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第十二章 偉大なる魔王オーカ様

187-大冒険にしゅっぱつ!

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【聖王歴129年 青の月18日 朝】

<聖王都プラテナ 北門前>

「お前達だけで別行動するだってっ!?」

「おうよ!!」

 いきなりのサツキ爆弾発言に思わずひっくり返りそうになる。
 どうやらシャロン達とともに、魔法学園へ向かうらしいのだが……。

「しかもオーカも連れて行くって、正気か……?」

『うむ。ちょいとばかり野暮用でな』

 魔王様が野暮用でウチの妹と同伴する意味が全然わからないのだが、サツキに理由を聞いても「レディーに野暮用の理由を聞く方が野暮ってもんさ」とか言いやがりやがった。

「せっかく、聖王都ここの地下水道から常闇とこやみの大地に行けるってわかったってのになあ」

『うむ、帰りはそこを通らせてもらうとするぞ。今後は往復も楽になるし、助かるのう』

 この魔王様、今後もお忍びで遊びに来る気満々である。

「ま、心強い用心棒もいるからへーきへーき!」

「誰が用心棒よ……」

 サツキに的確にツッコミを入れたのは魔法学園の最優秀模範生こと、魔法使いシャロン。
 そんなシャロンとは対照的に、後輩二人組はニコニコ笑顔だ。
 しかも彼女達が乗っている馬車は、俺達がいつも旅で使っている貧乏乗合馬車とは似ても似つかぬ、まさかの三頭立ての超高級仕様!

「魔法学園ハンパねえな。学生向けにこんな馬車をチャーターするのかよ……」

「んなわけないでしょ」

「???」

 即答するシャロンを見て首を傾げていると、客車からもう一人の女の子がひょっこりと顔を出した。
 ……って、ちょおおおっ!?

「プリシア姫がなんで魔法学園行きの馬車に乗ってるんです!?」

「あーっ、カナタ様また敬語使いましたねー? 減点ですよー」

 なんと高級馬車でくつろいでいたのは、我が国の王女プリシア様!
 そりゃ、こんなお偉いさんを乗合馬車に乗せるわけねえよな……。

「それはともかくとして、なんで姫まで一緒に……?」

 俺が目を白黒させていると、プリシア姫は何かウチの妹を彷彿とさせる表情でフフンと笑う。

「大・親・友のサツキちゃんに誘われたからです!!」

「やっぱり元凶はお前じゃねーかッ!!!」

 俺が愚昧サツキを捕まえようと手を伸ばしたものの、ひらりと身をひるがえし、高級そうな馬車に向かって一目散に駆け出してゆく。

「へっへーん! 元凶じゃなく親玉と呼ぶがいいさ!!」

『その言い方じゃ結局、悪者なのでは……ぐえ』

 哀れにも、ユピテルは首根っこを捕まれて馬車に放り込まれた。
 一体なにがどうなっているのかサッパリ理解できないまま、サツキを筆頭とする謎の集団は馬車に全員で乗り込むと、そのまま街の北へと向かって走り出した。

「んじゃ、吉報を祈るよ~。アデュー!」

 そして、シンプルな別れの言葉を残し、我が妹サツキは旅立ってゆくのであった……。

「ていうか、あいつマジなんなん?」

『あはは……』


~~


<プラテナ王家保有馬車 客車内>

「おっしゃ! 感動のお別れも済ませたし、ここからあたし達の大冒険がスタートだぜッ!!」

『えっ、さっきのどこに感動要素あったの!?』

 ユピテルがいつもどおり切れ味の悪いツッコミを入れてくるのはさておき、ふとオーカちゃんの方へ目をやると、何故か心ここにあらずといった様子。

「オーカちゃん、何か忘れ物でもした?」

『む? ……いや、気になるという程ではないのじゃがな。我が家臣達に長いこと連絡をしておらんから、どうしたものかなと』

 たしかに、サイハテの街を出てから既に半月は経っているし、このままあたし達と一緒に旅をしているとオーカちゃんは何ヶ月も音信不通が続いてしまうことになるだろう。
 フルルに言えば空間転移で連れて行ってくれるとは思うけど、これ以上は秘密を知る人を増やしたくないと言われてるし、それを無理強いするのも、あたし的にもイヤなんだよねえ。
 だけど、ついさっき大急ぎで出発したばかりだと言うのに、トンボ返りでお兄ちゃん達のトコへ戻って「ただいま~」ってのは、さすがにカッコ悪すぎる。

「うーん…………あっ、そうだ!」

 あたしの灰色の脳細胞が、キュピーンとグッドアイデアを閃いた!

