白い羊と黒鉄の探偵 ~狂人達が暗躍し掲げる不可能犯罪に白い羊と黒鉄の探偵が挑む~

藤田作磨

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第六章 『不条理の矢』 大雨の日に訪れたペンションでボウガンを持つ謎の人物が勘太郎達に迫る。矢のトリックを操る暗殺者との推理対決です!

6-10.ついに矢による犠牲者が出る

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「赤城さん、お食事の所申し訳ありません。少しよろしいでしょうか。実は孝介様の事なのですが、朝から朝食の用意が出来たと何度も電話でコールを送っているのですが一向に返事がありません。あの孝介様が電話を返してこないだなんて今まで無かった事です。もしや部屋の中で何かあったのでは無いかと思いましてね、今(フロントにある)予備のスペアーキーを使って孝介様の部屋を開けようと思っています。昨夜の事もありますしね。なので赤城さん、大変申し訳ありませんが一緒に来て貰ってもよろしいでしょうか。情けない話ですが私一人で確認する勇気がどうしても無くて……現役の刑事でもある赤城さんが一緒なら私も行けますので、どうかお願いします」

 勘太郎がその言葉を管理人の山野辺から聞いたのは朝方の七時三十分の事だ。

  昨夜から降り続いていた大雨は少し穏やかになり、勢いが少し弱くなって来た用にも感じられる。だがそれでも今日の雲行きは油断ができず、道を塞いでいた川の水かさの量は未だに減る見込みはないようだ。

 空もどんよりと曇ったペンション内の食堂で早々と朝食をいただこうとしていた勘太郎と羊野は、丸い円を描いているテーブルにパンとハムエッグとサラダの入った皿を置きながら、静かに椅子へと腰を下ろす。

 まるで何処かの会議室の用な座席で食事を頂こうとする勘太郎の今の服装は、勿論黒一色にこだわった生かしたダークスーツで身を固めている。
 そしてその隣に当然の用に座る羊野もまた、勘太郎とは正反対の白一色の服装で身を固めており、その美しくも不思議な存在感が彼女自身の価値を更に引き立たせる。

 そんな明暗分かれる光と闇を強調させる服装を着込んでいる事から、周りからは良くも悪くも白黒探偵などと言われているが、それも勘太郎が探偵業を生業としていく上でのマーケティング戦略の一つである。

 静かに紅茶を飲む羊野がいるテーブルには精巧に作られた白い羊のマスクがかなり目立つ感じで置かれている事から、朝食をいただくために入ってきた他の部員達がその白い羊のマスクを見て皆が驚いていた事は言うまでもない。
 何故なら何も知らない人が見たらただの羊の生首にしか見えないからだ。

 そんな不気味なマスクを横に置きながら楽しく食事をする羊野に向けて小さな溜息をつく勘太郎は、既に朝食を食べ始めている赤城文子に挨拶をする。

「あ、赤城先輩、おはよう御座います!」

「おはよう、昨夜は少しは眠れたかしら」

「はい、どうにか」

 そんな会話を既に食堂に来ていた赤城文子と交わしながら勘太郎と羊野は、テーブルに置いた食事をおいしそうに黙々と食べ始める。

 見境無く食事にがっつく勘太郎の周りには、赤城文子を始めとした・夏目さゆり・一宮茜・東山まゆ子・杉田真琴の女子五人が既に食堂のテーブルに座り、軽く会話を交わしながら食事を楽しんでいる。

 和やかな一時が周りを包んでいたその数分後。不安を抱えながら食堂に入ってきた山野辺はキョロキョロと誰かを探している様子だったが、その視界に赤城文子の姿を見つけると一目散に彼女の傍に近づき、畑上孝介の安否を確認する為、一緒に同行してくれと頭を下げてお願いする。
 どうやら昨夜見せた赤城文子の刑事としての勇気ある姿勢に、山野辺は一目の信頼を置いているようだ。

