白い羊と黒鉄の探偵 ~狂人達が暗躍し掲げる不可能犯罪に白い羊と黒鉄の探偵が挑む~

藤田作磨

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第四章 『罪深い水瓶の底から』 大木槌を持った異形の殺人鬼が封鎖されたデパート内で勘太郎達に迫る。狂人・悪魔の水瓶との推理対決です!

4-6.襲い来る悪魔の水瓶の猛攻(イメージラフイラストあり!)

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『三階のエスカレーター前の金網式のシャッターの鍵が開いている。これなら三階フロアーの中に入れるぞ。皆さん俺から出来るだけ離れないようにして下さい!』


 時刻は十五時〇三分。勘太郎・羊野・関根孝のその後ろに、水瓶人間を目撃したという梅塚幸子と、背の高い木戸きどと名乗る警備員に同じく長瀬ながせと名乗るがたいのいい警備員がその後ろに連なる。

 合計六人の男女が回りを警戒しながら家電製品を取り扱う三階フロアーに足を踏み入れる。だがその中に何故か緑川章子の姿は見えない。
 何故なら緑川章子は二階フロアーにいる残りの十人余りの生存者達を黄木田店長達がいる地下一階フロアーに避難させると言い出したからだ。

 まあ確かに、この在庫保管用の倉庫内には水瓶人間に殺された被害者達の死体が四体も目の前の床に綺麗に並べられているので、その死体がある同じ部屋の中でまたいつ現れるかも分からない水瓶人間の陰に怯えてここで震えているよりは地下に移動して貰った方が正直いいだろう。

 まだ上にいるかも知れない他の生存者達のことや、まだ何処にいるかもよく分からない水瓶人間の追跡に頭が一杯だった勘太郎は、傍で怯えている子供やご老人達の心の配慮までは気が回らなかったようだ。
 その大役を緑川が代わりに言ってくれた事で二階にいる生存者達の移動を緑川に頼んだ勘太郎は、羊野と関根孝の三人で三階に上ろうと思っていたのだが、そこで思わぬ参加者が名乗りを上げる。洋服専門のしがないモデルをやっているという梅塚幸子と木戸と長瀬と名乗る二人の警備員だ。

 梅塚幸子は「他に生存者がいるのなら私も一緒に見て回る」と言い。木戸と長瀬の二人は、このデパートで働く警備員として出来るだけお客さん達を無事に安全な所まで避難させなければならないと一緒に付いて来たと言う訳なのだ。

 勘太郎・羊野・関根孝・梅塚幸子・木戸・長瀬の六人は、閉ざされていた三階フロアーの中に足を踏み入れると、今は無人となっている不気味な静寂が辺りを包む家電製品コーナーの売り場の方に丹念に目を向ける。
 だが煌々と明かりが照り付ける家電製品コーナーや生活用品売り場には当然ながら人の姿はなく。気配すらも感じない事から、この三階フロアーに人は恐らくは誰もいないのではないかと勘太郎は考えていた。

「では皆さん、取りあえずはまだ何処かに隠れているかも知れない生存者達を探そうと思いますが余り遠くにはいかないで下さい。もし生存者が見つかったら、大きな声で呼んで知らせて下さい。ここにいるみんなが即座にその声のした方へ駆けつけますから。それと、もし水瓶人間に遭遇したら迷わず俺と羊野のいる方へ逃げて来て下さい。その水瓶人間の方は俺と羊野で何とかしますから。いいな羊野」

「ええ、いつでも大丈夫ですわ」

 羊野は、勘太郎の言葉に手に持つ包丁を振り回しながら態度で応える。

「だからそれはやめろって。周りにいる人達が怪訝な目で見ているだろう!」

 そう羊野に注意しながら勘太郎が周りにいる梅塚幸子・木戸・長瀬の三人の方を見てみると。三人はそれぞれ家電製品コーナーで自分の身を守る武器になる物をそれぞれ見つけ出し確認している様だった。

