い熱帯植物がこんなにあると言う事は、まさかここは植物園なのか?」
「どうやらそうみたいですね。何でも草五郎さんは熱帯植物を育てて観覧するのが趣味との話なので、その研究も兼ねてこの植物園を作ったらしいですよ」
「作ったって個人でかよ。すげ~な。いくら研究と趣味を兼ねているとはいえ、とても真似出来ないぜ」
まるでジャングルの用に密集する熱帯の木々達を見ながら勘太郎はその仕事の丁寧さと情熱に大きく感心をする。何故なら周りに見える熱帯の植物は皆無理無く健康的に管理され、その木々の間を縫う用に伸びる土塊の道は綺麗に整備されているからだ。
これなら熱帯の木々達を観察しながらゆっくりとその室内を歩き回る事が出来る。そんな五十メートルプールと同じ大きさの室内で、勘太郎は羊野に豪快に張り倒された大沢杉一郎の事を考えていた。
あの後羊野の豪快なビンタで畳に叩き倒された杉一郎は何が起こったのかが分からず数秒間だけ放心状態だったが、頬の痛みから直ぐに起き上がると怒りに任せて羊野に飛び掛かる。だが羊野はその突進を冷静に避けると手慣れた早さで杉一郎の腕を組み伏せ、テコの原理で素早く投げ飛ばす。
そうここにいる白い羊と呼ばれる羊野瞑子は(いつ何処で習ったのかは分からないが)合気道の達人でもあるのだ。なので体の大きな杉一郎が掴み掛かってもその度に何度も投げ飛ばされ、仕舞いには床畳に押さえ込まれてしまう。
文字道理、羊野の宣言道理に三倍にして返されたと言う訳だ。
あの時近くにいた勘太郎や赤城刑事達が止めに入らなかったら一体どうなっていたか……勘太郎は考えたくもなかった。
何せ最後の方ではあの杉一郎は、羊野にすっかり怯えきっていたからだ。
「こいつ、頭がおかしいんじゃねえ~か!」とか言っていたな。
ボコボコにされ震え上がる杉一郎を思い返しながら勘太郎は羊野の方に視線を向けると、その視線に気付いた羊野は万遍の笑顔でニッコリと微笑む。
まあ、あの状況から察するに杉一郎が殴りかかって来たから羊野としては正当防衛の為に返り討ちにした感じだけど。あれは明らかに過剰防衛行動だよな。上司として後でキッチリと注意をせねば。
勘太郎は熱帯植物の知識は全くないのでゆっくりと通り過ぎる用に園内を歩き。その後ろに羊野が続く。
その道沿いに続く地面の上にはぶ厚い鉄の金網が敷いてあり、その下を大量の水が流れて行く。どうやらこの下は大きな用水路になっており、山から湧き出た湧き水がそのまま大沢家の使用水へとなっているようだ。なので農園の水は勿論の事ここの植物園の木々を育てる水にもなっているのだ。そして使われなかった残りの水は全て下水道を通り自然に出来た岩穴へと落ちて行くみたいなので、間違ってもこの用水路には落ちないようにしたい物である。
恐らくこの下を流れる水は全て山沿いの下にある集落や川や田畑へと流れて行くのだろうと勘太郎は考える。
「おい、羊野。お前がこの大沢家の敷地内を見ておきたいと言ったから付き合ってるんだぞ。お前があんな暴力事件を起こした後にこの屋敷を見てみたいと草五郎さんに再度頼むのは流石に冷や汗ものだったぞ」
「そうですか。そのわりには草五郎さんも私と杉一郎さんとの喧嘩は止めませんでしたし。そのご兄弟の宗二郎さんと柳三郎さんに至っては何やらすっきりとした顔をしていましたよ」
「うっ……確かにそう言われてみたらそんな感じだったな。親の草五郎さんはまたかと言った感じだったが、あの二人の兄弟とは仲が悪いのかな?」
「て言うか、恐らく三人とも考えがバラバラなのでしょうね。見た感じ兄弟としての纏まりが無いと言うか」
「まあ、確かに。あの長男の杉一郎さんは何だか見るからに素行が悪そうだからな。あの感じで後の二人の(インテリ風の)宗二郎さんと(真面目な好青年風の)柳三郎さんとは相性が合わないか」
そこまで話した時、今まで勘太郎の後ろを歩いていた羊野が警戒をした面持ちで素早く前へと出る。大きな熱帯植物の木の裏に何やら人の気配を感じたからだ。
「あの樹木の裏に誰かいますわ」
「マ、マジか。ここには俺達以外は誰もいないはずだが。分かった、誰がいるのか見てみようぜ」
お互いにアイコンタクトを取りながら、勘太郎と羊野はゆっくりと樹木の裏へと歩み寄る。
「うわっぁぁぁぁぁぁーっ、なんだこれは? で、出た、大蛇だあぁぁぁーっ!」
そう叫んだ勘太郎の目の前には大きく口を開けた十メートル程もある大きな黄金色の竜が勘太郎を睨み付けていた。
「黒鉄さん、落ち着いて下さい。あれはただの作り物の竜の模型ですわ。つまりただのオブジェです。ほら、あの黄金色に光る長い胴体にもちゃんと足が数本付いてありますでしょ」
「た、確かに。何だか胴体がまるで蛇の用だから大蛇と間違えてしまったぞ。ちくしょう、無駄にビビらせやがって。植物園の木々の茂みの中にわざわざ置くから目の前に来るまで全くその存在に気付かないじゃないか。全く心臓に悪いぜ!」
「ホホホホー、恐らくこの竜を置いた当事者もそのリアクションを狙ってわざとここに置いたのでしょうね。しかも黄金色《こがねいろ》に輝く黄金の竜とは何だか成金趣味が全開ですわね。その人のセンスを疑いますわ」
「まあ、この黄金の竜を設置したのは恐らくはあの大沢草五郎社長だろうから、納得は出来るがな」
「それにしてもこの竜の模型のオブジェは良く出来てますわね。まるで本物の竜の用ですわ。材質はウレタン素材に、外の生皮の質感部分はラテックスの合成ゴムが使われていますね。そして色合いの塗装にはアクリル系塗料を使っていると言った所でしょうか」
