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序章 水の精霊エレナ

004-全てを奪う者

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【聖王歴130年 青の月 16日 夜明け前】

<暗黒の世界唯一の光 サイハテの街>

「迷いの森からモンスターの大群が現れたぞーーー!!!」

 門番の叫び声に、街はひっくり返るような大騒ぎとなった。
 モンスターの大群がどれほどの数なのかは分からないが、宿に泊まっていた他の冒険者達が身支度を調えて街から一斉に逃げだそうとしている様子を見ると、戦ってどうにかなるレベルでは無さそうだ。

「さすがに俺もトンズラさせてもらわねーと……」

 ……と、そこまで言ったところで、半分寝ぼけていた頭の片隅に何かが引っかかるような違和感があった。
 迷いの森、モンスターの大群……


 ――"迷いの森"には凶暴なモンスター達が数多く潜んでいるのですが、私はそれらの動きを監視し、有事の際にそれを神へと伝達する為、ここで生まれました。


「エレナっ!!!」

 慌てて宿屋の窓から聖なる泉のある西の方角を見てみたものの、視界に入るのは街を護る巨大な壁だけだった。

「まあ、街の連中が騒いでいるくらいだし、神様に状況を報告する為にさっさと脱出してるよな……」

 俺はそんな独り言を呟きつつボロボロの布カバンに荷物を詰め込み、そろそろ出発しようかと立ち上がったその時、エレナが発した「ある一言」が頭の隅をよぎった。


 ――私ここから出られないんですよねぇ。


「っ!!!」

 何故か酷く胸騒ぎがする。
 俺は宿を飛び出すと、街の西門に向かって走った。
 西門前には門番が一人残っており、不安そうな顔で西の空を見つめていた。

「おっちゃん! モンスターの大群ってそっちの方角から来てるのか!」

「お、おう! 俺もしばらくしたら避難するけど~……って、おいおいにーちゃん! そっち行ったらあぶねーぞ!!?」

 俺の身を案じてくれた門番に一礼しつつ、俺は全力で西の方向へと走った!


◇◇


 いつもなら走って逃げきれるはずの平原ですらモンスターの数がやたら多く、俺は目的の半分の距離すら移動できぬまま、予備で持っていた毒ビンを全て使い果たしてしまった。
 それからはひたすら投石とダガーによる近接戦闘だけでモンスターを退け続けたものの、無傷というわけにはいかず、聖なる泉に着く頃には自分でも動けるのが不思議なくらいボロボロになっていた。

「やっと、着い……た……」

 俺が聖なる泉の前でバタリと倒れると、エレナが慌てた様子で泉の上に現れた。

『カナタさん、しっかりしてください!! ヒールっ! アンチドートっ!!』

 幸い、俺の身体に致命傷に至るほどのダメージは無かったらしく、エレナの回復魔法のおかげでどうにか一命を取り留めた。

「……ありがとうな。まさか昨日の今日でいきなり助けてもらう事になっちまうとは」

『そんな事はどうでも良いんです! お願いですから、カナタさんは早くこの場を離れてください!!』

 尋常ではないエレナの慌てように、妙な違和感を覚えた。

「……聖なる泉にはモンスターが侵入できないんじゃないのか?」

『それはあくまで蓄積ダメージよりも、聖域結界の自動回復の方が上回っている場合のみの話です。もう長くは耐えられません!』

 エレナがそう言いながら指を差した先に、アシッドアントの群れが強力なあごで結界を食い破ろうとしている姿が見えた。
 その多くが結界に触れたダメージで弾き飛ばされ、光の粒になって宙に離散しているものの、結界が削られた上に次から次へとアリ達が突撃してくるため、少しずつ層が薄くなっているようだ。