 梅塚幸子は自前の眼鏡を外すと、目を覆う水中眼鏡を代わりに目に掛け。手には鉄製の大きなフライパンを装備する。

 木戸と長瀬の二人は自分達が普段から腰ベルトに下げている折り畳み式の鉄製の警棒を直ぐに取り出せる様に確認する。

「よし、これでいつでもいいですよ。ではいきましょうか」

 その長瀬警備員の言葉を皮切りに、六人は一斉に三階にある電化製品売り場のフロアー内の周りにそれぞれ散らばる。

「やけに静かだが、この階に被害者なんているのか」

 緊張をした足取りで電化製品売り場のテレビコーナーを見回りながら丹念に探していると勘太郎は、長椅子の下で寝そべり隠れている一人の中年男性を見てしまう。
 あれで隠れているつもりなのかとつい思ってしまうほどにその男の体は全体を隠し切れてはいないようだったが、そのメタボ気味の体を仕切りに震わせながら静かに息を殺すその姿はまさに真剣その物だった。

 この三階フロアーにも生存者がいた事を確認すると、勘太郎はその男が隠れている長椅子の方へと静かに歩み寄る。
 その勘太郎の足音にその男は更に体を震わせながら目を硬く閉じ何かに祈るかのように両手を組んでいる様だったが、勘太郎の「大丈夫ですか!」と言う声にビックリしたのか、その男は大きく目を見開きながら声を掛けた勘太郎をじっと睨みつける。

「し、静かに、あまり大きな声を出すんじゃない。まだあのいかれた水瓶人間がその辺りにいるかも知れないのだぞ。俺がここに隠れている事がバレたらどうするんだよ!」

「す、すいません……」

 その男の真剣な指摘に勘太郎は思わず謝る。

「それで……君は一体誰なんだ。他の生存者か?」

「生存者には違いはありませんが、下の地下一階フロアーから上の階にいる生存者達を探しに来た者です。さあもう安心ですよ。俺達と一緒にこの階からでましょう」

「この三階フロアーから出る……助けが……助けがようやく……来たのか」

 そう呟くとその男は安堵の溜息をつきながら怖ず怖ずとその隠れていた長椅子からその恰幅のいい体を引き出す。
 回りを頻りに気にしながらその男はスーツに付いた埃を手で払い落とすと、目の前にいる勘太郎に自分の名を明かす。

「俺の名は西条貴文さいじょうたかふみ。西条ケミカル化学会社と言う医療器具や土木事業を主に扱い経営するその会社の社長だよ」

 その男の思わぬ正体に勘太郎は正直かなり驚いていたが、無事に出会えた事を素直に喜んだ勘太郎は目の前にいる西条社長に今現在知りうる限りの情報提供を求める。

「西条社長、あなたが関根孝さんの上司でもある西条貴文社長ですか。俺の名は黒鉄勘太郎、人は俺のことを黒鉄の探偵と呼びます」

「黒鉄の探偵だと……つまりは探偵か。まあ、なんでもいい、助けが来たのなら早くここを出るぞ。またあの可笑しな格好をした水瓶人間に追いかけ回されたら叶わんからな」

「水瓶人間を見たのですか」

「ああ、見たよ。見たと言うかついさっきまでその水瓶人間に追いかけ回されていたんだがな」

「なんですて。なら水瓶人間はこの階にいるのか。それで、追いかけ回されていたと言う事は、あなたの他に他の生存者達もいたと言う事ですか」

 その勘太郎の質問に西条社長は少し言うのをためらっていたが、バツが悪そうにその質問に応える。

「ああ、いたよ、俺の他にもう一人な。我が社に勤めている軋おさむ部長と共にこの誰も一般客のいなくなった三階フロアーを血眼になって必死で逃げていたんだが、軋おさむ部長はあえなく捕まり何処かに連れて行かれたのを見たのが最後かな」