「お、お前、中々詳しいな。でもなんだか色も黄金色だし、イメージ的に華やかで豪華そうな竜だな。確かに精巧に出来ているとは思うが、成金の臭いがぶんぶんするぜ!」
「ホホホーこんなに格好いい竜なのに作った人に失礼ですよ。まあ、そんな事よりです。その竜の後ろの木の陰に誰か隠れていますね。誰かは知りませんが出て来て下さいな」
「え、まさか本当に誰かがいるのか?」
そう勘太郎が応えた瞬間、黄金竜の尾っぽのある木々の方角から「ひっぃぃ~っ。ご、御免なさい!」と言う弱々しい女性の声が耳に届く。
そこにいたのは手に如雨露を持った割烹着姿の若い女性だった。そう先ほど大広間にお茶を持って来てくれた美弥子と呼ばれていた女性である。
「貴方は確か……美弥子さんでしたか。行き成り驚かせないで下さいよ。この大きな竜のオブジェの陰で一体何をしていたんですか」
勘太郎の当然の質問に美弥子は何やら怯えた目を向けていたが、直ぐに頭を下げる。見た感じ大沢家の人々が言うような、そんな邪悪な存在にはとても見えないのだが。
宮下から聞いた話では、彼女の名は蛇野川美弥子。村から少し離れた町の高校に通う現役の高校三年生との事だ。
年齢は十八歳。長い黒髪を髪ゴムで束ねた蛇野川美弥子は、十年前に借金を苦に自殺した蛇神神社の神主、蛇野川拓男の愛娘だ。
当時、母親も既に他界していたまだ幼い美弥子には身寄りが無く、彼女はその荒波の様な厳しい現実に一人取り残されてしまう。唯一の肉親でもあった兄は既に何処かの養子となって姿を消し、美弥子は不安と寂しさを募らせていた用だったが、そんな状況を不憫に思ったのか大沢草五郎が彼女を引き取り保護者として自分の屋敷に住まわせているとの事だ。
恐らくは、奥方・大沢早苗が経営する高利貸しで美弥子を不幸にしてしまった負い目から(同じくこの狭い村に住む者として)面倒を見ると決意したのだろう。
まあ何にせよ高利貸しからお金を借り、借金を返せなくなった蛇野川拓男自身が一番悪いのだが。
そんな経緯から十年前に大沢家に突如来た美弥子を奥方・大沢早苗やその息子達は余り良く思ってはなく、昔から小間使いの用に彼女をこき使いキツく当たって来たとの事だ。だがいつの頃からか美弥子の異常性に気付いた大沢家の人達はその特殊な力に怯え戦き、徐々にその精神が蝕まれていく。それこそが蛇野川美弥子が持つ蛇神様に纏わる不思議な力なのだと宮下は語る。
聞く所によると蛇野川美弥子は蛇神様と交信し、蛇の呪いや祟りの力を使っていろんな奇跡を起こす事が出来るのだと言う。その力の一端の一つが蛇神占いと言う筮竹を使った易占のような占いだ。
何でも大沢早苗が失踪する二週間前にその特殊な占いで早苗の死を予言したとの事だ。その月日や時間、そしてその人の死に様に至るまでどうやら予言をしたらしい。
実際にその占いは蛇神神社で良く行われていた占い方法らしいのだが、通常人の死を予言する事は先ず無いとの話だ。だが大蛇神に愛された蛇野川美弥子の占いではどうやら人の死すらも予言出来るらしいとの事だ。だからこそ大沢家の兄弟達は皆、そんな得体の知れない力を持つ蛇野川美弥子の事を心の底から恐れているのだろう。
そう考えると美弥子にキツく当たっていた杉一郎の行動にもそれなりに説明がつくと言う物だろう。そんな事を考えていると美弥子の方からおずおずと話しかけてくる。どうやら勘太郎の質問に答えようと先に転じた用だ。
「わ、私は……この草木に、み、水をやっていました。この植物園の草木に時々水をやるのは……旦那様に言いつけられている私の……仕事ですから」
「そうでしたか。まあ、これだけ凄い植物園ならその管理も大変でしょうからね」
「いえいえ、私はただ火曜・木曜・土曜の朝と夕方に適当に水を撒くだけで、本当のここの管理は持ち主でもある旦那様がしていますから」
「なるほど、だから貴方は旦那様でもある草五郎社長の代わりにここで水を撒いていたと言う訳ですね」
「はい、そう言う事です。今日は火曜日なので木々や花たちに水を巻いてたら室内に誰かが入って来たので、また杉一郎さんが追いかけて来たのかと思い、つい木の陰に隠れてしまいました」
「まあ、あんな事があった後ですからね。その気持ちは分かります。ですが随分と仲が悪いのですね」
「ええ、向こうは私のことを……昔から毛嫌いしていますから……」
そう言うと美弥子はさりげなく下を向き悲しげに微笑む。
「なるほど、それは貴方が……十年前に自殺した蛇野川拓男の娘だと言う事に何か関係があるのですか」
その言葉に反応して美弥子と勘太郎が目を見開き、その声のした方向に顔を振り向く。するとそこには悪びれる様子も無い羊野の笑顔があった。
これから徐々に彼女から話を聞き出そうとしている時に、何聞きにくそうな事をダイレクトに聞いているんだよ。余り聞かれたくないデリケートな所を行き成り突っついて本人が泣き出したらどうするつもりなんだよ。聞ける話も聞けなくなってしまうぞ。
そんな言葉にならない視線を向ける勘太郎に、羊野は大丈夫と言う視線を送りながら美弥子の目を真っ直ぐに見据える。
「それともう一つ面白い話を聞いたのですが、何でも美弥子さんは三週間前に死んだ大沢早苗さんの死を占いで予言したとか。一体どんな呪いで予言したのか、その方法を詳しく教えてはくれませんでしょうか」
両手を合わせながら和やかに頼む羊野に、美弥子は大きく溜息を付く。
「村の人達から聞いて何か誤解をしているようですが、私の占いにそんな力はありませんよ。奥様の死を予言したのはたまたまです。あの時は偶然あの結果が出てしまい……その占いの結果にたまたま奥様の死んだ時間が重なっただけなんです。なのであれはただの偶然なのですよ」
