君だけのチャンピオン

井川椋介

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タイトルマッチと、悪の美酒

 後楽園ホールの愚連隊に与えられた控室は、いつになく緊張感に満ちていた。いつもなら軽口を叩きあう木村も飯島も、今日は神妙な面持ちでセコンドにつく準備をしている。江川も特に話すことなく、黙々とTシャツを畳んだり、タオルを準備したりと、あくまで緊張感を持っている体を装う。
 一人コスチュームに着替えた高山だけが、パイプ椅子に座り、念入りにバンテージを巻いている。
 そう、今日の後楽園ホール大会は、愚連隊の隠し玉YUKIYA TAKAYAMAが、ラスト・サムライの持つ魂プロレス最高峰のベルト「キング・オブ・スピリット」に挑戦する。
 かつて、魂プロレス史上最強と謳われたヘラクレスから、デビュー数か月足らずでベルトに挑戦し、タイトルを獲ったサムライは、現在に至るまで全ての挑戦者を降し、防衛を続けている。
 対する高山は、WWEをはじめ、国内から海外まで様々なリングを渡り歩いてきた男だ。魂プロレス生え抜きの江川らと違って、くぐった修羅場が違う。
 その両者がベルトをかけてぶつかり合うのだ。ファンのみならず、江川ら選手たちも緊張と興奮を隠せない。ネットの反応を見ると、今回もサムライが防衛するだろうという声もあるが、目の肥えた層からは「世界を知る男」YUKIYA TAKAYAMAが、大番狂わせを起こすかもしれないと見事に意見は二つに割れている。
「高山さんでも緊張されますか?」
 江川が、高山に恐る恐る尋ねると、瞑っていた目を片方だけ向けた高山は、ふっと薄く笑った。
「俺だってアスリートだ。試合前、それもタイトルマッチとなれば、多少は緊張するよ。だが、不安や恐怖のような緊張じゃないな。これから俺が王者をどん底に突き落とす。この団体の積み上げてきた歴史を否定し、俺が新しい時代を作る。その役目を負うことへの緊張だよ」
 高山の言っていることが理解できず、江川は返答に窮した。だが、しばらくして、この男はとんでもないことを言ったのだと気づき江川は戦慄した。
 団体の歴史を否定する?
 よくそんなことが軽々しく言えるものだな。いくらヒールレスラーで、フリーの立場だからといって、言っていいことと、悪いことがあるだろう。江川を除く、他のメンバーは聞こえていなかったのか、聞いていないふり(・・)をしているのか、特に気にしている様子はない。ここに夢川でもいたら、高山をひっぱたいていたかもしれない。
 そりゃ団体に新しい時代を作ること、新しい風を吹かせることは必要なことだ。だが、それは前の時代の功労者たちが、土台を作ってくれたからこそできることだ。過去を否定することは、未来を否定することだと江川は思っていた。だからこそ、今の高山の発言は聞き流せなかった。たとえ同じユニットの仲間でも、同じヒールレスラーとしても。
「本気でおっしゃってるんですか?」
 江川の険しい顔を見て、自分の失言に気づいたのか、高山は笑いながら頭をかいた。
「そう怖い顔すんなって。ただの冗談だよ。レスラーたるもの、これくらいのことを。マイクで平気で言えるようじゃなきゃいけねえ」
 立ち上がってガウンを羽織った高山は、緩んだ頬を、一瞬で戦闘モードに引き締めた。
「さあ……行きましょうか。サムライのクビを獲りに。ベルトをいただきに」

 タオルや水の入ったペットボトルに、パイプ椅子など各々セコンドに必要なものを持ちながら、廊下を闊歩していく。ガウンを纏った高山が、江川の背中に続いて最後を歩く。
「江川君、ちょっとこれ持ってもらっていいかい?」
「いいですけど。どうしたんです?」
「ちょっと催しちまってよ。しょんべんを我慢している状態じゃ、試合なんかまともにできん。ちょっくらトイレ行ってくるよ」
 自身が飲む水のペットボトルを江川に渡した高山は、ガウンを翻してトイレの方に行ってしまった。江川を除く愚連隊のメンツは気づいておらず、廊下の奥に行ってしまっている。江川は一人引き返し、高山の後をつけた。

