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第二章 美紀
目撃
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しかし、5年生になったあたりから、体格で劣る佑真はどうしても活躍できなくなっていた。
亡くなった夫は身長165cmと小柄で、美紀は158cmと平凡だった。
息子は遺伝的に恵まれていないのだ。
対して、ライバルの慧は父親が高身長で、それに似たのか身長はすでに160cmを超えている。
さらに、日々の食事からも十分な栄養を取れているか心配だった。
クラブチームの監督からは、定期的な保護者会で、食事の栄養バランスには気を遣うよう釘を刺されている。
特に、筋力をつけるためには、たんぱく質が重要になるそうだ。
他の家庭の話を聞くと、焼肉の食べ放題へ行ったり、家ですき焼きをしたりと、食事に対して我が家では到底できないようなお金のかけ方をしているようだった。
慧の母親からは、会うたびにあそこの和牛が美味しいだとか、あの店のサプリはアスリートも使っていて体にいいだとか聞かされている。
彼女とは、佑真と慧が同じ幼稚園に通っていた頃からの知り合いで、付き合いが長い。
美紀が早くに夫を亡くし、シングルマザーとして余裕のない生活をしていることは知っているはずだが、おそらく癖なのだろう。生活水準の違いをアピールするような言い方が、いちいち癪に触る。
美紀も安い食材を活かして最大限努力をしているつもりだが、仕事が忙しい日などは、どうしても簡単な一品料理になってしまうことも少なくない。
そういったところが、佑真の体格や体力に影響しているように思えてならなかった。
軽くため息をつくと、美紀は朝干した洗濯物を取り込もうと、ベランダに出る。
すでに18時近くになっていたが、夏の空はまだまだ明るい。
何の気もなしに、彼女は慧が住む家の方へ視線を向けた。美紀が住む団地と慧の家は、数軒をはさんで平行に並んでいる。
ベランダからだと、通りとは反対側にある彼の家の庭が見下ろせる。
周りの家に隠れて見えないが、そこから数十メートル離れたところにある公園は、佑真が自主練習で使っている場所だ。
庭の様子はいつもと変わらない。
最初はそう思って、物干し竿からハンガーを外していたのだが、何か違和感を感じて目を凝らすと、思わず美紀は手を止めた。
室外機の後ろに人間の体のようなものが見えるのだ。
「なにかしら」
美紀は手すりに乗り出すような格好になった。
なおも庭へ視線を送っていると、慧の家の窓がゆっくりと開き、家の中から男が現れた。
帽子から靴まで黒一色のその男は、明らかに美紀が知っている慧の父親の姿ではない。
男は室外機の後ろへ近づくと、そこにいた人間の腕を掴み、強引に家の中へ引きずり込んだ。
美紀の心拍数が急速に高まる。
遠目で分かりづらかったが、室外機の後ろにいて腕を引かれていったのは、おそらく慧だ。
そのしぐさから、彼は男に無理やり連れていかれたように見えた。
そのとき美紀は、彼の母親が帰り際息子に言った一言を思い出した。
"じゃあちょっと買い物して帰るから、お留守番よろしくね"
どこまで買い物に行ったのかは分からないが、わざわざ留守番を頼むくらいだから、それなりの時間、家をあけるという意味に思える。
美紀の頭の中に「強盗」という2文字が浮かんできた。
警察に通報すべきだろうか。
美紀はテーブルのうえにあったスマートフォンを手に取ったが、しばらく逡巡する。
悩んだ末に、通報を決意した。
これが単なる勘違いであれば、あとで笑い話になるだけだ。
最悪の事態を避けるために、やはり通報しておいた方がいいだろう。
美紀は通話アプリを開くと、110をタップした。
あとは通話ボタンを押すだけ。
しかし、そこで指が止まった。
心の中で、どす黒い液体が渦を巻き始める。
亡くなった夫は身長165cmと小柄で、美紀は158cmと平凡だった。
息子は遺伝的に恵まれていないのだ。
対して、ライバルの慧は父親が高身長で、それに似たのか身長はすでに160cmを超えている。
さらに、日々の食事からも十分な栄養を取れているか心配だった。
クラブチームの監督からは、定期的な保護者会で、食事の栄養バランスには気を遣うよう釘を刺されている。
特に、筋力をつけるためには、たんぱく質が重要になるそうだ。
他の家庭の話を聞くと、焼肉の食べ放題へ行ったり、家ですき焼きをしたりと、食事に対して我が家では到底できないようなお金のかけ方をしているようだった。
慧の母親からは、会うたびにあそこの和牛が美味しいだとか、あの店のサプリはアスリートも使っていて体にいいだとか聞かされている。
彼女とは、佑真と慧が同じ幼稚園に通っていた頃からの知り合いで、付き合いが長い。
美紀が早くに夫を亡くし、シングルマザーとして余裕のない生活をしていることは知っているはずだが、おそらく癖なのだろう。生活水準の違いをアピールするような言い方が、いちいち癪に触る。
美紀も安い食材を活かして最大限努力をしているつもりだが、仕事が忙しい日などは、どうしても簡単な一品料理になってしまうことも少なくない。
そういったところが、佑真の体格や体力に影響しているように思えてならなかった。
軽くため息をつくと、美紀は朝干した洗濯物を取り込もうと、ベランダに出る。
すでに18時近くになっていたが、夏の空はまだまだ明るい。
何の気もなしに、彼女は慧が住む家の方へ視線を向けた。美紀が住む団地と慧の家は、数軒をはさんで平行に並んでいる。
ベランダからだと、通りとは反対側にある彼の家の庭が見下ろせる。
周りの家に隠れて見えないが、そこから数十メートル離れたところにある公園は、佑真が自主練習で使っている場所だ。
庭の様子はいつもと変わらない。
最初はそう思って、物干し竿からハンガーを外していたのだが、何か違和感を感じて目を凝らすと、思わず美紀は手を止めた。
室外機の後ろに人間の体のようなものが見えるのだ。
「なにかしら」
美紀は手すりに乗り出すような格好になった。
なおも庭へ視線を送っていると、慧の家の窓がゆっくりと開き、家の中から男が現れた。
帽子から靴まで黒一色のその男は、明らかに美紀が知っている慧の父親の姿ではない。
男は室外機の後ろへ近づくと、そこにいた人間の腕を掴み、強引に家の中へ引きずり込んだ。
美紀の心拍数が急速に高まる。
遠目で分かりづらかったが、室外機の後ろにいて腕を引かれていったのは、おそらく慧だ。
そのしぐさから、彼は男に無理やり連れていかれたように見えた。
そのとき美紀は、彼の母親が帰り際息子に言った一言を思い出した。
"じゃあちょっと買い物して帰るから、お留守番よろしくね"
どこまで買い物に行ったのかは分からないが、わざわざ留守番を頼むくらいだから、それなりの時間、家をあけるという意味に思える。
美紀の頭の中に「強盗」という2文字が浮かんできた。
警察に通報すべきだろうか。
美紀はテーブルのうえにあったスマートフォンを手に取ったが、しばらく逡巡する。
悩んだ末に、通報を決意した。
これが単なる勘違いであれば、あとで笑い話になるだけだ。
最悪の事態を避けるために、やはり通報しておいた方がいいだろう。
美紀は通話アプリを開くと、110をタップした。
あとは通話ボタンを押すだけ。
しかし、そこで指が止まった。
心の中で、どす黒い液体が渦を巻き始める。
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