「だったらエレナも逃げなきゃマズいだろ! そもそも、モンスターの大群が出てきたのは確実なんだから、後は神様にそれを知らせたら任務完了じゃないのかよ!!」

 俺の言葉に、エレナは辛そうな顔でうつむくと、ぽつりぽつりと語り始めた。

『私の使命は……モンスターの大群が迷いの森から現れた事を神に伝える事です』

「ああ」

『ですが……私から直接モンスターの出現を知らせる方法は無いんです』

「知らせる方法が、無い……?」

 エレナが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。

『この結界が破壊され聖なる泉が枯れた事をトリガーとして、神はモンスターの大量発生を知る……そういう仕組みになっています』

「なっ!!?」


 ――どうしてこんな辺鄙へんぴな場所に聖なる泉があるのか。


 ――どうして水の精霊が独りで居るのか。


 ――どうしてエレナは悲しそうにしているのか。


 今、その全ての意味を理解した。

「つまり、エレナが生まれた理由は、最初からここで死ぬため……」

 呆然と呟く俺に対し、エレナは目に涙を溜めながら笑顔で頷いた。

「ふ……ふざけんなァァァっ!!!」

 俺は怒りに身を任せ、聖なる泉に飛び込んだ。

【警告】
 人類種の侵入を確認しました。
 守護者は直ちに対処してください。

『わあああーーーっ!? 何してるんですかカナタさん!! 泉に入って来ちゃダメですって!!』

「何が使命だ、ふざけやがって! こんな場所に女の子一人を放り出しておいて、いざ役目が終わったら死ね? いくら神だからって、やって良い事と悪い事があるだろうが!!!」

『で、でもでも! それが私の使命で……!』

「うるせえ! それに、聖なる泉が枯れたら神が気づくってだけで、そこから逃げるなとは言われて無いんだろ!!」

『た、確かにそうですけど、でもでもでもっ!?』

 俺はエレナを抱き抱えると、泉の外に向かって足を進めた。

『ひゃあ、えっ、あのっ!』

 顔を真っ赤にしながらオロオロしているエレナを落とさないよう腕に力を込め、俺はまだモンスターの居ない反対岸へとやってきた。
 そして泉の外へと足を踏み出そうとした瞬間、昨日も見た天啓メッセージが現れた。

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

『私はどうやっても出られないんですっ! まだこちら側にはモンスターは来ていませんから、早くカナタさんだけでも逃げてください!!』

「……」

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

 無機質な声が響く都度に、全身を思いっきり鈍器で殴られたかのような痛みが襲ってくる。
 だが、俺は足を止めない……。
 例え神であろうと、俺を止められるものか!

『カナタさん!!』

 泉の中へ押し戻そうとする凄まじい重圧を身体に受けながら、俺は一歩ずつ前へと踏み出してゆく。
 景色は歪み、意識は朦朧もうろうとしている。
 だが、これだけは絶対に譲れない!

「神様だか何だか知らねーけど……」

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

 俺はエレナを左腕で抱き抱えると、奥歯を噛み締めながら右手の拳を強く握る。
 そして……


神様テメエが要らねえなら、俺にエレナをよこしやがれェェェェ!!!」


 結界に向けて全身全霊の拳を叩き込むと同時に、エレナの胸元にあるネックレスの宝石が強い輝きを放った。
 泉を囲む結界が大きく揺れ、その周囲の景色が崩れ始める。

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありません。

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限がありま^C

【セキュリティ警告】
 聖なる泉を出る権限が【セキュリティ警告】聖な【セキュリテ【セキ【セ【セ【セ【セ【セ【セ【セ【セ【システム異常を検出】
 エラーチェックを開始しました。


【条件達成】
 ユニークスキル『全てを奪う者』を修得しました。


『ふぇ……?』




 ――俺が覚えているのは、最後にエレナが間の抜けた声を出したところまで。
 それから視界が暗転し、俺は意識を失った。



【システムメッセージ】
 エラーチェックを完了しました。
 致命的なエラーが発生したためシステムを復元ロールバックします。



【システムメッセージ】
 復元は正しく完了しませんでした。



【システムメッセージ】
 再起動を行います。




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