 関係者用のトイレに入っていった高山を、江川は外からこっそり覗き見た。個室トイレの壁に背を持たれかけて高山は、誰かと話している。話し相手はこちらに背を向けていて、顔は分からなかったが、雰囲気だけで誰だか見当がついた。
 プロレスラーに似つかわしくない小柄で細い身体と、髪を辮髪にした男は、この団体で一人しかいない。
「あいつがなぜここで……」
 その男が高山と接点があるとは思えなかった。訝しく思った江川は耳を欹(そばだ)てて、二人の会話を盗み聞いた。
「上に行きたくはないか?」
「それは……行きたいです」
「だったら俺の言う通りにするんだ。俺の下にいれば、お前はもっと強く、高みを目指せるぞ」
「でも……俺には仲間がいる。裏切るわけにはいかない」
「じゃあ、ずっとサムライの下に甘んじているのか?」
 背中越しでも分かるくらいに辮髪の男は肩をびくつかせた。握った拳も震えている。腕を組んだ高山は、やはりなといった顔でニヤついた。
「お前がサムライに引け目を感じているのは、薄々気づいていたよ。自分よりキャリアが浅いやつに、ユニットのリーダーの座を奪われ、しかも団体最高峰のベルトを獲られちゃたまらねえよな。悔しいだろ?負けたくないだろ?サムライに」
 まくし立てる高山の一言一句が心に刺さるのか、辮髪の男は肩を震わせ続けている。
「お前はレスラーとしての資質は十分にある。おそらくサムライ以上のな。だが、その才能も、あんな馴れ合いのユニットじゃ咲くものも咲かん。俺の下にこい。お前を最高峰の位置に立たせてやる」
「俺は」
 ふと高山の顔が外の方へ向いた。慌てて壁に身を隠す。「誰かいるのか?」という声が聞こえ、江川は走ってその場を逃れた。
 何か恐ろしいことが起きようとしているのではないか。江川の頭の中には不安と恐怖が渦巻き始めた。

     ※

「大変長らくお待たせいたしました!ただ今より、本日のメインイベント、キング・オブ・スピリット王座選手権試合を行いますッ!まずは青コーナー、挑戦者(チャレンジャー)『愚連隊』YUKIYA TAKAYAMA選手の入場ですッ!」
 Destroy……surprise!
 リングアナの玉川の昂ったマイクとともに、会場内にデスボイスが木霊し、音楽が流れ始めた。本場アメリカのメタルバンドが作曲したYUKIYA TAKAYAMAの入場曲は、会場をライブのようにヒートアップさせる。
 青コーナーの垂れ幕をゆっくりとかき分け、ピエロの面を被ったYUKIYA TAKAYAMAが現れた。筋骨隆々とした巨体に、不気味なほど冷たい笑みを湛えたピエロの面は、何をしでかすか分からない危険な雰囲気を醸し出している。
 会場内を一瞥したYUKIYA TAKAYAMAは、ガウンを揺らしながらゆっくりと花道を進み始めた。たまに立ち止まって観客の方を向くが、ピエロの面で隠れて、本人の表情が窺い知れないため、観客はただ固まるだけだった。ピエロの面と同じように、素顔は不気味に微笑んでいるのかもしれない。あるいは面とは真逆に、笑いを捨て、ただ勝利だけを求めるレスラーの顔かもしれない。
 リングにかけられた踏み台をタンタンと駆け上がったYUKIYA TAKAYAMAは、綺麗な動きでロープをくぐりリングインした。
 愚連隊のセコンド陣、キラーハイボール、飯島貴信、クラッシャー木村、シャドータイガーも到着し、リングサイドに控える。
 青コーナー側のロープに腕と背中をもたれかけたYUKIYA TAKAYAMAは、ピエロの面を赤コーナー側に向けて、団体最高峰の男の入場を待った。