「でも聞いた話ですと占いでは昔からちょくちょくいい当てているみたいですし、人の死に関しての予言ならこれで二人目と言う事になりますね。一人は伊藤松助さん……そしてもう一人は奥方の大沢早苗さん」
「勿論、伊藤松助さんの死を言い当てたのも偶然です。どちらもたまたま当たってしまったんですよ。それに私の占いの成功確率は五分五分です。当たる日もあれば当たらない日だって当然あります。当たるも八卦、当たらぬも八卦と言う奴です。当たると宛もそれらしく見えてくる物ですから本当に嫌になります。私なんかに蛇神様の力があるわけ無いじゃないですか。それなのにみんな大袈裟に騒いで……私だって迷惑しているんですよ」
「だから大沢家の人達に意味なく薄気味悪いと思われている訳ですね」
「まあ……そう言う事になりますね。でも私が嫌われているのはあの家に来た当初からですけどね」
そう言いながら蛇野川美弥子は悲しげに微笑む。その消極的な仕草はまるで自分の存在を自ら消してしまうかのようだ。
おいおい、美弥子の顔色が更に暗くなったぞ。そこら辺は各家の家庭の事情だから、もうそこら辺でやめて置いてあげて。お前の物言いは直接過ぎるんだよ。少しは気を遣え!と心の中で絶叫しながら、勘太郎は気分を変えるかの用に話に加わる。
「そ、それで、その占いの方法とは一体どういう物なんですか?」
「そうですね、長い筒に数十個の細い竹の棒を(筮竹というのですが)入れてありまして、その蓋の真ん中にその竹の細い棒が一つ通れるくらいの穴が空いてあります。そして占いの際は、その筒の中身を振りながら竹の棒のサイを出す事によってこの占いは完成します。私の場合その細長い竹の棒の入った筒を四つ程用意しまして、その人の月日や場所、そしてその日に一体何が起こるのかを、いつ・どこで・だれが・どうなったか方式で占いをします」
「ああ、よく神社で見かける。大吉・副吉・中吉・吉・末吉・凶・大凶やらと書いてある竹の棒で占う奴のことですね。知ってますよ、占い師がよく使うあの道具ですよね」
「はい、あの占い装具を使って、言葉の連想ゲームの様な事をするんですよ。まあ大抵は外れるんですけど、たまに上手く行く時があるんですよ」
「へぇ~何やら面白そうですね。今度俺の事も占って下さいよ。特に金運と仕事運辺りを重点的に知りたいですから」
「ええ、いいですよ。私の占いでよろしければ……何時でも」
遠慮がちに応える美弥子に、今度は羊野が話に好かさず割って入る。
「時に美弥子さん、その占い方法は一体誰に教わったのですか」
「わ、私の母です。でも私が七歳の時に病気で亡くなったので……母の記憶は少ししかありません。でも何故かこの占いを教えて貰った記憶だけはしっかりと覚えているんです。何だか不思議ですよね」
「なるほど、でもその占いのせいで大沢家の人達に疎《うと》まれる原因を作っている訳ですし、怪しまれた時点でその占いを辞めるべきだったのではありませんか。なのに貴方は一年前に続き三週間前にも懲りずに大沢早苗さんの『死を』予言し占っている。これでは大沢家の人達に呪いを掛けていると思われても仕方ありませんよ」
その羊野の指摘に美弥子が少し困り顔をする。
「実はこの占いを定期的にやってくれと言っているのは、何を隠そうこの家の主でもある大沢草五郎ご本人なんですよ」
「大沢草五郎だって……何故あの人がそんな事を?」
その話に勘太郎が首を傾げる。
「何でもこの特殊な占いは、その昔干ばつ・大雨・台風と言った災害が今年一年あるかどうかを占うために使った蛇神神社特有の占いの方法らしいんですよ。前にそう旦那様が詳しく教えて下さいました。そしてその占いが出来る私がその縁起も兼ねて、毎年ここで占っているんです。まあ、極度の現実主義者でもある旦那様にしてみたらただの余興・風習……或いは村の習わしかも知れませんが、それに毎年付き合わされている私は溜まった物ではありません。でも農業がここの産業の一つでもありますから、経営を営む社長としては天候や災害のことは気になるのでしょうね」
そんな気の抜けた回答をする蛇野川美弥子を見て勘太郎は思わず拍子抜けをする。
杉一郎や柳三郎が何やら恐ろしげに美弥子の事を話していた用に記憶しているが、ごく普通の女子高生じゃないか。かなり気の弱い所もあるし、彼女から恐ろしさとやらが微塵も感じられないのだが。
そんな好印象を美弥子に抱いていたその時、植物園の入り口の方から宮下達也と見慣れない若者が姿を現す。
小綺麗にジャケットスーツを着込んだ宮下と違い、その若者は黒の革ジャンを自然に着こなし、頭を金髪に染めた細身の若者だ。どうやらその雰囲気からして、彼は今日来たバイトの人間のようだった。
「お話中の所申し訳ありませんが、美弥子さん草五郎社長がお呼びですよ」
「わ、分かりました。直ぐに向かいます。では探偵さん方、これで失礼いたします」
丁寧に会釈をしその場を立ち去ろうとした蛇野川美弥子だったが、何かを思い出したのか遠慮がちに勘太郎の方を見る。
「た、探偵さん、これは言おうかどうか迷ったのですが。今日は……暴漢と毒蛇……そしてお酒に気をつけて下さい」
「暴漢・毒蛇・お酒・それは一体どういう事ですか?」
「それは私にも分かりませんが、近い内に探偵さんがここに来ると柳三郎さんが話していたので面白半分に探偵さんの事を占っていたら……そんな結果が出てしまいました。勿論ただの気休め程度の占いなので何の信憑性も根拠も無いのですが……」
不安めいた謎の言葉を残しながら、美弥子は静に植物園を後にする。そんな彼女の後ろ姿を羊野は真剣な眼差しで見据える。
