坂の上の診療所

海波 龍

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坂の上の診療所

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あれは、小学校4年生の頃だったでしょうか?
当時、父親の仕事の関係で小さな島へ引っ越しました。
まだ島に慣れてなかった私は、島の探検に出掛けました。
好奇心旺盛だった私は、夏の暑い日、坂の上の診療所を見つけました。その診療所は、古くからやっている診療所のようでした。
島の人達はそうそう体調が悪くなるわけではないので、診療所はガラ空きでした。
診察室に入ってみると、おじいちゃんの先生と、まだ若いであろう看護師さんがいた。
「おやおや、かわいい患者さんが来たのう。どこか悪いんじゃ?」と、診療所の先生が言った。
僕は、「どこも悪くないよ。探検に来たんだよ」と言った。
「ここはいつも暇なんじゃ。それだけ島のみんなは健康なんじゃな。いつでも遊びにおいで」と、診療所の先生は言った。

この島にはまだ友達がいなかった私は、毎日のように診療所へ遊びに行きました。

そして8月13日、いつものように診療所へ遊びに行った。診療所は診察室の他に病室が1部屋あった。
僕はこっそり病室を覗いてみた。すると、浴衣を着た若い女の人がベッドに座っていた。
「お姉さんはここで何してるの?病気?」と聞くと、その女の人は、「そうなの。私は病気でね、遠くの病院に行けないから、ここに入院してるの。」と言った。「早く治るといいね」と僕は言った。「私は15日になったら帰らないといけないの。」とお姉さんは言った。僕はちょっと不思議に思った。
入院してるお姉さんは、昼間は病室に居なく、夕方になると病室に居る。夕方は涼しい海風が診療所に入ってくるので、昼間は別の所に居ると思っていた。
僕は診療所の先生に、「入院してるあのお姉さんは誰?」と聞いてみた。先生は、「そうか……今年も来てくれたんじゃな」と、少し微笑みながら言った。

そして8月15日の夕方、診療所へ行き病室に入ると、お姉さんは寂しそうな顔をしていた。
「私、今日帰らなきゃいけないの」と言った。
僕は、「どうして?」と聞いたが、お姉さんは返事をしなかった。
次の日、病室を覗いてみると、お姉さんは居なくなっていた。
診療所の先生にお姉さんの事をきいてみると、「あの人はな、毎年お盆になるとわしに会いに来てくれるんじゃ。つまり、わしの若い頃のお嫁さんなんじゃよ。」と言った。「おじいちゃん、寂しいね」と僕が言うと、「それでもな、毎年お盆になるとああやって会いに来てくれるから、わしは幸せなんじゃよ。だからちっとも寂しくないんじゃよ。」と言った。

当時の私は幼かったので、あまりよくわからなかったが、今になってみると、診療所の先生とあのお姉さんは、とても幸せな日々だったのではないか?と思います。
今もきっと、お盆になると坂の上の診療所へ先生に会いに来るのでしょう。

ある夏の日の私の思い出でした。

                                                               おしまい。
    
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