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過去編2

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それから、彼とは毎日のように湖の前で会いました。

小魚を捕まえてみせると、彼はすごく驚いた顔をしたあとに、私より大きな魚を捕まえると意気込んでふたりして水浸しになったり、私の作った貧相なお弁当をおいしいと食べてくれたり、近くに寄ってきた小動物と戯れたりと、彼との時間はとても楽しいひとときで、彼が貴族であろうことなど、忘れてしまいそうでした。

彼が貴族なのはなんとなくわかっていました。

いつも迎えにくる従者の方には様付けで呼ばれていたし、服装も前に一度村に視察に来たときに見た貴族様と似ていて、仕草の一つ一つも私や村の男の子みたいに粗野ではなかったから。

でも、この湖の前では、彼と私の間には身分差などなく、ただのウルティカとソレルであると感じていました。

それがしばらく続いたある日、彼が湖の前にやってきて、もう会えないと告げてきました。

彼の顔はとても深刻そうで、私もあぁ、これで最後なのか。と実感をしました。

本当は私は彼に、なんで、どうして、嫌だ、と縋りたかったけれど、そんなことをしては困らせるだろうことはわかったから、頑張って泣くのをこらえて頷きました。

私の返事に彼も泣きそうな顔をして、私に指輪を差し出しました。

それは、金色で、小さな宝石も埋め込まれていて、すごく綺麗で、私のような平民ではどう頑張っても手に入らないような高価なものだとわかりました。


「この指輪が君の指にちょうどいい大きさになる頃には必ず迎えにくるから」


その言葉に私は堪えていた涙を堪えきれませんでした。

だから、私は泣きながら、指輪を受け取ると、首にかけていた紐から、木でできた両親の形見の指輪の大きな方を彼に渡しました。


「これは、すごく大事な指輪なの。だから、必ず返しにきてね。きっと、きっとよ」


私の指輪を受け取ると、それを彼は大切そうに握りしめ、泣きそうな顔で頷きました。


それから、私は受け取った指輪を、彼にあげた指輪の代わりに、首にかけているもうひとつの指輪と一緒に首から下げ、服の下に隠しました。
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