「何だよ、羊野。まさかあの蛇野川美弥子が怪しいと思っているのか。人の噂では彼女は何やら不思議な力を使うと言う話だったが、それも異常なまでに大蛇神伝説に怯える村人や大沢家の人達のただの疑心暗鬼か何かだろうぜ。祟りや呪いが怖い怖いと思っているからただの占いにすらいちゃもんを付けたがるんだよ。あれはどう見てもどこにでもいるタダの女子高生だよ」
「そのダダの女子高生が人の死を二回も予言しているのですよ。十分に怪しいと私は思うのですが」
「今さっき本人も言っていただろう。あれはタダの偶然だと。俺もそうだと思うぜ。大体蛇神様の呪いなんて実際にあるわけが無いんだ。そうだろう、羊野」
「呪いや祟りなど本当は無いと言う黒鉄さんの意見には勿論私も賛同しますが、彼女が占う蛇神の予言とやらには非常に興味がありますわ。何せ彼女の占う予言道理に月日や人の死に方までもがそのまま再現されているのですから」
「つまり彼女は大なり小なり大蛇事件に関わっていると、お前はそう考えているのか」
「その可能性は十分にあると言っているだけのことですよ」
た、確かに、呪いや祟りなどと言う言葉でつい見過ごされているが、普通に考えたら伊藤松助や大沢早苗の死亡時期を言い当てた蛇野川美弥子は十分に事件の容疑者となり得る人物である。例え直接的な実行犯では無かったとしても、間接的な協力者である可能性は十分に考えられるからだ。
もしかしたらどこぞの第三者が蛇野川美弥子の予言を体現する為に、大蛇を使った何らかの方法で被害者を殺害しているのかも知れない……そう考えるのなら蛇野川美弥子もまた重要人物の一人と考えても差し支えはないだろう。
理屈では分かっていても、ついあの弱々しい雰囲気から彼女のことを擁護してしまう。蛇野川美弥子は絶対に犯人では無いと。
「彼女が……まさかな」
そんな主観的な考えを打ち消しながら勘太郎は前へと進む。進んだその先には話を黙って聞いていた宮下の厳しい顔があった。
「宮下さん、参考までにお聞きしますが、この黄金竜のオブジェは一体誰が作った物なのですか」
「ああ、これは内の従業員の池ノ木が作った物ですよ。確か……草五郎社長が悪戯で竜の模型を植物園に置いてみんなを驚かせたいとの話だったので、その要望に応えた池ノ木の奴が悪ふざけであの黄金竜を作ったと聞いています。ただ余りに精巧に出来ているので草五郎社長が随分と気に入って今もここへ置いているとの事です」
「そうだったんですか。確かに、この竜を間近で見たら誰だって驚きますよね。しかも黄金色だし」
「そんな事よりあの引っ込み思案な美弥子さんが誰かとお話をしていた事の方が驚きです。普段は余り誰とも話さないんですがね。しかも何やら楽しげに笑ってましたし……一体どんな手を使ったのですか」
「どんな手も何も、俺はただ普通に質問をして話しかけていただけですよ」
「つまり、彼女に気に入られたと言う事ですか。蛇神様の神子に気に入られるとは中々やりますね。しかも当の美弥子さん本人からその占いの結果をわざわざ教えて貰い、更には忠告までして貰えた。なのにそこの女探偵さんは彼女に疑いの目を向け……そして貴方に至っては彼女の事をただの女子高生だと軽く見ている節がある。なんとも嘆かわしい事です。ですがその考えも今日一日で変わる事になるでしょう!」
「それは一体どういう事ですか?」
「ふ、知れたことです。彼女の占いの結果が全て真実の物になると言う事です。何故なら彼女はあの大蛇神様を崇める蛇神神社のまごう事無き神子ですからね。ハハハハハッッ!!」
絶対的な自信を抱きながら不敵に笑う宮下に勘太郎は美弥子はただの普通の女の子だと言いたかったが、今はグッと堪える。まだこの盲目的な信者を説得出来るだけの材料が揃ってはいないからだ。そんな勘太郎の心をまるで援護するかのように行き成り疑問の声が飛ぶ。声を上げたのは今まで黙って話を聞いていた金髪の若者だった。
「宮下さん、またその話ですか。それって本当なんですか。俺未だに信じられないんですけど」
「なんだ、石田君。君は今この村で起きている大蛇神伝説を疑うのかね」
「いや、俺はそんなのはどうでもいい人間なんで、特に興味も無いっすよ。そんな事よりも、俺の次の仕事は何ですか。作業の割り振りでは、この後池ノ木さんの仕事を手伝う用にと大沢草五郎社長からも直々にいわれてるんでっすけど」
「まあ、そう言うなよ。俺だってその大沢草五郎社長に頼まれてここに来てるんだからさ」
「じゃ早く急ぎましょう。早く行かないとまた池ノ木さんが不機嫌になりますからね」
「お前ら、バイクの話とかで仲がいいんじゃないのかよ」
「まあ、金の無い俺に良く飯をおごってくれますけどね」
「ははは、まあ、あいつは切れやすいが根はいい奴だからな。きっと貧乏人の気持ちが分かるのさ。じゃ行こうか。池ノ木は恐らく馬屋の掃除をしているよ」
「馬屋か……き~キツいな!」
そんな二人の会話に区切りが付いた事を確認した勘太郎は、直ぐさま会話に割って入る。
「では宮下さん、我々もこれで失礼します。まだ村の人達からの聞き込みも残っていますので。行くぞ、羊野!」
勘太郎は宮下とバイトの若者に軽く頭を下げると、直ぐに背を向けて歩き出す。
「よし、もう植物園はいいだろう。ここを出たら次は何処を回ろうか」
「そうですわね。取りあえずは涼しい所にでも行きますか。ここは少し熱いですから」
「ああ、そうだな。そう言えばちょっと喉が渇いたかな」
額にうっすらと汗を掻きながら勘太郎と羊野は真夏を思わせる植物園を歩き、渇望する出口へと急ぐのだった。
「外は物凄く寒いのに、この建屋の中だけは真夏のように暑いな。見たことの無い熱帯植物がこんなにあると言う事は、まさかここは植物園なのか?」
