白い羊と黒鉄の探偵 ~狂人達が暗躍し掲げる不可能犯罪に白い羊と黒鉄の探偵が挑む~

藤田作磨

文字の大きさ
31 / 222
第二章 『絶望階段』 とある高校に出没する階段落下トリックを操る狂人・絶望王子と呼ばれる謎の学生との推理対決です!

2-3.苛めと底辺の存在、それが絶望王子

しおりを挟む
                    3

 一月十六日(水曜日、曇り)

 午前の十時三十分。

 勘太郎は東京江東区にある江東第一高校に足を運んでいた。

 空に点在する雲は風の力で目まぐるしく動き、時々雲の隙間から覗かせる太陽の光が街を暖かく照らしださんとその隙を伺っている。そんな微妙な天気の中を一台のワゴン車が駐車場内へと入って来る。そのワゴン車のサイドドアに黄木田喫茶店と文字が書かれている事から、このワゴン車が黄木田源蔵の所有物である事が直ぐに分かる。
 そんなまだ肌寒い冬の道のりをまだ運転に慣れないワゴン車でここまで運んで来た緑川は、日の光が苦手な羊野と一緒に車の中で待機をする事にした。

 最初は羊野も一緒に行きたいとかなりごねていたが、流石に高校の学び舎に羊のマスクを被ったコスプレ女性を行かす訳には行かないので、勘太郎は単身一人で行く事に決めたようだ。

 大人しく待機をする二人の声援に見送られながらワゴン車を降りた勘太郎は、町の中にある江東第一高校の校門にその足を向ける。
 そんな勘太郎がなぜこの高校に来たのかと言うと、最初の階段落下事件で被害に遭った近藤正也がこの高校に通っていると言う情報を赤城刑事から聞いたからだ。

 勘太郎は黒のダウンコートを着こなしながらこの高校の責任者でもある校長先生に挨拶に行く為、校内の廊下をゆっくりと歩き始める。
 何やら緊張した面持ちで歩く勘太郎は徐に柄系の折り畳み式携帯電話を取り出すとネットのホームページから江東区の説明欄を目で追う。

 江東区は海が近い為区内は河川や運河が縦横無尽に流れ、水辺は木々や緑を育てる潤滑油として活用されている。
 かつては海だった臨海部は開発が進み高層マンションや高層ビルが建ち並び。それとは別に昔からの下町も混在する下町情緒が溢れる町だ。

 昔ながらのセメント工場や化学肥料工場や製粉工場と言った工場地帯が多いが、昭和二十二年には深川区と城東区が合併したので現在の江東区が出来たとの事だ。

 地域には深川神明宮や2018年に開場した豊洲市場が新たな観光地になり盛り上がっているが、一年に一度開催される大江戸深川桜子祭りや豊洲水彩祭りや江東湾岸祭りが毎年開催されている。更には江東区民祭りや中央祭り、果ては江東区子供祭りなんて物もある。そんな町だ。

 勘太郎は水に関わりが深い町の景色を目で追いながら江東第一高校の校舎の入口に足を踏み入れる。

 もう既に赤城刑事が、ある事件を調べる為に二人の探偵がそちらを訪問すると言う話を事前に通してくれていたので、勘太郎は特に誰にも邪魔させる事無くスムーズに高校の敷地内に入る事が出来た。

 もう既に冬休みが終わり三学期が始まっているので近藤正也はこの学び舎に必ずいると踏んだ勘太郎は、校長先生の案内で今現在彼がいると思われる三年A組の教室へとその足を向ける。

 三年生の教室は建屋の四階にあるので登るのが若干キツかったが勘太郎は階段を何とか登り切り、今現在二時間目の数学の授業をしている教室へと何とかたどり着く。
 しかし自分より歳が三回りも違う五十代の叔母さん校長に階段登りで負けた事に内心かなり複雑な物を感じたが、きっと毎日上り下りをしているから慣れているのだと自分に言い聞かせ校長の後へとついて行く。

 本当はタダ単に自分に体力が無いだけなのだが。初老のしかも叔母さんに負けた事実だけは……それだけは男として絶対に認める訳にはいかないので、勘太郎はいつものように自分を誤魔化しながらも自虐的に考える。
 逃げちゃ駄目だ……逃げちゃ駄目だ……逃げちゃ駄目だ……絶対に逃げちゃ駄目だと。