「水瓶人間に捕まり何処かに連れて行かれた。一体何処に連れて行かれたんですか?」

「さあな。そんな事は俺は知らんよ。そんな事よりだ、早くここから逃げよう。ここに助けに来たと言う事は他にも仲間がいるのだろ。早くその仲間達と合流して俺をあの水瓶人間から守ってくれ!」

 捕まった部下のことはお構いなしに自分の身を優先する西条社長のその態度に正直、勘太郎は嫌な物を感じたが、今は取り乱し冷静な判断が出来ないのだろうと取りあえずは納得する。
  そんな西条社長に「では俺に付いてきて下さい」と声を掛けたその時、三階フロアーの天井の蛍光灯が一斉に全て消え、廊下の方から何かを引きずるような音が徐々に鳴り響き、その音が勘太郎と西条社長の元に段々と近づいて来る。

「なんだ、行き成り天井の蛍光灯の電気が皆一斉に全て消えてしまったぞ。それにこれは一体なんの音だ? 何かを引きずるような音が段々こっちに近づいて来るぞ」

 その勘太郎の疑問に、体を震わせながら怯えおののく西条社長が答える。

「あいつが……あの殺人鬼が……舞い戻って来た……」

 真っ暗なフロアーの空間の中で辛うじてテレビの画面や電化製品のランプの明かりだけが辺りを照らす中で、西条社長は震えた声で叫ぶ。

「き、来た。軋部長を何処かに隠して、またここに舞い戻って来た。み、水瓶人間だ!」

 そう西条社長が叫んだのと同時に電化製品の棚の横から大きな水瓶の頭が現れ、その不気味な姿を現す。
 大きな水瓶の甕を逆さまに被り、その甕が落ちないように体の腰ベルトに固定したその姿で現れた水瓶人間は、その大きな大木槌を引きずりながら、勘太郎と西条社長の前へその姿を見せる。

 最初の内は「ポ・ポ・ポ・ポーッ」とまるで鳩の様な小さな鳴き声を上げながらゆっくりとした足取りで歩いている様だったが、目の前にいる勘太郎と西条社長の姿を確認すると「ポポポポポポポポポーッ……ポポポポポポポポポポポポーッ!」と言う奇声にも似た恐ろしい雄叫びを上げながら手に持つ大木槌を振り上げ二人に迫る。

「で、出たあぁぁ! 水瓶人間……つまりは円卓の星座の狂人が一人、こいつが噂の悪魔の水瓶か!」

 迫り来る緊迫した恐怖の中でそう叫んだ勘太郎に、悪魔の水瓶は鳩の様な奇声を上げると勢いよく走りながらその両手に持つ大木槌を勘太郎と西条社長に向けて振り下ろす。だがその大木槌は二人に当たる寸前で避けられた事で大きく外れ、その木槌の先が目の前に並ぶ64型のテレビの画面を粉々に破壊する。

 ドカン! バキッ、バキバキ、バッキィィィ~ン!

「あ、あぶねえ、もう少しであの大木槌が頭に直撃する所だった」

 そう思いを思わず口にした勘太郎は、64インチのテレビの画面に直撃し、めり込んだ大木槌を引っこ抜こうと奮闘する悪魔の水瓶の姿をマジマジと確認する。その水瓶の下の服装は雨具でもある緑色のレインコートを羽織り、腰には厚手のロングスカートを身に付け、足には膝まで覆ったロングブーツを履いていた。
 その大木槌を持つ両手にはゴム手袋を身に付け、背中には何が入っているのかよく分からない大きなリュックサックを背負っていた。
 そんな異形の姿をしている悪魔の水瓶に勘太郎は今がチャンスとばかりに掴み掛かる体制を取るが、そんな勘太郎の行動を傍にいた西条社長が止める。

「一体何をしようとしているんだ。まさかあの水瓶人間をたった一人で取り抑える気じゃないだろうな。そんな馬鹿な事はやめるんだ。もし失敗でもしたら取り返しのつかない事になるのだぞ。そんな無謀な行動で、もしあんたが死んでしまったら今度は俺が狙われてしまうじゃないか。奴を取り抑え様とする隙があるのなら今の内に逃げるのが懸命な判断なんじゃないのか。取りあえずは奴を捕まえるのではなく、この俺を無事に奴の元から逃がしてくれ。そうすれば金はいくらでも払うからよ!」

