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最終章 愛しきひとを救う者カナタ
198-Lv.255
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俺の身体を撫ぜるように、虹の光がキラキラと粒となって風に流れて消えてゆく。
誰も一言も発することなく、ただただ立ち尽くすばかり。
それから空の彼方が突然眩しく輝いた途端、暗闇の世界が陽光に照らされ、空高く浮かぶ天啓に新たな言葉が刻まれた。
【Congratulations】
おめでとうございます。
あなたの勝利です。
闇の世界に光と平和が訪れました。
白々しく『勝利』と記している天啓がただただ虚しい。
「…………」
今一度自らの腕の中に目を向けたものの、既に虹色の光の欠片は虚空へと消え去り、自分の両腕にはただ虚無だけが残されていた。
『カナタ君……』
セツナが俺の名を呼ぶけれど、未だ意識に靄がかかっているようで。
なんだか無視するのは悪い気がして、俺は無理やり口を開いた。
「エレナは……この世界を守ったんだと、思う」
「うぅ、うわーん!」
どうにか捻り出した俺の言葉を聞いて、シズハが号泣してしまった。
思いのほか冷静な自分にも驚いてしまうけれど、単に虚無感で心が動いていないだけかもしれない。
「これが、神の望んだ結末だと言うのか」
「無念……」
カネミツとクニトキも酷く落胆しているものの、あの状況では彼らの加勢があったとしても対処は無理だったと思う。
とにかく、ここで突っ立っていても仕方ない。
「とりあえず、街へ戻――」
『なんだあれはッ!!』
唐突にディザイアが声を上げて頭上を指差した。
皆がそちらへ目を向けると……
【ADMIN MESSAGE】
これで勝ったと思うなよ。
「!?!?」
天啓とは思えぬ野暮ったい捨て台詞に皆が絶句していると、いきなりその真下へ四角い枠が出現した。
枠の中には極めてリアルな街並みと大きな城、戸惑いながら空を見上げる民衆の姿が描かれている。
「あれは聖王都……?」
『みんな見てっ!!』
レネットの視線の先には、民衆のずっと頭上にある青空の一郭。
それが目に入った瞬間、背中にゾクリと冷たいモノが走った。
【Generating .. Greater demon EXTENDED++ (LowLevelFormatter Lv.255)】
愚民共よ、死ぬがよい。
それはかつて聖王都を襲った悪夢。
中央教会のトップであったツヴァイの陰謀で召喚されたグレーターデーモンを倒した後、この世界へと出現しようとしていた脅威と極めて酷似している。
『グレーターデーモン亜種レベル255だと! あの野郎、この世界もろとも消し飛ばす最後っ屁まで仕掛けてやがったか!!』
『最悪ね……』
書かれている内容の意味まではわからないものの、それを見たセツナとディザイアの表情の険しさと口調から、絶望的な状況なのは明らか。
「セツナさん、あれは何なのですか」
『……本来はモンスタージェネレータと言って、魔物を生成するための機能よ。この世界の脅威に対し反撃の手札として強力な悪魔系モンスターを呼び出す能力もあるのだけど、前回に世界が滅びたのはアレが原因ね』
『ばっ、バカ野郎! 何ベラベラ喋ってんだッ!?』
ディザイアが慌てた様子でセツナに対して咎めるものの、冷めた様子で首を横に振る。
『この子達は皆、世界が終わるって事実を知ってるもの。私達のネタバレでなければ強制消去トラップも発動しないみたい』
『チッ、先に言っててくれよ。マジ焦ったぜ……』
そんなやり取りをしている二人を見て、シズハが恐る恐る訊ねた。
「あの、お二人は一体何者なのでしょうか……?」
あまりに直球すぎる問いかけに対し、二人とも困った様子で顔を見合わせている。
