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人間界へ
72.
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そんなことを考えていると、他の家の男たちがやって来た。この村では野菜など物々交換が日常茶飯事だという。彼らもイモと葉野菜を交換しに来たらしい。リオの親父さんが対応ついでに世間話をしている。
「どうした、顔色が悪いな」
「いやぁ、夢見が悪くてな……物凄い美女が髪を振り乱して迫ってくる夢で」
「なんだよ良い夢じゃねえか、このスケベ」
「やめてくれ、あの女にまったく見覚えがないし、真っ赤な唇が本当に恐ろしくてな、あれは絶対に悪魔か魔女の呪いだ」
「そういえば俺も怖い夢を見たような? ハーピィのような女が出てきた気がする」
「おまえもか」
「教会にお祓いを頼んだ方がいいかな」
この会話を聞いてルビィはブチギレそうな形相だったが、俺は半目で雑魚サキュバスを眺めていた。
この村の男たちの精神が強靭だったのではなく、ルビィの誘惑センスがカスなだけだった。
こんな娼館もないド田舎に住む妻子持ちの中年男に、ギラギラの美人の夢を見せたって恐がられて、興奮するどころか怪しまれるに決まっている。悪魔の仕業だって微妙にバレているし、ルビィには人間心理の勉強が必要のようだ。
「村人に魔法使えそうなやつは何人かいましたけど、強さは大したことないわね」
ルビィは気を取り直したように、と言うか自分の失敗を誤魔化すように、気を取り直して報告してくる。
「今朝は斧とか槍とか持ったやつが五人くらい森に入っていったっす」
ピーパーティンも意外とちゃんと仕事をしていたらしい。報告を受ける俺も別にサボってない。ちゃんとルビィとピーパーティンに草むしりをさせている。俺は箒で集める係だ。
昨日から森中の気配は探っているけれど、森にいる魔物と言えばデカくてもヒグマぐらいのサイズだろうか。犬で追い立てて、数人で囲んで槍で刺していけば倒せるだろう。
やっぱり、リオが規格外に強かっただけで、同じレベルの村人は他にはいないようだ。みんな基本的に狩ができるから、そこらの盗賊なんかには負けないだろうが、魔界の魔物たちには太刀打ちできないはずだ。リオを除いては。
「わあ、お手伝いしてるんだね、賢いんだね」
考えていると当の本人が近付いてきた。途端にルビィとピーパーティンは黙って普通の猫と鳥のふりをするが、ただのネコですよ~って顔をするな。ただの猫は愛想笑いはしない。ピーパーティンも羽で落ち葉を抱えて歩くな。鳥のくせに鳥感のないやつだ。
それでも、リオは不思議そうに見るだけで何も言わない。ここら辺では緑色の鳥は見ないし、普通の猫も見かけない。やたらと魔力の強い森の近くだから、ただの猫は野良では生き残れないのだろうか。魔物ではない獣も森の魔力の影響を受けていそうだから、多少変てこな生き物がいても気にしないのかもしれない。
「おまえ、どんな魔法使えんの?」
俺は何食わぬ顔で聞いてみた。この村で一番警戒するべきはこのガキだけだ。
「え? なんでわかったの?」
リオは驚いたような声を上げた。前足で草を抜いている猫や羽で草を抱えている鳥には驚かないくせに、こんなことでは驚くのかよ。
「そりゃ見ればわかる」
「そうなんだ、ギルも魔法使えるんだ」
「まあな」
この村には魔法使いと呼べるほど魔法を使えるやつもいないから、見ただけで看破されたことはなかったのだろう。魔法についてはまだまだ人間のレベルがわからないから、俺も詳しいことは言わないでおこう。
「ちゃんと使えるのは浄化魔法だけだよ、他にも使えそうなんだけど、調整のしかたがわからなくて」
確かに、リオの魔力を持ってして調整もせずに魔法を使えば、村ごと吹き飛ばすことも可能だろう。村人が主に使う魔法と言えば浄化魔法くらいだから、この村にも浄化魔法の調整のしかたは教えられるやつがいたらしい。
この村にはなんと、毎日身体を洗うとか服を洗うという習慣がなかった。
基本的には一日一回浄化魔法をかけるだけで済ませてしまう。五日に一回くらいか、寒い時期なんて十日に一回くらい、水浴びをして垢を落としたり服を洗うそうだ。それもすごく簡単に、本当に水を被って終わりのようだ。
浄化魔法はあくまで殺菌するだけで洗浄ではないから、病気の予防にはなっても汚れが落ちることはない。だから、この村の連中は揃いも揃って小汚い格好をしているのだ。
それも仕方がないのは村を見ればわかる。
水は近くの川から汲んでくるし、湯を沸かすには薪を燃やすしかない。身体一つ洗うだけでも手間だ。服も量産品なんかないだろうから、洗濯ばっかりして生地を傷めてはいられない。洗っている間の着替えすらないかもしれない。
それでいて浄化魔法で最低限は健康を護れるのだから、身体や服を洗う必要性を感じないのだろう。
これが田舎の村ならではなのか、人間界全体の常識なのかはまだわからない。魔界だって身体を洗う習慣はなかったから、汚いのも臭いのも気にしないし、俺は自分で浄化魔法も洗浄魔法も使えるから何の問題もないけど、湯に浸かるという文化がなさそうなのはちょっと残念だ。
