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第二章 魔法使いの少女シャロン

011-孤独な天才少女

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【聖王歴128年 青の月 20日・同日夜】

<エメラシティ 宿屋>

「あのシャロンって人、おにーちゃんから聞いてたより案外ふつーじゃない? っていうか、おにーちゃんの方がよっぽどヘンじゃない?」

 宿に戻るや否や、サツキの怒濤の質問ラッシュを浴びせかけられ~……って、何だか既視感あるなコレ。
 あと、俺の方がよっぽどヘンってのは余計だコノヤロウ。

「うーん、今回の件に関しては正直なところ俺も驚いてる。一緒のパーティで冒険してる時もやたらツンケンしてて話しかけづらかったから、こんなにまともに会話したのは初めてだよ」

「2年も一緒に冒険してたのに、初めてまともに会話……?」

「うっさいなー」

『でもシャロンさん、何だかとても寂しそうでした』

「ああ、一緒に旅してる時も時々そういう表情してる事があったよ」

 実際、仲間になった後も口数は少なかったし、勧誘したはずの勇者ですらほとんどシャロンと会話をしている様子は無かった。
 まあ、話しかけたところで「時間の無駄よ。私に話しかけないで頂戴」みたいな絶対零度のカウンターが返ってきてたのだけど。

『私、明日もシャロンさんに話しかけてみます』

「どうして?」

 サツキが不思議そうに尋ねると、エレナは少し困り顔で答えた。

『シャロンさん、本当は独りで居るのが嫌なんじゃないかなーって思うんです。確かに、ずっと長いこと独りで居ると意外と平気になっちゃうんですけど、それでもやっぱり寂しいものは寂しいですから』

「さすが経験者の言葉は重みが違うなぁ……」

 しみじみと呟いた俺を見てエレナはクスリと笑うと、俺とサツキの手を握った。

『だから、今はとても幸せです』


【聖王歴128年 青の月 21日】


「えっ、学校を案内してほしい? っていうか、なんで私に言うのよ……」

『是非お願いしますっ!』

 翌朝、宿を出た俺達はまっすぐに学校へ向かったところ、運良く通りすがりのシャロンと遭遇できたわけだが、エレナがいきなり猛アプローチを仕掛けたのである。

『私を一目で精霊と見抜いたのも何かの縁っ。是非とも~~!』

「何の縁よっ! ……はぁ、そこまで言うなら仕方ないか。私としても精霊の生態や行動について研究レポートをまとめる良い機会だし、それと交換条件で良い?」

『わぁい、やったーっ♪』

 しぶしぶ承諾したシャロンだったが、ぶっちゃけエレナがイレギュラー過ぎてレポートにまとめても全く参考にならないと思う。
 それをバカ正直に言うとややこしいことになりそうだから黙っておくけどさ。

「まず、この学校は学舎と研究棟が分かれてて、前者は主に学生が教師から術式を学び、後者は学内外問わず研究者達が日々新たな魔法理論を確立すべく研究しているの」

 シャロンは丁寧に説明しながら学内を案内してくれた。
 口調そのものは大人びているけれど、エレナに向かって一生懸命に話す姿はまるで「特技を自慢する子供」みたいで、少し微笑ましくもある。
 だがその一方で、通りすがりの学生や教師達がやたらチラチラと視線を向けて来るのが気になっていた。
 最初この視線に気づいた時は、エレナの正体に感づいたヤツが他にも現れたのではないかと不安だったものの、皆の視線は常にシャロンへと向いていた。
 当人は慣れているのか、つまらなそうに周りの連中を無視しているのだが、そんな事を知る由も無いエレナは……

『あのー、なんで皆さんはシャロンさんの方をジロジロ見てるんです?』

「「っ!!」」

 言っちゃったーーー!?
 まさかの先制パンチをくらった周りの学生達や教師達は目を逸らし、そそくさと逃げ出してしまった。

『???』

「……はぁ。ちょっとこっちに来なさい」

 キョトンとした顔のエレナを手を引いて歩くシャロンが研究棟の一室の扉を開くと、皆を室内へ招き入れた。
 部屋の本棚には分厚い本が多く並んでおり、木製の机上で綺麗に整頓された小物はまるで、所有者の律儀な性格を表しているかのようだ。

「ここは私の研究室よ」

「へぇー、学校に自分の部屋があるんだねっ!」

 感心しているサツキを見て、シャロンは鼻で笑いつつその正面に立った。

「で、ちょっと質問だけど妹さん、あなたの歳はいくつ?」

「へっ? えーっと、今年で14だけど……」

 突然のシャロンの質問に、サツキは不思議そうにしながら年齢を答えた。
 ちなみに俺は6つ上の20歳です。

「私は何歳に見えるかしら?」

「うわっ、面倒臭い質問!」

 俺が我慢できずにツッコミを入れると、シャロンにジロリと睨まれた。
 シャロンはもともと小柄なサツキに比べてもさらに背が低く、大人びた口調とのギャップが凄いのだが、何歳かと言われても正直なところ全く分からない。
 だが、サツキは真面目にシャロンの全身や顔つきを確認してから、恐る恐る質問に答えた。