「赤コーナー、王者(チャンピオン)『天下布武』ラスト・サムライ選手の入場ですッ!」
 キンッと刀と刀が切り結ぶ音がしたと同時に、法螺貝の音色が響き渡る。戦の始まりを告げる合図だ。和太鼓とロックのミックスされた曲『修羅の道』は、威風堂々たる王者にふさわしいものだ。
 垂れ幕をかき分けて出てきた王者ラスト・サムライは、頬当てマスクで鼻から下を口元以外隠し、陣羽織を模したロングガウンを纏っている。腰には魂プロレス最高峰の証、キング・オブ・スピリットのベルトが巻かれており、照明が反射して爛々と輝いている。コスチュームの太ももには、毛筆で「侍」とでかでかとプリントされている。
 マスク越しにでも分かるくらい優しい笑みで、サムライは会場のファンを見渡した。そして、リング上のYUKIYA TAKAYAMAを見据えると、口を真一文字に結んだ。リング上のピエロの面の男は、表情が窺い知れないまま静かにサムライを見つめている。両者の距離は離れているが、二人の間に確かに火花が散った。
 踏みしめるように花道を一歩一歩進み始めたサムライ。デビューして数か月で団体最高峰のベルトを戴冠した伝説を持つ男だが、今は青臭さなど微塵もなく、紛れもなく王者に相応しいレスラーの風格を備えている。
 踏み台を着々と上がりリングインしたサムライは、中央に待ち構えるYUKIYA TAKAYAMAと対峙した。サムライが、頭一つ分大きいYUKIYA TAKAYAMAを見上げる形だが、両者とも風貌、風格ともに優劣がつけ難い。
 いよいよ、団体の頂点を決める戦いの火ぶたが切られる。

「試合に先立ちまして、ベルトが一度返還されます」
 玉川のアナウンスにより、サムライはKOSのベルトを、レフェリーの塚口に手渡した。
 ベルトを頭上に掲げた塚口の両脇に、サムライとYUKIYA TAKAYAMAが並び、記念撮影に移った。プロレス雑誌や、スポーツ紙の記者、各メディアのカメラが三人に向けて、一斉にフラッシュを浴びせる。
「国歌斉唱を行います。会場の皆様、ご起立の上、国旗にご注目くださいませ」
 玉川のマイクに促され、会場の観客は立ち上がり、天井に掲げられた日章旗と団体旗を見上げた。君が代が流れ始め、各々歌詞を口ずさむ。
 サムライも、YUKIYA TAKAYAMAも直立して、国旗と団体旗を見上げる。サムライは口の動きで国家を口ずさんでいるのが分かる。
「ありがとうございました。ご着席くださいませ」
 玉川に促され、観客は席に座り、リングに注目する。リング上のサムライと、YUKIYA TAKAYAMAも向き直り、再び対峙する。
「ただいまより、本日のメインイベント、キング・オブ・スピリット王座選手権試合を行いますッ!まずは、青コーナー、挑戦者『愚連隊』、身長一八一センチ、一〇五キロ、YUKIYA~TAKAYAMA~ッ!」
 玉川の紹介マイクと同時に、YUKIYA TAKAYAMAはピエロの面を投げ捨てて、素顔を現した。口元は不適に笑んでいるが、瞳は全く笑っておらず、獲物を狙うハイエナのごとく冷たい色をしている。
「赤コーナー、王者『天下布武』、身長一七四センチ、七四キロ、ラスト~サムライ~ッ!」
 巻き舌気味になる玉川に合わせて、天下布武のセコンド陣、終日係長、グレート・もんじゃ・デラックス、ジェネラル・リーらがマットを叩く。観客席からも割れんばかりの拍手と、歓声が上がる。
 サムライが両手をクロスさせ、一気に切り開いたと同時に、カメラのフラッシュが炸裂する。おなじみのポーズの後、サムライは指をYUKIYA TAKAYAMAに向けた。
 指を向けられたYUKIYA TAKAYAMAは、苦笑いにも似た呆れた顔をした。レフェリーの塚口が、両者の手足をチェックし始める。
 いよいよ始まるのだ。