ちなみに、俺はいつでも清潔な格好でいられるけど、田舎では小綺麗にしていると人攫いに狙われやすいというから、村人に倣って浄化魔法だけで済ませている。魔王が病気ごときに負けるわけはないから浄化魔法も必要ないけれど、人のふりをするためにかけていた。
「どうした、顔色が悪いな」
「いやぁ、夢見が悪くてな……物凄い美女が髪を振り乱して迫ってくる夢で」
「なんだよ良い夢じゃねえか、このスケベ」
「やめてくれ、あの女にまったく見覚えがないし、真っ赤な唇が本当に恐ろしくてな、あれは絶対に悪魔か魔女の呪いだ」
「そういえば俺も怖い夢を見たような? ハーピィのような女が出てきた気がする」
「おまえもか」
「教会にお祓いを頼んだ方がいいかな」
この会話を聞いてルビィはブチギレそうな形相だったが、俺は半目で雑魚サキュバスを眺めていた。
この村の男たちの精神が強靭だったのではなく、ルビィの誘惑センスがカスなだけだった。
こんな娼館もないド田舎に住む妻子持ちの中年男に、ギラギラの美人の夢を見せたって恐がられて、興奮するどころか怪しまれるに決まっている。悪魔の仕業だって微妙にバレているし、ルビィには人間心理の勉強が必要のようだ。
「村人に魔法使えそうなやつは何人かいましたけど、強さは大したことないわね」
ルビィは気を取り直したように、と言うか自分の失敗を誤魔化すように、気を取り直して報告してくる。
「今朝は斧とか槍とか持ったやつが五人くらい森に入っていったっす」
ピーパーティンも意外とちゃんと仕事をしていたらしい。報告を受ける俺も別にサボってない。ちゃんとルビィとピーパーティンに草むしりをさせている。俺は箒で集める係だ。
昨日から森中の気配は探っているけれど、森にいる魔物と言えばデカくてもヒグマぐらいのサイズだろうか。犬で追い立てて、数人で囲んで槍で刺していけば倒せるだろう。
やっぱり、リオが規格外に強かっただけで、同じレベルの村人は他にはいないようだ。みんな基本的に狩ができるから、そこらの盗賊なんかには負けないだろうが、魔界の魔物たちには太刀打ちできないはずだ。リオを除いては。
「わあ、お手伝いしてるんだね、賢いんだね」
考えていると当の本人が近付いてきた。途端にルビィとピーパーティンは黙って普通の猫と鳥のふりをするが、ただのネコですよ~って顔をするな。ただの猫は愛想笑いはしない。ピーパーティンも羽で落ち葉を抱えて歩くな。鳥のくせに鳥感のないやつだ。
それでも、リオは不思議そうに見るだけで何も言わない。ここら辺では緑色の鳥は見ないし、普通の猫も見かけない。やたらと魔力の強い森の近くだから、ただの猫は野良では生き残れないのだろうか。魔物ではない獣も森の魔力の影響を受けていそうだから、多少変てこな生き物がいても気にしないのかもしれない。
「おまえ、どんな魔法使えんの?」
俺は何食わぬ顔で聞いてみた。この村で一番警戒するべきはこのガキだけだ。
「え? なんでわかったの?」
リオは驚いたような声を上げた。前足で草を抜いている猫や羽で草を抱えている鳥には驚かないくせに、こんなことでは驚くのかよ。
「そりゃ見ればわかる」
「そうなんだ、ギルも魔法使えるんだ」
「まあな」
この村には魔法使いと呼べるほど魔法を使えるやつもいないから、見ただけで看破されたことはなかったのだろう。魔法についてはまだまだ人間のレベルがわからないから、俺も詳しいことは言わないでおこう。
「ちゃんと使えるのは浄化魔法だけだよ、他にも使えそうなんだけど、調整のしかたがわからなくて」
確かに、リオの魔力を持ってして調整もせずに魔法を使えば、村ごと吹き飛ばすことも可能だろう。村人が主に使う魔法と言えば浄化魔法くらいだから、この村にも浄化魔法の調整のしかたは教えられるやつがいたらしい。
この村にはなんと、毎日身体を洗うとか服を洗うという習慣がなかった。
基本的には一日一回浄化魔法をかけるだけで済ませてしまう。五日に一回くらいか、寒い時期なんて十日に一回くらい、水浴びをして垢を落としたり服を洗うそうだ。それもすごく簡単に、本当に水を被って終わりのようだ。
浄化魔法はあくまで殺菌するだけで洗浄ではないから、病気の予防にはなっても汚れが落ちることはない。だから、この村の連中は揃いも揃って小汚い格好をしているのだ。
それも仕方がないのは村を見ればわかる。
水は近くの川から汲んでくるし、湯を沸かすには薪を燃やすしかない。身体一つ洗うだけでも手間だ。服も量産品なんかないだろうから、洗濯ばっかりして生地を傷めてはいられない。洗っている間の着替えすらないかもしれない。
それでいて浄化魔法で最低限は健康を護れるのだから、身体や服を洗う必要性を感じないのだろう。
これが田舎の村ならではなのか、人間界全体の常識なのかはまだわからない。魔界だって身体を洗う習慣はなかったから、汚いのも臭いのも気にしないし、俺は自分で浄化魔法も洗浄魔法も使えるから何の問題もないけど、湯に浸かるという文化がなさそうなのはちょっと残念だ。
ちなみに、俺はいつでも清潔な格好でいられるけど、田舎では小綺麗にしていると人攫いに狙われやすいというから、村人に倣って浄化魔法だけで済ませている。魔王が病気ごときに負けるわけはないから浄化魔法も必要ないけれど、人のふりをするためにかけていた。
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