「どうやらそうみたいですね。何でも草五郎さんは熱帯植物を育てて観覧するのが趣味との話なので、その研究も兼ねてこの植物園を作ったらしいですよ」
「作ったって個人でかよ。すげ~な。いくら研究と趣味を兼ねているとはいえ、とても真似出来ないぜ」
まるでジャングルの用に密集する熱帯の木々達を見ながら勘太郎はその仕事の丁寧さと情熱に大きく感心をする。何故なら周りに見える熱帯の植物は皆無理無く健康的に管理され、その木々の間を縫う用に伸びる土塊の道は綺麗に整備されているからだ。
これなら熱帯の木々達を観察しながらゆっくりとその室内を歩き回る事が出来る。そんな五十メートルプールと同じ大きさの室内で、勘太郎は羊野に豪快に張り倒された大沢杉一郎の事を考えていた。
あの後羊野の豪快なビンタで畳に叩き倒された杉一郎は何が起こったのかが分からず数秒間だけ放心状態だったが、頬の痛みから直ぐに起き上がると怒りに任せて羊野に飛び掛かる。だが羊野はその突進を冷静に避けると手慣れた早さで杉一郎の腕を組み伏せ、テコの原理で素早く投げ飛ばす。
そうここにいる白い羊と呼ばれる羊野瞑子は(いつ何処で習ったのかは分からないが)合気道の達人でもあるのだ。なので体の大きな杉一郎が掴み掛かってもその度に何度も投げ飛ばされ、仕舞いには床畳に押さえ込まれてしまう。
文字道理、羊野の宣言道理に三倍にして返されたと言う訳だ。
あの時近くにいた勘太郎や赤城刑事達が止めに入らなかったら一体どうなっていたか……勘太郎は考えたくもなかった。
何せ最後の方ではあの杉一郎は、羊野にすっかり怯えきっていたからだ。
「こいつ、頭がおかしいんじゃねえ~か!」とか言っていたな。
ボコボコにされ震え上がる杉一郎を思い返しながら勘太郎は羊野の方に視線を向けると、その視線に気付いた羊野は万遍の笑顔でニッコリと微笑む。
まあ、あの状況から察するに杉一郎が殴りかかって来たから羊野としては正当防衛の為に返り討ちにした感じだけど。あれは明らかに過剰防衛行動だよな。上司として後でキッチリと注意をせねば。
勘太郎は熱帯植物の知識は全くないのでゆっくりと通り過ぎる用に園内を歩き。その後ろに羊野が続く。
その道沿いに続く地面の上にはぶ厚い鉄の金網が敷いてあり、その下を大量の水が流れて行く。どうやらこの下は大きな用水路になっており、山から湧き出た湧き水がそのまま大沢家の使用水へとなっているようだ。なので農園の水は勿論の事ここの植物園の木々を育てる水にもなっているのだ。そして使われなかった残りの水は全て下水道を通り自然に出来た岩穴へと落ちて行くみたいなので、間違ってもこの用水路には落ちないようにしたい物である。
恐らくこの下を流れる水は全て山沿いの下にある集落や川や田畑へと流れて行くのだろうと勘太郎は考える。
「おい、羊野。お前がこの大沢家の敷地内を見ておきたいと言ったから付き合ってるんだぞ。お前があんな暴力事件を起こした後にこの屋敷を見てみたいと草五郎さんに再度頼むのは流石に冷や汗ものだったぞ」
「そうですか。そのわりには草五郎さんも私と杉一郎さんとの喧嘩は止めませんでしたし。そのご兄弟の宗二郎さんと柳三郎さんに至っては何やらすっきりとした顔をしていましたよ」
「うっ……確かにそう言われてみたらそんな感じだったな。親の草五郎さんはまたかと言った感じだったが、あの二人の兄弟とは仲が悪いのかな?」
「て言うか、恐らく三人とも考えがバラバラなのでしょうね。見た感じ兄弟としての纏まりが無いと言うか」
「まあ、確かに。あの長男の杉一郎さんは何だか見るからに素行が悪そうだからな。あの感じで後の二人の(インテリ風の)宗二郎さんと(真面目な好青年風の)柳三郎さんとは相性が合わないか」
そこまで話した時、今まで勘太郎の後ろを歩いていた羊野が警戒をした面持ちで素早く前へと出る。大きな熱帯植物の木の裏に何やら人の気配を感じたからだ。
「あの樹木の裏に誰かいますわ」
「マ、マジか。ここには俺達以外は誰もいないはずだが。分かった、誰がいるのか見てみようぜ」
お互いにアイコンタクトを取りながら、勘太郎と羊野はゆっくりと樹木の裏へと歩み寄る。
「うわっぁぁぁぁぁぁーっ、なんだこれは? で、出た、大蛇だあぁぁぁーっ!」
そう叫んだ勘太郎の目の前には大きく口を開けた十メートル程もある大きな黄金色の竜が勘太郎を睨み付けていた。
「黒鉄さん、落ち着いて下さい。あれはただの作り物の竜の模型ですわ。つまりただのオブジェです。ほら、あの黄金色に光る長い胴体にもちゃんと足が数本付いてありますでしょ」
「た、確かに。何だか胴体がまるで蛇の用だから大蛇と間違えてしまったぞ。ちくしょう、無駄にビビらせやがって。植物園の木々の茂みの中にわざわざ置くから目の前に来るまで全くその存在に気付かないじゃないか。全く心臓に悪いぜ!」
「ホホホホー、恐らくこの竜を置いた当事者もそのリアクションを狙ってわざとここに置いたのでしょうね。しかも黄金色《こがねいろ》に輝く黄金の竜とは何だか成金趣味が全開ですわね。その人のセンスを疑いますわ」
「まあ、この黄金の竜を設置したのは恐らくはあの大沢草五郎社長だろうから、納得は出来るがな」
「それにしてもこの竜の模型のオブジェは良く出来てますわね。まるで本物の竜の用ですわ。材質はウレタン素材に、外の生皮の質感部分はラテックスの合成ゴムが使われていますね。そして色合いの塗装にはアクリル系塗料を使っていると言った所でしょうか」
「お、お前、中々詳しいな。でもなんだか色も黄金色だし、イメージ的に華やかで豪華そうな竜だな。確かに精巧に出来ているとは思うが、成金の臭いがぶんぶんするぜ!」
