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最終章 愛しきひとを救う者カナタ

192-もうひとりのエレナ

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「エレナ……なのか?」

 俺が泉を見つめながら呟いた途端、服の右裾をギュッと小さな手が強く握ってきた。
 間違いなく、俺の知る・・・・エレナはすぐ側にいる。
 けれど、目の前に居る女性もまた出逢った頃・・・・・のエレナと瓜二つ。
 改めて、泉に向けて問いかけようとしたその時――


『お前達全員、すぐにこの場を離れろッ!!!』


「!!」

 ウィンディは大声を上げると、疾風の刃を泉に向けて放った!
 しかし、もうひとりのエレナはそれを易々と右手で払けると、変わらぬ笑顔のまま首を傾げた。

【まるで、ここは私に任せて先へ行け~、みたいな言い草ですね?】

『そう言っているッ!!』

 普段は物静かなウィンディが声を荒げる様子に、シズハも困惑した様子で立ち尽くしている。
 だが、いつまでも逃げようとしない彼女の姿を見て、ウィンディは苛立ちながら叫んだ。

『何をしている!! さっさと行けッ!!』

「だっ、だけど! ウィンディだけを置いていくなんて、私……」

『愚か者ッ!! 死にたいのかッ!!!』

「ひいっ……」

 凄まじい気迫に圧されたシズハはただただ怯えていたものの、状況をいち早く察したクニトキが彼女の手を取り駆け出した!
 少し出遅れつつも、残された皆も彼らの背に続いてゆく。

『…………ふぅ』

【なるほど。御主人様を守るため、捨て駒となる道を選んだのですね】

『ふん、捨て駒とは失敬な。お前を倒せば済むだけの話だからな』

 あっけらかんと言うウィンディを見て、エレナと瓜二つの精霊はフフンと鼻で笑う。
 しかし、先ほどまでカナタと対峙していた時とは雰囲気が一転。
 まるでその笑顔の奥に巨大な闇を秘めているかのような、不思議な圧力を感じさせる。
 例えるならば、圧倒的な力を手に入れた狂戦士バーサーカーのそれに似ていた。

【あなたのやってるコト、なんて言うか知ってます~?】

『……?』

 ――刹那、泉の周囲が強大な氷塊に包まれた!

 そして、泉の精霊はカナタには決して見せない残虐な笑みを浮かべると、嬉しそうに両手を振り上げて叫んだ。

死亡フラグ・・・・・って言うんですよッ!!!】 






「うっ、うぅ……」

 静かな暗闇の世界に、涙をぽろぽろとこぼしながら歩くシズハの泣き声だけが響いていた。
 大地に響く轟音が止んだのは、俺達がサイハテの街へと全力で走り出してからしばらく経ってからのこと。
 それは恐らく、先の戦いが終わったことを意味しているのだろう。
 だが、あの黒く染まった泉がどうなってしまったのか、今の俺達には知る由もない。

「これで、ますます話が分からなくなってきたね」

「話って?」

 街に向けて歩む足はそのままに、カネミツがぼそりと呟いた。

「どうして僕達は一人なのに、エレナさんだけ・・が二人いるんだろう」

「……」

 内心で気にしながらも口にしなかったそれを、こいつはズバリと言い切ってくれた。
 その疑問に対し、エレナ自身が答える。

『あそこに居たのは、紛れもなく私でした……ただ』

 エレナはそう言うと、ぶるりと身震いして口をつぐんでしまった。
 今度こそ、俺は彼女の小さな肩を抱き寄せて落ち着くまで待ってあげると、ゆっくりと続きを話し始めた。

彼女・・には実体がありません。なんというか、亡霊のようなもの……と言えば良いでしょうか』

「亡霊……?」

 小さく頷いたエレナは、俺達の来た道へ振り返る。

『私の目は、あらゆる人物の名前や能力といった情報を得る力があります。ですが、彼女を見ても何も得られませんでした。姿は見えるのに声は聞こなくて……。まるで、あそこには誰も居ないかのようで』

「エレナの目でも見えない、もう一人のエレナの正体……か」

 今一度、黒く染まった泉での出来事を思い返してみる。
 あれは本当にエレナだったのか?
 確かに、白い衣服に身を包んだ立ち姿は俺が初めて会った時と同じで――

・・


【やっと来てくれた】

【私は、ずっと待ち続けていたよ】

【おかえりなさい、カナタさん】


・・

「……あれ?」

 ただひとつ、彼女が本来のエレナであれば絶対にありえない・・・・・ことを話していたことに気づいた。

「あのエレナ、なんで俺を知っていたんだ」

『なんでって、私とカナタさんは互いに面識が……』

「面識があったら辻褄つじつまが合わないんだよ。俺とエレナが出逢ったのは、勇者パーティを追い出された後じゃないか!」

『あっ!』

 俺が (女神フローライトのせいで)勇者パーティを追い出されたのは聖王歴百二十九年の黒の月一日で、聖なる泉に辿り着いたのはその二日後のこと。
 今日が何月何日なのかは具体的には分からないけれど、まだ数ヶ月以上後であることは確かだ。
 つまり、二年前の今日の時点で俺とエレナは出逢っていないのだから、あそこに居たのが仮にもうひとりのエレナだとしても、俺を知っているのはおかしい。

『それじゃ、あの泉に居た私は一体――』


【私は私ですよ】


「!?」

 再び俺達の目の前へ天啓が出現した。
 相変わらず危機感知スキルが発動しない理由は分からないものの、間違いない……ヤツはすぐ近くに居る!

【ですが、私はあなたよりずっと……ずっと、彼を想い続けているのです】

『……ッ!!』

 ――刹那、耳元から小さな言葉が聞こえてきた。

『愛しています、カナタさん』

 背筋にぞくりと冷たいモノが走る!
 それと同時に、ずっと俺の右手を握っていた小さな手に振り解かれると同時に、前方へと突き飛ばされた。
 慌てて振り返ると、そこには黒い靄に包まれたエレナの姿があった。

「エレナッ!!」

 すぐに駆け寄ろうとしたものの、突然展開された結界に塞がれて先へ進むことができない!
 そして、俺達の目の前に新たな天啓が現れた……。


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