「シャロンちゃんの魔法で解決できるじゃん!」

「へ?」

 車内でまったりと読書を堪能していたシャロンちゃんが、キョトンとした顔でこちらに目を向ける。

「今回シャロンちゃんが聖王都に来たのって、遠くに声を届ける魔法の発表のため~って言ってたよね!!」

「え、え、何の話???」 

 どうやら自分の世界に入っていたようで、こちらの話題について来れなかったらしい。
 てわけで、かくかくしかじか~~。

「ってな感じで、オーカちゃんの安否確認を伝えたいのさ!」

「はあ。べつに私は構わないけど、まだ未完成だし魔力消費も半端じゃないから、常人じゃまともに使えないわよ?」

「だいじょーぶっ。なんたってオーカちゃんは魔王様だもんね!」

 ところが、オーカちゃんが少しだけ不安げな様子。
 だけど挑発的な顔でニヤリと笑みを向けたら、急に凛々しい顔つきになった。

『人間の小娘が出来て、我に出来ぬ道理は無いわッ!!』

「はあ」

 それから、なんにもない平原で馬車を停めると、シャロンちゃんが後輩ちゃん二人組を連れて、キラキラした綺麗な石を地面に置いてゆく。

『……ふぅ』

「緊張してる?」

『なっ、なななななっ、何を抜かすかっ。そんなわけなかろう!』

 しかし少し声が震えている様子から、オーカちゃんが緊張しているのは明らか。
 やっぱり人生の先輩として、優しく導いてやらねばなるまいて。

「おー、よしよしー」

『頭を撫でるなッ!』

 おーおー、ういやつめ。
 ……と、オーカちゃんをバッチリ完璧にリラックスさせたところで、準備が整った。
 さあ、シャロンちゃんがお偉いさん達を仰天させたと噂のスーパー魔法の御披露目だよ!
 あたしも見るのは初めてなので、ちょー楽しみです。

「それじゃ、術式はこれに書いてあるから。しっかりと意識を保つよう、気張りながら読みなさいね」

『う、うむ……』

 そしてシャロンちゃんが目配せすると、後輩ちゃん二人組がオーカちゃんの両サイドで身をかがめ、身体を支えるように両手を構えた。

『む? お主らは何をしておる?』

「ケガしないように対策ですよ~」

『ケガ???』

 オーカちゃんが訝しげな顔で首を傾げると、キャシーちゃんがウンウンとうなずく。

「詠唱中は猛スピードで魔力が減るんすけど、魔力が切れた瞬間にゴリッと意識を持って行かれるっす。あーしらだと、唱えた瞬間ぶっ倒れるっすね」

『ひぇっ……』

 珍しくオーカちゃんが怯えた様子でビクビクしていたものの、あたしが目を向けると強がりながらフンと鼻で笑った。

『人間共よ! 魔王の力をとくと見るがいいッ!』

 だけど、オーカちゃんが手渡された紙切れを読み上げた瞬間、ビクンと小さな身体が跳ねた。

『ぐぇ……な、なるほど』

 何がなるほどなのかは分からないけれど、オーカちゃんはギリリと歯ぎしりをすると、メモ書きを睨みつけてから改めて詠唱を続けた。
 真っ昼間なのに真上の雲がゴロゴロ鳴りだしたり、周囲から鳥さん達が大慌てで逃げ出したりと、まるでこの世の終わりのよう。

『我が……力を持って……ぜえ、ぜえ……鋭き槍となりて……………………』

 無言が続く。
 ……あれ?

「オーカちゃん?」

『……………天を……渡れぇ』

「この子、一瞬失神したのに気合いで踏ん張ってますよ!?」

「スゴい根性っす!!」

 必死に唱えるその姿に、皆ただただ圧倒されるばかり。
 オーカちゃんは今にも倒れそうになりながらも、必死にメモ書きの最後の一文に目をやると、ゆらりと両手で空を仰いだ。
 しかし、そこで力尽きたのかゆらりと小さな身体が傾く――

「そこで伝えたい言葉を読み上げなさい! 猶予は一瞬しか無いわよ!!」

『……ッ!!』

 シャロンちゃんの言葉で再び正気を取り戻したのか、オーカちゃんは青ざめた顔を空へ向けた。

『わたし……は、元気だよ』

 いつもとは違う……いや、ブランデーで酔っぱらった時と同じ、飾り気の無い・・・・・・口調でオーカちゃんが呟くと、それに呼応するように空へ真っ直ぐ伸びた魔力の帯が震える。
 その姿を見て、フルルが何かに気づいてハッと顔を上げた。

『あの子……無意識で喋ってる。とっくに魔力は……ゼロ』

 フルルの言うとおりだとすれば、一体なにがオーカちゃんをそこまで突き動かしているのだろう?
 そんな疑問を抱いたあたしに対し、答えはすぐにやってきた。

『だから心配しないで大丈夫……。もう、一人……じゃないよ』

「!」

 彼女が口にした言葉に思わず息を飲む。
 そして、身体が大きくゆらりと揺れて――

『友達…………できた』

 そのままパタリと倒れそうになったところを、後輩ちゃん二人がナイスキャッチ!
 急いで馬車に運び込んで横にしてやると、スヤスヤと可愛らしい寝息をたてていたので、ほっと一安心。
 フルルに看てもらったけど、どうやら命に別状もないみたい。

「なんというか……あれで伝わるのかしら?」

 シャロンちゃんは困惑した様子で首を傾げているけれど、あたしは首を横に振る。

「あたし的には大満足かな。はなまる百点満点だよ!」

「はあ」

「お兄ちゃんに次に会った時に自慢してやろっと♪」

「???」

 同い年で同じツンデレなのにこれが理解できないなんて、シャロンちゃんもまだまだ修行が足りないねぇ。

「お悩みも解決したし、これでばっちおっけー! さあ、改めてあたし達の冒険スタートだよ!」

 そんなわけで、今すぐこの小さな女の子を抱き締めたい気持ちを抑えつつも、あたしは彼女が目を覚ました時に、どう褒めてあげようか心を躍らせるのであった。


――第十二章 偉大なる魔王オーカ様 true end.
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