 腕にしがみつかれ、そう西条社長に懇願された勘太郎は、仕方が無いとばかりに大きな声で叫ぶ。

「西条社長、二階に下るエスカレーターの前まで走って下さい。ここは俺が足止めをしますから!」

「そうか、ならここはお前に任せたぞ。俺が逃げられるだけの時間は必死で稼げよ」

 そう言うと西条社長は二階フロアーに下るエスカレーター前まで何とか逃げようとするが、逃げようとする姿を確認した悪魔の水瓶は無理矢理に大木槌を64型のテレビの画面から引っこ抜くとダイナミックにその手に持つ大木槌を振り上げながら西条社長目がけてもう突進する。

「ポポポポポポポポポーッ……ポポポポポポポポポポポポーッ!」

「ひっひいいいいいいぃぃーっ、来るな、来るんじゃ無い。この化け物め!」

 迫り来る悪魔の水瓶の猛攻に西条社長はつい足元がもつれたのか思わず転んでしまうが、大木槌を振り上げながら迫る悪魔の水瓶の腰に勘太郎が必死にタックルを決める。

「今です。逃げて、逃げて下さい。西条社長!」

「おお、いいぞ、でかしたぞ。助かったぞ。そのまま、そのまま、この俺が逃げ切るまでその水瓶人間を絶対に放すんじゃないぞ!」

 慌てふためきながらも必死に逃げようとする西条社長の前に四人の人間が一斉に現れる。 そこに駆けつけたのは、しがないモデルとして働く梅塚幸子と西条ケミカル化学会社の専務の関根孝・そしてこのデパートで警備員として働く木戸警備員と長瀬警備員の四人である。

「おお、関根専務、お前は無事だったか。早く俺をここから逃がしてくれ!」

「西条社長、無事で何よりです。それで、他の社員達は一体どうしたのですか。一緒ではないのですか?」

「俺は知らんよ。そんな奴らのことはどうでもいいから早く俺を安全な所まで案内してくれ。この俺さえ無事なら西条ケミカル化学会社は何が起きようと安泰なのだからな!」

 まるで社員の事などどうでもいいと言う西条社長の言葉に関根孝は冷ややかな目で見つめていたが、今も必死に押さえつけている勘太郎とその押さえ込もうとする腕を必死に剥がそうとしている悪魔の水瓶にその視線を移す。

「あ、あれが……一週間前に田代意次工場長や西川正樹課長……そしてこのデパート内では良秋松次係長をむごたらしく殺したと言う水瓶人間か。確かに、海月光子夫人が言っていた通りの姿をしているな」

 関根孝が目の前にいる悪魔の水瓶の見た感想を述べていると、木戸・長瀬・そして梅塚幸子の三人が絶妙な間合いを取りながら悪魔の水瓶を囲み距離を詰める。

「やっちゃいましょうよ、俺達で。あの探偵さんも今必死で水瓶人間の動きを封じている事ですし、やるなら今しかないです!」

「そうだな、今しかないな!」

「そうね、向こうは一人、こちらは五人もいるんだから、みんなで飛びかかればあの水瓶人間を押さえ込む事が出来るはずよ!」

 そう言いながら木戸・長瀬・梅塚幸子の三人は手に持った武器を振り上げながら各々で攻撃を開始する。

「くらえーぇ、水瓶人間!」

「くたばれ、殺人鬼め!」

「もう逃げられないわよ。大人しくしなさい!」

 木戸と長瀬の持つ鉄製の警棒が悪魔の水瓶の頭にヒットするが、まるで硬いプラスチックでも叩いたかの様な感触に二人は思わずビックリする。

「なんだ、あの水瓶の頭を叩いた時の音と感触は……あの被ってある水瓶は本物の瀬戸物で出来た陶器の類いじゃないな?」

「おそらくは硬い厚みのあるプラスチックだ。だからあんなに大きな水瓶を被りながら軽々と移動する事が出来るんだな。つまり、あの被ってある水瓶に模した頭のオブジェは意外と軽いと言う事だ」