「ホホホーこんなに格好いい竜なのに作った人に失礼ですよ。まあ、そんな事よりです。その竜の後ろの木の陰に誰か隠れていますね。誰かは知りませんが出て来て下さいな」
「え、まさか本当に誰かがいるのか?」
そう勘太郎が応えた瞬間、黄金竜の尾っぽのある木々の方角から「ひっぃぃ~っ。ご、御免なさい!」と言う弱々しい女性の声が耳に届く。
そこにいたのは手に如雨露を持った割烹着姿の若い女性だった。そう先ほど大広間にお茶を持って来てくれた美弥子と呼ばれていた女性である。
「貴方は確か……美弥子さんでしたか。行き成り驚かせないで下さいよ。この大きな竜のオブジェの陰で一体何をしていたんですか」
勘太郎の当然の質問に美弥子は何やら怯えた目を向けていたが、直ぐに頭を下げる。見た感じ大沢家の人々が言うような、そんな邪悪な存在にはとても見えないのだが。
宮下から聞いた話では、彼女の名は蛇野川美弥子。村から少し離れた町の高校に通う現役の高校三年生との事だ。
年齢は十八歳。長い黒髪を髪ゴムで束ねた蛇野川美弥子は、十年前に借金を苦に自殺した蛇神神社の神主、蛇野川拓男の愛娘だ。
当時、母親も既に他界していたまだ幼い美弥子には身寄りが無く、彼女はその荒波の様な厳しい現実に一人取り残されてしまう。唯一の肉親でもあった兄は既に何処かの養子となって姿を消し、美弥子は不安と寂しさを募らせていた用だったが、そんな状況を不憫に思ったのか大沢草五郎が彼女を引き取り保護者として自分の屋敷に住まわせているとの事だ。
恐らくは、奥方・大沢早苗が経営する高利貸しで美弥子を不幸にしてしまった負い目から(同じくこの狭い村に住む者として)面倒を見ると決意したのだろう。
まあ何にせよ高利貸しからお金を借り、借金を返せなくなった蛇野川拓男自身が一番悪いのだが。
そんな経緯から十年前に大沢家に突如来た美弥子を奥方・大沢早苗やその息子達は余り良く思ってはなく、昔から小間使いの用に彼女をこき使いキツく当たって来たとの事だ。だがいつの頃からか美弥子の異常性に気付いた大沢家の人達はその特殊な力に怯え戦き、徐々にその精神が蝕まれていく。それこそが蛇野川美弥子が持つ蛇神様に纏わる不思議な力なのだと宮下は語る。
聞く所によると蛇野川美弥子は蛇神様と交信し、蛇の呪いや祟りの力を使っていろんな奇跡を起こす事が出来るのだと言う。その力の一端の一つが蛇神占いと言う筮竹を使った易占のような占いだ。
何でも大沢早苗が失踪する二週間前にその特殊な占いで早苗の死を予言したとの事だ。その月日や時間、そしてその人の死に様に至るまでどうやら予言をしたらしい。
実際にその占いは蛇神神社で良く行われていた占い方法らしいのだが、通常人の死を予言する事は先ず無いとの話だ。だが大蛇神に愛された蛇野川美弥子の占いではどうやら人の死すらも予言出来るらしいとの事だ。だからこそ大沢家の兄弟達は皆、そんな得体の知れない力を持つ蛇野川美弥子の事を心の底から恐れているのだろう。
そう考えると美弥子にキツく当たっていた杉一郎の行動にもそれなりに説明がつくと言う物だろう。そんな事を考えていると美弥子の方からおずおずと話しかけてくる。どうやら勘太郎の質問に答えようと先に転じた用だ。
「わ、私は……この草木に、み、水をやっていました。この植物園の草木に時々水をやるのは……旦那様に言いつけられている私の……仕事ですから」
「そうでしたか。まあ、これだけ凄い植物園ならその管理も大変でしょうからね」
「いえいえ、私はただ火曜・木曜・土曜の朝と夕方に適当に水を撒くだけで、本当のここの管理は持ち主でもある旦那様がしていますから」
「なるほど、だから貴方は旦那様でもある草五郎社長の代わりにここで水を撒いていたと言う訳ですね」
「はい、そう言う事です。今日は火曜日なので木々や花たちに水を巻いてたら室内に誰かが入って来たので、また杉一郎さんが追いかけて来たのかと思い、つい木の陰に隠れてしまいました」
「まあ、あんな事があった後ですからね。その気持ちは分かります。ですが随分と仲が悪いのですね」
「ええ、向こうは私のことを……昔から毛嫌いしていますから……」
そう言うと美弥子はさりげなく下を向き悲しげに微笑む。
「なるほど、それは貴方が……十年前に自殺した蛇野川拓男の娘だと言う事に何か関係があるのですか」
その言葉に反応して美弥子と勘太郎が目を見開き、その声のした方向に顔を振り向く。するとそこには悪びれる様子も無い羊野の笑顔があった。
これから徐々に彼女から話を聞き出そうとしている時に、何聞きにくそうな事をダイレクトに聞いているんだよ。余り聞かれたくないデリケートな所を行き成り突っついて本人が泣き出したらどうするつもりなんだよ。聞ける話も聞けなくなってしまうぞ。
そんな言葉にならない視線を向ける勘太郎に、羊野は大丈夫と言う視線を送りながら美弥子の目を真っ直ぐに見据える。
「それともう一つ面白い話を聞いたのですが、何でも美弥子さんは三週間前に死んだ大沢早苗さんの死を占いで予言したとか。一体どんな呪いで予言したのか、その方法を詳しく教えてはくれませんでしょうか」
両手を合わせながら和やかに頼む羊野に、美弥子は大きく溜息を付く。
「村の人達から聞いて何か誤解をしているようですが、私の占いにそんな力はありませんよ。奥様の死を予言したのはたまたまです。あの時は偶然あの結果が出てしまい……その占いの結果にたまたま奥様の死んだ時間が重なっただけなんです。なのであれはただの偶然なのですよ」