どうやら言ってはダメな理由がありそうだけど、セツナがドワーフの街を襲撃したのは、先ほど言っていたモンスタージェネレータとやらのコアを破壊するのが目的だったし、彼女は他の街での出来事も概ね把握していたので情報のまとめ役としての立場があるはず。
それに、ディザイアの正体が中級天使なんとかさん的なことをエレナが言っていたので、コイツの正体が『天使』であることは確定だ。
二人が共闘状態にあると考えると、そこから導き出される結論は一つだろう。
「セツナさんもディザイアも、世界の終わりを阻止するためにやって来た天使じゃねーの」
『ナイス推理カナタくん! 大正解っ!』
『……ハァ』
もう怒るのも馬鹿らしくなったのか、ディザイアは肩を落として溜め息を吐いた。
おとぎ話で度々に聖者として描かれる【天使】がいざ目の前に現れたことは歓迎すべきなのかもしれないけれど、セツナは『酒瓶の似合う酔っ払い』だし、ディザイアに至っては『ブチ切れて装備を投げ捨てた挙げ句、妖精フルルにぶっ飛ばされた』という印象が強すぎて、ちっともありがたみが無い。
「だけど、モンスタージェネレータは全部止まったし、エレナも…………世界を壊さずに済んで、全て終わりじゃないのか」
『申し訳ないけど、この状況に関しては完全に私達も想定外よ。エレナさんがトリガーだったことですら、私達にとっては未知の出来事だもの』
「なるほどな……ん?」
と、俺達がそんな会話をしていた矢先、枠の中に映る天啓の周辺に魔法陣が三つ現れた。
中央のヤツが一際巨大で、その両端にある残りの二つは半分ほどの大きさだ。
すると、後者から落雷とともに魔物が出現するのが見えた。
「グレーターデーモンか……」
先の戦いでエレナが一撃で倒したけれど、コイツを倒すには魔力防壁の消去と、最強魔法ゴッドフレアの連携が必要となる。
他にも倒す方法はあったものの、コロンの奇跡と中央教会の聖職者数十名によるディスペル重複詠唱、そしてシャロンの強力な闇魔法によってやっと一匹倒せるような最凶最悪の敵だ。
そんな奴が二匹同時に出現しただけでも最悪なのに、真ん中の巨大な魔法陣から出てくるのは、それすらも遥かに上回る化け物であることは明白。
「急いで戻ろう! 僕達も行かないと!!」
「うむ!」
カネミツの言葉にクニトキが即答し、レネットとシズハも無言で肯いた。
「俺も行くか……」
ところが、彼らに続こうと一歩を踏み出そうとしたのに足が動かない。
「あれ……???」
その直後、唐突に虹の光が身体からふわりと離れた瞬間の記憶が戻り、涙がボロボロとこぼれ落ちて膝から力が抜けた。
地面にへたり込んだまま、俺の頭が次の行動を拒絶してくる。
「なん……で……?」
『思ったより頑張ったけど、やっぱり無理よね』
セツナの言っている言葉の意味がわからない。
俺が困惑していると、シズハが泣き腫れた目を擦りながら答えた。
「だって、エレナさんが死んじゃったのに、カナタくん無理だよっ!」
「シズハ!」
クニトキが慌てた様子でシズハの口を押さえる。
だが、俺がさっきから頑なに避け続けていた言葉を代弁されてしまい、今改めて意識がハッキリとした。
いや、ハッキリしたからと言って立ち上がれるようになるはずもなく、ますます全身が大岩のように重くなるのだけど。
『とりあえず俺がコイツらを連れて行くぜ。セツナは適当にやっててくれや』
『ありがとうグレイス』
『ディザイアと呼べっつってんだろうが! ……フライアッ!!』
ディザイアはそう言うと、目の前に光の門を開いた。
フルルの門外不出のとっておきの技をアッサリと使われてしまい、なんとも拍子抜けだ。
『ここを飛んだらすぐに戦闘だ! テメェら全員死ぬ気で戦えッ!!』
そしてディザイアは、大剣をブンブンと振り回しながら皆を引き連れ――光の門の向こうへと消えていった。
「…………」
『…………』
「セツナさんは行かなくて大丈夫なのか?」
『うーん、どうしたものかしらねぇ』
陽光に照らされるようになった常闇……とは言いがたい大地にぽつんと残された二人。