 互いに語らい会いながら悪魔の水瓶が被るマスクの仕組みについて話す木戸と長瀬だったが、その二人に向けて悪魔の水瓶がその手に持つ大木槌をダイナミックに振り下ろす。

 だがその横に凪払う力任せの攻撃を二人の警備員は寸前の所で素早く避け、その強烈な一撃を何とか回避する。

「おっと、あぶねえ! だが警戒していたからな。そんな大振りの攻撃は当たらないぜ!」

「そうだぜ。探偵さんも今は必死に水瓶人間の腰にしがみついて動きを封じているから、その自慢の大木槌の届く範囲も限られるだろうからな!」

 人数的にこちら側が有利と言う事もあり少し余裕が出て来たのか、木戸警備員と長瀬警備員の二人は無駄口を叩きながら悪魔の水瓶との間合いを取るが、そんな二人にフライパンを構える梅塚幸子が戒めとも言うべき言葉を投げ掛ける。

「二人とも今は無駄口を叩いてないで相手に集中しなさい。水瓶人間の持つあの大木槌を一撃でも貰ってしまったら大怪我か即死は間違いないんだからね。それにあの探偵さんだってあの態勢がいつまで持つか分からないわ!」

「そ、そうだな。ばらばらでは無く皆一斉に飛び掛かるぞ!」

「そうだな、それが手っ取り早いな。梅塚さんもそれでいいですね」

「ええ、いいわよ。このフライパンを相手に叩き込む覚悟はもう出来ているわ!」

「どうでもいいから早くしてくれ。俺の手ももう限界だからな。くそー羊野の奴は一体何処で油を売っているんだ。この肝心な時にいないだなんて!」

 もう限界とばかりに思わず弱音を吐く勘太郎を見ながら梅塚幸子は、目に掛けている水中メガネと口に付けている大きな風邪用のマスクを確認しながら、手に持つフライパンを強く握り締める。

 一方、木戸警備員と長瀬警備員の二人は手に持つ警棒を悪魔の水瓶に向けながら相手の動きを監視し。最後に残された関根孝は後ろで震える西条社長に背を向けながら手に持つゴルフ用の三番アイアンを悪魔の水瓶に向けてゆっくりと構える。

「よし、俺も参戦するぞ。みんなで一斉にこの手に持つ得物をあの水瓶人間に叩き入れればいいんだな!」

「はい、そう言う事です」

「では、行くぞ!」

 その関根孝の掛け声に合わせるかの様に梅塚幸子・木戸警備員・長瀬警備員の四人は皆一斉に、大木槌を構える悪魔の水瓶に飛び掛かる。

(やった、これで水瓶人間は捕まり、この事件の全てが無事に解決する)……ここにいる誰もがそう思った瞬間、悪魔の水瓶が腰に巻いている腰ベルトの辺りから、強い悪臭を放つ白い霧状の何かが強い噴射ガスと共に全方位へと勢いよく発射される。

 ブッシュウウウウウウーゥゥゥゥゥ!」

「ぐわああぁぁぁーっ、なんだ、この強烈な臭いと目の痛みは? 何かの霧状の液体が目の中に入ってしまったぞ!」

「痛くて目が開けられない。それに臭くて息が……息が出来ない。くそー、くそがあぁ!」

 その威力は凄まじく、一斉に飛び掛かったはずの四人は目や口を覆いながら皆その場へと倒れ込み。何とか悪魔の水瓶を押さえ込んでいた勘太郎もついにはその激臭と目の痛みでその手を離してしまう。