「ファイッ!」
 厳粛な空気の中、塚口が手刀を切ったと同時に、ゴングが打ち鳴らされた。
 歴史と王者を変える試合が始まった。

「ハアッ!」
「む……ッ!」
 現王者と挑戦者は、互いに間合いを図り合うことをせず、一気に距離を詰めて、ロックアップで組み合った。
 とてつもない重みが、リングを中心に、後楽園ホールを揺らした。

     ※

『悪になります』
 俺の申し出に、竹ノ内は驚いた顔をしたが、「そうか」と頷きながら了承してくれた。そうと決まれば話は早い。善(・)は急げと、竹ノ内はヒールユニット発足の準備に入った。契約や年棒の変更など話を聞かされたが、思いのほかもらえる額が多くて驚いた。嫌われ者になってくれて、そのリーダーを務めてくれるのだから、そのくらいは十分に受け取る資格があると竹ノ内は言う。
 書類に江川涼介とサインし、印鑑を押す。
『うむ。よく決断してくれた』
『いえ』
 新たに更新した契約書に不備がないか確認しながら、竹ノ内は俺の肩を叩いた。事務的に返事をした俺を、竹ノ内は不思議そうに見つめた。
『お前、何かあったのか?』
『いや……特にそういうことは。何か変ですか?俺』
『別に変じゃない。前に比べて、表情が穏やかになったなと。欠場中はずっと思い詰めた顔をしていたからな。お前』
『そう、見えますか』
 頬に手を当てながら、しみじみと呟いた。言われてみれば、自分の中で渦巻いていた卑屈さや、不安は日に日に影を潜めている気がする。あの娘のおかげだ
『女か?』
 ちょうどあの娘の顔を想い浮かべたと同時に、竹ノ内の声が重なった。竹ノ内の顔を見ると、ニヤニヤした笑みを浮かべている。
『まあ……そんなところですかね』
『大事にしてやれよ』
 竹ノ内は急に顔も声のトーンも、真面目なものに変えた。この人は、ほんと分からない。
『レスラーはいつ死ぬか分からん。だから、常に残される人のことは考えていろ。家族や友人、そして恋人のこともだ』
 そうだ。プロレスラーはいつ死ぬか分からない職業だ。それは試合中かもしれないし、稽古の合間かもしれない。自分で選んだ道なのだから、己が死ぬ事に後悔はない。だが、残された家族は違う。大切な人を失ったという現実を抱えて生きなければならない。それでも、その家族の人達は、プロレスラーを、プロレスを好きでいてくれるだろうか。
 改めて、プロレスラーと結婚する女性の覚悟と、芯の強さに感じ入った。俺もリング上で死ぬことに後悔はない。だが、それ以上に死なない努力を欠かさないようにしよう。
『はい。肝に銘じます』
 