 廊下に設置してある加湿器の蒸気に目を向けながら三年A組の教室の前まで来ると、引き戸越しから伝わる緊迫した雰囲気に勘太郎は一瞬入るのを躊躇《ちゅうちょ》するが、前を歩く校長先生が先に教室の引き戸を全開に開けて中へと入ってしまう。
 だがその時引き戸が開いた瞬間、教室から険しい顔をしながら一人の中年男性がのしのしと出て来る。何があったのかは分からないがその体は怒りでプルぷりと震え、顔は怒りに満ちていた。

「くそ~あの不良生徒ら、教頭であるワシをコケにしやがって! このままでは澄まさんぞ!」と小声で口走っていたが校長先生の姿に気付くと、まるで逃げるようにして勘太郎の横を通り過ぎる。

 その時お互いにすれ違う瞬間、教頭の体から何か強い香水の様な匂いをその鼻で感じたが、勘太郎は特に気にすること無く三年A組の教室へと入って行く。

「授業中に失礼します。谷口先生ちょっとよろしいかしら!」

 校長先生がこの状況を谷口先生と呼ばれる数学の教師に説明後、直ぐに軽い挨拶と説明を勘太郎に促す。
 そんな校長先生の威厳に隠れながらも勘太郎はすかさず机に座る生徒達を顔見するのだが、三年A組の生徒達の無言の視線や数学の先生のあからさまな不機嫌な態度に勘太郎の心は内心折れそうになる。
 だがだからといって相手の授業時間に合わせて聞き込みをする訳には行かないので、勘太郎は後三日しか無いタイムリミットを気にしながら、教室の生徒達に挨拶をする為頭を下げる。

「授業中申し訳ありません。とある事件の速やかな解決の為に直接教室まで出向かせて貰ったのですが、この教室に近藤正也君はいらっしゃいますでしょうか!」

 行き成り入って来た校長と勘太郎の出現に谷口先生や生徒達は不信を抱きながらもあっけにとられていたが。なりふり構ってはいられない勘太郎は挨拶もそこそこにこの教室にいるはずの近藤正也の姿を目で懸命に探す。

 いない……どこを見渡しても近藤正也はこの教室にはいないようだぞ。さっき放送で呼び出して貰っても近藤正也は一向に現れなかったから仕方なくこの三年A組の教室まで足を運んできたのだが、教室にもいないとなると一体彼は何処に消えてしまったんだ。

 そう思いながら辺りをキョロキョロしているとその思いを受け取ったのか、代わりに校長先生が今勘太郎の思っている事を言葉に代弁する。

「谷口先生、近藤正也君がいないようですが授業には出てはいないのですか?」

「はい、二時間目の授業には出ていません。一時間目の授業には出ていたらしいのでこの校内の何処かにいるとは思うのですが、本当に困った奴です」

 そう言うと谷口先生はがっしりとした体を揺らしながらまるで本当に困っているかのように溜息交じりに頭を掻く。だがその感情が無い棒読みの様な言葉に、この谷口と言う先生が本当に生徒を心配しているかは甚だ疑問である。
 そんな勘太郎や先生達の疑問に答えるかの用に窓側の一番奥に座る眼鏡を掛けたワンレンヘアの生徒の一人が勘太郎に向けて話し掛ける。

「あんた、あの階段落下事件を調べに来た刑事か何かかよ。あいつならここにはいないぜ。恐らく何処かで休憩でもしてるんじゃないのか」

「警察がわざわざあいつに会う為にここまで来るだなんて……あいつもすっかり有名人ね」

「ハハハハー確かに、悪質な通り魔から生還した悲劇の主人公てか~っ。それは笑うわ!」

 今度は厚化粧と茶毛の髪にウエーブの掛かった女子生徒と、体をサロンで色黒く染め上げた男子生徒がまるで馬鹿にしたようにせせら笑う。

 その横では角刈りに頭を丸めた大柄な厳つい男子生徒がこちらに(眼)ガンを飛ばしながら勘太郎を無言で威嚇する。
 勘太郎は敢えて気づかない振りをしながら視線を逸らすが、その角刈りの男子生徒はまるでその反応を楽しむかのように勘太郎を睨みつける。

 そんな威圧的な脅しに勘太郎は内心ドキドキしていると、今まで勘太郎を睨んでいた角刈りの頭の生徒が荒々しい声を上げながら正論を並び立てる。

「先生もう授業を進めろよ。この無駄な時間がもったいないぜ!」

 その最もらしい意見を言う角刈りの不良生徒に勘太郎が恐縮していると、続いて今度は一番前の席に座る如何にも真面目そうな黒髪セミロングの綺麗な女子生徒が席を立ち話に加わる。