 まさかこれが……一週間前に別荘で……悪魔の水瓶が持つ大木槌による撲殺攻撃で何人もの人間が殺害されたと言う被害者達の答えか。三階の部屋で麻雀大会をしていたと言う十人もの人達が何故なんの抵抗もなく、誰一人としてその部屋から逃げられずに皆が殺害されなければならなかったのか……その答えがまさにこれだったんだな。まさか腰ベルトの中にチューブを通してその中を通る汚染水を腰ベルトの両脇に備え付けてあるノズルの発射口から噴射ガスとして放つ仕組みになっているとは、正直気付かなかったぜ。こんな奥の手を隠していたとはな……これはかなり不味い状況だぞ……。

 そう思いながら勘太郎はまともに噴射液を喰らってしまった顔を手で覆いながら倒れ込み無抵抗状態になるが、トレードマークと言うべきダークスーツの首襟をつかみ上げた悪魔の水瓶は涙目になりながら激しく咳き込む勘太郎を豪快に床へと投げ飛ばす。

「ぐ、わあぁーぁぁ!」

 そのまま電化製品の棚にぶつかり直ぐに起き上がる事が出来ない勘太郎は、目と口を手で押さえながら無防備な状態となる。
 し、死ぬ……このままでは確実に悪魔の水瓶に殺されてしまう。何とか、この状況を何とかしなければ。

「ポポポポポポポポポーッ!」

 まるで鳩の様な鳴き声を上げながら悪魔の水瓶は勘太郎の前まで歩いて来るが、何かの視線を感じたのか直ぐにその歩みを止めるとその不気味な視線をある人物へと向ける。

「ポ・ポ・ポ・ポ……?」

 その視線の先には大きな包丁を両手に持った白い羊のマスクを被った羊人間が悪魔の水瓶の前へと静かに歩み寄っている真っ最中だった。
 そう白い羊の狂人・白い腹黒羊こと羊野瞑子である。

 白いロングスカートと自慢の長い白銀の髪を揺らしながら羊野はその距離を約二メートルの距離まで近づけるが、行き成り現れた羊の狂人の出現に悪魔の水瓶は心なしか動揺を隠しきれないでいる様だ。
 そんな悪魔の水瓶に羊野は明るい声で話しかける。

「こんにちは悪魔の水瓶さん。会うのは初めてですね。私は羊野瞑子と言う者です。どうぞお見知りおきを。あなたの噂は時々聞いていましたわ、随分と面白いトリックを使うらしいじゃないですか。その情け容赦の無い行動もエキサイティングですし正直ドキドキしました。今日も何だかデパート中を巻き込んで随分とハッスルしているみたいですし、そろそろこの私もそのお遊びに混ぜて貰ってもよろしいでしょうか。私も精一杯頑張りますからお相手の程をよろしくお願いしますね」

 そう言うと羊野は両手に持つ大きな包丁を構えると猛ダッシュで走りながら、大木槌を構える悪魔の水瓶に向けてその包丁の一撃を放つ。

 その一撃を寸前の所で防いだ悪魔の水瓶は直ぐさま反撃とばかりにその大木槌を羊野に目がけて二度三度と振り下ろすが、その連続攻撃をなんなく交わした羊野はもう相手には反撃などさせないとばかりに包丁の突きの連打を悪魔の水瓶に浴びせる。
 その素早い動きと迫力のある猛攻に何とかついて来ている悪魔の水瓶だったが、両手に持つ大木槌の長い柄の部分で羊野の攻撃を防ぐのがやっとの様だった。

 いける……これはいけるぞ。あの悪魔の水瓶は体術や武器による得物での攻撃での接近戦は明らかに羊野よりも劣っている。ならこのまま羊野に任せていれば全てが滞りなく上手く行き、この事件は終わると言う事だ。
 勘太郎がそう考えていると、追い込まれた悪魔の水瓶が羊野を巻き込みながら腰のベルトに仕込んである汚染水入りの噴射液を霧状に勢いよく噴射する。

 ブッシュウウウウウウーゥゥゥゥゥ!