 本気でオーナーの息子を心配している山野辺の話を聞いた赤城文子は、つやのあるボブカットの髪を指で弄りながら勢いよく立ち上がる。

「分かったわ。では畑上の部屋へ案内して!」

 その瞬間、彼女の動きに連動するかの用にトレードマークとも言うべき赤いジャケットの裾が大きく揺れる。その勇ましい勇気ある姿を見ていた勘太郎は、彼女の意気込みと正義感に素直に敬意を込めて送り出す。

「赤城先輩、行ってきて下さい。俺は食後のデザートを食べながらここで待機をしていますから」

「何を言ってるのよ、当然あんたも来るのよ。早くしなさい!」

 その血も涙も無い赤城文子の一言で、勘太郎は心ならずもやむなくこの熱血馬鹿刑事に同行する羽目になってしまったようだ。
 そんな赤城文子に嫌々ついて行く勘太郎とは対照的に羊野は、まるで楽しい遊園地にでも行くかのようにニコニコしながら勘太郎の後ろに付いて行き。その食堂を出て行く勇気ある姿に感銘を受けたのか(姉御肌系の)夏目さゆりが「ミステリー同好会の部長として私も行くわ!」と言いながら椅子から勢いよく立ち上がる。

 そんな責任感ある先輩の勇気ある行動に続くかのように、今度は(お堅いインテリ系の)一宮茜が「夏目先輩が行くなら私も行きます」といいながら急いで後へと続く。

 様々な人達の思いを胸に、いつの間にかリーダー的な存在となっている赤城文子の元へ、即席の四人の勇者達が集い集結する。

 ただの思い過ごしである事を願いながら畑上孝介の部屋へ急行する勘太郎達を不安そうに見ていた(清楚なおしとやか系の)東山まゆ子と(元気印のスポーツ系の)杉田真琴は、手を振りながら静かに勘太郎達を現場へと送り出す。

             *

「着きました。二階の二〇六号室、ここが畑上孝介さんの部屋です」

 そう言いながら山野辺はスペアーのカードキーをドアに付いているスロットに差し込む。するとその瞬間ピッと機械的な音が鳴り自動で鍵が開閉される。
 その様子を見ていた勘太郎達一同は生唾を飲みながら部屋に入る覚悟を決める。その中には新たに合流した座間隼人・背島涼太・堀下たけしの三人が顔を覗かせる。

 つい先程まで畑上孝介の部屋のドアの前に来ていた(気弱でモヤシ系の)座間隼人と(身なりが汚いチャライ系の)背島涼太は、部屋のドアを叩きながら「畑上先輩、一体どうしたんですか。返事をして下さい!」と何度も叫んでいたが、勘太郎達が駆け付けるのを知ると直ぐに呼び掛けをやめて静かに後ろへと下がる。
 それと同じように畑上孝介に電話を何度も掛けていた(迷惑な勘違いストーカーの)堀下たけしは、スペアーキーを持っている山野辺を急かしながら、その微かな望みを赤城文子達に託す。

「で、では開けますよ」

 不安な表情を浮かべながら後ろを振り向いた山野辺の視線の先には、黒鉄勘太郎・羊野瞑子・赤城文子・夏目さゆり・一宮茜・そして後から加わった堀下たけし・座間隼人・背島涼太を合わせた八人がその場に待機をする。
 その大勢いる姿に勇気づけられた山野辺はついに覚悟を決め、そのドアを勢いよく開ける。

「畑上孝介様、大丈夫ですか!」

 部屋の中に入るなりむっとする部屋の熱気に一瞬顔を顰めた勘太郎達は、その部屋の中でくの字になって倒れている畑上孝介の姿を目撃する。
 その腹部には一本の矢が深々と突き刺さっており、衣服をドス黒く染め上げたその下の床には大量の血がまるで大きな水溜まりのように広がっていた。