「でも聞いた話ですと占いでは昔からちょくちょくいい当てているみたいですし、人の死に関しての予言ならこれで二人目と言う事になりますね。一人は伊藤松助さん……そしてもう一人は奥方の大沢早苗さん」
「勿論、伊藤松助さんの死を言い当てたのも偶然です。どちらもたまたま当たってしまったんですよ。それに私の占いの成功確率は五分五分です。当たる日もあれば当たらない日だって当然あります。当たるも八卦、当たらぬも八卦と言う奴です。当たると宛もそれらしく見えてくる物ですから本当に嫌になります。私なんかに蛇神様の力があるわけ無いじゃないですか。それなのにみんな大袈裟に騒いで……私だって迷惑しているんですよ」
「だから大沢家の人達に意味なく薄気味悪いと思われている訳ですね」
「まあ……そう言う事になりますね。でも私が嫌われているのはあの家に来た当初からですけどね」
そう言いながら蛇野川美弥子は悲しげに微笑む。その消極的な仕草はまるで自分の存在を自ら消してしまうかのようだ。
おいおい、美弥子の顔色が更に暗くなったぞ。そこら辺は各家の家庭の事情だから、もうそこら辺でやめて置いてあげて。お前の物言いは直接過ぎるんだよ。少しは気を遣え!と心の中で絶叫しながら、勘太郎は気分を変えるかの用に話に加わる。
「そ、それで、その占いの方法とは一体どういう物なんですか?」
「そうですね、長い筒に数十個の細い竹の棒を(筮竹というのですが)入れてありまして、その蓋の真ん中にその竹の細い棒が一つ通れるくらいの穴が空いてあります。そして占いの際は、その筒の中身を振りながら竹の棒のサイを出す事によってこの占いは完成します。私の場合その細長い竹の棒の入った筒を四つ程用意しまして、その人の月日や場所、そしてその日に一体何が起こるのかを、いつ・どこで・だれが・どうなったか方式で占いをします」
「ああ、よく神社で見かける。大吉・副吉・中吉・吉・末吉・凶・大凶やらと書いてある竹の棒で占う奴のことですね。知ってますよ、占い師がよく使うあの道具ですよね」
「はい、あの占い装具を使って、言葉の連想ゲームの様な事をするんですよ。まあ大抵は外れるんですけど、たまに上手く行く時があるんですよ」
「へぇ~何やら面白そうですね。今度俺の事も占って下さいよ。特に金運と仕事運辺りを重点的に知りたいですから」
「ええ、いいですよ。私の占いでよろしければ……何時でも」
遠慮がちに応える美弥子に、今度は羊野が話に好かさず割って入る。
「時に美弥子さん、その占い方法は一体誰に教わったのですか」
「わ、私の母です。でも私が七歳の時に病気で亡くなったので……母の記憶は少ししかありません。でも何故かこの占いを教えて貰った記憶だけはしっかりと覚えているんです。何だか不思議ですよね」
「なるほど、でもその占いのせいで大沢家の人達に疎《うと》まれる原因を作っている訳ですし、怪しまれた時点でその占いを辞めるべきだったのではありませんか。なのに貴方は一年前に続き三週間前にも懲りずに大沢早苗さんの『死を』予言し占っている。これでは大沢家の人達に呪いを掛けていると思われても仕方ありませんよ」
その羊野の指摘に美弥子が少し困り顔をする。
「実はこの占いを定期的にやってくれと言っているのは、何を隠そうこの家の主でもある大沢草五郎ご本人なんですよ」
「大沢草五郎だって……何故あの人がそんな事を?」
その話に勘太郎が首を傾げる。
「何でもこの特殊な占いは、その昔干ばつ・大雨・台風と言った災害が今年一年あるかどうかを占うために使った蛇神神社特有の占いの方法らしいんですよ。前にそう旦那様が詳しく教えて下さいました。そしてその占いが出来る私がその縁起も兼ねて、毎年ここで占っているんです。まあ、極度の現実主義者でもある旦那様にしてみたらただの余興・風習……或いは村の習わしかも知れませんが、それに毎年付き合わされている私は溜まった物ではありません。でも農業がここの産業の一つでもありますから、経営を営む社長としては天候や災害のことは気になるのでしょうね」
そんな気の抜けた回答をする蛇野川美弥子を見て勘太郎は思わず拍子抜けをする。
杉一郎や柳三郎が何やら恐ろしげに美弥子の事を話していた用に記憶しているが、ごく普通の女子高生じゃないか。かなり気の弱い所もあるし、彼女から恐ろしさとやらが微塵も感じられないのだが。
そんな好印象を美弥子に抱いていたその時、植物園の入り口の方から宮下達也と見慣れない若者が姿を現す。
小綺麗にジャケットスーツを着込んだ宮下と違い、その若者は黒の革ジャンを自然に着こなし、頭を金髪に染めた細身の若者だ。どうやらその雰囲気からして、彼は今日来たバイトの人間のようだった。
「お話中の所申し訳ありませんが、美弥子さん草五郎社長がお呼びですよ」
「わ、分かりました。直ぐに向かいます。では探偵さん方、これで失礼いたします」
丁寧に会釈をしその場を立ち去ろうとした蛇野川美弥子だったが、何かを思い出したのか遠慮がちに勘太郎の方を見る。
「た、探偵さん、これは言おうかどうか迷ったのですが。今日は……暴漢と毒蛇……そしてお酒に気をつけて下さい」
「暴漢・毒蛇・お酒・それは一体どういう事ですか?」
「それは私にも分かりませんが、近い内に探偵さんがここに来ると柳三郎さんが話していたので面白半分に探偵さんの事を占っていたら……そんな結果が出てしまいました。勿論ただの気休め程度の占いなので何の信憑性も根拠も無いのですが……」
不安めいた謎の言葉を残しながら、美弥子は静に植物園を後にする。そんな彼女の後ろ姿を羊野は真剣な眼差しで見据える。