 契約更新のついでに、ヒールユニットのメンバーも紹介された。同期の飯島貴信。ベテランレスラーのクラッシャー木村。寡黙なマスクマンのシャドータイガー。そして、俺を含めた四人が今後悪の軍団として、リング上を荒らし回ることになる。
『まさかお前がこっちに来るとは……でも、嬉しいよ』
 飯島は俺が復帰しヒールになることに心底驚いていたが、一緒に組めて試合ができることを素直に喜んでくれた。
 俺が一番気を遣ったのは木村だ。魂プロレスでも長いキャリアを持ち、団体設立からずっとヒールとして活動している男だ。俺のような若造に、それも復帰したての病み上がりにユニットのリーダーの座を奪われて気持ちがいいはずがない。
 だが、俺の不安をよそに、木村はけろりとした顔で、リーダーの座を譲ってくれた。
『首の骨折からの、復帰と途端にヒールの親玉とは、お前さんもハードだなあ。まあ、気張らず、楽にやってくれや』
 あくまで、リーダーを若手に任せ、自分はサポートに徹するつもりだろう。豪快に口を笑う木村の歯はタバコのヤニで黄ばんでおり、声は酒で焼けたものだった。
 タイガーに至ってはほとんど言葉を交わさず、低い声でぼそりと「よろしく……」と発しただけだ。
『ふん、まあ、こんなもんか。お前ら、あんまやりすぎんなよ。そして……江川、お前だ』
 新生ヒールユニットのレスラーたちに、行き過ぎた反則行為は控えるよう釘を刺した竹ノ内は、最後に俺を指さした。
『お前のリングネームを考えてある』
『え、本名じゃダメなんですか?』
『お前は顔が優しすぎる上に、江川涼介という名前も、ヒールにしては爽やかだ』
 いつの間に用意したのか、竹ノ内はジャックダニエルの瓶を差し出した。訝しそうに受け取る俺をよそに、竹ノ内は高らかに宣言した。
『お前のリングネームは、「キラーハイボール」だ。悪の美酒・キラーハイボールとして、今日から生きろ』