 だが時間が経ち部屋の中が暖房で暖かかったせいか血液は固まり、黒く床にこびりついた血痕と畑上孝介から発せられる死臭だけが強く辺りに漂う。

「きゃあぁぁぁぁーっ、畑上さんが、畑上さんが、早く救急車を呼ばないと!」

「いや、これはどう見ても……もう駄目だろう!」

「ま、まさか死んでいるんですか。孝介様、しっかりして下さい!」

 そう言いながら駆け寄ろうとした山野辺達に赤城文子は「誰も動かないで!」と言いながら一先ずみんなを廊下へと連れ出す。

「ここからは警察の仕事です。部屋の中は私達が調べますから。羊野さんは、畑上さんのおおよその死亡推定時刻を確認して」

 そう説明する赤城文子刑事の後ろでは、もう既に部屋の中に入って調べている勘太郎と羊野が畑上孝介の死亡の確認とその死因を事細かく調べ始める。

「脈は無し、網膜にも濁りが出ていますね。もう死んでから恐らく八時間三十分くらいは時間が経過しているのでは無いでしょうか。くの字に倒れている左側の腕や足にはもう既に死斑が見られますし、死後硬直も進んでいますね。最後に畑上孝介さんを目撃したのは、昨夜の夕食会が終わった二十二時四十五分です。そこから堀下たけしさんの矢による狙撃事件などがありましたから、実際に自室に戻られたのは二十三時くらいだと思われます。なので畑上孝介さんの死亡推定時刻は昨夜の二十三時から~一時の間くらいです。死因は腹部に受けた矢による出血死の用に見えますが、床に落ちている血の固まり具合から、畑上さんは腹部に矢を受けてからそんなに部屋の中を動き回ってはいなかったのだと思います」

「なんでそう思うんだよ」

「だって床に落ちている血が、畑上さんが倒れている周りにしかありませんから。でもご自身のスマホ携帯で誰かに助けを呼ぼうとはした見たいですわね」

「ああ、そうみたいだな。ドア側に頭が向いている畑上の手の中には、あのブルーカラーのスマホ携帯がしっかりと握り締められているみたいだからな。結局誰にも助けを呼べずに出血多量で死亡したと言う事か!」

 その勘太郎の言葉に羊野は小さく首を傾げる。

「それはおかしいですわね。心臓や致命傷となり得る所に直接刺さったのならいざ知らず、腹部に刺さったのなら死亡するまでにはそれなりに時間が掛かるはずです。それはスマホ携帯を握っている事からも見て取れます。なのに畑上さんはなぜか誰にも助けを呼べなかった、何故でしょうか。まさか気が動転して携帯電話の操作を間違えたのでしょうか?」

「そうだよな、電話だけで無く廊下に出て助けを呼んでもいいはずだもんな。だがそうしなかったのは、下手に矢を動かしたり引っこ抜いたりしたらそれこそ大量出血で死に至ると考えたからじゃないのか。そう考えたのなら下手に部屋の中を動かなかったのもうなずける」

「そうですね、そう言う考え方もありますね。でも、もしかしたらこの矢先には何か毒性のある生物の毒液でも塗ってあったのかも知れません。それなら矢に刺されたその後に、直ぐに体に異変があってもおかしくはないですから。その毒の種類が何かの生物の毒による物か、何かの薬品による物かは分かりませんが、生物なら生物毒か天然毒、或いは植物毒って事も考えられますわね。更にはそれが蛇の毒だったら、一般的に蛇の毒には三つの種類の毒性があると言われています。神経毒・出血毒・筋肉毒の三つです。それに他の生物のヤドクガエルやサソリの用な毒性昆虫なんかを合わせると切りがありませんが、今回死亡した畑上孝介さんの死因が矢に下腹部を刺された出血死では無く、あくまでも毒による物だったとしたら、助けを呼ぶ暇も無く直ぐに死亡したのも頷けると言う物ですわ。まあ、そこの所は詳しく鑑識にでも調べて貰わないと何とも言えませんが、傷口が壊死している状態を見ても何かの生物毒を矢先から体内に取り入れられて死亡したことは間違いない用ですわね」

「まあ、死因は何となく見ていて分かったよ。次の疑問はその矢が一体どこから飛んできたかだ。見た感じ部屋の中には弓矢やボウガンらしき物は何一つ見当たらないけどな。しかも俺達がここへ駆け付けるまで、どうやらこの部屋の中は完全な密室だったみたいだしな」