「谷口先生、大鬼君の言うとおりです。そろそろ授業の方を進めて下さい」

 どこかピリピリした雰囲気で授業を進める三年A組の生徒達を見ながら、勘太郎は勝手にこの教室にいる強い個性を持つ主な生徒達のあだ名を考える。

 セミロングの真面目な女子学生に、頭がワンレンの眼鏡の男子学生。それと茶毛のウェーブの掛かった厚化粧の女子学生に、色黒に体中を日焼けした男子学生。それに最後は角刈りをした厳つい顔の男子学生の五人と言った所か。まあ、あの真面目そうな女子学生は彼らの仲間じゃ無いみたいだから事実上この四人がこの教室で力を持つ不良達と言う事か。いつの時代も不良って何処にでもいるんだな。全く困った物だぜ!

 生徒達の授業を再開すると言う声を聞きながらそんな事を考えていると、後ろの教室の引き戸が静に開き「すいません。遅れました」と言う弱々しい声が廊下の方から聞こえてくる。
 その声のする方に目をやると、遅刻したその男子生徒はコンビニで買ったと思われる缶ジュースや菓子パンが入ったビニール袋を重そうに持ちながら教室に入る所だった。

 教室に入ってくる男子生徒の姿を見た時、勘太郎の目はその生徒に釘付けとなる。何故ならその男子生徒の姿が異常この上なかったからだ。

 頭の上から黒い防空頭巾を被り、更にその頭巾の上からお粗末な段ボールで作ったと思われる子供の工作のような王冠をその男子学生は被っていたからだ。しかも体には黒い布で作られたボロボロのマントを羽織っている。その姿は正に滑稽で差し詰めできの悪い稚拙で貧乏な王様を連想させた。

 そんないかれた姿を見た四人の不良達は嘲りと軽蔑の眼差しでその男子学生を見ていたが、あの黒い防空頭巾の学生通り魔を思わせるその姿は、犯人を追う勘太郎からしてみたらとても笑えない異形の姿のように思えた。

 だが、そんな異形の彼の姿を見て一番絶句し固まっていたのは勘太郎では無く、その教室にいた他の生徒達だった。
 何故ならその黒い防空頭巾を被った学生通り魔の姿を模倣した男子生徒を見る生徒達の眼差しは恐怖と驚きで満ち溢れ、その殆どの生徒達が異常な程にその黒い防空頭巾を被った男子学生の姿を恐れているようだったからだ。

「きゃああぁぁーっ! 内田君。それ、その格好は流石に洒落になってないわよ。変な冗談は止めてよね!」

「おい天野君、また内田に絶望王子役をやらせてるのかよ。いい加減その悪ふざけは止めた方がいいって……でないとまた、あいつらみたいに呪われるぞ!」

 その姿を見て皆キャーキャーと大声で騒ぎ出す中、後ろの席に固まっている四人の不良達だけはニヤニヤと笑いながらその光景を楽しんでいるようだった。
 その中のリーダー格と思われるワンレンの眼鏡の男子学生が大きく笑いながら他の生徒達の心配を一蹴する。

「ハハハハハーっ、呪いだってよ~うけるわ。内田その姿はこの高校で本当の馬鹿だけが授かる事の出来る名誉ある姿なんだから光栄に思わないとな。そうだろう内田!」

「そうだぞ。でも今度は内田が第二の絶望王子かよ。まあ、中間テストでも赤点だったし。この高校で一番成績が悪いんだから仕方ないよな。嫌だったら勉強して今度の始末テストの順位を上げればいいだけの話何だからこれは虐めじゃないよな。まあ、言ってみれば俺達からの優しい教育的指導って奴かな。絶望王子役を作る事で皆がこうなりたくないと必死に勉強をするんだから、この制度は成績アップにも貢献しているって事だぜ。みんな俺達に感謝しないとな!」

「そうだぞ、内田。お前は全学年馬鹿1位なんだから、この一年間は校内では必ずその格好でいろよ。約束を破ったら半殺しだからな。わかったな!」

 不良達に恫喝を受け馬鹿にされ、汚らしい罵りの言葉を浴びせられるその黒い防空頭巾を被った男子学生は、段ボールで出来た王冠を下に向けながら無言でうなだれる。その情けない姿をマジマジと見せ付けられた勘太郎は直ぐに理解をする。

