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第五章 港町アクアリアの歌姫マリネラ

037-救いのないセカイ4

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~ 旅の記録 ~

【聖王歴128年 緑の月 18日】

 聖王都周辺でのレベル上げと路銀稼ぎも一段落ついたところで、景気付けに西街の酒場へ行こうという話になった。
 シャロンが「私、お酒はちょっと……」と言うので俺が「子供みたいだな」と返したら、めっちゃキレられて怖かった。
 気を取り直して、渋るシャロンを連れて酒場へ向かったのだが、そこでチンピラに絡まれて困っている女の子と出会った。

 言うまでもなく勇者カネミツがチンピラ成敗したのだが、助けた女の子はマリネラという、巷でかなり有名な歌い手さんだそうで。
 周りの野次馬達も「勇者が歌姫を助けたぞーっ!」と大盛り上がりになってしまい、飲みに行くどころの騒ぎではなくなってしまったうえ、当の歌姫マリネラも恐怖で腰が抜けたのか動けなくなってしまった。
 カネミツが抱き上げて北街の宿屋まで連れて帰り、宿屋の主人に確認したところちょうど隣の部屋が空いていたのでそこを借りる事になった。
 ベッドにマリネラを寝かせたカネミツは「僕達は隣の部屋に居るから安心していいよ」と言うと、マリネラは頬を染めながら「はい、勇者様」と……書いててイライラしてきたから今日はここまで。

【聖王歴128年 緑の月 19日】

 朝からマリネラが部屋へ訪ねて来たのだが、俺達に頼みがあるのだと言う。
 どうやら拠点である西の港町アクアリアへ帰るにあたり、町までの護衛をお願いしたいらしい。
 確かに昨日の一件もあるし、歌姫を誘拐目的で狙うヤツだっているかもしれないという事で、全員賛成で彼女の護衛を引き受ける事になった。
 だが、マリネラ曰く、どうしてチンピラに狙われたのか皆目見当もつかないのだそうで、何とも先行き不安である。
 あと、旅の準備のための買い出し中も、カネミツとマリネラがイチャイチャしてるのがクソうぜえ。

【聖王歴128年 緑の月 20日】

 港町アクアリアまでは馬車を二つ乗り継いで約三日かかるらしい。
 マリネラ曰く、港町アクアリアから聖王都までの往路は偶然にも乗り合い馬車に騎士様が居てくれたため、特に何事もなく来られたとの事だが、やはり復路に関しては万全を期しておきたいのだそうだ。
 結論から言うと……初日からいきなり山賊に襲撃された。
 当然、我ら勇者パーティがそいつらを蹴散らしたわけだが、山賊が馬車を襲ったのは特に歌姫を狙ったわけではなく偶然らしい。
 再び怖い目に遭ってしまったマリネラは、カネミツにくっついたまま離れなくなってしまい、さらにイチャイチャの度合いがグレードアップしてしまった。
 しかもシャロンが「ウッザ……」とか呟いてて、馬車の中の雰囲気は最悪である。
 今回の旅は正直、今までで一番しんどい。

【聖王歴128年 緑の月 21日】

 馬車の乗り継ぎのため、中継地となる村にやってきた。
 そして今日は……物乞いのふりをした盗人野郎から引ったくりに遭った。
 これまた当然ながら我ら勇者パーティによってお縄を頂戴したわけだが、今回もマリネラを狙ったわけではなく単なる偶然らしい。
 ちなみに、マリネラは「恐怖で一人で寝られません。抱きしめてくれますか……?」とか言って、カネミツに●●●●● (何か塗りつぶしたような跡)。
 書くのも面倒くさい、また明日ー。

【聖王歴128年 緑の月 22日】

 最後の中継地となるキャラバンへやって来たが……トラブル三連続が確定。
 今日は反体制派と名乗る覆面姿の連中に襲撃されたのだが、ついにシャロンの堪忍袋の緒が切れ、そいつら全員をファイアトルネードで吹っ飛ばしてしまった。
 シャロン曰く「悪党とかはどうでも良いのよ。それよりも、あそこのバカップルをぶん殴ってやりたいイライラの方がキツいわ」だそうで、初めてコイツと意見が一致した瞬間であった。

【聖王歴128年 緑の月 23日】

 ついに港町アクアリアに到着した一行だったが、到着早々にマリネラが原因不明の高熱を出して倒れた。
 先日から立て続けに起こる不可解な事件に加えて突然の状況に対し、エルフ弓手のレネットは何らかの呪術であると断定。
 教会で呪いがかかっていないか調べてもらったところ、レネットの予想通り勇者パーティ全員に何らかの呪いらしきものがかけられており、呪いの魔力は街の北にある泉から漏れ出ている事が判明した。
 泉に到着した俺達を待ち構えていたのは、何と幼い子供の姿をした泉の精霊!
 だが、俺達の姿を見るや否や『来ないで!』と拒絶の意志を見せてきた。
 カネミツが交渉のため近づこうとしたものの強い結界を張られてしまったため、ひとまず撤退する事となった。

【同日夜】

 泉から流れ込む魔力が更に強まり、マリネラの容態が急激に悪化。
 一刻を争う事態となり、今すぐ止めるようにと泉の精霊に交渉を申し出たものの、有無を言わさず魔法による先制攻撃を受けたため、やむなく交戦。
 しかも、水を使った実体のない変幻自在の攻撃に対し、カネミツや俺の武器では一切のダメージを与える事ができず大苦戦。
 最終的にはシャロンのフレアストームによって泉ごと蒸発させる荒技によって精霊を撃破した。

【聖王歴128年 緑の月 24日】

 泉の精霊を倒した事によってマリネラの呪いも解け、今回の事件は無事に解決した。
 フレアストームで北の泉を枯らした事に関しては町長も立腹し「勇者特権があるからと言って、やって良い事と悪い事があるのではないか」と苦言を吐いていたが、カネミツが「では、この町の重要な観光収益を担う歌姫マリネラが呪いで死んでも良かったと?」と言うだけで町長は黙ってしまった。
 カネミツにしては珍しく刺々しい言い方だと不思議がっていると、ボソリと「そんな事、僕だって分かってるさ……」と一人悔しそうに呟いていた。

【聖王歴128年 緑の月 25日】

 勇者カネミツ曰く、どうやら港から船に乗り西のフロスト大陸を目指すらしい。
 俺達はマリネラの屋敷を訪ね、海を渡り西の大陸へ向かう事と伝えると、彼女は涙を流しながらカネミツの胸に飛び込むと次のように言った。

「私はあなた様と共に行く事はできません。ですが、最後に一つだけお願いを聞いてください」

 そして歌姫マリネラは勇者に口づけをすると、涙をこぼしながら俺達に背を向けて走り去っていったのだった。
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