「完全な密室……つまりどこから飛んで来たのかがよく分からない矢による不可能な密室殺人ですか。そのフレーズを聞くだけで心がワクワクしますわ」

 そう言いながら羊野の顔は妖艶に怪しくほくそ笑む。

「茶化すなよ。それにいつも言うが不謹慎だぞ。まあいい、話を元に戻すぜ。つまりこの密室の部屋の中で一体どうやって犯人は畑上孝介のいる部屋の中に入り、矢で射殺してから再び戻る事が出来たのか。それが一番の謎だな」

「そうですわね。ただ単に何かの拍子に部屋のドアを開けてしまった畑上さんを脅して部屋の中に犯人が入る事が出来たのなら、その後畑上さんを矢で射殺してから、そのまま部屋を出たと考えるのなら合点も行くのですが……そうなるとある問題が生まれます。その問題とは、このペンション内全ての客室のドアは自動で鍵が閉まるタイプの自動式では無く、鍵を閉める際も外側からカードキーを押し込まないと鍵が掛からない仕組みになっている所です」

「つまりはついうっかりカードキーを忘れて廊下に出ても、部屋から締め出される心配は無いと言う事か」

「はい、そう言う事です。しかも今畑上さんのお財布の中を確認したら、ちゃんとお財布の中に二〇六号室の部屋のカードキーがありましたから、この部屋に鍵をかけて出て行くことは先ず不可能と言う事になります」

「確かに、ここへ入る際にこの部屋に鍵が掛かっていた事は皆が確認済みだからな。じゃ一体犯人は、畑上孝介を殺害後、どうやってこの部屋に鍵をかけたと言うんだ。畑上孝介が持つこの部屋のカードキーは彼の財布の中にちゃんと入っていたし、後はスペアーキーでも使わない限りはとてもじゃないがこの部屋の中には入れないぞ」

「そうですわね。後で山野辺さんが持つスペアーキーの管理状況を山野辺さん自身に聞いて見た方がいいですわね。そんな事よりも、今はこの部屋の状況をもっと詳しく調べるのが得策ですわ」

「ああ、そのようだな」

「ならこの結果を廊下にいる赤城文子刑事に知らせてきますから、黒鉄さんは他に何か気づいた点でも無いか調べて見てくれませんか」

「分かった、更に調べてみるよ」

 勘太郎の返事を聞いた羊野は、廊下の外でみんなにいろいろと説明をしている赤城文子刑事に、今分かっている状況を説明する為、部屋の外へと歩き出す。

 廊下の方では突然起きた畑上孝介の死をまだ信じられないと言った感じで、その場にいるみんなが様々な反応をする。

 管理人の山野辺と座間隼人の二人は何故こんなことになってしまったのかと言うような顔で唖然とし。ひどく取り乱していた夏目さゆりを後輩の一宮茜が冷静に声をかけながら優しく落ち着かせる。

 その隣では背島涼太が「一体誰がこんな酷い事をやったんだ!」と騒ぎ出し。その声を聞いた堀下たけしが体を震わせながらボウガンを持つ犯人の犯行の可能性を口にする。

「い、嫌ああぁーぁぁ、畑上先輩が、畑上先輩があぁぁ!」

「あの畑上先輩が矢に刺されて死んでいるだなんて、未だに信じられないぜ。一体何があったと言うんだ!」

「一体こんなひどいことを誰がやったんだ。何故こんなことに?」

「矢だ! きっとあのボウガンを持っていたと言う犯人がやったんだ。きっとそうだよ」

 廊下から聞こえるみんなの悲痛な声を耳にしながら、勘太郎は他に何か証拠へとつながる物的証拠や遺留物が落ちていないかを調べ始める。

「しかし、この部屋の中はなんだか熱いな。少し前までエアコンの暖房でも付いていたのか?」とぼやく勘太郎の額にはうっすらと汗がにじみ出ていた。
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