「失礼を覚悟で答えちゃうけど……同い年くらい?」

「んー、残念。10歳よ」

「なーーーーーーーーっ!!!?」

 思わず俺は声を上げてしまい、再びシャロンにジロリと睨まれてしまった。

「いや、えーっと……ホントに俺の10個下っつーか半分? マジで???」

 俺ってば、ずっとそんなチビッ子を相手に怯えてたんかっ!?
 あまりのショックに愕然とする俺を見て、シャロンは呆れ顔で笑う。

「ま、それが普通の反応ね。んで、他の学生達は偉大な魔法使いを志して魔法学校へ入学してみたら、自分よりもずっと年下の子供が最高学年主席とか言われてて、しかもこんな研究室を与えられているわけよ。そんなのが目の前をウロチョロしてたら、さぞかし鬱陶しいでしょうね」

 なるほど、ようやくシャロンの抱えてた問題の本質が分かってきたぞ。
 つまりは天才すぎるがゆえに孤立してしまって、自分でもその状況に苦しんでいるということだ。
 それからシャロンは、視線を下に落としながらエレナに問いかけた。

「精霊であるエレナさんから見て、私みたいなのはどう思う?」

 先程までのどこか他人事のような口調から一転、真剣な顔つきをしている。
 恐らく先程までのは全て布石で、この質問こそが彼女の真意だろう。
 そして、その問い対して出したエレナの答えは……

『ちっちゃくて可愛いのに、とっても頑張り屋さんでスゴイなーって思います!』

「ぐはあっ」

 ド直球過ぎるエレナの回答に、シャロンは変なうめき声を上げ、机の天板にガンッと頭を打ち付けた。

『案内もそうですけど、魔法の説明だってとても分かりやすかったですし、それだけしっかりと理解する為に、ものすごく努力したんだな~って! 周りの子もついつい嫉妬しちゃうかもですけど、それはシャロンさんがずっと頑張ってきたって事の裏返しですもんねっ! それと――!』

「ストップストーップ! それ以上いけないっ!」

『???』

 慌ててレフェリーストップをかけた俺に対しエレナは不思議そうに首を傾げているものの、当のシャロン本人は机に突っ伏したまま耳まで真っ赤にしてぷるぷると震えていた。

『もしかして私、シャロンさんを怒らせてしまったのでしょうか???』

「い、いや、怒ってはいないと思う……たぶん」

 これまでシャロンは自らの才能や能力の高さを周りから賛美される事は多々あっただろうけど、全く裏表無しに「これまでの努力を褒められた経験」が無いのかもしれない。
 つまり……褒められたのが嬉しすぎて、逆に恥ずかしくなってしまっちゃったわけである。

「ふ……ふぅーーー……!」

 何度か深呼吸を繰り返して落ち着いたのか、シャロンは頭を上げると頬を紅く染めながらプイッとそっぽを向いてしまった。

「まったく精霊ってヤツは、そういうトコ融通が利かないわね!」

『はうぅ……』

 シャロンはぶちぶちと苦言を吐いたものの、その表情はまんざらでも無さそうだ。
 でも、これがこの子の素だとすれば、俺が2年間接してきた「寡黙で冷徹なシャロン」は何だったのだろう?
 どうしてシャロンは自らの感情を押し殺すような真似を……?
 そんな疑問が頭をよぎったその時――


コンコンコンッ


 ドアのノック音が部屋に響くと同時に、顔を赤くしながら照れていた少女の顔は無表情へと変わった。

「シャロン様は居られますか?」

 シャロンが無言のまま自室のドアを開けると、そこには若い女魔法使いが立っていた。
 身なりから察するに、この人は魔法学校の教師のようだ。

「貴女に会いたいというお客様が来られておりますので、至急校長室までお越しください」

「こっちだって接客中なのだけど?」

「それは大変申し訳ありません。ですが、来られているのは、その……あの勇者カネミツ様でして」

「「『っ!』」」

 さすがに勇者から直々に指名というのは無視できないのか、シャロンは不満そうに溜め息を吐いた。

「ごめんねエレナさん。私、ちょっと行かなきゃ」

『い、いえっ。あの、いっぱい教えて頂いて、ありがとう……ございました!』

 深々と頭を下げるエレナを見たシャロンは、再び表情を緩ませて微笑むと、きびすを返し講師に連れられて去っていった。
 シャロンの研究室の外に出た俺達は、小さくなっていく彼女の背中を見送りながら、今後の事を考えていた。

『私、シャロンさんがこのまま勇者さんと旅に出ちゃダメな気がするんです!』

「ああ、奇遇だな。俺もちょうどそう思ってたところだ」
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