 恐らく彼はこの不良達に虐めを受けているのだと。

 そんな騒がしい中、三年A組の担任『谷口秋人たにぐちあきと』(四十歳)が、騒いで落ち着かない生徒達を怒鳴りつける。

「お前ら騒がしいぞ、静にせんか。内田、何だその格好は、いいから着替えて席へ座れ!」

 そう言いながら何故そんな格好をさせられているのかも聞かずに谷口先生は生徒を席へとつかせる。

「校長、ここは私が責任を持って彼らに言って聞かせるので任せてはくれませんでしょうか」

 体育会系のガッシリとした体を誇示しながら困った感じで言う谷口先生に、校長先生は「分かれました。では後の事は谷口先生にお任せします」といいながら静に教室を出て行く。

 おいおい、それでいいのかよ~と思っていると、小柄なお下げ髪の女子生徒と七三分けの髪型と眼鏡掛けたオタク風の男子生徒の二人が、不格好な王冠に黒い防空頭巾と黒マントを着用した内田なる男子生徒の仮装を脱がせに掛かる。
 そのさりげない優しい行動を見て勘太郎は咄嗟に谷口先生に彼ら二人の名前を聞く。

「あの~う、谷口先生。今内田君の仮装を脱がせに掛かっているあの二人の生徒の名前はなんと言うんですか」

「ああ、おさげ髪の小柄な女子は『小枝愛子こえだあいこ』。その隣にいる七三分けの眼鏡の男子が『佐藤彦也さとうひこや』だ。それがどうかしましたか」

「このご時世、ちゃんと仲間を気遣う事が出来るなんて感心するな~と思って。それであの黒い防空頭巾を被った男子生徒はなんと言うんですか。名前を教えて下さい」

「なんであんたにそんな事を言わないと行けないんだ。あんたは近藤正也に会いに来たんじゃないのか」

「ええ、そうなんですけど、あの男子生徒が仮装している格好って、この半年間江東区周辺を騒がせているあの階段落下事件の犯人の姿に酷似こくじしているとは思いまして」

 その勘太郎の言葉に流石の谷口先生も言葉を詰まらせる。どうやら谷口先生もあの階段落下事件に必ず現れる黒い防空頭巾の学生通り魔の話は聞いている用だ。

「あの黒い防空頭巾を被っている男子生徒の名は『内田慎吾うちだしんご』。友達の悪ふざけであんな格好をさせられてはいるが、あの事件とは一切関わりは無いから安心しろ。内田は極めて内気で大人しい人間だから彼が犯人である事は先ずないだろう。フルネームも教えた事だし、これで文句は無いだろう」

 そう谷口先生に言われた勘太郎は、その内田慎吾と言う男子生徒をマジマジと見る。
 その平凡な容姿から見ても特にこれっと言った特徴のある生徒ではないが、素直で優しそうな雰囲気を持つ学生のようだ。
 勘太郎は胸ポケットから黒い手帳を取り出し、今読み上げて貰った学生達の名前をメモしていると、谷口先生が嫌な顔をしながら生徒達の方を見る。

「思わぬ邪魔で数学の従業が中断してしまったが、三時間目の自習工作は、三日後に開催される江東第一冬祭りの出し物をみんなで作るぞ。確か今お前らが作っているのは、友情の旗とか言う三年A組の記念の旗だったな。なら早く完成させろ。何せ後三日しか無いから今日は放課後居残りしてでも完成に漕ぎ着ける用に。わかったな」

 いや、今この場にいない近藤正也の方をどうにかして貰いたいんですけど……出ないと俺この場から動けないし。そんな事を思っていると、窓側の一番奥の方でビニール袋を抱えて来た内田が四人の不良学生達に買って来た品物を渡す。

「頼まれた物を買ってきました……っ」

 礼を言う事無く四人の不良学生達はビニール袋を受け取ると、中の品物を物色していたリーダー格のワンレン頭の男子学生が内田にいちゃもんを付ける。

「おい、俺が頼んだ菓子パンはチョコレートパンじゃ無くてコーヒーパンだって言ったよな。お前ふざけんなよ!どうしてくれるんだよ、弁償しろよ!」

「でも、さっきは確かにチョコレートパンだって天野君が言ったから」

「何だよ、俺が嘘を言ってると言いたいのか。自分の聞き間違いを俺のせいに仕様って言うのか。内田の分際で生意気だな」

 あらぬ濡れ衣を着せられ、弁償しろと頭を叩かれる内田は、小さな声で反論をする。

「でもあの時、確かにチョコレートパンだって天野君が……」

 しどろもどろ言う内田に、角刈り頭の男子生徒がドスの利かせた態度で声を荒げる。

「何だよ、天野君が間違ってると言いてえのかよ。いいからお前は黙って間違えた代金を払えばいいんだよ!