何もやりたくない。
何も考えられない。
「……」
――そこに小さな影が近づいていることを、この時の俺はまだ気づいていない。
誰も一言も発することなく、ただただ立ち尽くすばかり。
それから空の彼方が突然眩しく輝いた途端、暗闇の世界が陽光に照らされ、空高く浮かぶ天啓に新たな言葉が刻まれた。
【Congratulations】
おめでとうございます。
あなたの勝利です。
闇の世界に光と平和が訪れました。
白々しく『勝利』と記している天啓がただただ虚しい。
「…………」
今一度自らの腕の中に目を向けたものの、既に虹色の光の欠片は虚空へと消え去り、自分の両腕にはただ虚無だけが残されていた。
『カナタ君……』
セツナが俺の名を呼ぶけれど、未だ意識に靄がかかっているようで。
なんだか無視するのは悪い気がして、俺は無理やり口を開いた。
「エレナは……この世界を守ったんだと、思う」
「うぅ、うわーん!」
どうにか捻り出した俺の言葉を聞いて、シズハが号泣してしまった。
思いのほか冷静な自分にも驚いてしまうけれど、単に虚無感で心が動いていないだけかもしれない。
「これが、神の望んだ結末だと言うのか」
「無念……」
カネミツとクニトキも酷く落胆しているものの、あの状況では彼らの加勢があったとしても対処は無理だったと思う。
とにかく、ここで突っ立っていても仕方ない。
「とりあえず、街へ戻――」
『なんだあれはッ!!』
唐突にディザイアが声を上げて頭上を指差した。
皆がそちらへ目を向けると……
【ADMIN MESSAGE】
これで勝ったと思うなよ。
「!?!?」
天啓とは思えぬ野暮ったい捨て台詞に皆が絶句していると、いきなりその真下へ四角い枠が出現した。
枠の中には極めてリアルな街並みと大きな城、戸惑いながら空を見上げる民衆の姿が描かれている。
「あれは聖王都……?」
『みんな見てっ!!』
レネットの視線の先には、民衆のずっと頭上にある青空の一郭。
それが目に入った瞬間、背中にゾクリと冷たいモノが走った。
【Generating .. Greater demon EXTENDED++ (LowLevelFormatter Lv.255)】
愚民共よ、死ぬがよい。
それはかつて聖王都を襲った悪夢。
中央教会のトップであったツヴァイの陰謀で召喚されたグレーターデーモンを倒した後、この世界へと出現しようとしていた脅威と極めて酷似している。
『グレーターデーモン亜種レベル255だと! あの野郎、この世界もろとも消し飛ばす最後っ屁まで仕掛けてやがったか!!』
『最悪ね……』
書かれている内容の意味まではわからないものの、それを見たセツナとディザイアの表情の険しさと口調から、絶望的な状況なのは明らか。
「セツナさん、あれは何なのですか」
『……本来はモンスタージェネレータと言って、魔物を生成するための機能よ。この世界の脅威に対し反撃の手札として強力な悪魔系モンスターを呼び出す能力もあるのだけど、前回に世界が滅びたのはアレが原因ね』
『ばっ、バカ野郎! 何ベラベラ喋ってんだッ!?』
ディザイアが慌てた様子でセツナに対して咎めるものの、冷めた様子で首を横に振る。
『この子達は皆、世界が終わるって事実を知ってるもの。私達のネタバレでなければ強制消去トラップも発動しないみたい』
『チッ、先に言っててくれよ。マジ焦ったぜ……』
そんなやり取りをしている二人を見て、シズハが恐る恐る訊ねた。
「あの、お二人は一体何者なのでしょうか……?」
あまりに直球すぎる問いかけに対し、二人とも困った様子で顔を見合わせている。
どうやら言ってはダメな理由がありそうだけど、セツナがドワーフの街を襲撃したのは、先ほど言っていたモンスタージェネレータとやらのコアを破壊するのが目的だったし、彼女は他の街での出来事も概ね把握していたので情報のまとめ役としての立場があるはず。
それに、ディザイアの正体が中級天使なんとかさん的なことをエレナが言っていたので、コイツの正体が『天使』であることは確定だ。