「何だよ、羊野。まさかあの蛇野川美弥子が怪しいと思っているのか。人の噂では彼女は何やら不思議な力を使うと言う話だったが、それも異常なまでに大蛇神伝説に怯える村人や大沢家の人達のただの疑心暗鬼か何かだろうぜ。祟りや呪いが怖い怖いと思っているからただの占いにすらいちゃもんを付けたがるんだよ。あれはどう見てもどこにでもいるタダの女子高生だよ」
「そのダダの女子高生が人の死を二回も予言しているのですよ。十分に怪しいと私は思うのですが」
「今さっき本人も言っていただろう。あれはタダの偶然だと。俺もそうだと思うぜ。大体蛇神様の呪いなんて実際にあるわけが無いんだ。そうだろう、羊野」
「呪いや祟りなど本当は無いと言う黒鉄さんの意見には勿論私も賛同しますが、彼女が占う蛇神の予言とやらには非常に興味がありますわ。何せ彼女の占う予言道理に月日や人の死に方までもがそのまま再現されているのですから」
「つまり彼女は大なり小なり大蛇事件に関わっていると、お前はそう考えているのか」
「その可能性は十分にあると言っているだけのことですよ」
た、確かに、呪いや祟りなどと言う言葉でつい見過ごされているが、普通に考えたら伊藤松助や大沢早苗の死亡時期を言い当てた蛇野川美弥子は十分に事件の容疑者となり得る人物である。例え直接的な実行犯では無かったとしても、間接的な協力者である可能性は十分に考えられるからだ。
もしかしたらどこぞの第三者が蛇野川美弥子の予言を体現する為に、大蛇を使った何らかの方法で被害者を殺害しているのかも知れない……そう考えるのなら蛇野川美弥子もまた重要人物の一人と考えても差し支えはないだろう。
理屈では分かっていても、ついあの弱々しい雰囲気から彼女のことを擁護してしまう。蛇野川美弥子は絶対に犯人では無いと。
「彼女が……まさかな」
そんな主観的な考えを打ち消しながら勘太郎は前へと進む。進んだその先には話を黙って聞いていた宮下の厳しい顔があった。
「宮下さん、参考までにお聞きしますが、この黄金竜のオブジェは一体誰が作った物なのですか」
「ああ、これは内の従業員の池ノ木が作った物ですよ。確か……草五郎社長が悪戯で竜の模型を植物園に置いてみんなを驚かせたいとの話だったので、その要望に応えた池ノ木の奴が悪ふざけであの黄金竜を作ったと聞いています。ただ余りに精巧に出来ているので草五郎社長が随分と気に入って今もここへ置いているとの事です」
「そうだったんですか。確かに、この竜を間近で見たら誰だって驚きますよね。しかも黄金色だし」
「そんな事よりあの引っ込み思案な美弥子さんが誰かとお話をしていた事の方が驚きです。普段は余り誰とも話さないんですがね。しかも何やら楽しげに笑ってましたし……一体どんな手を使ったのですか」
「どんな手も何も、俺はただ普通に質問をして話しかけていただけですよ」
「つまり、彼女に気に入られたと言う事ですか。蛇神様の神子に気に入られるとは中々やりますね。しかも当の美弥子さん本人からその占いの結果をわざわざ教えて貰い、更には忠告までして貰えた。なのにそこの女探偵さんは彼女に疑いの目を向け……そして貴方に至っては彼女の事をただの女子高生だと軽く見ている節がある。なんとも嘆かわしい事です。ですがその考えも今日一日で変わる事になるでしょう!」
「それは一体どういう事ですか?」
「ふ、知れたことです。彼女の占いの結果が全て真実の物になると言う事です。何故なら彼女はあの大蛇神様を崇める蛇神神社のまごう事無き神子ですからね。ハハハハハッッ!!」
絶対的な自信を抱きながら不敵に笑う宮下に勘太郎は美弥子はただの普通の女の子だと言いたかったが、今はグッと堪える。まだこの盲目的な信者を説得出来るだけの材料が揃ってはいないからだ。そんな勘太郎の心をまるで援護するかのように行き成り疑問の声が飛ぶ。声を上げたのは今まで黙って話を聞いていた金髪の若者だった。
「宮下さん、またその話ですか。それって本当なんですか。俺未だに信じられないんですけど」
「なんだ、石田君。君は今この村で起きている大蛇神伝説を疑うのかね」
「いや、俺はそんなのはどうでもいい人間なんで、特に興味も無いっすよ。そんな事よりも、俺の次の仕事は何ですか。作業の割り振りでは、この後池ノ木さんの仕事を手伝う用にと大沢草五郎社長からも直々にいわれてるんでっすけど」
「まあ、そう言うなよ。俺だってその大沢草五郎社長に頼まれてここに来てるんだからさ」
「じゃ早く急ぎましょう。早く行かないとまた池ノ木さんが不機嫌になりますからね」
「お前ら、バイクの話とかで仲がいいんじゃないのかよ」
「まあ、金の無い俺に良く飯をおごってくれますけどね」
「ははは、まあ、あいつは切れやすいが根はいい奴だからな。きっと貧乏人の気持ちが分かるのさ。じゃ行こうか。池ノ木は恐らく馬屋の掃除をしているよ」
「馬屋か……き~キツいな!」
そんな二人の会話に区切りが付いた事を確認した勘太郎は、直ぐさま会話に割って入る。
「では宮下さん、我々もこれで失礼します。まだ村の人達からの聞き込みも残っていますので。行くぞ、羊野!」
勘太郎は宮下とバイトの若者に軽く頭を下げると、直ぐに背を向けて歩き出す。
「よし、もう植物園はいいだろう。ここを出たら次は何処を回ろうか」
「そうですわね。取りあえずは涼しい所にでも行きますか。ここは少し熱いですから」
「ああ、そうだな。そう言えばちょっと喉が渇いたかな」
額にうっすらと汗を掻きながら勘太郎と羊野は真夏を思わせる植物園を歩き、渇望する出口へと急ぐのだった。
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