「そうだぜ。お前が馬鹿だから品物を間違えたんじゃねえの。それをこっちのせいにされても困るぜ!」

 角刈りの男子学生に凄まれ、うつむいて下を向く内田に、今度は厚化粧の女子生徒と肌黒の男子生徒が馬鹿にした感じでヘラヘラとせせら笑う。
 そんな重苦しい空気が教室中に漂う中他の生徒達はと言うと、皆我関せずといった感じで関わらないようにしているようだ。
 そんな光景にいたたまれなくなった勘太郎は、小さなで谷口先生に話し掛ける。

「な、なんか奥の席の窓側の人達……何かもめてるみたいですけど、止めなくていいんですか」

「ああ、あれはあいつら仲間達のいつものじゃれ合いみたいな物だから気にするな」

 それだけ言うと俺は関わり無いといった感じで、生徒達に背を向けながら黒板消しで黒板に書かれてある文字を綺麗に消しに掛かるが、そんな素っ気ない態度の谷口先生に勘太郎は更に食い下がる。

「でも、あれはさすがにちょっとまずいんじゃ無いんですか。注意くらいはした方がいいと思いますが」

 勘太郎のもっともらしい指摘に流石にうざいと思ったのか、谷口先生が窓側の奥の不良達……にでは無く、明らかに苛められている内田慎吾に向けて声を上げ怒鳴りつける。

「何やってんだ、内田。早く席について自分のやるべき事をしろ! 今必死に勉強しようとしている天野君達の邪魔をするんじゃないぞ!」

「いやいやいや、そうじゃ無いでしょう、谷口先生。悪いのは明らかに内田君をパシリにしていたあの不良達の方ですよね。どう見ても被害者は喝上げされそうになっている内田君の方じゃないですか」

 理不尽にも怒鳴られ、スコスコと自分の席につく内田を見て勘太郎は再度谷口先生に疑問をぶつけてみるが、谷口先生は質問を逸らすかのように一人の女子生徒を指名する。

「お~い佐野、お前三年A組の委員長なんだからこの人を近藤のいる所まで案内してあげなさい。恐らくこの校内の何処かにいるだろうから、後の事は頼んだぞ」

 そんな谷口先生の押しつけめいた言葉に、セミロングの綺麗な髪型がよく似合う真面目そうな女子学生が驚きの声を上げる。

「わ、私がですか」

「そうだ、お前がだ。俺はまだいろいろとやることが残ってるからな。忙しいんだよ」

  そう言いながら谷口先生は、今度は勘太郎の方を見る。

「まあ、そう言うことなんで、今からこの学級委員長の『佐野舞子さのまいこ』に校内を軽く案内して貰うといい」

 校長から引き受けた事を一人の女子生徒に丸投げした谷口先生は、もう知らないとばかりに持参した書類に目をやりながら自分の仕事へと逃げ込む。そんな谷口先生に勘太郎は『いやいやいやお前、ちゃんと仕事しろよ』と思っていると、席を立ち目の前まで来た佐野舞子に声を掛けられる。

「では参りましょうか。私が校内を案内します」

 それだけ言うと佐野舞子は突いてこいとばかりに勘太郎の前を歩き出す。その佐野舞子が教室の引き戸を開けた瞬間、あまりの驚きに大きな声を上げてしまう。

「きゃあぁぁぁーっ!」

 引き戸の前にいたのは、白い衣服に羊のマスクを被った羊野瞑子だった。

 一目見たら忘れられないその姿は、佐野舞子のみならず教室にいた全ての生徒達の目を釘付けにする。そんな生徒達の好奇と不安に応えるかの用に羊野は不気味な雰囲気を全身から醸し出す。

「お前なんで来たんだよ。俺が戻るまで車の中で待機してろと言ったろう」

「やっぱり黒鉄さん一人だけでは何かと不安……じゃなくて心配なんで来ちゃいました」

「お前、今俺の事をそれとなく議すっただろう。それがお前の本音か!」

「考え過ぎですよ。有能な部下がタダ単に、うだつの上がらない上司を気遣っているだけですわ」

「それを世間一般では大きなお世話と言うんだよ!」

 そんな二人のやり取りを見ていた佐野舞子が、不思議そうに勘太郎に聞く。

「あの~この人は誰ですか……て言うか、近藤正也君を探しているあなた達は一体誰なんですか。てっきり警察の人かと思っていましたけど違いますよね。警官や刑事さんが羊人間を連れて校内を訪れたりはしませんからね」