 悪魔の水瓶の辺りは強い激臭と濃い霧状の液体で一時空気すらも吸えない状態になるが、羊のマスクを被る羊野は特に気にする様子も無く普通に悪魔の水瓶に攻撃を再び加える。

「ホホホホホッ、私にあなたが操る広範囲の汚染水攻撃は全く通じませんわよ。あなたと同じように私もマスクを被っているのですから当然でしょう」

 その羊野の勝利宣言にも聞こえる言葉にいよいよ後が無くなった悪魔の水瓶は、いよいよ窮地に追い込まれる。
 そんな羊人間の勝利を確信したのか、梅塚幸子が手を貸すとばかりに木戸警備員と長瀬警備員に声を掛ける。

「後一息だわ。ちょっとあんた達、何をぼおっと見ているのよ。あの羊の彼女だけにやらせているんじゃないわよ。私達も直ぐに加勢に入るわよ!」

「り、了解です。何とか目は無事のようだからまだ戦えるぜ!」

「いいぜ、やろう。さっきの噴射液の霧を吸い込んだせいでまだ少し喉と目が痛いが、あいつを捕まえるくらいの体力はまだ十分にあるからな!」

 その梅塚幸子の言葉に促された木戸警備員と長瀬警備員は今も激しい戦いをしている悪魔の水瓶と羊野を取り囲むと、羊野の猛攻で今にも倒れそうな悪魔の水瓶に目がけて皆一斉に飛びかかる。

「あ、馬鹿、お前ら余計な事はするなあぁぁ!」

 勘太郎の必死な叫びも空しく、攻撃を試みようとした三人に悪魔の水瓶の容赦の無い汚染水入りの全方位攻撃がその周りを包む。その霧状の液体ガスで目をやられた木戸警備員と長瀬警備員が目の前にいる羊野に覆い被さる。

「ぐっわあああああぁぁ。目がぁぁー、目がぁぁー!」

「喉が、痛いぃぃーっ。め、目がぁぁー、開けられない!」

「ちょっとあんた達、邪魔ですわ。どいて下さい! きゃあぁぁ!」

 二人の警備員の重みで倒れ込む羊野を見ていた悪魔の水瓶だったが、この突然出来たチャンスを逃すまいと悪魔の水瓶は全速力でその場からトイレのある方へと走り出す。

「逃がさないですわよ!」と言いながら羊野は持っている右手の包丁を勢いよく悪魔の水瓶に投げ付けるが、その包丁が悪魔の水瓶の右腕の上腕辺りを掠め、レインコートの袖の部分が勢いよく切れる。

「あ、外れましたわ。でも手応えはありですわ!」

 倒れている二人の警備員に巻き込まれながらも攻撃してきた羊野を一目見た悪魔の水瓶は、投げつけてきた包丁で切れた右腕のレインコートの袖を気にしながら再び走り出す。

「あ、悪魔の水瓶が堪らず逃げ出したぞ。くそ~俺が追うしかないか」

 まだ後ろでもがいている羊野を後にしながら、勘太郎は逃げ去った悪魔の水瓶の後を追う。

「まてぇぇぇーっ、悪魔の水瓶めぇぇ!」

 エスカレーター前の横にあるトイレと並ぶ謎の扉から逃げようとしていた悪魔の水瓶は、追ってくる勘太郎の姿を見つけると急ぎ扉の中へと入り、鉄の扉を閉める。

「俺の追跡から逃げられるとでも思っているのか!」

 悪魔の水瓶の後を追う勘太郎もまた目の前にあるドアを開けようと扉のドアノブを勢いよく捻るが、扉を開く事が出来ない。

「くそ、くそ~、扉が開かない。やはりこの扉を開けるには社員達が持つとされる社員専用の鍵が必要になるな。その鍵が手に入るまでこの扉の先に逃げた悪魔の水瓶を追うことは出来ないか」

 残念そうに独り言を言うと勘太郎は、何処かへと逃げ去った悪魔の水瓶の追跡を今は諦めるしかなかった。

 狂人・悪魔の水瓶に挑む、白い腹黒羊こと羊野瞑子の図です。
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