     ※

 両者、リングの中央で組み合ったまま、力比べが続いている。体格では高山が遥かに勝っているが、サムライも器用に足を前後に組み合えることで、その場で踏みとどまっている。
「ふんッ!」
「く」
 だが、次第に高山が押し始め、サムライはずるずると後退し始めた。必死に踏みとどまろうとしたサムライだが、高山に力負けし、ロープにまで追い込まれた。両手を上げて離れるようアピールするサムライを、高山はしばらく見つめていたが、ぽんとサムライの胸を叩いて下がった。会場から拍手が起こる。
 リングの中央で再び対峙したサムライと高山は、今度は互いの間合いを図るように、距離を詰めたり、引いたりを繰り返す。
「はあッ!」
「ふんッ」
 再びロックアップで組み合ったと同時に、サムライがヘッドロックで高山の頭部を脇で絞めた。高山は、サムライの腰を叩いて放すよう促すが、脇でしっかり固定され容易に解けはしない。
「ぬうん……ッ!」
 ヘッドロックをかけられた状態で、高山はサムライをロープに押し出した。ヘッドロックを解いて、ロープに投げ出されたサムライは、ロープにぶつかった反動で中央に戻ってくる。
「さあッ!」
「く……」
 高山は、戻ってきたサムライを受け止めるように、宙に放り上げ、肩越しでキャッチすると同時に、デスバレーボムで側面に投げ落とした。反り返ったサムライの脚を抱え、フォールに入る。
「ワンッ!ツーッ!」
「はあ……ッ!」
 塚口のカウントもツーで、サムライは返す。フォールを返したと同時にサムライは、隙ができた高山を尻から押さえつけるように丸め込んだ。再び塚口がカウントに滑り込んでくる。
「ワンッ!ツー……」
「ぬんッ」
 同じくカウントツーで、高山は難なくフォールを返した。跳ね上げられたサムライも、慌てることなく態勢を整え構えなおす。サムライの足を払った高山は、倒れたサムライに覆いかぶさるように伸しかかる。すぐに押しのけたサムライは、今度は逆に高山の頭部から伸しかかり胴を掴む。それを転がって解いた高山は、サムライの腕を取って捻り上げる。
 高山が腕を捻ったと同時に、サムライは一回転し、そのまま腕を掴んだ高山を放り投げた。勢いよく投げ出された高山だが、うまく受け身を取り、すぐに立ち上がり構える。リングの中央で、腰を落とし身構えた二人は再び睨み合う。また、会場内から拍手が沸き起こる。
「サムライッ!サムライッ!」
 天下布武のセコンド陣のもんじゃが叫びながらマットを叩き始めると、係長とリーもバンバンとマットを叩き始めた。天下布武のセコンド陣に釣られ、観客も手拍子を始める。自分に送られる声援を眺め、サムライは観客に向かって一度頷いた。
「はああッ!」
「ぬんッ!」
 サムライが高山の頬にエルボーを打ち込むと、高山も怯まずエルボーを返す。一撃一撃を打ち込むたびに、骨をも砕きそうな音が炸裂するが、両者とも構わず相手の顔面に打ち込んでいく。
「さあッ!」
「ぬるいッ!」
 サムライの回転エルボーを屈んで交わした高山は、背後から腕を回してバックを取った。サムライは何とか解こうとするが、ベルトのようにきつく巻き付いた腕は容易に解けない。
「ていッ、ていッ!」
 絡みつく高山の脇腹に、肘打ちを打ち込んでいくサムライ。腹をどつかれながらも、サムライを捕えていた高山だったが、渾身の一発が脇腹にめり込み、呻いて拘束を解いてしまった。
「タカヤマッ!」
「ぬ……く」
 後ずさった高山に、サムライはその場で飛んで強烈なドロップキックを打ち込んだ。バチンという炸裂音とともに、高山は吹き飛び、リング上で二バウンドほど跳ねて、リングサイドに転げ落ちた。
 高山が落ちるのを見届けたサムライは、マットをドンドンと踏み鳴らし始めた。天下布武のセコンド陣も、同時にマットを叩き始める。対する愚連隊のセコンド陣、キラーハイボール、飯島らは、次に来るサムライの動きを察したのか、リングサイドに落ちた高山の元に走った。
 リングサイドで高山が立ち上がるのを確認したサムライは、一気に駆けた。一本の槍となり。
「お気をつけくださいいいいいいいいッ!」
 玉川の観客に向けた注意喚起のマイクが響き渡った。一本の槍となったサムライは、ロープの間をくぐり抜け、リングサイドに立つ高山の懐に突っ込んでいった。
 オーバー・ザ・ロープ式の「鉄風雷火」(変形スピアー)は、高山と、観客を庇うために走った愚連隊のセコンド陣を吹き飛ばす威力を秘めていた。高山と愚連隊のセコンド陣は、重なるように倒れている。
「燃えたかあああああッ?」
 すっかりとお馴染みになった両手を広げた姿で、サムライは観客席に向かって叫んだ。それに呼応するように、歓声とカメラのシャッター音が返ってきた。
「上がれ」
「ぐ」
 高山の首根っこを掴んだサムライは、リングに巨体を放り込んだ。
「てやッ!」
「どわ……ッ」
 立ち上がろうとした高山の首筋に、サムライは肘打ちを打ち込んだ。高山はどさりとマットに沈んだ。高山を一度フットスタンプで踏みつけたサムライは、ロープワークに走った。立ち上がった高山は、突進してくるサムライを、もう一度マットに伏せることで回避する。マットに伏せた高山を踏み越えて、サムライはもう一度ロープに背中をぶつけた。
「王者(チャンピオン)ッ!」
「な……ッ」
 再び突進してきたサムライの顔面に、高山は強烈トラースキックを打ち込んだ。バチンという乾いた音ともにサムライはよろめいた。高山が足を上げた瞬間に、サムライは動きを止めたため、深くめり込むことは避けたが、それでもダメージは少なくなかった。
「もういっちょッ!」
 よろめくサムライの首に、高山は延髄斬りを叩きこむ。今度は踏ん張れず、サムライはばたりと倒れた。さっと覆いかぶさった高山は、サムライの片脚を抱え上げてフォールに入った。
「ワンッ!ツーッ!」
「ハアアア……ッ!」
 それでもサムライは、塚口のカウントをツーで返した。