 佐野舞子の指摘に勘太郎が「俺達は……その……」と言いかけたその時、勘太郎の頭の後ろで何か大きな音が炸裂する。その音のした方に振り返ってみると、いつの間にか勘太郎の頭の後ろに片手を突き出していた羊野が、拳を握り絞めながらその鋭い眼光を窓側奥に座っている不良達に向ける。
 その瞬間周りの生徒達からは驚きの声が溢れ、奥に座る不良達からは歓喜の声が上がる。

「ひゅ~う、あの白い羊の姉ちゃんすげーな!」

「天野君が投げた剛速球の消しゴムを瞬時に片手で捉えやがった。後少しであの黒服の人の頭にジャストヒットするはずだったんだけどな!」

「ヒヒヒ~ッ、そうなったらうけるわ!」

 そんな不良達の声に状況を把握した勘太郎が羊野の握っている拳を見てみると、その手の中には硬く大きな消しゴムがしっかりと握り締められていた。

 物凄い反射神経と洞察力で瞬時に飛んで来た消しゴムを臆する事無くキャッチするその決断力と勇気に毎度の事ながら驚愕を覚える。そんな羊野の助けで何とか消しゴムの直撃を免れた勘太郎だったが、何故不良達が勘太郎に向けて消しゴムを投げたのか、その答えは言わずとも明白だった。
 恐らくはさっき勘太郎が内田慎吾の事で谷口先生に告げ口をした事が気にくわなかったのだろう。何も知らない部外者がしゃしゃり出るんじゃない! と言う警告を込めた投石ならぬ投消しゴムだったのだろうと推察される。その証拠に等の四人は憎たらしい笑みを勘太郎に向けながらニヤニヤと笑っているのが目に付く。

 ああ~、俺この教室に来て早々早くも不良達に目をつけられちゃったよ。と勘太郎が思っていると、羊野は目の前にある木製の椅子を両手で持ち上げると不良達に目がけて投げ込もうとする。
 その決定的瞬間を見ていた勘太郎と佐野舞子は寸前の所でその行為を止めると、二人で「ウソで~す!」と言いながらその場を誤魔化す。

 そんなどう見ても誤魔化し切れない状況に文句を言ったのは不良達では無く椅子を持ちながら今もジタバタいている羊野の方だった。

「何をするんですか黒鉄さん。彼らはこちらに攻撃して来ました、これは明らかに私達に対する敵対行為です。敵は速やかに排除しないと」

 そう言いながら羊野は、両太股辺りに隠し持っている長い得物の柄を白いロングスカート越しになぞる。

「いやいやいや、そういうのはいいから。そういうのは間に合ってますから、絶対にやめてくれよ。いいな羊野!」

「そうですよ、何をするつもりかは分かりませんがやめて下さい。あの不良達を怒らしたら大変な事になりますよ!」

「いいですわ、望む所です。皆一網打尽に始末して差し上げますから」

 羊野のその冗談抜きの発言に、勘太郎は思わず凍り付く。

「お前、一体あの不良学生達に何をするつもりだ。そういうのは冗談でもやめくれよ。頼むからさあ!」

「私、初めから冗談なんか言ってはいませんが」

「なら尚更まずいわ。少しは自分の行動を自粛しろ! お前が一般人に向けて傷害事件やもしくは死傷事件を起こしたら、その時点で監獄に送られるぞ! お前は常に警察に目を付けられている事を忘れるなよ!」

「そうならないように上手くやりますから、安心して下さいな、黒鉄さん。フフフフ!」

 羊野の奴、別に怒っている訳では無いらしいが、不良達が俺を攻撃した事がそのまま障害だと……つまりは敵だと結論づけた用だな。羊野の考えは敵か味方か、有害か無害かの見極めの落差が激しすぎるんだよ。このままじゃ本当に生徒達の命がやばい。これ以上羊野が本気にならない内に早くあいつらから遠ざけないとまずい事になる。

「いいから教室から出ろ。こい羊野!」

 勘太郎と佐野舞子の二人は、戦闘態勢の羊野を引きずりながら何とか廊下へと連れ出す。
 そんな漫画の一コマのような光景を三年A組の生徒達はただ唖然としながら見守るだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...