二人が共闘状態にあると考えると、そこから導き出される結論は一つだろう。
「セツナさんもディザイアも、世界の終わりを阻止するためにやって来た天使じゃねーの」
『ナイス推理カナタくん! 大正解っ!』
『……ハァ』
もう怒るのも馬鹿らしくなったのか、ディザイアは肩を落として溜め息を吐いた。
おとぎ話で度々に聖者として描かれる【天使】がいざ目の前に現れたことは歓迎すべきなのかもしれないけれど、セツナは『酒瓶の似合う酔っ払い』だし、ディザイアに至っては『ブチ切れて装備を投げ捨てた挙げ句、妖精フルルにぶっ飛ばされた』という印象が強すぎて、ちっともありがたみが無い。
「だけど、モンスタージェネレータは全部止まったし、エレナも…………世界を壊さずに済んで、全て終わりじゃないのか」
『申し訳ないけど、この状況に関しては完全に私達も想定外よ。エレナさんがトリガーだったことですら、私達にとっては未知の出来事だもの』
「なるほどな……ん?」
と、俺達がそんな会話をしていた矢先、枠の中に映る天啓の周辺に魔法陣が三つ現れた。
中央のヤツが一際巨大で、その両端にある残りの二つは半分ほどの大きさだ。
すると、後者から落雷とともに魔物が出現するのが見えた。
「グレーターデーモンか……」
先の戦いでエレナが一撃で倒したけれど、コイツを倒すには魔力防壁の消去と、最強魔法ゴッドフレアの連携が必要となる。
他にも倒す方法はあったものの、コロンの奇跡と中央教会の聖職者数十名によるディスペル重複詠唱、そしてシャロンの強力な闇魔法によってやっと一匹倒せるような最凶最悪の敵だ。
そんな奴が二匹同時に出現しただけでも最悪なのに、真ん中の巨大な魔法陣から出てくるのは、それすらも遥かに上回る化け物であることは明白。
「急いで戻ろう! 僕達も行かないと!!」
「うむ!」
カネミツの言葉にクニトキが即答し、レネットとシズハも無言で肯いた。
「俺も行くか……」
ところが、彼らに続こうと一歩を踏み出そうとしたのに足が動かない。
「あれ……???」
その直後、唐突に虹の光が身体からふわりと離れた瞬間の記憶が戻り、涙がボロボロとこぼれ落ちて膝から力が抜けた。
地面にへたり込んだまま、俺の頭が次の行動を拒絶してくる。
「なん……で……?」
『思ったより頑張ったけど、やっぱり無理よね』
セツナの言っている言葉の意味がわからない。
俺が困惑していると、シズハが泣き腫れた目を擦りながら答えた。
「だって、エレナさんが死んじゃったのに、カナタくん無理だよっ!」
「シズハ!」
クニトキが慌てた様子でシズハの口を押さえる。
だが、俺がさっきから頑なに避け続けていた言葉を代弁されてしまい、今改めて意識がハッキリとした。
いや、ハッキリしたからと言って立ち上がれるようになるはずもなく、ますます全身が大岩のように重くなるのだけど。
『とりあえず俺がコイツらを連れて行くぜ。セツナは適当にやっててくれや』
『ありがとうグレイス』
『ディザイアと呼べっつってんだろうが! ……フライアッ!!』
ディザイアはそう言うと、目の前に光の門を開いた。
フルルの門外不出のとっておきの技をアッサリと使われてしまい、なんとも拍子抜けだ。
『ここを飛んだらすぐに戦闘だ! テメェら全員死ぬ気で戦えッ!!』
そしてディザイアは、大剣をブンブンと振り回しながら皆を引き連れ――光の門の向こうへと消えていった。
「…………」
『…………』
「セツナさんは行かなくて大丈夫なのか?」
『うーん、どうしたものかしらねぇ』
陽光に照らされるようになった常闇……とは言いがたい大地にぽつんと残された二人。
何もやりたくない。
何も考えられない。
「……」
――そこに小さな影が近づいていることを、この時の俺はまだ気づいていない。
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