「いいトラースキックだったな……お前のYAIBAに見劣りしないくらいに」
「ああ……」
 高山の蹴りを絶賛する飯島に、江川は小さく頷いた。確かに高山が放った二発の蹴りは、江川から見てもすごいの一言しか思い浮かばなかった。魂プロレスで蹴りを主体としている選手は何人かいるが、「トラースキック」に関しては、江川の「YAIBA」が団体一の威力を誇ると言われている。江川自身もトラースキックを好み、フィニッシュ技として多くの試合でフォールを奪ってきた。
 その江川から見ても、高山の蹴りはケチ(・・)のつけようがないクオリティだった。だが、江川の目線と頭は、それとは別の方角にあった。先ほどトイレで聞いた高山と、辮髪の男との会話。
 辮髪の男など、この団体ではあいつしかいない。江川は天下布武のセコンド陣たちを睨んだ。江川が予想するその男は、何も隠し事もないかのように、フォールを返したサムライを、マットを叩いて鼓舞した。
 何も起こらないといいが。
 不安を隠しながらも、江川はマットを叩いた。

「ふんッ!」
「ぐわ……ッ」
 サムライの髪を掴んで立ち上がらせた高山は、腹に膝蹴りを打ち込んだ。腹を押させてうずくまるサムライをもう一度立ち上がらせた高山は、サムライをロープに付き飛ばした。同時に、自身も反対側のロープに走り背中をぶつけた。
 ロープに付き飛ばされた反動で戻ってくるサムライに、同じくロープで勢いをつけた高山が腕を振りかざす。
「くらいなッ!」
「ぐむ……ッ」
 高山のオリジナル技の一つ、ラリアットに見せた掌底「虎刈り」が、サムライの顎に命中した。仰向けに倒れたサムライに覆いかぶさり、高山はフォールに入る。
「ワンッ!ツーッ!ス……ッ」
「くううあッ!」
 塚口がスリーカウントを叩く前に、サムライは身体を跳ね上げた。フォールを返され、突き飛ばされた高山だが、余裕の表情を崩さない。
「やるねえ、サムライ」
 さらに笑みを深くした高山は、サムライの髪を掴んで立ち上がらせた。立ち上がらせると同時に、頬にエルボーを叩きこんだ。
「シャラアッ!」
「ハア……ッ!」
 ふらつきながらもサムライもエルボーで返す。エルボーを受けても怯むことなく、高山は左腕から逆水平チョップを繰り出した。バチンという激しい音がして、一瞬にしてサムライの右胸は赤く染まる。
「ぬうんっ!」
「ハアアッ!」
 顔を歪めたサムライだが、退くことなく、高山の胸を切り下げた。応報の袈裟切りチョップは、同じように高山の胸を赤く染めた。これには流石の高山も顔を歪めた。
 続けてサムライは、高山の顔面めがけて回し蹴りを放ったが、高山は屈んで交わした。だが、サムライは高山が交わすことを読んでいたのか、二段階式で足払いをかけた。
「どわッ?」
 これは予測できなかったのか、高山は足をすくわれる形で転んだ。
「ハアアッ!」
「ぐ……む……ッ」
 その場で背中向きに一回転したサムライは、高山の腹部に落ちた。その場飛びの「ムーンサルトプレス」に、高山は泡を飛ばして呻いた。サムライはそのままフォールに入った。
「ワンッ!ツーッ!スリ……」
「高山さんッ!」
「がああッ!」
 セコンドの飯島が叫んだが、高山はカウントツーで返す。カウントが返されたと同時に、サムライはコーナーポストまで下がった。そして、高山が立ち上がる時を待った。
 やがて、よろよろと立ち上がった高山に向かって叫んだ。
「終わりだあッ!」
 高山の懐めがけて、サムライは一本の槍となって突っ込んだ。伝家の宝刀「鉄風雷火」が火を噴いた。
 懐を貫かれた高山は、もんどりうって倒れた。高山の胸に手を置いたサムライは、静かにフォールに入った。まるで自分の勝利を確信したかのように。
 塚口がフォールに滑り込んだ。
「ワンッ!ツーッ!ス……」
 早くも勝負が決するように見えた。

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