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初恋
しおりを挟むガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。
リビングで宿題を広げていた私は、つい顔を上げる。
「ただいまー……っと。おい、美子、いるかー?」
「いるけど」
乱暴な声は、二つ年上で、高校3年生の兄・拓也のもの。
相変わらずのぶっきらぼうさに「はいはい」と返事をしながら、私は出迎えるために立ち上がった。
そのときだった。
兄の背後から、もう一人の人影が現れた。
「お邪魔します」
穏やかな声とともに姿を現したのは、背の高い男の人。
制服のブレザーをきちんと着こなし、整った顔立ちに涼やかな笑みを浮かべている。
柔らかくて、でもどこか大人びた雰囲気──けれど、兄と同じ三年生だと、すぐに分かった。
思わず息を呑む。
心臓が、胸の中で早鐘を打つ。
見た目も、声も、雰囲気も……全部が私の好みすぎた。
「遥、紹介しとくわ。こいつ、俺の妹。高一の美子」
「……こ、こんにちは…。七瀬 美子(ななせ みこ)です」
思わず少しかしこまって自己紹介すると、その人は目を細めて笑った。
「初めまして。結城 遥(ゆうき はるか)です。よろしくね、美子ちゃん」
名前を呼ばれた瞬間、胸がドクンと跳ねる。
その笑顔に、柔らかく落ち着いた声に――すべてに、瞬間的に心を奪われてしまった。
(……わぁ……なに、この人……。かっこよすぎる……っ)
手や足が緊張で少し震えているのに気づき、視線を逸らそうとしても無理だった。
心臓がうるさくて、まるで部屋中に響いているみたい。
――一瞬で、私はこの人に一目惚れしてしまった。
ふと視線を戻すと、結城先輩はただ優しく微笑んでいて、その表情の柔らかさにさらに胸がきゅっと締めつけられた。
♢ ♢ ♢
ある日。
兄がリビングでスマホをいじっている隣に座り、私は少し勇気を出して尋ねた。
「……ねぇ、お兄ちゃん。」
「何だよ?」
「あの人……結城先輩………また家来る?」
「……明日来る約束してるけど」
その言葉に、胸が高鳴り、思わず口元が綻んだ。
けれど、そんな私に気づいた兄が、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「なに、あいつに惚れた?」
「えっ……違うし……!」
思わず反射的に言い返す。
けれど、次に続いた兄の言葉に、心臓が抉られるような感覚を覚えた。
「あーあ。残念でした~。アイツ彼女いるから。諦めろ」
「え……」
頭の片隅では、当然だとわかっていた事実。
でも、いざ、言葉にされて突きつけられると、どうしても切なさが広がっていく。
(そっか……やっぱり、あんなに優しくてかっこいい人だから、彼女がいてもおかしくないよね……)
(それに、私みたいな年下……きっと恋愛対象外……)
頭では分かっている。
結城先輩は手の届かない存在。
けれど、それを考えるだけで、胸がぎゅっと締めつけられた。
――先輩はその後、家にちょくちょく顔を出すようになった。
リビングで挨拶を交わしたり、兄の命令でお菓子を持って行った時に言葉を交わす。
それだけ。
けれど、
「ありがとう、美子ちゃん」
先輩のその微笑みと、柔らかい声を聞けるだけで、胸が高鳴る。
目が合うだけで、心が鷲掴みにされたようにきゅっとなる。
それだけのことなのに、先輩への気持ちは日に日に膨らんでいく。
何でもない日常の一瞬一瞬が、私にとっては特別で、幸せで、切ない。
(あぁ……どうしよう。会うたびに、好きになっちゃう……)
でも、やっぱり、届かない想い。
手の届かない先輩に、私はただ胸を高鳴らせることしかできないのだった。
◇
一年と三年の校舎は離れているから、学校で先輩の姿を見かけることはほとんどなかった。
だからこそ――ある日、偶然見かけた瞬間、胸が跳ねた。
(……先輩だ)
廊下の向こう。人混みの中に立つその姿。
けれど、隣には綺麗な女の人がいた。
おしゃれで、大人っぽくて、先輩と並んでいて一目で「お似合いだ」と思えるような人。
笑い合う二人を見た瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
(あの人が……彼女、なのかな……)
比べるまでもない。
私なんかよりずっと大人で、ずっと魅力的で、先輩の隣にふさわしい。
わかっている。届かないって。
でも、どうしても嫉妬で心がざわついてしまう。
それでも――視線を逸らすことができなかった。
どれだけ切なくても、胸が苦しくても、ただ先輩を目で追い続けてしまう自分がいた。
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